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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ヨライデ入国
2897/2955

2897. 『人外』悪鬼認識おさらい・ヤロペウク示唆の推察・模型船出戻り・異界の精霊不在事情

 

 夜通し、動物たち保護を頑張ったルオロフを連れ、イーアンは船に戻ったのが先ほど。



 休ませ休ませ、食事はさせて、龍気も注いで回復させていたが、さすがにルオロフを一週間連れ回して、もう無理かと思った。


 魔物はまだ出てこない。これも奇妙だが、その他諸々は出ており、動物もまだまだ残っている。とはいえ、ルオロフが『私は大丈夫』と返事をするのは罪悪感を引っ張っているからで、気力もすり減っているのを知っていて、これ以上は。


「ヨライデに入ってから、人は見ていないですね」


 船の甲板に立ち、精神的にへとへとの貴族が呟く。声は掠れており、振り向いたイーアンは頷いて『私たち人里から離れた場所でしたし』と答え、彼の背をそっと押して船内へ入らせた。


 トゥは戻っておらず・・・ティヤーでは停泊を毎日守ってくれた、大亀や人魚も見えないのは、イーアンに不安を増やす。テイワグナが安全だから来ない、と思いたい。



 朝食の時間なので、近づく食堂から声が聞こえ、料理の匂いが通路に漂う。反応した貴族の腹が鳴り、ちらっと見た彼に微笑み『いっぱい食べましょう』と先に歩かせた。


 気づいたタンクラッドとミレイオが通路に顔を出し、笑顔で労われ、汚れた格好のルオロフに『食べたら風呂へ』と言い、まずは食卓に着かせる。イーアンも皆さんに挨拶しながら、がつがつ食べ始めるルオロフをそっとしておき、ドルドレンにさらっと報告。


「終わっていませんが、ルオロフを休ませます」


「君は?休まないのか」


「魔物が出るまでは・・・もうちょっと動けるかなと」


 歯切れ悪いイーアン。ルオロフを休ませる=神様の世界に動物転送ができない、のだ。彼が送り込む役目なので、いないとどうにもならないが・・・ 結界で守るとか出来ないかな~と可能性を思案中。


 ドルドレンは困っていそうなイーアンに深追いせず、ロゼールが回してくれた皿に肉と果物を載せ、食べるよう言った。


 食料も・・・ティヤーを出る前に買ったが、ヨライデでそろそろ調達の必要あり。


 水は、ミレイオが樽の分だけ濾過してくれるから、今は問題ない。昨日は食料も、バイラが『行商から』と購入した保存食を分けてくれた。

 だが、食物は減るのが当たり前で、そうした事情も含め、そろそろ出発を思う。


 もう言っておくかと決め、ルオロフとイーアンが半分ほど食べた辺りで『ヨライデへ』とドルドレンは切り出した。


「食べながら聞いてほしい」


 ドルドレンは野から戻った二人に、手を止めなくて良いと伝え、見回った南側の状態・一週間の報告をまとめ、朝食に同席しているシャンガマックも、『俺も中部から南を見て』と感想を足した。


 イーアンはルオロフと目を見合わせ、ここで初めて『動物が戻ったけれど、それが悪鬼に変えられている。自分たちは神様の世界に動物を戻していた』と連日留守の重要な点を話した。

 ルオロフは消沈した表情を隠しきれない。イーアンが、ルオロフと神様の一件を省き、対応した状況だけ説明する。


 悪鬼の数は大変多く、なってしまったら倒すよりないから、二人で悪鬼退治もしていた。


 これは、まだ増える予想。悪鬼に()()()()()中型から大型の哺乳類を中心に、保護で飛び回ったものの、動物集めは八日で何とかなるものでもない・・・


 悪鬼が多いと視認で知っていたシャンガマックだが、北部の状態を聞いて驚いた。


「『悪鬼にされやすい』、と言ったな。それは?何者かの仕業なのか」


「死霊が動物を殺すのを見ました(※2893話参照)。それで、悪鬼になるのではないかと思いました」


 死霊使いは人間、とヨライデは定番だが、人間がいない現時点で『死霊が自由に闊歩説』が有力。


 イーアンの脳裏に過るのは、()()()()()()()―― 筋肉野郎がどこかで手を出しているとも思えるけれど、側にいる気配なし、こちらに寄っても来ないので、死霊が元からうろついているかも、と話した。



 ここでおさらい。

 新たな敵『悪鬼』の認識は、まだ見た限り・倒した限りの範囲を出ない。


 シャンガマックもイーアンも、接近したところで悪鬼について詳細は分からないまま。


 ヨーマイテスに『悪鬼』と教わったから、シャンガマックも『あれが悪鬼』と覚えたけれど、何がどうなると悪鬼が生まれるか、弱点や習性は未知。

 そのシャンガマックから初日、『悪鬼という魔性がいます』の報告を受けたドルドレンたちも、そうなの?と初耳相手で、ぼんやりしたイメージのみ。


 イーアンもそうで、最初は『悪鬼』の呼び名すら知らなかった。

 神様に相談されたルオロフ経由で教えてもらった呼び名であり、それ以外の情報は接触した印象のみ。だから、死霊が動物を殺した現場を見て、『死霊が増やしている』と思ったまで・・・


 無論。仲間の誰もちゃんと説明できない。実はヨライデ出身のミレイオも同じ。



「ありえるわ。死霊も何するか分からない奴らだし」


 お茶を注ぎながらミレイオが、『死霊っていうか、幽体と思ってたけど』とヨライデに多い浮遊する霊体のことを話す。

 つい最近倒し続けたティヤーの死霊とは印象が違うそうで、ヨライデ出身でもハイザンジェル生活の長いミレイオは、死霊そのもの『言われてみれば』の薄い記憶でしかない。


「悪鬼も・・・ 動物霊って感じの。でも霊より、肉体的か。ヨライデの通訳は、私とシャンガマックだけど。そもそも聞く相手がいないから、最近の『人外』情報なんか分からないかもね」


「じんがい」


 ぼそっと返したイーアンに、『幽鬼とか死霊とか、あんまり分けてない』とミレイオは素朴な返答。まとめて『人外』扱いで、そういうのがヨライデの『悪魔信仰対象』と豆知識を授けた。


「こんな『人外』だらけの仲間内で使う言葉じゃないんだけどさ。見方を変えたら私だって人外、イーアンも人外じゃない(※ちらっと獅子を見るがそれは伏せる)。紛らわしいけど、ヨライデはこれで通じるの」


「そうなんですね。じゃあ、魔っていうか。魔物とは違って、元々存在する魔性の者なら区別なく、全体的な相称というか」


 確認するロゼールに、ミレイオも『多分』と肯定する。

 そしてミレイオは、茶を入れる手を止めてドルドレンに顔を向け、目が合ったドルドレンは、ヤロペウクに言われた秘密を直感で感じ、頷く。促されたミレイオは、すっと息を吸った。



「今日明日にでも馬車を出すとするでしょ?そうすると、その辺にそういうのがさ。わんさかいるわけだわよ。人間なんて、探すのも一苦労な人数だろうけど、間接的にでも彼らを守るには、魔物退治と同じで被害が行かないよう、幽鬼なんかもバンバン倒すじゃない。

 でも、ちょっと先に聞いてほしいことあるの。今だから言うべき、と思って話すんだけどね。他所の世界から来た『念』持ちが・・・いるじゃないのよ。あれらも敵認定なわけだけど」


 出だしから急に『念』憑きの話題に変わり、皆の視線が集まる。右から左にさーっと皆を見たミレイオは、『()()()()()が』と、十人目の仲間の伝言を切り出した。



 ―――ヤロペウクは、ヨライデの予告をした。異界の人間の思念が入り込んだ者たちと、度々出くわすだろう、と。


 その人間たちと遭う時、倒したければ倒して良いが、()()()()()()()でもあるから、追いかけると良い(※2868話参照)―――



 唖然とする顔を眺め、ミレイオの手がお茶の容器を動かす。はい、はい、とそれぞれの前にお茶を押し、じっと見つめていた勇者にも『あの時、言わなかったこと』とお茶を渡す。ロゼールとも目が合い、彼は『ヤロペウクは、どうしてミレイオに』と尋ねる。


「次の敵の案内?って。なぜミレイオに言うよう頼んだんですか」


「さぁ。私も、なんでだろうって感じ。言われた私が一番、謎だわよ」


 イーアンも不思議。ミレイオに任せたヤロペウクの考えは・・・・・


 ミレイオではなく、他の人が伝言を知ったら即話していたかもしれないとか、そういうことなのか。・・・ミレイオがこのタイミングで話す、とヤロペウクが予想して託したなら。



 ()()()()いるみたい――― 『念』憑きの悪人が、悪さを働く時間を引き延ばすために、慎重なミレイオに伝言を預けたの?と過る。


 でも仕組まれているなどは、ヤロペウク相手に思わない。彼はミレイオに『追跡』を目的にするよう言ったのだ。ということは、『念』憑きと何者かの接触の時間を稼いだのか?



 それだ、とピンときたイーアン。仮に私が聞いていたら、私は『念』憑きをその時点で追い始める。

 自分が動けなくても、誰かに頼んで調べてもらおうとしたはず。きっと、と仲間を見渡す。誰もが、ミレイオ以外ならそう動く性格ばかり。


 ミレイオは考慮する。正義感は強くても、託された示唆と状況の見極めに、人一倍慎重な性格だから。



 つまり、と結論を出す。『念』憑き悪人と、追跡先にいる元凶の道筋を作る時間が必要だったのだ。


 そしてそれを辿り、一網打尽とまでは行かずとも・・・おそらくそれは、オリチェルザムではないもう一つの元凶で、これを押さえると私たちの有利になる。


 ・・・『原初の悪』ではない?


 元凶といえばこの精霊、と浮かぶ存在も気になるが、『あれは停止』とビルガメスたちが話していた(※2876話参照)。今も膠着か分からないので、他にもいる可能性も考える。



 イーアンが考えながら黙々と茶を飲んでいる間、皆は、増えた敵の懸念について各自の意見を飛ばしており、『片っ端から片付けて、悪人と遭遇したら追いかけるか』と()()()()()()()方向性が決まりかけていた。そうして―――



「この色」


 窓の外が明るく輝く。食堂の船窓から差し込んだ妖精の色に、イーアンが椅子から立ち上がり、他の者は引く(※本能)。


 さっと窓に駆け寄ったイーアンが、丸窓を開けるのと一緒に、リチアリの模型船が食堂に滑り込んだ。持ってきてくれたんだ、と浮遊する船を目で追った続き、『入るわよ』と挨拶。皆さんがギョッと緊張する。


 光の雫がふわっと外から風に運ばれ、その美しい細やかな輝きに似合わない仏頂面のセンダラが・・・ 賑やかだった食卓の横に立った。賑やかさは、水を打ったように静まり返る。


 食卓を横切って赤毛の貴族の前に止まった、模型船。なぜ、と視線が交差する数秒。



「センダラ、模型船を」


「それはいいけど。異界の精霊は()()()わよ」


 模型船を、と笑顔が出かけたイーアンは固まる。後ろでタンクラッドが『何?』と驚いた。



 *****



「やっぱり気づいていなかったのね」



 見下すつもりがなくても、発する一言がちくっと刺さる妖精の呟きに、イーアンは知っていることを話してほしいと頼んだ。



「そうね。あなたたち、もう聞ける状態じゃないし」


 一々嫌味っぽいが、これが普通のセンダラに我慢し、タンクラッドも妖精の話を遮らず聞く。告げられた『異界の精霊はいない』状況は想定外どころか・・・ 気づけば開いた口が塞がらない人、数名。呆然とする人数名。そんな理由で、と信じられない。


 急に来たセンダラが把握している範囲ではあれ、少なからず衝撃を受ける事情。シャンガマックもダルナがいないとは気づいていなかったので、まぁ言われてみればと複雑だが頷いた。


 フェルルフィヨバルが『王冠』を使った時も。

 トゥが、移動を手助けしてくれた時も。

 彼らでさえ、こうなる展開を知らなかったとは。


 イーアンは嫌な予感が当たってしまって溜息が落ち、タンクラッドは信じにくそうに、他の者から視線を外し黙りこくる。



「いつまでか、とは聞かないのね」


 ぼそりと妖精が尋ね、他の者は答えないが、イーアンはセンダラに顔を向けて『予想がつくので』と辛そうに返す。妖精も小さく頷いて『合ってると思う』と認めた。彼女に認められると、本当みたいで苦しい。


「多分、全員よ。私はヨライデも外国も見たからそう思うけど」


「はい・・・ どこにもいなかったのですね」


「・・・ねぇ。ちょっと外に出て」


「はい?あ、はい」


 消沈したイーアンの腕をトンと軽く叩き、センダラは表へ首を傾ける。他の仲間などいないように振る舞う妖精は、イーアンが了解したので窓から外へ連れ出した。



「あなただけが知っていそうだから、言うのよ。あなたって、他の世界から来たでしょ?」


「ええ、そうです」


「あなたと同じような気配がある場所、知ってるんじゃない?」


「気配」


「龍って意味じゃないわよ。それと、あの大陸でもなくて。知らない?」


 矢継ぎ早に会話を進めるが、どことは言わないセンダラに慎重さを感じ、イーアンも思いついた重要な地点に絞る。センダラなら言ってもいいか、と決めて『もしかして、アイエラダハッドですか』と国名を出した。センダラは少し屈めていた姿勢を正し、『ええ』と肯定。


「あなたが知らないなら言う気はなかった。でも知ってたわね。そこへ行ったら、ちょっとは違うかもよ」


「違うって・・・何かありましたか」


「妖精の私が解るわけないでしょ。あなたと同じような感じが動いている気がしたから、そう言ったまで」


 目を瞬かせたイーアン。妖精はそこで会話を切り、『じゃあね』と女龍の肩に手を置いて空中に消えた。



「アイエラダハッド。私の・・・城」


 ひゅっと吹いた風に、イーアンは北を見る。

 アイエラダハッドでもティヤーでも、イングに散々付き合ってもらった、広大な森に佇む湖。湖の向こうにある『書庫』。



 センダラが把握した『事情』は、世界が絡んでいた―――


 異界の精霊がいるのは問題。

 イーアンの理解した具合では、『こっちの有利』が問題なのだ。


 いつの何と比べてなのか、知る由などない。でも感覚的に伝わったのは、異界の精霊が私たち旅の仲間の圧倒的な有利に貢献するため、早い話が魔物と釣り合わない理由で閉ざされた。


 なぜセンダラがそこまで理解したかを尋ねたら、彼女は『ティヤー戦の状況考えた?』と呆れたように返した。

 そう言われてもピンとこない。ドルドレンやタンクラッドたちも、裏があるのかと感じたらしいが、センダラは出来の悪い生徒を前にした教師のように、溜息を落として教えた。


『魔物があれだけ出ておかしいと思わない?ここまでの流れも併せたら、魔物とこちらのつり合いが取れないでしょ。魔物は倒す相手でも、人間がほとんど消えて、魔物も減って、あなたたちの味方は多い舞台って、精霊にどう映るか想像しない?』


 ハンデを取り除いたのだ、と言いたげな妖精は、異界の精霊が姿を消したのは邪悪な理由ではない、と話を結んだ―――



「行かなきゃ」


 誰かがいるかもしれない。可能性を導いてもらったイーアンは、ぎゅっと拳を握り、一人でも誰か、と祈った。


お読み頂きありがとうございます。

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