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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ヨライデ入国
2900/2954

2900. クフム辞書応用イーアン記号学習・ヨライデ城の呪い『心臓と賭けと、棺』

 

 待たせていたのは、ドルドレンの方なので―――


 しびれを切らした部下の迎えに、『わかった』と了解し、三人は部屋を出る。


 何の話だったのだろう?と、少し心配そうな子犬のような黒い瞳孔がじーっと見つめるが、誰も目を合せず(※負ける)物置場へついて行った。


 これから重大な謎解き・・・のタイミング。言いたいことはある。


 あるけど、シャンガマックの目を見て嫌味を言うのは難しい。そして、彼に『馬車歌とトゥ』の話を少しでもしようものなら、()()()好奇心で食い込んでくるのが分かっているので、三人は余計な一言も発することなく黙々と歩いた。



「この量?」


「はい。イーアン、こっちへ」


「・・・・・ 」


 物置場、と呼んではいるが、少し広めの部屋というだけで、寝台も机もある。使わない部屋だから、他の部屋の机や椅子を寄せていて、図書室のように普段使わない資料や地図などもここ。


 クフムの辞書は、机二台に分けて置かれ、その一画の前にイーアンは立たされた。ドルドレンも思わず、『この量を?』と驚いたが、シャンガマックは無言の女龍に笑顔で『イーアンもきっと驚く』と保証(※すでに別の意味で驚いているから無表情とは思わない)。


 急にこんな量の言葉を覚えさせようとする・・・なんて言っていいか浮かんでこない女龍は、積まれた紙束に手を置くシャンガマックの説明が入ってこない。

 褐色の騎士は良かれと思うと、一直線。クフムがあなたのために~と、事あるごとに挟むので、クフムのためでもあると分かるが。


 凍り付く女龍の顔が動かないので、傍から見ている者たちは同情した。



「イーアンは、言葉が嫌いなのではないですよね?」


 こそっとルオロフがロゼールに尋ね、ロゼールは小さく首を横に振る。『彼女は覚えようとしていたけれど、毎日授業を受けても難しかったみたい』と耳打ちで答えたが、そのひそひそは前にいるタンクラッドに聴かれており(※地獄耳)振り向かれて目つきが怖いので黙った。


 タンクラッドも、イーアンが文字を読めないと知った時は驚いた。

 彼女の知性と知識の幅に釣り合わない意外さからだが、彼女にはおそらく、()()()()()()()()()()があるのでは、とそれも思っていたので、単に『難しいから分からない=言語に弱い印象』を刷り込むのは失礼だと思う。


 読みやすい・理解しやすい文字。彼女は象形文字のようなものに強いのだ。記号への多角的解釈は、さすがの知識を披露し、これまで何度も謎を解き明かしている。


 面白味がない文字には反応が薄いだけ・・・ ではないかな、と親方は洞察(※鋭い)。


 なので、シャンガマックの降り注ぐ善意の笑顔は、イーアンに鬱陶しくて仕方ないだろう、と見て取れる(※正しい)。あの微動のような相槌、抑揚のない返事、垂らした腕の脱力感。目元の精気のなさ。


 そして、シャンガマックは大体、相手の反応に()()(※周知の事実)―――



「ということだ!俺も何度も読み返したから、あなたに説明できる自信はある。支部ではギアッチに習っていたが、あの時はザッカリアも一緒だったし、個別に授業ができたわけではない。今は俺があなたに付きっ切りで」


「あと数時間・・・くらいですよ?ギアッチに一日一時間、支部にいる日は習っていても、私は覚えられなかったのに」


 耐えられなくなった女龍が騎士を見上げ、騎士は微笑む(※眩しい)。ポンとイーアンの背中を叩いて『父もいるし』。同情を引こうとした女龍の目は、凝視に変わる。ミレイオの眉根が寄り、ドルドレンは溜息を吐いた。


 タンクラッドが間に入り、『それはイーアンに良策か?』と止めたが、シャンガマックは少し笑って『でも父は賛成しています』と・・・ ロゼールは、イーアンと獅子の関係性を理解していないが、横でルオロフが『ああ、きついかも』と呟いたのを聞く。



「あの。なぜ。お父さんが。彼は私に教えるなど、面倒なこと」


「ん?それは」


「おい。戻って来たのか」


 物置場の影からデカい獅子がのそっと出てきて、イーアンは固まる。なんであなた、と言いたいが、あっちも面倒くさそうではあれ、笑顔の息子さんに『資料を持って移動だ』と命じている。


 ここから移動して・・・個別レッスン。なぜ。


 獅子は、動かずに呆然とする女龍を一瞥し、豊かな鬣をバサッと振って『ついてこい』と命令。ミレイオが勝手な展開に呆れて止めかけたものの、獅子は無視で『隣の部屋へ』と影に消える。


「じゃ、隣にいますから」


 振り返った笑顔の眩しい騎士は皆が驚くのも構わず、資料をざーっと片腕にまとめ、もう片手でイーアンの手首を掴み(※逃がさない)、ええ、いやです、どうして、と抵抗する女龍を連れて強制的に隣へ連れて行った。



「ちょっと。可哀想じゃない?」


 開けた扉から隣に入った二人を見て、止めようよとミレイオが憐れんだけれど。ドルドレンは気の毒に思うものの、あのお父さんがイーアンに文字を教える理由を考え、『大事なことが控えているかも』と止めるのを待った。


「(タ)しかし、イーアンが嫌がりながら覚えるとは思えんがな」


「(ド)それはある」


「(ロゼ)本能の強い女性だから」


「(ル)誇り高いのですよ」


「(ミ)獅子(あいつ)が教えられるって、本気で思う~?」


 父親の強引さをよく知るミレイオは、スリーブロックを両手で撫でつけ、『かわいそ』と助けに行かない決定にぼやき・・・ロゼールが『早めに昼にして、呼び戻してあげたら』の提案を受け入れた。



 *****



「ふー・・・だからって」


「その文句の『だから』を、()()()しろ」


 早速、強硬的な獅子の授業が始まっており、隣に座る騎士を恨めしそうに見るイーアンは、苦笑するシャンガマックに『この記号の文字を拾うんだよ』と指差して導かれ、渋々『これと・これと・この字・・・』の返答。半目の獅子が、軽く鼻を鳴らす。


「バニザットが教えなくても、こんだけ分かりやすい記号別で覚えないか?」


「今、見たんだよっ 分かるか!」


「イーアン、大丈夫。ホーミット、初めて見た記号だ、すぐ関連させるのは無理がある」


 元々仲の良くない二人相手、どちらも宥めるシャンガマックが一番疲れる立場に立つが、彼もこれを了解する理由は。それとイーアンが、嫌でも頷いたのは。



「・・・そりゃ、結果的にヨライデ王城の呪いを解くなら、と私も思いますが」


 角の間をバリバリ掻く女龍は、ざーっと書かれた記号―― シャンガマックが持参した紙 ――に目を近づけて『記号の数と形、よく思いつきましたね』と溜息を落とす。


「龍のお前なら入れる。はずだ」


 ちらっと見たイーアンの視線を、獅子は『可能性は大好きだろ?』と何でも抱え込む女龍を軽く畳む。


「その情報、あなたがどこかの遺跡で」


「だから何だ。遺跡の情報で問題を解決してきた。『棺の心臓を消すと、魔物がこの世界に来ることはない』んだ」



 ―――勇者が、オリチェルザムと戦う。勇者が三度勝利すると、負けたオリチェルザムは、棺の心臓を持って世界を出て行く。


 人の王が、欲を賭けた心臓。魔物の王が最後に勝てば、人の王はオリチェルザムと同体になり、天地も足元に敷く。


 しかし、棺に()()()()()()()()、オリチェルザムは自分の心臓を置いて去らねばならない。


 この心臓を何者かが掴むまで、どこに留まることも出来ず、存在だけが屍のように残るだけ―――



「その話を要約すると、棺が注意点なのですよね」


「そうだ」


「賭け事の代償に心臓を置いて、賭けに勝てば『王は屍から復活』で、誰かの力を・・・この場合は、オリチェルザムの力を、ヨライデ王が得るという」


「さっき同じこと言ったろ」


 獅子が面倒くさいとばかりにそっぽを向き、苦笑したシャンガマックがイーアンを見る。イーアンも、確認したそうな女龍に頷く彼に続ける。


「賭けに負けたら、ヨライデ王は屍延長。オリチェルザムは、王の心臓一個持って出て行くわけだけど」


「負けて得るものが心臓だ。墓場まで一緒といったところだな。だが、その心臓すら消えていた場合は、組んだ仲間として、自分の心臓を棺に入れなければならない。そうなると、オリチェルザムはそのまま追放で」


 改めて教えてくれたシャンガマックが一区切り於いて、分かりやすく言葉を変える。


「浮遊するゴミのように・・・ヨライデ王が長い長い間、屍で過ごしたように、オリチェルザムも存在だけは失うことがないにせよ。同じ轍を踏むんだ」


「『新たな誰か』が、棺に入った悪の心臓を手に、()()()()()()()()()、ですか」


 ここが一番怖い。最初に聞いて、やだなと思った箇所。

 隣に座るシャンガマックも、イーアンの表情が曇るのは分かる。自分と同じ反応の彼女に言えることはない・・・・・


「俺も気になった。イーアン、だがここまでだ」


「シャンガマック、これ、可能性の話なのでしょ?そこが一番気になるけれど、他にも心配はあります。仮に私が、箱の中にある心臓を消したら、オリチェルザムは気づきませんか」


「分からないが・・・例えば、ヨライデ王がその瞬間、完全に死ぬかもしれないし」


「ですよね。そうなったら、魔物の王は心臓を棺にいれることになって、ドルドレンと戦う前ならドルドレンは」


「やめておけ。お前は問題を広げる」


 ぴしゃっと止めて睨んだ女龍に、獅子は『いいから、覚えろ』と命じる。息子にも、脱線話を少し責めるような目つきで、シャンガマックは咳払いして改める。



「ええと。一応、伝えておくが。イーアン、『棺の破壊』は遺跡で行動に記されていないんだ。それは気を付けてほしい。()()()()()分からないし・・・

 それと、ホーミットが言ったように、『存在を左右する権利の前に、心臓の消滅は免れない』わけだから、ヨライデ王の心臓を消すのは、龍のあなたなら。正確に言えば、男龍も許可されているはずだ。龍族は、破壊と再生を司る」


「・・・だからって、オリチェルザムの心臓が入った後、もう一回消していいかどうかは」


 ああいう存在に心臓がある時点で、うそーと思うが。あるらしい。でも消してはいけないなんて。


「そこは不明だ。遺跡の示唆は、『ヨライデ王城の呪い』に焦点が絞られていた。一度(※ヨライデ王)は龍による破滅が可能でも、二度目(※オリチェルザム)のことは書いていない」


 シャンガマックがやんわり止めて、じっと見た鳶色の瞳の不安そうな色に『一つの可能性だけでもやってみよう』と言い聞かせる。女龍もちょっと溜息を吐いて頷き、しつこくしなかった。



 これを男龍に話したら、あっさり『消せばいい』とか言いそうだな、とイーアンは思うけれど―――



 そもそも。ヨライデ王の心臓に、何の価値があるのか。持って出ていく理由も、何か裏がありそうな。

 遺跡に書いていないことを聞けないので、『問題の王の、知られざる秘密』はさておき。


 棺があるから、ヨライデ王城は壊れないらしい。


 龍が城ごと破壊したら? それは龍の特権によって、『うっかり龍が城も巻き込んで破壊した』場合、壊れるかもしれない。でも()()()()()()とシャンガマックは言う。正確には、壊してはいけない、のだ。


 ・・・これまで。初代も二代目も、女龍は『心臓消滅』を実行しなかった。


 始祖の龍がやらなかった理由は、一つしか思いつかない。それは、『三度の旅路決定』の会議に彼女も関わっていたから。それで破壊しなかったのでは。


 ズィーリーは分からない・・・ 彼女の時代はそれどころではなかった。多分、倒すので精一杯、長期の被害があまりにも深刻で、とにかく倒すことに集中したと思える。


 今回三度目の私は、『ヨライデ王城崩壊』『オリチェルザム再来防止』の手を打てる立場にある。旅は三度までだし、女龍は自分以降、もう登場しない予定。


 となれば、敗退後に王の心臓片手に出て行くオリチェルザムが、()()()()戻れる可能性を減らすため、奴の心臓を取り上げて追い出す徹底は・・・した方が良い、と思う。


 時が過ぎて、誰かがオリチェルザムの心臓を掌握するなんてなったら、再来防止どころか悪夢復活だけど。そこまでは手が出せない。



 除菌は出来るが、殺菌は出来ない・・・みたいな印象だが―――



 今は、文句を言う時間もない。30種類くらいある記号と、記号同士の組み合わせで、ヨライデの言葉に当てはめて学ぶ。シャンガマックが用意した記号は明快で、そしてクフムの作ってくれた『イーアンにもわかる翻訳共通語』と照らし合わせると、なぜか理解は進む。


 クフムの作ったイーアン専用ページは目的対象が共通語だが、言葉の読み書きポイントを掴んでおり、視覚的に記憶しやすい記号と、ヨライデの単語文法を並べ、クフムの辞書に倣って捉えることで頭に入りやすかった。


 どこの文字も・・・ この世界にある、どの国の文字もピンと来なかったイーアンが。


 シャンガマックの―― 実はヨーマイテスが ――用意した記号を、抵抗なく覚える様子に、教えながら騎士は微笑む。獅子も、イーアンが記号を組んでは、ヨライデの文字と発音に変えるのを見守っている。



 ヨーマイテスは、女龍が粘土板の記号に親しむのも要点にし、ヨライデの文字と言葉を覚えるに使う分だけ記号を作った。

 粘土板の記号、イーアンが紙に書きつけていた三種類の文字の共通点、これらを覚えていた獅子は、イーアン専用に作ったことが正解・・・と満足する。



 静かな、学びの時間。

 アネィヨーハンの奥の部屋から外を見る獅子は、うんと過去を思う。


 ズィーリーに、棺の心臓話をしなかったのは、ただ単にこの情報を得たのが、それ以降の時代だったから。二度目の旅路が終わった後の数百年、その間に回った遺跡で知った。これも、三度目の旅路へ当てた準備と捉えられる。


 だが、もしもズィーリーに間に合っていたら、俺は教えただろうかと考えると、それはしない気がした。


 イーアンだから、言う気になった。



()()()だから」


 ぼそっと呟いてしまった獅子に二人が振り向き、こちらを見た目と目が合い、『何が?』と聞かれると同時、扉を叩かれて『お昼です』の知らせに、午前の勉強は終了―――

お読み頂きありがとうございます。

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