2909. 『念駆除』変更・イーアン犬を囲む『神殿の質』話・北西海沿いの僧兵~神の龍へ
すでにイソロピアモが発信した?
気づいて答えた女龍に、そういうことだろう、と魔導士。イーアンは唸る。
もう動き出している。イソロピアモが『念憑き』状態で発信し、ヒフォルヌスにいた『念憑き』の一人がそれを知り、発信の室があるヘズロンを行先にしたとなると。
ここにイソロピアモがいた可能性。もしくは、イソロピアモに返事をするための可能性。が、思い付く・・・
「想像していそうだが、恐らく正しい。ヘズロンに向かうはずだった人間は、行かないわけだから、向こうは予定が変わるかもな」
続けた魔導士の横で、ラファルが『行かないんじゃないな。行けなくなったんだ。死んじまった』と訂正し、魔導士は首肯。イーアンはじっと見て、この人が殺したんだなと思った。
それはさておき・・・『殺す』ことについても言っておこうか、と擡げる。ルオロフも魔導士の反応で同じように感じ、『イーアン、ヤロペウクの』と囁いた。その名前で魔導士がぴくっと反応する。
「聞きなれない名前が、また出たな」
「・・・聞きなれないけど、知ってるでしょ」
「『ヤロペウク』が先に絡んだのか?」
「彼の伝言があって。教えとくけど」
『念を追跡しろと言われた、真意は知らない』と教えたイーアンに、魔導士とラファルは目を見て『どうする』と異口同音。被った言葉にラファルが少し笑い、魔導士も口元を手で拭って、ふむ、と首を傾げた。
ラファルには、ヤロペウクの名は重複せず、人物像について『滅多に姿を出さない旅の仲間』とだけ説明。
魔導士は『ラファルも俺も今のところ、これが仕事だ』と眇めた視線を女龍に投げた。
「うん、知ってる」
「倒すより追いかけろとな。それは『追い込んで一絡げにしておけ』と聞こえる」
魔導士が何を想像したかまでは、ラファルも分からない。ん?と首を傾げ『消すのが仕事ってだけじゃなさそうだ。あんたは何を察した?』と促した。
「精霊の話では、『念』の憑いた人間は放っておいても片付けられる時が来る。だが、ヤロペウクの助言はそれに対して、お膳立てを仄めかす。まとまったゴミに火の粉が燃え上がる予定なのに、ゴミをまとめておけってな」
「ははぁ、追い込みの猟犬みたいなもんか。俺はネズミだったが」
ジョークを言わない人だけに、ぽつっと思い出した『ネズミ』の一言でイーアンが笑い、横で聞いているルオロフは『ネズミ?』と眉根を寄せ、魔導士も少し笑いながら『猟犬、だな』と冗談に付き合って、指を鳴らし―――
「おいこら」
「えっ」 「おお、今なら触れるな」
『おい』と凄んだイーアンは、ぶちの入った白い巻き毛の大型犬に変身。
真横にいた女龍が犬に変わったルオロフは仰天し、笑顔を向けたラファルは、前は触れなかったのもあって(※2493話参照)手を伸ばし、魔導士を睨む犬の頭を撫でる。
「バニザット、この野郎」
ナデナデされながらワンコは舌打ち。ふん、と見下ろす魔導士。
「口の利き方に気を付けろよ、イーアン。俺は油断するなと前に」
「喋ってただけだろっ!さっさと戻せよ!」
「ああ、怒ってると可哀想だな。でも可愛い。よしよし」
同情しているのに可愛がるラファルによしよしされて、唸るイーアン犬は目が据わる。『ラファルが撫でてるんだ』と可笑しそうな魔導士に、この人は怖いと改めて思うルオロフだが・・・ちょっと背を屈め、ちらっと見た鳶色の瞳に微笑んだ。なんとなく、目が嫌がっている。でも。
「イーアンは。犬になっても綺麗です」
「ありがとう(※棒読み)」
「話す犬の姿でも、私は全く違和感を思いません」
「どういう意味」
「ルオロフは褒めてるんだよ、イーアン。しかし、毛がつやつやだな。髪は黒いのに、イヌになると白いってのも乙なものだ」
ルオロフの会話を横から掠めて褒めるラファルが嬉しそう。何が乙なの・・・文句も言い難いイーアンはよしよしされ続ける。気づけば、ルオロフも背中を撫でてるし(※便乗)。
「犬から戻せよ、話終わってねえだろ」
「喋れるだろうが。その格好でいた方が、男二人が和むぞ。俺の情報も教えてやろう」
男二人(※ラファル・ルオロフ)が撫でる手を止め、魔導士は『撫でていて良い』と顎でしゃくり、犬の探る目つきにフフンと笑う。
「ヘズロンの『呼びかけの室』の性質だ。俺は魔法を使って動かした。呼びかけの室は、風変わりな剣を床に突いた後、天板に手を置いて喋るのを魔法で確認した」
魔法何でもありだなと―― 剣まで再現した魔導士に意外でもなく ――思いつつ。剣が起動道具であるくらい知ってるイーアンとルオロフだが、彼らの反応を見ながら魔導士は詳細を続けた。
「イソロピアモが、ヘズロンの遺跡を使った可能性はない。念が大陸から出始めたのはせいぜい半月前として、祭壇に積もった塵もその間に相応する。だから、別のところだな。
イソロピアモは『念』に憑かれた後に発信したから、ヒフォルニスの念憑き男は、彼の名前と地名を壁に書いていた」
「他には」
「俺は喋りかけたが、お前からの声も聞こえた。それはおかしいと思わんか?」
はた、とイーアン犬は垂れ耳を浮かす。そうですよねと、ルオロフも犬の巻き毛に手を沈めて『なぜ会話しているか気になった』と呟く。
「すぐ後ろにいたラファルは、俺の声は当然聞こえても、イーアンの返事は聞こえなかった、と言う。天板に手を置いた者だけが、受信先の相手の声も拾えるようだ。会話になっていたとも言えるが、同じ室にいるだけの誰かには、会話に思えない」
「・・・つまり」
「仕組みを知っているのは、剣を持つ指導者だ。そこらの民が使用許可されていない場所だけに。イソロピアモは発信する際、受信用の神殿にいる相手の状況を知ることも出来た・・・な?
神殿の質だけ取り立てて考えてみろ。イソロピアモが悪党の真ん中に近いとして、こいつを捕まえるなら」
「受信用神殿で。罠を、ってこと」
男二人に撫でられる犬は『猟犬の追い込みね』と、先のヤロペウク助言に戻し繋げた。
受信側に手を加えて、『主導者に立ったらしきイソロピアモ』を誘導する利用を、魔導士は思いついたと分かったが、その前に。
黙って聞いていたルオロフも『剣があるのでしょうか?』と気になった怪訝を口にした。
―――そう。剣は一度きりのはず。
使って壊れる剣に、ストックがあるとは思えない。ティヤーでは『一回一本使用』が通常の認識を、イソロピアモ自身が話していた。
この国でも『室』を利用していたなら、剣を作る職人はいただろうが、その人は善悪どちらかで戻って来ているのだろうか?
ヒフォルニスからヘズロンへ行こうとした男は、剣がなければ発信しない遺跡を使う気だったのか。こうなると、剣のコピーが気になる―――
サンキーさんが襲われたんじゃないだろうな、とワンコの視線が左下へ流れ、ワンコの顔横にしゃがんでいたルオロフはイーアンの疑問を察し、垂れた犬の耳を撫でてこちらを向かせる。
「彼は大丈夫だと思います。私が正確なところへ確認に行きましょう」
「あ。そうでした、ルオロフなら」
「ええ。その方が早いです」
ティヤーでサンキーが、二度ほど神様の保護に置かれたのは、彼が剣を作り出さないようにするためだった。だから、ヨライデで新たに剣を作る許可は考えにくい。
以前はあったかもしれないが、今は・・・ とりあえず聞くのが良いとルオロフは言い、後で出かけることにした。
ワンコとひそひそ話す貴族に、ラファルは撫でるのを切り上げて離れる。
聞かれたくない様子に気遣って遠慮し、突っ立っている魔導士に『これからどうするんだ』と次の行動を尋ねた。
「うん?俺たちは猟犬だろ?」
そうしろと回って来た話だ・・・とここまで。
話は続かず、ふっ、と漆黒の目と魔導士の片腕は遠い町へ向き、なぜか急に呪文が始まる。何の予告もなく、短い呪文の終わりかけで袖が翻った腕から氷盤がぐわっと広がり、町までの距離を一気に薄氷が覆った。
ギョッとした三人に振り返り、『敵』と教えて次の呪文を唱えるや、広がった氷は地面に食い込み、いっぺんに蒸発して消える。
薄氷の魔法で、最初に閉ざされた記憶が蘇るイーアン。
一瞬の技を前に、開いた口が塞がらないルオロフ。
「あんたは派手だな」
ハハッと笑ったラファルが、魔物だったかを聞き、『魔物以外もいた』と答えた魔導士は女龍と貴族に向き直り、一先ず用が終わった・・・と締めた。
犬の魔法を解き、ガン見する赤毛の貴族に『進展があれば言え』と続きを命じ、魔導士はさっさと緑の風に変わる。ラファルを巻いた風は、慌ただしく空に上がって消えた。
「ルオロフ、神様に」
「え、え・・・はい。あ、あの」
魔導士の魔法攻撃を間近に見た衝撃で、言葉がつっかえる貴族に、イーアンは理解を示して頷く。
「あの人はあんな感じです。いつでも」
「知ってはいます。アイエラダハッドでも世話になりましたし。でも久しぶりに見たので」
「魔法はね、驚きますよね」
「イーアンが犬でも、さすが素敵な犬、と思いました」
すかさず褒める貴族に、それはいいからと流し、思いがけない情報入手の次―― ヂクチホスに確かめるよう、イーアンは彼を送り出した。
*****
魔導士は、言わずにおいたことがある。それは、大したことにならないと考えたからで、『イーアン以外が聞いていた可能性』もあると。
仮に聞かれたとしても、意味が伝わりはしない。はずだけれど、魔導士に偶然があったように、別の人物も偶然に鉢合わせていた。
ある地方の『受信用室』から出てきた男は、向かいにある壊れた神殿を眺めて、古い神殿の階段で足を止めた。
ふと、ここに剣があるだろうかと、あの剣の存在を思い出し、室に入ったが、そんな欠片もなかった。だが別の収穫は・・・収穫というのかどうか。興味深い事に偶然―――
「ヨライデ人の発音じゃなかったな」
今も昔も・・・縁のある女? 室に響いたおかしな言葉。太い柱に寄り掛かって、風呂に入らず過ごす日々でベタつく髪をぎゅっと押さえ、聞こえた言葉を反芻する。
「女とやり取りするために、神殿を使った?呼べ、と言っていた。ということは、相手の『女』は応じたってことか」
遅い雲が溜まり始めた空を見上げる。空に、自分の会いたい女を重ねて息を吸い込むレムネアク。北西部の神殿は、海を臨む。
今のところ、サブパメントゥにも魔物にも遭遇していない。死霊は何回か見たが、それは回避した。悪鬼はまじないを除けて遠くへ行った。食材は魚と貝、自生植物の葉と根が入る環境だから、少し滞在して動かずにいるが。
「イーアン、『女』と聞いて、俺はあなたを思い出します。ヨライデに、来ていますよね。どこにいるんだろう」
あの美しく強いダルナたちを連れた、『神の龍』―――
ヨライデでは『神の龍』が、龍の呼び名。善悪に縛られない絶対的な生き物と、神話に残る。人の悲しみを映した顔で、多くの痛みを破壊してしまう。有を無に帰す、大きな存在。
神の龍は、人間が大っぴらに崇拝することすら咎められる。そのため、龍の儀式はない。
遥か昔にはあったようだが、体に絵を描くことも今は不文律。似た生き物なら良くても・・・龍そのものを示す絵は、遺跡に遺る程度で、他で見かけることもない。
「あなたに会えた俺の運命、助けてもらって、『悪人じゃない』と言ってもらった。生まれ変わっても自慢ですよ。でも生まれ変わる前に、また会いたいんです」
逞しく生き残る僧兵は、龍相手に思いを募らせ、それがあと、ほんの数時間でどう変わるかなんて予想だにしない。
お読み頂きありがとうございます。




