2901. 『魔』事情 ~デオプソロ、死霊の長、悪鬼・オリチェルザムの手紙・ソド静観・開戦前調整
ヨライデ北は悪鬼が増え、死霊が生き物を殺す、とイーアンは皆に事情を話した。ルオロフも、そう見えたし、だから生き物の再保護に必死だったのだが。
そう至るまでの状況は、もっとこんがらがっていて―――
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『死霊を使うのは、別に構わない。ヨライデの死霊は、死霊使いで増えた後だ。俺の仕える精霊から、いずれ降りる仕事の前振りだろうし・・・ただ、お前の願いと正反対の行為に気づいていない』
使い道を知らずにいる女を可笑しく思う死霊の長は、女の動向を側で見ている。この女の弟が、俺の死霊によく頼ったな、と。
『死霊に抵抗のあったお前が、今は同じことを選ぶ皮肉。それも、望みの末の一つか』
まじないで水盆に映る風景を見てやきもきする女は、今日も落ち着かない。剃髪した頭は刺青が覆い、女の全身をティヤー神話の絵が包む。
ヨライデ新教の霊媒師(※2596話情報参照)だった女が、隣国で幅を利かせる教祖に成り上がった。本人の意向ではなく、弟の手管を弄した結果ではあれ、姉・・・この女は何も知らずに尽力した。弟と逆の性格で、真面目一本。ティヤーに於いて、山のような犠牲を出したことも分かっておらず。
『今も、な。お前は気の毒で哀れ。良かれと焦るほど、多くの犠牲を生む』
それがお前の運命かもな、と死霊の長は笑う。水盆を覗き込む女は、盆の縁に両手をついて項垂れ、早く成果が出るようにと焦っていた。
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デオプソロは、精霊の保護から戻された後で、自分も手伝うと決め、世界に残される僅かな人々を守りたくて、あの剣を求める。
実のところ、デオプソロが古代剣を求め始めたのは、もう少し前・・・
ヨライデの国王軍が殺気立ち、死霊使いたちの動きも不安定になり出したのが、ティヤーで地震が始まったくらいの時。
『もうじきヨライデも魔物が襲う』と占い師大勢が騒いでいたし、昔話にも残る予言で、デオプソロも覚悟はしていた。
弟イソロピアモは、言い争った日からデオプソロに近づくことを禁止されたのもあり、軍に入り浸っていたため、デオプソロは『古代剣による求め』をヨライデで使ってはどうか?と考えた。知らなかったとはいえ、ティヤーの人たちを苦しめた罪滅ぼし・・・それも念頭にあった。
―――ヨライデにも『室』の存在は、一部の者に知られ、管理されている。イーアンが気付いたように(※2581話参照)、『受信用神殿』はそこそこ―――
デオプソロも、求めを伝える力のない『受信用神殿』で、ティヤーの告知や諸々のお触れを知っていた。『あの剣を誰かが使って、告知している』これも気になった一つ。
剣がなければ、発信できない。剣は長持ちしないので、剣を作っていた神殿ご用達の職人も協力しているのだと思った。
そして、神殿お抱えの老職人の様子を調べたところ、奇妙なことに彼はいなかった。
何度占っても『死んだ』と出る。では、誰が作っているの? 他にも作る職人がいると気づいたデオプソロは霊媒で霊に尋ね、これにより、ティヤーにもう一人いると判明。それは、ティヤーの小さな島に住む鍛冶屋だった。
だが、探し出した日は、ヨライデから人間が一斉に消え、お付きの者・弟が雲隠れした日でもある。
そしてティヤーは、魔物と死霊がここぞとばかりに襲う大混乱時。
ウィハニの女たちが戦う光景も幻視で捉えたデオプソロは、あっちもこっちも何が起きたかとばかりの大変革に、職人を保護せねばと焦り―――
水盆に映った、何もない海岸上の小さな家を、目的地にした。
霊媒で呼び寄せた霊に『あの者を早く連れて来て』と頼み、応じた『何かの霊』はヨライデに蠢く獣(※悪鬼)を引き連れ向かったが(※2863話参照)、水盆は急に鮮明に映さなくなり・・・戻って来た霊の報告は『鍛冶屋に近づけない』としか。
デオプソロは、何があったかを尋ねたけれど、返答はなく終わる。しかし、あの鍛冶屋が剣を作ると知ったからには、どうにか彼に剣を作ってもらいたい。
そうしているうちに、自分も精霊の保護で別場所へ移動し、また戻された。精霊の声で示された、今後の人間たちへの対処も聞いた。
デオプソロはやはり・・・人々のために古代剣を使い、安寧を齎す手伝いをしたい、と意識が向く。
鍛冶屋に引き続き接触を試みながら、もう一つの思い付きも取り組んだ。『強い霊を増やし、魔物が現れたらとり憑いて動きを止める』こと。
―――強い霊を増やして。魔物の動きを止めてください―――
霊媒師ではあるが、人間の枠を出ない女より、霊の方がいくらも上とは思いもせずに、デオプソロは降霊した靄のような相手に、願いを伝え、許可を求め、相手が誰かも確かめず、相手から何を確認されたかも理解せず。
―――『魔物の数だけ増え、強く、多く、霊を望むか』―――
魔術ではないので、見返りは求められない。だからデオプソロは、霊任せで頼みっぱなし。相手が要求するなら話し合うが、それもなかった。
この後、デオプソロの求めを聞いた霊は、死霊に伝え、死霊は人間のいない大地で、普段は手を付けない動物を選ぶ。
人はいないが、動物はいる。命を抜いた動物の死骸は、恨みの土に倒れて悪鬼に変わる。そこら中が恨みの国で、悪鬼の用意は手が掛からず順調に・・・
魔物の数だけ。強く、多く。ヨライデの地を埋めるように、増えるように。
今。デオプソロが覗き込む水盆は、ヨライデに始まる魔物の兆しではなく、彼女の見たい風景を映す。
それは鍛冶屋の住む小さな島で、何度も迎えに行かせているにもかかわらず、全く成果の出ない理由を探していた。
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死霊が動物を殺すのは、まず、なかったのだけど。イーアンたちが見た現場の事情は、おかしな望みが半端に放り出されたためだった、など知る由もない。願いをかけた当の本人すら気づいていないのだから。
そして、デオプソロのこれを勘違いして捉えた者に、魔物の王もいる。
悪鬼が増えたので、苛々していたオリチェルザムも『原初の悪』が動き出したと思い込む。あまりにも無反応が続いたために、オリチェルザムが探りを出した後だった。
『原初の悪』は呼び出しても何をしても出てこなかったが(※2883話参照)、増えた悪鬼・動きの良い死霊たちこそ精霊の反応とみて、もうすぐ魔物も出す。
分かりやすい『探り』を、どう思うかは別。
だが、機嫌を損ねたなら反応はしなかっただろう。
協力の姿勢に気まぐれを起こしたにせよ、悪鬼も死霊も順調なら文句はない。
戻ってこない『探り』は、効果があったと思うべきで。
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オリチェルザムが、業を煮やして放った『探り』とやらは宛先に届かずに終わり、悪鬼は偶然の一致で生じたもの。
宛先の『原初の悪』はこれら一連を、まだ知る位置にいない。彼は、石像の束縛が終わっていないから。
『探り』は、魔の目という形をとり、目だけが飛び回っていた。人の世界を跨ぎ、曖昧な境界をすり抜け、時空の端を進みながら、『原初の悪』を探し、石像が置かれたある場所まで来たものの、それを素通り。
魔物の王が仕掛けた『探り』など、この世界の精霊の領域に立ち入れない。『探り』はそこに石像があることすら映さずに通り過ぎて・・・
これを、死霊の長が見かけた。死霊の長もまた、魔物の王の臭い付きに怪訝を感じ、漏れ出していた『死霊と悪鬼の要求』でピンときた。これはアソーネメシー宛だ、と。
だから死霊の長は、人間の女が願った状況に、アソーネメシーからいずれ同じようなことを注文されると思い、すんなり応じてやった次第。
そして『探り』は、全く明後日の方向に到着した。石像を通過した時点で、そこを守る精霊が目的地を促した先は、遠い遠い北の果て。
溶岩に包まれた氷の城に佇み、雪降る灰色の空を見つめた祈祷師は、こちらへ来た邪悪な目を焼き尽くす。
何かと思えば、父宛の手紙・・・ ソドはうんざりして、『魔物の手伝いなどするとは』と親の行動をぼやいて終わった。
大精霊に停止させられたらしき『原初の悪』。
代わりに受け取る義務で、義務に従いそれを読み、ソドにはそこまで。読むまでは義務だが、続く行動は自由なので、ソドは放置するだけである。
ただ、その内。停止を解かれた親がこれを知ったら、また煩く絡んでくる面倒は思った。
「最後はヨライデの国。あなたはやり過ぎたから停められたものの、魔物の王が不利にならない程度に、舞台は整っているみたいですよ・・・ ドルドレンたちも、最終手前で対等まで押さえられたようだし」
どちらも、手持ちの駒はとんとん、といったところ。
どっちつかずの死霊や悪鬼が蔓延り、人間は減らされて、善いか悪いかの質に分けられた。
時間に手をつけ、女龍を狙う勢いで男龍にも掠り傷をつけた(※ビルガメスの記憶)『原初の悪』は、急遽停止状態に。
魔物の王は、天地用に取っておいた魔物をごっそり削ったために、地上の続き(※天と地下)は辞退するしかない残り数で、ヨライデを最後の舞台として臨む。
ドルドレンたちの状況も似ており、十人集う仲間は揃わずに不安定であれ、補充には余りある力を持つ異界の存在、及び、女龍の同胞龍族が味方に安定したことで、世界は龍族に手を出さないものの、異界の精霊に一時隔離を決行した。
彼らは数が多く、この世界に貢献姿勢で咎められる部分はないにせよ、形勢が一気に傾く独特の力を備える。特にダルナの能力は様々あり、ドルドレンたちにとって有利この上ない。
―――創世に連れて来た『約束』が絡むだけに、二度の封印は不可能。
精霊は彼らを、外から見る立ち位置へ回した。貢献は認めての上、彼らの存在(※魔力)が途切れない場所での待機を要請した。
この手厚い理解と誘導は、世界に異例。何も知らせず魔力供給元へ戻った彼らを封じている時点で、要請よりも強要なのだが、『手出しを控えてもらう強引』にしても、異界の精霊は事情に従った。
まだ少数が中間の地にいるが、強制的に連れて来ないので、残った彼らは魔力源に入らない以上、無理な移動はない様子―――
サブパメントゥの反逆勢も、人間を『放牧』に出したことで、使わなくなった要素。あれらを異界の精霊が片付けるまで見守り、ほぼ片付いた後、純粋な種族状態を保つコルステインたちは残された。まだ潜む反逆勢は、追々始末される。
足りなすぎる不利もなく、足りすぎる有利もなく、双方が力量調整されたヨライデで、三度目の道が始まる。魔物の王か、人間の勇者か。どちらかが地上の権利を得るために、だが。世界の見つめるところは、その先。
そして、世界にとって取るに足らないとはいえ、少なからず駒の役目を持つ悪役もまだいるが、毛色が違うので、この話はまたあと―――
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異界の精霊がいないのは、少なからずイーアンの動きに制限を与える。
結界を張って動物を守ろうと考えたイーアンだが、誰かに見張りも頼めたらとか、レイカルシを呼んで事態の詳細を探ってもらってとか、異界の精霊による進行も思っていただけに・・・これらはあっさり白紙に戻った。
イングは、ティヤー決戦後からいない(※2869話参照)。もう、十日経つ。トゥも、一週間。
「頼みは、レイカルシ」
どういうわけか、レイカルシだけは残されている。イーアンは腰袋の脇に差した一輪の花に触れ、魔力漲る美しい花に『心強い』と呟く。レイカルシは今、イーアンの書庫の・・・・・
この夜、魔物が少しずつ地面に落ち始める。
ヨライデの北の森から、ちょっとずつ。壁が崩れて落ちるように、ぼろ、ぼろ、と魔物が門を開けて落ちるのを、黒い翼を畳んだコルステインが見ていた。
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