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魔物資源活用機構  作者: Ichen
剣職人
291/2948

291. パパを探して

 

 夜。イーアンはドルドレンに、王との会話の内容を教えた。


 風呂と夕食を済ませると、部屋で酒を飲もうとドルドレンが言うので、早々寝室へ戻っていた。ドルドレンは、王との会話の続きで、タンクラッドにも菓子を届けたと聞いて『タンクラッドは要らなかっただろ』とぶーぶー文句を言い、王の会話よりもそっちに論点が向いていた。



 どうしてタンクラッドだけに、とあれこれ理由を言われると。聞いていて、イーアンは『確かにそうだ』とちょっと自分の行動を考えた。


「お世話になっているのは、タンクラッドだけではないですものね。ボジェナの所は、女性がいるからお菓子等は困らないだろうし、そこは良いにしても。男所帯のオークロイの所にも、今後は持って行ったほうが良いかも知れません」


 じゃないと、確かに区別しているみたいで変だ、とイーアンは頷く。ボジェナやモイラや叔母さんには、もっと本気で作った菓子を持って行きたいから、それはそれで機を見て。とか何とか。



「イーアン。違う方向へ向かっている。そうではない。そういうことが言いたかったのではない」


 愛妻(※未婚)の『近所にお届け気分』の判断が、全く自分と違う物差しによると理解したドルドレンは、急いで撤回する。ちょっとおいで、とイーアンを引っ張って膝に据わらせて、胴体に両腕を回す。


「親切がそれを上回る場合もあるのだ。気をつけないと」


「私はドルドレンと一緒であることを皆さんご存知です。勘違いの話でしたら、それはないと思います」


 大体こんなおばさんにねと、毎度のように年齢を笑うイーアンに、ドルドレンは溜め息をつく。お菓子の話を切り上げて、王の話に戻し、お菓子のお説教は次回にした(※慣れてきている)。



「先ほどの話だが。俺に直接連絡が来るような話だったんだな。王城の準備が済んだ時点で」


「フェイドリッドはそう言っていました。本部にも骨組みは伝えてあるようですが、総長はここにいますから」


 イーアンが灰色の瞳を見つめる。ドルドレンの高い鼻先を、とん、と指で押して『あなたを飛び越えることはないって』と伝えた。

 イーアンの頬にキスしたまま、ドルドレンは少し考えて『魔物資源活用機構、と言ったか』と聞き直した。


「そうです。名付けたと教えてくれました。この国だけに止まらない雰囲気の言葉ですよね」


 ヨライデも関わってきそうだとイーアンが話す。ヨライデに魔物の影が見え始め、まだ実被害はないが、それも時間の問題ではと王が懸念していた、と。

 ドルドレンは驚かないでそれを聞きつつ、酒を飲む。『そうか。ヨライデ』呟きを落として、愛妻(※未婚)の髪の毛に顔を埋めた。


「私が偵察に行くと思ったらしく、明後日に会うまで出かけてはいけない、と注意を受けました」


「イーアンは行きそうだな。龍がいる以上。でもそこは俺も王と同じ意見だ。行ってはいけない」


 まだその時ではない・・・・・ ドルドレンの銀色の瞳に静かに瞼が閉じる。『まだだ。イーアン。ハイザンジェル(ここ)ですることが、まだ俺たちにはある』だから待て、と黒い螺旋の髪の毛の中で呟いた。

 旦那(※未婚)の吐息がぞくぞくする中、イーアンも頑張って頷いた。『そうですね。しなければいけないことが』たくさんあるんだと、始まったばかりの魔物製品を思う。相当、急ぎ足になりそうな気もした。

 少しの間の沈黙で、二人は同じことを考えていた。自分たちの前に広がっていく未来の世界を。



『今日はもう休もう』ドルドレンはイーアンを抱え上げて、蝋燭を消し。そのままベッドに入ってうにゃうにゃしながら、すっかり満足して2時間後に眠った。



 翌朝。ドルドレンが先に起きて、イーアンを起こす。外を見ればまだそれほど明るくもなく、イーアンはドルドレンが早起きしてどうしたか、と思った。


「思い出したんだ。俺が子供の頃に、北へ抜ける道を通った時のことを」


 ドルドレンが真剣な目で話し始めるので、イーアンは布団に包まって話を聞く。灰色の瞳に過去が映る。目の前にいる美丈夫は、遥か昔の自分の記憶を辿っていた。



「ウィブエアハで親父は言っていた。『西の道を戻るのが厄介、街道で北西を通過して北の町へ』と。西から来て、南西へ動いた時、アジーズの一件があった。


 本当なら、そのまま南へ向かう。馬車の道は、逆時計回りで一周するように国を巡る旅なのだ。それが再び『西に向かう』と言い、なぜかそれも北西を通過して北へ行くと・・・・・ その意味が分からなかった。

 目的地が違いすぎる、とその時不思議に思った。だが、俺は20年近く馬車から離れているから、道順にも変化が出来ただけと、解釈して終わらせた。


 しかし。ハイルは昨年、馬車の生活を降りた時『逆回り』だったと言った。彼ら兄弟は、東で降りたと聞いている。北を通過した後に、東で降りたんだ。だからハイルはよく覚えていないと言ったんだ。これも馬車の旅が昔から変わらず逆時計回りであるため、普通の時計回りの道順になると、ハイルは思い出せないという意味だ。


 でもずっと前に同じようなことがあった。あの時は魔物はいなかったが、家族が死んだ時だ。引き返すように馬車が動き始め、俺はどうして戻るのかと大人に訊いた。

『弔い山へ』と大人は言った。馬車の家族を弔う場所があるのだ。それが亡骸であろうが、遺品であろうが、届ける場所がある。親父たちはそこへ向かったんだ」


「では。昨年もどなたかが。それで道順が一度、変わったのでしょうか」


「恐らくそうだ。行ったり来たりして、その上『弔い山』へ向かう道を動くと、幾つもの通じる道を知っていなければ道順は思い出さない。ハイルは飽きっぽい性格で、御者にならないから分からなかったんだ。ベルは御者になる時があった。

 大人数だから、家族が死ぬのは珍しいことではないが、弔い山の存在は当然のように知っていても、道を覚えていない者も多い」


「それでハルテッドは、家族が亡くなったことも、話しに出さなかったのかもしれないですね」


「そうだ。珍しくないと言ったって、身内が死ぬのは辛いことだし、馬車の歌や親父の話に関連して、それを思い出すことはなかっただろう。行き先を考えるに当たって、最後に通った道が混在した記憶だけを伝えたんだ」



 ドルドレンの瞳がきらっと光る。

 自分が馬車に乗っていた頃、どこから弔い山へ向かったのかを、一生懸命思い出しているようだった。


「ドルドレン。その『弔い山』は北の方向なのですね。西の道からも北西の街道からも繋がり、お父さんの話だと、西を通ったほうが、街道よりも早く着くような言い方でしたね」


 鳶色の瞳を見つめ返すドルドレンは、じっとイーアンの目を見ながら頷く。


『そう。そうだ。西の山中の道を通ったこともある。イオライの奥だが、魔物がいる今は危険でとても通れないだろう』だから、そうすると・・・黒い髪をかき上げたまま、記憶を探るドルドレン。



「普通に考えると、南方面から向かえば、北西の道を通った方が早く見える。だが先のほうで、街道が大きく北方向に逸れて、そこから続く馬車の通れる道がない。西の山中を通る道は、大回りに見えるが直通。他の人間が使わない道で、大昔から馬車の民のためにある道とさえ言われていた。

 西の道を使わず、北から弔い山へ上がるには。手前だ。あの廃村の手前の、あれだ。あそこから左へ」



 ドルドレンが立ち上がる。ベッドに座るイーアンを見て、何かを確信したように頷いた。


「多分、合っている。行こう、イーアン。俺が一緒に」


 ドルドレン、カッコイイ~ イーアンはメロメロしながら頷く。あまりベッドの上で悶えてると、伴侶の火が違う方向につきそうなので、意識を正したイーアンはすぐに気持ちを切り替えた。


「はい。ではお願いします。お仕事は?大丈夫ですか」


「朝食を食べてすぐ向かおう。執務のやつに見つかる前に」


 脱走のような言い方で計画を立てて、二人はそそくさ着替え、朝食を一番乗りで食べ終える。

 念のために、二人は鎧を着けて剣を持ち、イーアンは毛皮の上着と青い布(※必須)を羽織って、ドルドレンはクロークを羽織る。

 他の人に見られないように、そそそっと裏庭に出て、急いで笛を吹き、龍に乗って出発した。まだ時刻は7時前。たとえ2時間かけたとしても9時なら、と業務の無事を話し合った。




 龍をゆっくり低い高度で進めながら、下方をじっくり見る二人。ドルドレンの記憶はもう随分前のもので、それも馬車長の代も変わる前。『道は引き継がれる。道そのものに影響がなければ』黒髪の騎士は流れる森の上から馬車を探し、イーアンにそう教えた。


 ゆっくり飛んでいるとはいえ、かなり北の方に進んでいる。もう雪山ばかりで、こんな所を馬車が何台も来るだろうかとイーアンは心配した。雪は毎日降っているようだし、風も強い。今は晴れていて白い雪山はきらきらと美しいが、誰一人入っていないような滑らかな斜面を見ると・・・・・


「お父さんたち。馬車でここまで入れますか。冬は来ないとか、そうしたことはありませんか」


「ないとは言えないだろうが。無事を優先するから、この雪の状況だと辿り着いていないかもしれないな。しかし。もし仮に来なかったとしても、これだけ上空から見ていれば、どこかで見つかりそうなものだ」


 イーアンは弔い山の場所を知らない。そこはドルドレンさえ、俯瞰図で記憶しているわけではないのだ。(おぼろ)げな記憶を頼りに、方角と道を見つめる。


「あれから半月近く経ちます。もしここに雪が降っていない時期であれば、馬車だと支部からどれくらいでしょう」


「遠征の騎士のようにずっと動くわけではない。休み休み、馬車を停めて進むから。途中1週間ほど留まることは普通だ。だからもしかしてと思ったのだが」


「北西の支部は雪はまだですね」


「うむ。もう少ししてからだろう。西の風が強いから、支部は雪がそこまで降らない。北は降るが」


「弔い山という場所は、この山岳地帯のどこかなのですか」


「そうだ。馬車の道がある。西から入っても北へ通じ、北から入っても・・・・・ うん?待てよ」



 イーアン、山だ、山の中を通っているっ。ドルドレンが叫ぶ。びっくりするイーアンはどこら辺かを訊ねる。


「そうだ。中を通るのだ。北から向かうと最後に暗い道があったのだ、とても暗くて長い道が。山の中を潜って出てから、山へ歩いて向かうんだ」


 ドルドレンは急いで見渡す。自分たちの来た方向と、支部から北に向かう最初の放牧地、その手前の林や木々の流れを見ながら、西から繋がる山脈との隙間を見渡し、『あっちだ』とイーアンに指差す。



 龍に高度をもっと下げてもらいながら、針葉樹の先端すれすれの位置で、見え隠れする道を目で追う。すでに針葉樹の中にも雪の白さが見えるくらい進んだ場所から、木々が(まば)らになり、山道の雰囲気が始まった。


 人っ子一人いない大自然の山岳地。こんな場所で事故でも遭ったらと、怖くなるイーアン。パパに龍の歯を渡したから、魔物の恐れはないと思うけれど、事故など他にも怖いものは怖い。



「あれだ」


 ドルドレンが山の削れた部分に出来た、道を飲み込む黒い穴を見つける。指差された場所は確かにトンネルに見えた。


「ミンティンはあの中に入れません。この仔は大き過ぎます」


 出口の方へ向かおう、とドルドレンが考えて、山の上を通りながら出口を探す。連なる山のどこが出口なのか。記憶がついていかないドルドレンは子供の頃の思い出を搾り出す。

 どれほどウロウロしてみても、続く道が見つけられない。朝陽を受ける山は全て、雪の白さに青白く輝いている。


「先ほどの入り口だけは確かだと思う。歩いてみよう」


 ドルドレンと一緒に入り口へ戻り、龍を一旦空に帰す。ドルドレンはイーアンと手を繋ぎ、暗いから決してはぐれないようにと念を押して、暗い山の中の道を進む。一つ、腰袋の中にスコープを入れておいたのを思い出して、イーアンはドルドレンにそれを渡した。



「魔物がいないと良いけれど」


「大丈夫だろう。親父も龍の牙を持っていて、イーアンも笛を持っている。よほどこちらから近づかなければ襲われはしないはずだ」


 そうと思っていても、この道にいるのはイヤだなぁとイーアンは思う。馬車が通れる広さではあれ、高さ4mくらい、幅も3mくらいの道である。手を引いてくれているドルドレンの姿さえ、進めば進むほど真っ暗で見えなくなる場所を歩いている。



 暫く真っ暗な中を進んでいると、進行方向から音が聞こえる。気のせいかと思えば、進むに連れて徐々に音は大きさを増す。


「馬車だ」


 ぼんやりした光がトンネルの道の壁に映り始め、曲がりくねる暗い道を進んでいくと、光はどんどん明るくなって、とうとう人々の声がはっきり聞こえた。


お読み頂き有難うございます。


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