2903. 出発前夜・イーアンの思う『四ヵ国目』の結論、『五ヵ国目』移行
※明日の投稿をお休みします。もしかしますと明後日もお休みするかもしれません。どうぞよろしくお願いいたします。
少なすぎて探しようがないけれど、ヨライデにも人は居る。
魔物の出てくる門―― 小さな出口のみだったが ――を消したイーアンは、船で報告して魔物の質を考える。シャンガマックたちが見た魔物は、土壌に影響しそうな感じ・・・・・
悪鬼や死霊、魔物の忍び寄る攻撃を考えると、地味な魔物では目立たない故に、こちらが見つけ出しにくくて、派手に襲われるのとは違うタイプの危険に晒されるだろう。
悪鬼が走り回った土は、異様な汚れが染みつくのも見た。あれは何なのか。
腐っているのともまた異なり、毒でも撒いた印象。あの土壌に植物が育っても、口に入れたら死にそうな。
八日間で、悪鬼も死霊も驚くほど見た。死霊はいるだけだと何ということもなかったが、悪鬼はいるだけでそこらが汚れ、雑草や木々も傷んでいた・・・
ただ、浄化は出来る。魔性も対象物も消せば良いと思い、毒じみた土の広がりを止めるために消したら、土はえぐり取られることなく普通に戻った。正確には、ぼこッと一瞬浮き上がった表面が消え、『染みついた毒』だけ取り除いた。健康な土は残ったから、この方法で悪鬼の後始末をしていたのだが。
魔物もそういった系統である場合、見て分かるなら対処はするけれど・・・
すぐさま確認できる反応がない魔物だと、人々がやられてしまう方が早い気がする。アイエラダハッドのリデンベグにいた魔物は、土も川も汚染で―――
「イーアン」
「はい」
考えこむ女龍に、ドルドレンが名を呼んで振り向かせ、イーアンにも地図を見るよう呼ぶ。
食卓の食器を脇に寄せ、広げた地図を示しながら、『朝になったら』と馬車を進める方向をもう一度話す。
最初の野営地までの距離、それと道々の注意。人里はあっても人がいないこと、森林側は幽鬼が非常に多い、死霊も日中にうろつくなど。
そして、奇妙な神殿。馬車の車輪があるから少し調べるとし、初日の予定は決まる。ロゼールは『無人の人里』と道の長さ、その先の期待できない風景の想像で、地図を見たまま尋ねた。
「食べ物はどうします?」
「買う場所もなければ、売ってもいないだろう。見かけた果樹は実をつけているのが、時期的に助かったと思うところだ。果樹は野生もありそうだから、手持ちの食糧がなくなったら」
「果物?」
食卓に片手をついていたミレイオが『果物のみ、ってこと』と眉を寄せ、ドルドレンは頷く。誰もが視線を交わし合ったが、食料についてはどうにもできない。今や、料理を出してくれたトゥもいない。ただ、まぁ。
「いれば、の話ですが。私がお魚を捕ってくることも出来ます」
イーアンが挙手し、ドルドレンは頼もしい奥さんにお礼を言った。穀物が早々に切れそうだが、タンパク質(※魚)とビタミン(※果物)が保てるなら違うとイーアンは思うので、当座はそれで凌げたら。
もし、魚がアウトの場合。ヨライデでどうにもならないなら、他国で食料を調達するよりない。
他国の食料事情も、似たり寄ったりだとしても、テイワグナはここ数日で魚や卵や穀物があったので、時々買いに出かける手段もないわけではない。
食料集めと買い出しは、私担当かも(※飛べる&力がある)と、イーアンも皆も話していく内に思った。
「では、明朝に馬車を下ろす。イーアン、バイラにも頼んできてくれるか」
「はい。馬車は私が下ろします」
ドルドレンは予定会議を〆て、イーアンは外へ出る。馬車を甲板に出すのは明日なので、タンクラッドたちは使いかけの食料や水の樽を、船倉の馬車へ運び始める。
「ヨライデまで来て、ハイザンジェルと似たような出発に戻ったな」
船倉へ降りる階段で、荷を抱えたタンクラッドが少し笑い、後ろのミレイオが『そうでもないわ』と返す。
「あんたが言いたいのは、トゥや異界の精霊の不在でしょうけど」
トゥがいないことを口に出さない剣職人に、わざわざ名前を出すのもとは思ったが、ミレイオは呟く。タンクラッドは笑った顔を戻し、肩越しにちらっと見て続きを促した。
「私が言うのもなんだけど。私たちは、揃っているじゃない」
何が、とは言わなかった。でもミレイオはずっと思っている。魔導士バニザットに聞いた過去の旅路と比較し、ハイザンジェルから『旅の仲間』が六人いたこと、その内三人が主要であることも、すごいことなのだと。
「揃っている?ハイザンジェル出た時は、フォラヴやザッカリアもいたぞ」
「そうじゃなくて。三度目の旅路は」
「俺もいますし!」
どう説明しようかとミレイオが口ごもった横から、ロゼールの声が後ろから飛んできて、親方もミレイオも笑って振り向く。朗らかな笑顔の騎士はニコニコしながら『一緒に行きますよ』と付け加えた。
「泣いても笑っても、魔物の王に負けたら全員一緒にあの世行きです。どんな出発でもどんな結果でも、俺たちは後悔しないでしょ?」
「その通りだ、ロゼール。覚悟なんかとっく・・・でな、俺たちは勝つだけだ。全員一緒に、〆は太陽の下に立つ」
船倉の床に片足をつけ、タンクラッドが笑みを向ける。ロゼールの放った、大切な核『後悔しない』の言葉に、ミレイオもタンクラッドも、ロゼールの後ろに続くルオロフも、改めて決意を強くを抱いた。
*****
イーアンはバイラを訪ね、遅い夜にお邪魔した治安部で事情を伝えて、バイラは『明日』と了解した。明朝早い出発に合わせ、自分も見送りに行く。
「毎日船を見に行きます。港にも言っておきますが、何かあればすぐ連絡しますので」
「有難うございます、バイラ。暫くお願いします・・・って、そんな長くなかったりして」
「はい?」
夜勤の団員がすぐそこにいるので、バイラは声を落としたイーアンに気遣い、ちょっとだけ表へ出て『問題が出ましたか』と尋ねた。イーアンはじっとバイラを見上げ、その顔が困る犬のように見えたバイラは、どうしたんだろうと心配になる。
「あのですね、バイラ」
「はい。あなたに会うのも一週間ぶりですし、魔物が出たから想定外の異変も」
「食べ物が心配なの」
「ん?」
深刻なワンちゃんイーアンに、バイラは瞬きして『食べ物』と繰り返す。頷いたワンちゃんは、ヨライデにまるで人がいないものだから、店もへったくれもないんだと打ち明け、バイラは『それは大変ですよ』と理解した。
「そうか。そうですよね・・・テイワグナに戻って買うなら大丈夫でしょうが、一々テイワグナに戻るのも」
「私が動けばいいのですけれど、問題は大人数です。しょっちゅう大量に買うのも。どこも食糧問題はあるから」
治安部は行商が来る。だから辺鄙でも生活が成り立つ。ただ、行商にイーアンたちの人数分も頼むのは難しい。彼らも馬車で、いつも同じ量を運ぶもの。
そうなると、近隣の地区から船でイナディに毎週食品を下ろしてもらう手段も思うが、『確実に買う』のでなければこれも難しい。イーアンたちは忙しく、定期的な約束が出来ない。
唸ったバイラに、イーアンは『もう遅いから眠って下さい』と微笑み、親身に考えてくれる気持ちに礼を言った。バイラは『すぐに手が打てなくても、思いつき次第、総長に連絡します』とし、この夜は別れた。
*****
船では、翌朝の出発準備で抜かりないよう、まだミレイオたちが動いており、イーアンはドルドレンに『君は休んでいなさい』と部屋に入れられる。ルオロフも手伝いを切り上げさせて部屋に戻したと聞き、イーアンも『じゃあ・・・』と従う。
考えてみたら龍気で回復していたものの、八日間ほぼ寝ていない。今日は勉強で、頭も相当疲れたし・・・イーアンは、もそもそとベッドに横になった。
すぐ寝ようと思うのに。短かったティヤーの魔物と、これから始まるヨライデについてぼんやりと考え出す。
―――ティヤーは三ヶ月未満で終了した。一週間待機を抜くと、二ヶ月と三週間しかなかった。
ティヤーで、空の司がアティットピンリーに、『あの大陸』の可能性を神殿の神託で話すよう伝えたことも踏まえ(※2791話参照)。
・・・それは神殿関係者を狂わせたが、今思えば人間を分ける初っ端だったのかもしれない。人間は淘汰される予定に入っており、そして実行されたわけだと感じる。
しかし、この『淘汰』の言い方だって、使い続けて思い込んだが、考えてみたらメーウィックの手記の表現であり、誰も『淘汰』とは言っていなかった。ビルガメスに指摘を受け(※2776話参照)、はたと気づいた思い込み・・・ ただ、こうして真に受けたのも、必然と後付けしてもいい気がする。
なぜ彼が知ったかはさておき。人間だったメーウィックの視点で、『淘汰』と記し残すのが尤も適当だったのかもしれない。
残酷な響きであり、冷徹な判断を下される印象を持ち、一斉排除の動きもこれ然りだろうが、裏を返せば逃がされていた。
仮に『淘汰』と表現せず、そして逃がされると分かっていたら、人間は自分たちを省みただろうか?淘汰表現だったからこそ、私たちは必死に動いて、人々の心に目覚めを願った。
最後の五ヵ国目は、残った者たちが勝利側についているか、敗者側かで残留が決まる。
私はこれを、メーウィックの手記ではなく、空で先に聞いた『統一の話』で思う。世界統一は、勇者決戦の次のイベントだけど、統一手前で何をするか、これまでと並べて想像したら、削り落とすくらいしかない。
ハイザンジェルは、私たち旅の仲間が、あらすじを受け取る舞台だった。
テイワグナは、どんどん出会う異種族との交錯を通して、別の種族を意識した。
アイエラダハッドは、人間の在り方を考え、世につり合うかどうかを問われて、見合わなければ消えた。
ティヤーは、アイエラダハッドが国内の処置で済んだ範囲を超え、世界を土台に選ばれた種族が消された。
人間は他所の世界へ出されたけれど、少し残っている時点で彼らの動向がものをいい、最終で決定に影響するはず。決勝戦の舞台ヨライデで、地上にいる人間が誰についているか。負けた方についていたら、一緒に削除されるのだろう。残っていた人々も、期限未定の追放の旅へ。
そこまでそぎ落とす意味など・・・もう、誰も問わない。真実なんて、自分たちに理解できる範囲で動いていないと、身を以て知った。
翻弄されるだけの駒に過ぎないが、できる限りの行動はとらねばならない。そこに焦点を当てて、最後の国に挑むよりないのだ。はぁ、と静かな溜息が漏れる。
「残った人たち、単純な言い方だと『善悪どちらか』。善い人たちはドルドレンを応援して、未来も頑張ろうとするでしょう。精霊も信じ、きっとニダの言葉にも、強く理解を示す。でも悪人が『魔物側』について、その数の方が多かったら多数決なのか。多数決で、外へ出た人たちが戻れる機会も消え、この世界から人間が全消去されるなんて」
想像の域を出なくても、そんな運びになりそうで悲しくなる。懸命に生きようとする、生きることを大切にしようと向き合う人たちが、悪人諸共追い出される未来がないとは言えない。
「龍の私が・・・何を出来るだろう。でもまたこれも、勘違いや思い込みが入っているのかしら。見えていない部分がありそう。
人間の除外される可能性が減らない。ドルドレンが決戦で勝ったらいいだけの話だと思うけれど、万が一。万が一・・・負けるまで行かなくて、僅差でどっち?なんて結果だったら?
ほんとに多数決で決められてしまって、悪人が多かったしやっぱり戻すのはやめるかってなったら?」
え~、酷すぎる~ イーアンは枕に悲しみを呻く。
ドルドレンが負けるわけはないし、私たちだってぎりぎりまで一緒だから大丈夫と思うが、本当にこの世界はどんでん返しが多いので、『万が一』が限りなく怪しい。
ティヤーでは逃がされた形で、『残っていたら危険な時間を回避した状態』と理解したが、ヨライデは『戻ってくるチャンス』が掛かっている。
「ニダの伝道、思ってるより大きいかも。一人でも多くの人が・・・『念』憑きを泳がすイメージだったけど、実は『念』憑き改心も、意味に含んでいたりして」
すごい難しい気がする。でも、ありそう・・・ 世界の魂胆と目まぐるしい展開に、イーアンはしばらく悩んだが、埒が明かないため疲れ切って寝落ちした。
いつだって、真意など分からないまま進んできたけれど。
イーアンがもし思い出せたなら、少し違ったことがある。
『あぶれたものはこの手に』と言った、『古い太陽』を。片付けに一助する存在かもしれない、と考えられたら。
お読み頂きありがとうございます。
明日の投稿をお休みします。ストックが追い付かなくて、もしかすると明後日もお休みすることになるかもしれないのですが、その場合はこちらの前書きに追記でお知らせします。
いつもいらして下さってありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします。
Ichen.




