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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ヨライデ入国
2898/2955

2898. 模型船の要・アイエラダハッドの湖で

 

 騒めいた朝。

 帰ったセンダラ。残された模型船。


 イーアンは、なぜセンダラが模型船の所在に拘ったのか、ようやく理解した。

 あの時からセンダラは気づいていたのだろう。彼女は世界中を見て回り、異界の精霊が何者かの手によって封じられたかどうかも、きっと調べた。



 ―――『いつもダルナに頼るのを、私は良いと思えない(※2892話参照)』



「センダラ・・・あなたはさすが、妖精の女王の次にいるお方。すごいです。なのに、私たちは。これだけ異界の精霊に身近でありながら」


 もしかすると、フェルルフィヨバルやトゥが最後だったのかもしれず、彼らもこの世界から感じ取れなくなる時が決定打、と判断したのか。


 多くは語らず、必要なことしか言わない、口調のきつい妖精。でもいつも真実をズバズバと教えてくれる、頼もしい仲間。



 船の外で一人残され、遠い北を見つめて考えていたが、窓からドルドレンに呼ばれ、イーアンは中へ戻る。


「君にだけ話をした内容は、言えないのか」


「はい。これは私のことで」


「分かった。しかし、魔物と人間の勝負に世界がこうも関与するとは。どちらかが優勢にならないよう、と聞こえたが」


「私もそう聞こえました」


 それで、とイーアンは皆を見る。皆も『これから出発』とした時なので、異界の精霊がいない懸念を話している。


「ドルドレン。すぐ戻ります。一時間くらいはかかるけれど」


「・・・そうか。必要なのだな?」


「それを確認しに行きます」


 イーアンに深く聞かず、ドルドレンは了解して送り出す。今すぐ、何かが必要・・・イーアンは話している皆に挨拶せず、ドルドレンに『午前中に戻る』と約束して飛んだ。と同時、気づいたシャンガマックが『あ』と振り返る。


「どうした」


「あ~・・・行ってしまったか。クフムの辞書のことを、と思ったんです」


 辞書、と繰り返した総長に、褐色の騎士は『イーアンに読ませたいのもあって』と困った顔を向けた。


「午前中には戻ると言っていた。それからではダメか」


「いいえ。ダメではないですが・・・そうですね。もう行ってしまったし、とりあえず事態は刻々と迫っているから、出発前にクフムの辞書を皆で共有しませんか」


 シャンガマックは、今を逃すとゆとりも集まる機会も次がいつやらと気にし、ドルドレンも少し取り乱した心を落ち着かせて彼に賛成した。


「ダルナを頼っていた分、少々動揺している自分がいる」


「無理ありません。アイエラダハッドからお世話になっています。だからこそ、彼らがいなくなった俺たちは、できるだけ力を付けましょう」


 出来る範囲ですがと苦笑するシャンガマックに、ドルドレンは『その志が大事』と褒め、情報の衝撃から一転し、午前はクフムの辞書会に。


 タンクラッドだけは、納得いかなさそうな面持ちだけれど―― 『時間は有効に』と出発前に学ぶ時間が訪れた。


 *****



 模型船は、というと。


 新たな引き取り先は、ルオロフに決定。模型船は赤毛の貴族を選び、彼に舳先を向けてプカプカ浮いている。リチアリと接触した自分だからか。思い当たる節はそれしかないけれど、選ばれたからには責任を持って扱おうと貴族は決める。


 オーリンが荷造りしている時・・・ルオロフは、ロゼールと港で手続きをしていた。だから模型船がオーリンについて行っただけ、と誰もが感じる展開。


 船なりに(?)ぎりぎりまで待ったかもしれないが、模型船は荷箱に詰められ、一旦オーリンとハイザンジェルへ行ったものの、迎えに現れたセンダラの先、ルオロフを求めたのだろうと―――



「この模型船、いつも一緒ではないのですよね?」


 トン、と舳先を触ったルオロフは、オーリンがよく馬車にしまっていたのを思い出して尋ね、皆も『多分放っておいても平気』と顔を見合わせる。


 私が出かける時は部屋に居なさい、とルオロフは模型船に命じ、ゆらゆらしている動きに是か非かを判別しにくいものの、『ちょっと風呂だけ入らせて頂きたい』とミレイオに頼み、模型船とミレイオ付きで食堂を出て行った。


「あとで物置場に来るし、ここで待たず先に行きますか」


 シャンガマックは移動を促し、残った者たちは物置場代わりに使う部屋へ向かう。


 移動する間、ドルドレンは馬車歌の相談もしたいが、皆に話してあれこれ見解が混ざるよりも、イーアンに先に相談するべきと考えており、彼女が戻り次第、まずは馬車歌を聞いてもらう時間を頼んで、それからクフムの辞書を、と思った。



 *****



 クフムの辞書の木箱を開け、シャンガマックが説明しながら、机二つ分に出している頃―――



 イーアンは、アイエラダハッドの湖に入り、アーチ門を潜った先を覗く(※2131話参照)。


 異界の精霊がいないかと探し、水中にも入ったけれど、しかしこの先は彼らが行けないはずの世界で、書庫に通じる道は今回見送り、潜ったアーチを戻った。


 いないのかなと、不安になる。

 短い夏に入ったアイエラダハッドの朝は、ささやかでも暖かく、水から上半身を出して周囲を見渡し、取り巻く青々した木々の影も目を凝らす。


 どこかに・・・ ダルナとは言わなくても、異界の精霊の誰かがいないだろうか。隠れているとか、気を失っているとか、何かこう、すぐ出て来れない理由があるとしても。私が見つけられたら。


「センダラが感じたのは()()だと思う。私と同じような、と言ったのだから」


 脳裏にイングが過る。何度も一緒に来てもらった。何回も待っていてもらった、青紫の頼もしい高貴なダルナ。この前、卵から出したばかりなのに、また閉ざされたのかと思うと。


「みんな、また不信になりそう。ああ、でも世界が決めた以上、私には手が出せない。誰か・・・ここに来たのではないかと思ったけれど。もし来たとしたら、イングくらいだと思」


()()()()()()とは思い出さない?」


「その声!レイカルシ、どこ!」


 ぱっと顔を上げたイーアンに、赤いリボンが宙に落ちてくるのが見えた。ジャバッと水を撥ね上げて、女龍はリボンに急ぎ、現れた赤いダルナに腕を広げて抱きつく。


「レイカルシ!」


「俺も来たことあるのに、思い出さないもんだな(※2138話参照)」


「そんなことは・・・ああ、良かった!居てくれて!」


 皮肉を言われてもイーアンは嬉しくて、真っ赤なドラゴンを抱きしめ、レイカルシも笑って女龍の背中を撫でる。


「その感じだと分かってそうだ。俺たちがどうなったかを」


「ええ・・・でも、あなたはどうして」


「イングじゃないけど、俺の話も聞く?」


「意地悪挟んでる余裕、あるのですか」


 苦笑したイーアンに少し笑い、赤いドラゴンは説明する。自分がここに居るに至ったまでを。



 ―――魔力補充に戻った側から、次々に戻れなくなった異界の精霊たち。


 彼らは、この湖とは別のところで、常に魔力補充を行っていたのだが。細かいことは飛ばし、レイカルシは淡々と『言ったと思うけど』を前置きに、自分が理解している分を話した。


「俺は、魔力を使ってなかったんだ。殆どね(※2874話参照)」


「決戦で」


「そう。俺くらいじゃないのかな。俺の力は戦うにしても派手ではないだろ?呼びかけると、地面に眠る思いが反応する。こういう能力持ちだから、消費も少ないんだ」


 だから仲間が減り始め、異様な忍び寄りに気付いたレイカルシは、なんとなく・・・補充に戻るのを避けていた。でも、延ばし延ばしも持たないので。


「ここ、思い出したんだよ。前に湖に来た時、上にいるだけで魔力が戻る気がした(※2132話最後参照)。それは正しくて、今も実際に戻ってると思う。変化は穏やかだけどね」


 イングもそう言っていたことが・・・そう思い出したイーアンは、レイカルシだけがここにいる事情に頷いた。


「恐らく、俺も補充に戻ったら帰ってこれないだろう。試す気もない」


「そうですね。試さないで。ここで済んでいる内は、ここに居て下さい・・・って、私も何が何だか」


「見当ついているんじゃないの?」


「いいえ。仲間が予測を立てましたが、その線が濃いというだけで」


「教えてくれる?()()()は何なのか」


 レイカルシも分かっていない。ただ、仲間が消え続ける現象しか知らず、魔力補充と言えば湖もと思い出し、こちらに身を寄せていた次第。身動きを取るのも気にしたらしく、長い赤い首を少し日陰に入れて『俺は目立つからね。姿を出していて誰に見つかるかも警戒した』と心境も複雑そう。


「見つかる・・・いいえ。もし、私の仲間が推測した線が近いなら、相手は世界です。あなたがここに居るのも、世界ならもう知っているでしょう」


「世界?俺たちを閉じた」


「あ。ええ、あの」


「女龍とは言ってないよ。俺の言葉を、悪い方へ捉えないでくれ」


 思わずたじろぐイーアンに、すぐさま補足したドラゴンは、『そうか。分が悪いね』と赤と水色の混じる瞳をくるっと動かす。途方もない果てを見つめるような視線の先は、アイエラダハッドの澄んだ空。


「世界が、また。なんでだ?俺たちが変にやり過ぎたとか」


「そうではないです、と思う。仲間の推測ですと・・・ 」


 イーアンは、センダラの簡潔な説明で誤解が生まれても、とは思ったが、誤解も何も理由は判明していない。()()()()()()を強調してから、戦う両者がフェアな状況に保たれたのでは、と話した。


 赤いダルナは意外そうに眼を開き『俺たちがいると、そんなに圧勝ってこと?』と可笑しそうに聞き、イーアンは何度か頷いて『間違いなく、強力な味方』と認める。レイカルシは満足そうではあれ、『まいったね』と苦笑した。



「その話が本当だとしたら。『俺は弱い』から、今は見逃されているとも思える」


「そんなことありません」


「いや・・・あのさ。能力的なことも無論含んではいるけど。言いたいのは『この世界にとって影響力が弱い』こと。イングとトゥ、それとスヴァウティヤッシュは、圧倒的な強さを持つ。あの三頭が、魔物と勇者の戦いに、懸念を落とした・・・あれ?()()()()()か。()()な」


 レイカルシは途中から、何に気づいたのか。イーアンは話の流れが見えない方へ食い込んだ気がし、『魔物と勇者の戦い、ではなく?』と掘り下げる。レイカルシは女龍に、『それだけではない、とか』と意味深に濁して言葉を切った。


「俺はこの世界を詳しく知らない。だが、影響力の及んだ幅と勢いを改めて考えたら、理由に別のものも感じる。だがこれは、本来ここにいなかった存在()が首を突っ込むことじゃない」


「・・・あなたもまた、異界の精霊なのよね。私よりもずっと、深淵に近い」


 さっと身を引くダルナの直感。イーアンならいつも追及する部分を、ダルナは精霊の感覚で触れる前に遠ざかる。少し寂しそうなイーアンに、レイカルシは『長生きだと、進退は自ずと身につく』と慰めた。


 進むか引くかの境界線に反応するのは、長生き故。経験値、と教えたダルナに『そうですね』と微笑んで、イーアンは息を吸い込む。二人ですり合わせた考えは、真実に近くなったのか。



「ところで、イーアン」


 レイカルシは、考えている彼女に話しかけ、振り向いた顔に『俺はどうしたら良い?』と聞いた。


 ポカンとしたイーアンだが・・・ そうだったと思う。

 彼もまた。レイカルシも、私に従う。ここに隠れていてと言うべきか、一緒に来てと言うべきか。

お読み頂きありがとうございます。

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