2908. ヘズロンより贈る・ラファルとルオロフ再会・『呼びかけと受信の室』と、あの弟
ヘズロンの都で、誰もいない洞窟に入った魔導士とラファルは、豪勢に飾り付けた入口を潜ってすぐ、奇妙な柱に取り囲まれた大きな祭壇に面した。
広い天板は土埃がうっすらとかかり、吹き込む風や地震などに高い天井から細かな塵が落ちているようだった。それにしても土埃の乗り方は、人が消える前から払われていなかった感じもした。
覗き込んだラファルの胸にちょっと手を当てて下がらせ、『何が起きるか分からないから後ろに』と魔導士は警戒。
大方の予想はついているが、まずは魔法をかけ、これが何かを手っ取り早く読み込んだ。ただの馬鹿でかい祭壇にしては飾り立てすぎている。
ここまで守られた遺跡は、欲が絡んでいて当然。出るわ出るわ、残留思念が灰汁のように立ち上がり、ひと月ほど前の日付も聞こえ、動く残像を右から左へ眺めて理解した。
「これを、こう使うんだな」
使い方も、映像で知る。ラファルは下がらせておいて、杖を一本出した魔導士が軽く呪文をかけると、最後に使用した日の再現が登場。物質的な再現で、思わず『本物か』とラファルも尋ねたが、物質的とはいえ魔法の一端。『お前をネズミに変えたのと同じ理屈』と短く答え、魔導士は質素な杖を振る。
杖頭が宙を一薙ぎ、そこにいるかのような数人の男は、杖から泳いだ光線が緩く巻き付いた。男の一人は再現作動に入り、その手にある飾り剣を祭壇の下に突き立て、祭壇がパッと光った。
と同時、空間が歪む。ぐにゃっと、魔導士たちごと伸びた瞬間は、それで終わったが、警戒した魔導士は杖ですぐに床を叩いた。再現用の男たちの出番はこれで終了。
天板一面の白い光が照らした前の壁に、いくつかの風景だけを残し、男たちの姿は消える。
今のは何だ?と歪んだ一瞬に慎重になるが、それきりで変化はなし。いつものように小さいことを気にしないラファルは、側へ来て褒めた。
「あんたは本当に、大した魔法使いだ」
「褒めても何も出ないぞ」
動じない男にちょっと笑い、魔導士は簡単に杖の説明をしてやる。『この手の魔法は。長時間やるとご法度だから、杖の依存で術師の責任を軽くした』とか何とか。杖にそうした力がある裏話をラファルに教えてやってから、気を取り直して壁に映る各地風景に目をやった。
「なるほどな。ここに映った地域にも、この遺跡と同じようなものがあるわけだ。ヘズロンで喋ると、あっちこっちに聞こえて・・・会話は出来ないようだが」
先ほどの残留思念によれば、会話は成り立たず、こちらが一方的に喋るだけ。ここは権力者が牛耳って使う場所だった。
「さて」
顎髭を片手で撫でつけ、バニザットは天板に手を置き、物は試しに・・・誰に届くか分からないのは承知、その前に、聞く相手がいるかすら分からないが、古語で話してみるかと口を開いた。が、喋る前に止まる。
聞こえる・・・ 天板に手を置いているからか、手を浮かすと聞こえなくなる。また手を付けて小さく届く声を拾い、壁に映った地域のどこかで誰かが話しているのは聞こえることを知った。その内容、その声。その言葉。
「フフッ」
「ん?なんかあるのか」
「偶然にしては、いや、面白い」
可笑しそうな魔導士の呟きに、ラファルが尋ねようとしたすぐ、『今教える』と一言。他から声は聞こえないので、相手に話しかけてやった。古語ではなく、共通語で。
「俺は勘違いしない性質だが、確認するか。そこにいるのは今も昔も、俺に縁がある女じゃないか?」
『魔導士』
戻った声にバニザットは笑い、ラファルに『イーアンだ』と振り返って教えた。
*****
イーアンたちの声は届いても、会話にならない。
『聞くだけの室』であるには違いなく、受信する側は、一方的に響く誰かの言葉を聞くのみ。
ヘズロンの洞窟は、各地の室で拾う声を聴きとれたが、場所の特定が出来ない。どこで誰が喋っているのか分かっていない場合、結局『ヘズロン側が話す』だけになる様子。
ルオロフとイーアンの会話中に、彼女の名前が出たことで魔導士は話しかけたのだが、ここからはちょっと気遣う。
「他に誰が聞いているかも分からん。『縁のある女』と呼んでおこう。お前の反応は届いている。だが話は出来そうにない。よく聞け・・・そこを出ろ。いつものようにその場で俺を呼べ」
『呼ぶの?』
間違いなく女龍の反応。偶然とはいえ、こんな形で繋がるのも面白い魔導士は『そうだ。最近は俺に用がないようだが、今は俺が用事を思いついた』と返し、向こうから『分かった』と戻ったので、魔導士は天板から離れる。離れただけで壁の風景は消えて、祭壇も元に戻った。
「イーアンがいたのか。彼女はなんて?」
待っていたラファルに訊かれ、『お前に聞こえなかったか?』と魔導士が逆に尋ねる。ラファルは首を横に振り、何も聞こえなかったよう。
「そうなのか。お前にも聞こえていたと思ったが。俺だけか」
「魔法か何かが関係しているのかな」
「ここは魔法じゃないんだ。こういう仕組みという具合だが・・・お、とりあえず呼ばれたな。外へ行くぞ」
話していた魔導士にしか聞こえなかった、他の室からの声。これも覚えておくことにし、『呼ばれた』魔導士はラファルを連れて表へ出ると風に変わり、ラファル連れで女龍の元へ向かった。
*****
イーアンは呼び出した魔導士が本当に来て、ラファルと一緒なので喜んだ。
「ラファルも一緒でしたか!」
「久しぶりだな。ヨライデに来ていたか」
魔物が出たので今日から馬車を出した、と教えるイーアンは、空中でラファルと挨拶し、魔導士に『下に降りるぞ』と注意される。
「私も連れがいるんだよ・・・って、バニザットもラファルも知ってる人だけど」
「ルオロフか」
先ほどの彼らの会話に出た名前で見当をつけた魔導士に、ラファルは『ルオロフ』の名に一瞬考えたものの、『ビーファライだ』と直されて気づいた。
「そういや。人間に生まれ変わったとエサイが話していたな(※2761話参照)」
「ルオロフになってからは、ラファルと会っていませんでしたっけ」
「会えば済むことだ」
空中で喋っているのを切り上げ、魔導士は降下。イーアンも後に続き、洞窟外に立つ赤毛の貴族が見上げる横へ降りた。
「ラファル・・・ 」
「お前がビーファライ?」
変わったな、とラファルの最初の感想にイーアンが笑い、ルオロフも面食らって苦笑する。変わった、で済むラファルの反応に、風から人の姿に戻った魔導士は『再会が淡泊で何よりだ』と軽く流した。
魔導士は洞窟を一瞥してすぐ、ヘズロンの古代都市から伝えたと教え、洞窟に入って受信側を確認。どうして送信側の室にいたかをイーアンは質問し、洞窟の外に出て互いの状況を伝え合う。
そうしていろいろと話している内に・・・イーアンは、『念憑き』の書いたらしき英語の文章と、そこにあった名称で、一旦止めた。
「イザルモ」
「途中の字が読みにくくて、前後だけ拾うとイザルモって読めたんだが」
「ラファル、書いて頂けます?」
「書くのは良いけど、判別できなかった字は適当だよ」
自信なさそうに了解したラファルは、片膝をついた乾いた土に指を置く。目にしたアルファベットで覚えている部分を先に書いて空白を挟み、『この部分に、PかRだと思うんだが』と呟いた。
もしかしてと過り、スペルを頼んだイーアンは、土に書かれたスペルに目を凝らす。案の定―――
「イソロピアモ、です」
「あん?」
「空白部分はきっと『P』です。イソロ『ピ』アモだと思う。こいつは」
「え?デオプソロの弟ではありませんか?」
しゃがんだラファルの横で、イーアンがその名を口にし、ルオロフも気づく。目を見合わせ『イソロピアモは残ったんだ』と・・・悪人側にあいつがいるのを確信した。
誰だそりゃ、と腕組みして見ていた魔導士に尋ねられ、話はティヤー総本山壊滅まで遡る。
*****
総本山で会った、ヨライデ人教祖の女とその弟(※2581話参照)―――
あの時、弟イソロピアモが話したままを伝える。9年前にティヤーの宗教の教祖が交代し、ヨライデ人のデオプソロという女がその座に就いた。弟が裏で手を回したと思しき展開で、ティヤーの宗教はこの『不思議な遺跡』を掌握したために、あれだけの島がありながら広範囲に拡大したこと。
総本山には『呼びかけの室』と『神託の間』の二つの遺跡があり、神託は特定の者が精霊と交信するが、呼びかけの室は指導者以外でも使用可能だった。
デオプソロ姉弟はどこかへ逃げ、その後で本山も地震と地割れにより一帯陥没。遺跡もすべて消えたこと・・・・・
「消えた行先は、ヨライデだったようですが」
「どう知った」
すかさず突っ込む魔導士に、イーアンはちらっと彼を見て、ルオロフを見て、ルオロフが困っていそうなので『今は言えない』と断った。魔導士は阿保らしそうに鼻を鳴らしたが、深追いはせずに話を戻す。
「まぁいい。お前らが潰した神殿の頂点はヨライデ人で、ヨライデに逃げた。その一人が、ヒフォルヌスの壁に記された『イザルモ』改め『イソロピアモ』、教祖の弟ってことだな。
さて、現場で話してるんだから、すり合わせもしておくぞ。ヨライデにも『不思議な遺跡』とやらで、送信と受信が可能な場所はあった。ティヤーから手を引いた後も、そいつはヨライデで何かを蒸し返す・・・何を蒸し返す気か、碌でもない予想がつくな。
で、だ。現在地のここ中部北西側から遠く、テイワグナ国境近い地域ヒフォルニス。俺が喋ったヘズロンは中西部。イーアン、だから?」
魔導士は、云わんとすることを女龍に振る。南にいた男は何かで指令を受けたから、ヘズロンへ移動を目的にした。
ヘズロンには発信用の遺跡があり、応答する気だったか、または、イソロピアモに収集を呼びかけられた町なのかは・・・分からないものの。
「もう、イソロピアモがどこかで『発信』した後・・・ってこと?」
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