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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ヨライデ入国
2905/2954

2905. 旅の四百七十六日目 ~挨拶・ルオロフの頼み・バイラ引き受け・馬車出発

 

 翌朝、バイラは馬で乾いた地面を下り、港の黒い船へ向かった。


 餞別もなく手ぶらで、若干申し訳ない気持ちはあるが、行商が一週間に一度しか来ない地区なので、こればかりは仕方ない。この前来た時、船の分も買って渡したが、それくらい。


 見晴らしの良い傾斜から、帆柱まで黒い大型の船を見て進む。あんなに大きな船はまず見ない。ティヤーは海賊の国だと聞いたが、こんな立派な船ばかりなんだなと、改めて感心した。


 朝陽が水平線を渡る時間、船の横に掛かる舷梯で人影が動く。と思ったら、白い龍がドンと現れ、離れたところで見ていたバイラは笑った。



「イーアンは・・・こんな風景、滅多に見られないものだけど。馬車を下ろすのかな」


 港の人の声も響き、バイラは馬を少し走らせる。近づくと、こちらを見た大きな龍に気づかれて、ニコッと笑顔を貰った。

 真っ白な龍の(たてがみ)が朝の金色に縁どられ、長い白い体は堂々と力強く美しい。光景を見るだけでも縁起ものと思うのに、自分の知り合いなんて誇らしい。信仰心篤いバイラは、出会いを精霊に感謝し、片腕を大きく振った。


 龍は白い両手で小さな馬車を包んでおり、バイラに手を振ろうとして戸惑い、バイラもハッと気づいて『いい、いい!』と両手を大きく交差し、無理しないでの合図を送った(※馬車持ってる)。馬車を一つずつ波止場に置くのか、龍が下ろした馬車は一台。それは遠目から見ても・・・見慣れないものだった。



「バイラ!」


 蹄の音で振り返ったドルドレンは、馬車の脇に立っており手を振る。

 バイラは総長の横に馬を寄せ、彼の前にある小振りな馬車に視線を向けた。イーアン龍は、甲板からもう一台を下ろすところ。


「おはようございます。いよいよ出発ですね!」


「おはよう。来てくれて嬉しいばかりだ。バイラに後を頼んでしまうが、どうかよろしくお願いする」


「はい。何かあれば連絡します・・・これは、どこの馬車ですか?」


 頷いたバイラは、次に下ろされた馬車がハイザンジェルと分かり、毛色の違う最初の馬車に質問。


「ん?これか。アイエラダハッドで購入したのだ。馬も二頭買った。これも、馬車の家族のものである」


「国で違いますよね・・・装飾が多いなどの特徴は同じですけれど、荷台の大きさや色合いが。北の国は、荷台が少し長いのかな」


 アイエラダハッドでは、新しい馬車一台と馬を二頭買い、ティヤーでは黒い大きな海賊船を得た総長たち。


 バイラは自分がいない時間にあった変化に感慨深く、波止場に並んだ三台の馬車と、馬たちを見つめる。アイエラダハッドで買った二頭は牝馬で、ハイザンジェルから連れてきた馬より一回り小さいが、総長曰く『彼女たちも大変心強い仲間で、極寒におじけづかない』とやら。


 ドゥージの馬、ブルーラも最後に甲板から降ろされて、ブルーラと目が合ったバイラは、ブルーラに鼻を鳴らされて少し笑った。『私を覚えているんだな』と呟いたら、総長も笑顔で『賢いから』と頷く。



 ―――ドゥージがもういないのは、この一週間で聞いた。彼と友達になったロゼールが教えてくれたのは、怨霊憑きドゥージは現在、『精霊のもと』にあること。バイラは深く聞かず、そうですかと話を終えた。ロゼールは彼の話を出した途端、表情が沈んだ。きっと、彼は生きていても大変なのだと察して―――



 だから、馬のブルーラの挨拶も引っ張らず、バイラはあっさり話を変える。


「いやぁ・・・私もご一緒したいと切に願いましたけれど。久しぶりにお会いし、こうして旅の記録となる足跡を見させて頂くと、また同行したい思いが強くなります。いろんなことがあったのでしょうね」


 彼の胸中が伝わるドルドレンもまた、新たな出発を前に旧友バイラの言葉を噛み締める。『再び縁が紡がれた今、これが決して短いとは限らない』と微笑んだ。


「今日から離れるが、しかし度々バイラに頼るため、会いに来るだろう」


「はい。私で足りることでしたら、いつでも。お待ちしています」


「・・・バイラは本当に頼もしい。ああ、離れがたい」


 もう離れてしまうと残念そうな総長に、バイラは総長の背に手を置くと『無事を祈っています』とまずは気持ちを伝え、それから現実的な問題も少し出した。そう簡単に離れられない問題、あり。



「総長に会えるかどうかは、状況によるでしょうが。イーアンから昨夜聞いた問題に、食糧事情がありますね?」


「うむ。そうか、そんな話もしたか」


「ええ。イーアンはテイワグナまで購入に戻ることを考慮していますが、大所帯だし定期購入の約束ができない旅路に於いて、予定なく買いに来て一定量を得られるか、心配していました」


「バイラは、良い案がある・・・わけないな」


「申し訳ないです。今は思いつきません。ですが、作物・穀物は精霊のおかげで豊かにあります。海は魚がいます。家畜や生き物もちらほら・・・一時期は見えなかった姿も、ここ最近見るようになりました。もし私が手の離せない仕事中でもなければ、一緒に首都や近郊の大きい町へ行き、購入にお手伝いは出来るかも」


 すぐ約束できることは伝える。バイラの誠実な言葉に、ドルドレンは目を閉じて首を横に振り(※感動中)、『有難う』と礼を言った。


「買い出しはイーアンだと思う。運ぶとなれば大荷物だ。飛べる上に輸送も可能な彼女が、向かうはず。俺は役に立てないが、どうかその時はお願いしたい」


 頭を下げる総長に、困って笑いながら『大したことではない』と頭を下げないよう、バイラが頼んだところで、『バイラ』と他からも声が掛かる。タンクラッドやミレイオが出てきて、イーアンも龍から人の姿に戻った。ルオロフとロゼール、シャンガマックと獅子も船から降り、馬車三台に馬を繋ぎ始める。


 いってらっしゃい、行ってくるの挨拶を交わし、バイラも馬を下りて手伝う準備。赤毛の貴族と目が合い、バイラがちょっと会釈すると、彼は側に来た。


「バイラさん。ちょっとお話が」


「はい。何ですか?」


「香辛料についてです」


「香辛料」


 突拍子もないルオロフに、皆さんの作業様子をさっと見てから、『どうしたんですか』と、とりあえず促す。


 ―――ルオロフと言葉を交わしたのは、出会ったあの日の挨拶だけ・・・ 

 彼とイーアンが留守の日々、『ルオロフは、アイエラダハッドの高位貴族』とミレイオたちに聞き、驚いた。機構同行許可の手続きも踏み、ティヤーから一緒らしい。


 年は20代後半くらい。凛とした顔つきは、貴族と言われたらなるほどと思うが、どことなく人間味を感じさせない不思議な若者―――


 その若者は薄緑の若葉に似た瞳を向け、すっと息を吸い込み、警護団員に打ち明ける。



「母が。バイラさんの香辛料のことを話しておりまして」


「・・・え?あなたのお母さん?私の香辛料って?」


 赤毛女性なんていたか?それより、知りもしない女性がテイワグナの香辛料の話?

 驚いたバイラに、ルオロフは声を潜めて『いいえ。()()()()()』と言い直す(※母部分は誰相手でも強調する)。


 目を丸くした警護団員に頷き、『私は息子として迎えて頂いた』と前置きし、母のために香辛料を買いたいのだと相談した。ルオロフは、ティヤーでおコメを買い占められなかった無念を繰り返したくない(※2662話後半参照)。


 バイラは少々面食らい返事にまごついたが、小さく咳払いした上品なアイエラダハッド人は彼の反応は気にせず、『そういうことですので』とさっくり話を進める。



「宜しければ、母がこちらへ買い出しに来る際。あなたが料理で使われる香辛料を購入できる店へ、どうぞ連れて行って頂けないでしょうか」


 やたら丁寧だが、内容がおかしい。

 バイラは笑いそうで我慢し、『香辛料ですね』と繰り返す。ルオロフも大真面目な顔で『ええ。彼女が欲しいだけある店を希望します』と・・・


「ルオロフさんは、イーアンの息子になったのですか。ザッカリアが息子とは知っていましたが」


「はい。彼が抜けた後のことです。私にも寛大な母性を示して下さいまして、以降、私はイーアンに人生を捧げると誓いました」


「は~・・・それはなんて忠義な。で、香辛料ですが。確かに山積みで販売しているんですけれど、欲しいだけと言っても、お金は」


「山積みか(※苦手想像)。では今、渡して宜しければ私がお支払いします」


 今? 貴族だから?と言いかけて困惑するバイラに、ルオロフは『下品かもしれず、ちょっと悩みますが』と眉を寄せつつ、腰袋の一つを外す。渡すつもりだったらしく、ベルトから取りやすい形の腰袋を掴み、バイラの手に載せた。

 重い。袋に重さがある。賄賂でも受け取ったような後ろめたいバイラだが、貴族は『私からの()()も入っておりますので』と(※準備万端)言う。


「私はきっと、買い出しに同行できないでしょう。母の喜ぶ顔を見られないとは非常に残念です。でも彼女が思う存分、買い物できるように手伝うことは可能です。バイラさんが母を案内して下さるなら、この袋の金を使ってほしいと、私が頼んだことをお伝え下さい。図々しいのを承知でお願いします」


「はぁ・・・ わ、わかりました。え、でもな。大金ですよね?こんなには」


「いくら必要か分かりません。それとこれはティヤーの金なので、大変申し訳ないですが、こちらで両替をお願いします」


 真剣な薄緑の瞳を向けて頼まれ、バイラは断りにくくてしどろもどろだが、結局押されて受け取った。


 イーアンを好きになる人は変わり者が多いと思うが、ルオロフも斜めに間違えていそうな気がする。が、貴族だからお金に糸目をつけない息子ぶりは何となく理解できた。



 こんな冗談みたいな一場面を横目に・・・・・


 聞こえていたミレイオは、ちょっと笑いながら『寝台馬車はもう大丈夫よ』と大きな声で準備完了を教える。その声に続き、『こっちも大丈夫です』とロゼールが食料馬車の御者台で答え、ドルドレンも荷馬車の御者台に乗った。


「タンクラッド、寝台馬車を頼む」


「いつものことだ。ミレイオは食料馬車に乗ってくれ」


「俺はブルーラに乗りますね」


 ドルドレンが荷馬車、タンクラッドが寝台馬車で、ミレイオが食料馬車の御者。ロゼールはドゥージの馬に跨り、シャンガマックと獅子の姿は消えて、代わりに仔牛が一頭(※久しぶり活用)。

 ルオロフはバイラに『では』と笑顔で離れ、金の袋を押し付けられたバイラはそれを隠すように背中に回し、側に来たイーアンに別れの挨拶を受ける。


「よろしくお願いします。これ、船の鍵です。昇降口は二つあるでしょう?どちらもこの鍵で開きますのでね」


 受け取って『守ります』としっかり約束する警護団に、女龍はニコーっと笑い『また会いましょう』とさよならすると、ドルドレンの横に行って御者台に座った。



「では、出発する」


 朝の港で、派手な馬車の車輪が動き出す。総長の号令で、馬車と仔牛が進み、港の人も『いってらっしゃい』『気を付けて』と手を振る別れ。


 ガタゴトと揺れる馬車がバイラの前で、『またね』『また会おう』『またすぐに』と声をかけ、少し気楽な感じで遠くなってゆくのをバイラは見送った。



「鍵と、金(※予想外)。うん、預かったんだから、毎日見回りは必須だな」


 あっという間の一週間だった。

 人が消えたり、精霊に戻されたりで慌ただしい時、イーアンが現れ、イナディ地区に異動し、総長たちと再会。

 ヨライデの旅の前の休息期間で、ザッカリアとフォラヴがいなくなったのを知った。オーリンも抜けるための準備をしていた。新たな仲間として赤毛のアイエラダハッド人が加わり、彼も特殊な能力を持つと聞いた。

 シュンディーンは一緒のようだが、この期間は不在・・・ ミレイオ曰く、彼も逞しくなった話。


 総長、イーアン、タンクラッドさん。ミレイオ。シャンガマック、お父さん(※獅子)、ロゼール、コルステインは見ていないが居る。そして、アイエラダハッドで残り二名の仲間(※センダラ・ヤロペウク)も接触。その二人は滅多に会わないとか。


「テイワグナを去ってから半年以上、一年未満。飽和するくらい忙しかっただろう。酸いも甘いも悲喜こもごもで」


 緩い角度で、馬車と仔牛が点になる。視界から消え、見えなくなったところでバイラも馬を戻す。

 港には手続きも済ませてあるので、軽く挨拶し『明日来るから』とだけ言い、田舎の治安部へゆっくり進んだ。



「退屈なんて無縁だろうけれど。楽しむ旅でもないしな。どうぞ、あなた方に祝福あれ」


 人間の自分が祈るのもお門違いかな、と苦笑しつつ。でも祈らずにいられない。バイラは次に会える時を楽しみにし、今日もヨライデ国境周辺調査に出た。

お読み頂きありがとうございます。

小さい地図を描きました。


挿絵(By みてみん)

赤い線が、道です。緑色の点線は、国境。

黄色い丸印が灯台で、赤い丸印がサマ・イナンディヤ港、青い丸印が国境治安部です。

船のスタンプは、目立つように大きいのでサイズ感が違います。


国境治安部から港まで歩いて15分くらい。距離にして2㎞未満ですが、傾斜があるので下りは早いです。

治安部自体が崖山に沿って建てられているので、すぐそこが海です。

ドルドレンたちの馬車は、この崖の内側に続く道でヨライデへ進みました。

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