2896. たかが、されどの模型船
※今回は短め、さっくり4000文字未満です。
翌朝――― 船。の前に、オーリンに起きたことを。
ハイザンジェルも調べるため、オーリンはガルホブラフに乗って空へ上がる。
時間はまだ夜明けそこそこ。周囲が明るくなってきた頃で、『一緒に行く』と昨晩せがんだニダはぐっすり寝ていた。
「起こす気になれない。今日から動くにしても朝くらいは寝かせてやらないと・・・ とりあえず、すぐ食えるものと書置きはしたし、目が覚めても問題ないだろ」
やたらと必死なニダの顔を思い出し、オーリンはちょっと笑う。ヨライデも一緒に行く、一緒がいい、としつこいくらい念を押していた夜。新しく作った寝台や、分けた部屋の説明に、最初こそ喜ぶのに。
「振り向くと、不安そうな顔なんだもんな。一緒、一緒って・・・まだ落ち着かないか」
苦笑するが、頼られているのは嬉しい。ハイザンジェルの様子だけザッと見て、一時間くらいで戻ろうと思う。
ヨライデはニダを連れて見に行き、それから戻って、人が居そうならハイザンジェルから片付けてしまった方がいい。
「ガルホブラフ。疲れてると思うけどさ。今日明日くらいまでだ。ハイザンジェルは人がほぼいないだろうし、テイワグナに入ったら徒歩移動に切り替える。それまで、少し付き合ってくれ」
毎日乗せてもらって、連続十日程と思うと、途中で休息はあっても龍が疲れているのは伝わる。ガルホブラフはちらっと見たが、特に何を答えるでもなし、ハイザンジェルの空をゆっくり飛ぶだけ。
思った通りで、本当に人が居なかった。俺の友達がいたのは奇跡だな、と改めて感じる。
友達は、幼少時に山で遊んだ相手が、なんと人間ではなかった過去話。
彼は『急に精霊に保護され・戻された(※治癒場の一件)』こと、『今は人が全く居ない状態』に驚いていたが、自分が特別扱いされたのは、もしや子供の時の友達が理由かもと言った。
「あいつ(※友達)は、妖精だか精霊だかと遊んだって話してたんだよな。多分、その時に仲良くなって、それとなく祝福も受けたんだろう。ケイガンの山は深いから、考えてみれば妖精や精霊が居ても変じゃないんだ・・・ これまで全然、会わなくても」
『そうね』
「・・・?」
そうね、と女の声がし、オーリンは独り言を止める。龍も体に力が入り、緊張が伝わる。ガルホブラフの方が先に気づいたらしく、長い首を一振りしてオーリンを見るなり、急上昇――― が。
「どうした」
驚いたオーリンが慌ててしがみついたと同時くらいで、龍はまた急に止まり、向かい合う風が変わる。
「妖精は豊かな森があれば、どこだって行けるもの」
連なる雲の合間に、空より澄んだ水色が煌めき、まさかと思った相手が現れた。
「なんで、お前がここに」
「あなたに一言あったからよ」
ひゅおっと吹いたハイザンジェルの風に、長い金髪がなびく。目を開けない盲目の妖精は、子供みたいな顔をしているが、その言葉は可愛げから遠く、常にきつい。オーリンが苦手とする旅の仲間・・・なぜ俺に?と相手の『一言』を嫌そうに待つ。
「模型船を渡しなさい」
「は?」
「聞こえなかったの?模型船よ。もう一度同じ反応をしたら、龍の背から落ちると思いなさい」
は?を連発しそうになったが止めるオーリン。ごくっと唾を飲み、少し下がったガルホブラフに手を置いて落ち着かせる。
「何が目的だ。模型船は、人を選ぶ。俺から離れないものを、渡しようがない」
「どこにあるの?模型船に判断させてから言ってよ」
「あのなぁ。お前が何を求めてあれを奪おうとしているのか」
「バカね。奪うですって?あなたは自分が何をしたか、本当に分かっていないのね。そうだと思ったけど、ここまで馬鹿だとは信じられない」
「この女・・・ 最悪なやつだな。頼まれたってお前に模型船は」
頭に来た言い返しは、最後まで言えない。ガルホブラフがびくっと動き、オーリンは首を光の槍で囲われる。げっ、と驚くも、輝く光の槍は4本が桝形に首に組まれ、少しでも触れたら―――
「それ。雷なの」
「センダラ・・・ 」
「龍の民でしょ?ちょっと触ったって、龍と空の属性があれば平気なんじゃない?」
「お前」
「気絶で済んだら運を使ったと思うべきだわ。龍の民。あなたは無責任で、自分勝手。ザッカリアの代わりに、仲間を導く道具を持つ責任感さえない。ただの手伝いならいざ知らず、偶然受け取った道具が、あなたにしか懐かないと分かっていて、最終の敵地前に出て行くってどんな感覚なの?」
「お前になんか分かるかよ」
「分からないから聞いたのよ。無駄話は嫌いなの。船を持ってきなさい。あなたのような無責任で思い込みの強い脇役に、主役が足を引っ張られるなんて馬鹿げてる。とっとと、船に選ばせて」
戦慄く龍の民など気にもせず、センダラは片手を振って『とってきて』の冷たい口調と共に槍を消した。
解放されて、『逃げろ』と龍に心で命じたオーリンだが、龍はセンダラに従う。くるっと向きを変え、ケイガンへ飛び始め、オーリンは呆れて怒りかけたが、遠ざかる妖精の声が脳に響いた。
『龍は、私を敵にはしないでしょうね』
*****
オーリンは数分後、自宅に降りる。ガルホブラフに声をかけず、背から飛び降りて家の裏へ回った。夜は明けたし、ニダが起きているかもしれないが、今は顔を合わせにくい。
工房に置いた模型船を、納屋から通じる戸を開けて取りに・・・ なんであんな女に、俺は従っているのか。模型船を掴んで、凍りつく顔。心は荒れて仕方ない。
だが、獅子に言われ、ここでセンダラにも告げられた内容は同じ―― 『主役を乱すな』は、間違いじゃない。
―――『主役は俺たちだ・・・俺たちに一切の不自由を課すな(※2865話参照)』
獅子に言われ、うっかりしていたと気づいたし、恥をかいた。
静かに息を吐いて気持ちを撫でつけ、模型船を片手に持ち、嫌で仕方なくても外へ出る。
工房に入った物音は聞こえているかもしれないが、ニダの寝室は隣ではない。居間から音がしなかったので、まだ寝ているのだろう。
「ニダに、今の俺の状態は見られたくないし」
憎々し気に呟き、オーリンは待たせた龍に戻って無言で乗る。
センダラを優先した龍。それがまた癪に障ったが、最強と自他ともに認める妖精相手、ガルホブラフを責めるわけにもいかない。
ちっと舌打ちして浮上し、『俺が殺されるよりマシか』とガルホブラフに嫌味を言う程度。龍は振り向かず、空に上がって妖精の気配を辿る。ぐーっと左へ迂回し、ハイザンジェル東から中央の王都方面へ進んだすぐ、ガルホブラフは空中で停止した。オーリンも息を吸い込む。模型船はまだ無反応。
キラキラと宙の一角が水色と金色の粒子に変わり、盲目の妖精が向かいに立った。
「船に決めさせるんだったな。船がお前を選ばなければ、帰れ」
「あなたは私の言葉すら理解しなかったの。『主役の足を引っ張るな』と言ったでしょ。私に反応しないなら、イーアンたちに見せて」
「何言ってんだ、自分勝手はお前だろ?!降りる前、皆もいる場所で模型船を見せてる!それで俺を選んだから、こうして持ってるんだよ!」
「・・・そうね。戻らなくて良さそうだわ。良かったじゃない」
怒鳴った勢いも、あっという間に引き、オーリンは真顔に戻る。
脇に抱えた模型船はゆらゆらと揺れ出し、金髪の妖精に舳先を向けた。
見えていない妖精は、見える目よりも多くを視界に入れ、しっかりと模型船の動きを確認し、ちょっとだけ顎を上げると、船はオーリンの腕から泳いだ。
呆れるオーリン。微動だにしないガルホブラフ。ふらつきながらセンダラへ進む模型船を、センダラの右手が掴み『私を選んだのね』と涼しい顔で結果を呟く。
「こんの・・・ くそ!好きにしやがれ」
「大概になさい。思い通りにならないからって。それ以上私を侮辱すると死ぬわよ」
「やっ・・・」
やってみろ、といえないオーリン。それを言ってイーアンにやられた記憶は新しい。イーアンは容赦したが、こっちは絶対にない。妖精は馬鹿々々しそうに頭を左右に振ると、模型船を抱えて消えた。
この後。むしゃくしゃして止まないオーリンは、ハイザンジェルに人影がないと決めつけ、調べる気になどならず、自宅へ戻った。そして、起きていたニダに思いがけない言葉を食らう。
「いなかったから、不安だった。ヨライデ視察の後、一度ティヤーに行きたい。ティヤーに知り合いが本当にもう誰もいないか、確認したい。いたら、その人たちに話すところからでも良いと思って」
独りぼっちにさせた、ほんのわずかな時間で。ニダは、『母国で知り合いを確認したい』と・・・
言われてみれば、それもそうと思えるが。
戻った人間は少なからずいる、と知っているわけだし。でも。
精霊と交わした、生涯の誓い。伝道の旅は、どこから始めてもいい、そこも考え直したらしい。
確かに、普通は馴染んだ母国から始めたい、と思うかもしれない。戻る家も仲間もいない前提でここまで来たが、本当にそうなのかをまずは知りたいものだろう・・・ 船にいた一週間で考えたことなのか。俺に気を遣って、言い出しにくかったのか。
今日から旅が始まるなら、ヨライデ視察後はティヤーがいい、と言い出したニダに、オーリンは少し黙った。
まだ、若いから。それに、オーリンなら叶えてくれると頼ってこその発言であれ。
『脇役』―――
この言葉が繰り返された気がして、目を閉じたオーリンは漏れた溜息を聞かれないように俯き、『わかった』と頷く、苦い朝の始まり。
*****
「さて」
人間の部族が作った、変わった船の模型を手にしたセンダラは、イーアンにこれを渡しに行く。
彼女と話したその日ではなく、一週間待った理由も伝えるために。
「異界の精霊がいないこと、イーアンは気づいたかしら」
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