2894. ヨライデ入国:旅の四百七十四日目 ~ヨライデの悪鬼、幽鬼、死霊・崖の神殿・オーリンとの別れ
※6500文字近くあります。お時間のある時にでも。
☆前回までの流れ
テイワグナに船を停め、見張りにはバイラが異動。その日から、それぞれの一週間が過ぎました。船で待つミレイオとロゼールは預かったニダと過ごし、オーリンは荷運びに自宅改装、ドルドレンたちはヨライデ見回り・・・
今回は、ヨライデで疲労する、イーアンとルオロフから始まります。
イーアンとルオロフの二人はちっとも帰ってこない。
正確には、帰って来てすぐに出てゆく繰り返し・・・ドルドレンには報告しているようだが、ドルドレンも朝食の席で話せるのは『北部が危険そう』とだけ。
イーアンたちが、『言えば皆を焦らせる』と考えて詳細を告げない印象もあり、北はどうなってるのかと誰もが気にした。魔物は出ていない、にしろ。
*****
「そっちへ」
「はい」
イーアンは動物たちを守るため、結界を動かして誘導し、ルオロフがこれを神様の保護へ戻す。
ここは中央から北部にかけての地域で、少し下った南部でも悪鬼はいたが、北の方が圧倒的に遭遇が多い。
こちらの世界に戻されて間もなく、死霊に殺され始めたヨライデの動物たちは、倒れて悪鬼に変わり、悪鬼は瞬く間に増えていた。
死霊に殺される現場を見たから、イーアンはそう捉えたが。事実とは若干異なる。
とはいえ、一度二度ではない目撃で、イーアンもルオロフも『死霊が動物を殺し、悪鬼が増えた』と解釈、そして対処に暇なし―――
他の国はどうか、すぐ調べに行ったイーアンだが、ヨライデだけと分かり、ヨライデの生き物集めが始まった。
「神様に言いそびれたことが、こんな事態を招くとは」
「毎日あなたは後悔しますけれど、こんなこともありますから」
ルオロフが苦痛の表情でこぼし、イーアンが慰める。これも繰り返しで日々のこと。死霊は北部にうじゃうじゃいて、世界に戻された人々を探すどころではない。
死霊も片付けなければいけないし、悪鬼も止めなければいけない。ここに魔物が加わるのかと思ったら、とにかく『敵を減らす』ため、二人は急ぐ。
自分を責めるルオロフ。あの日、サンキー宅で自分が倒した獣たちが悪鬼だったと、こんな展開に及んでから、知ったこと。
*****
船に残ったミレイオが、『7日間預かり最後の日』のニダと一日の作業を始めた頃。
ドルドレンはタンクラッドと見回りで、何回か付き添ったバイラが今日はおらず、二人だけ。
静かな道で会話もないと、ドルドレンの意識は馬車歌に傾く。心が落ち着かない間は、ヨライデの歌を聴くのは待とう、と思っていたが(※2885話参照)。
日々、見て回り・・・別班で動くシャンガマックの報告、一日置きで来るイーアンとルオロフの話に、現状は決して容易くないと確信し、これは今の内に歌を聴いておくべきかと感じ始めた。
腰袋に入れて持ち歩く、ヨライデの馬車の家族から預かった、小さな飾り箱をいつ開けようか・・・
―――『太陽の御者、イッツァルコ(※2841話参照)がお前に渡すよう頼んだ』
ポルトカリフティグが受け取り、勇者に託した『ヨライデ馬車歌』・・・これ一つだけ聴いても、歌の全貌を把握できない。でも、託したのがこれだけなら、彼らの歌で最も重要だからと、そうも思える。
「ドルドレン、ぼーっとしていると」
「む。すまない」
タンクラッドに注意され、ドルドレンは剣を抜く。進む横に森の始まり、左に平地で点々と間をあけた民家の風景、人がいれば・・・と気にかけてもいるが、出てくるのは別物ばかりで。
こちらを見つけてゆらゆらと寄ってくる、浮浪者のような衣服の幾人かが、ドルドレンの抜いた剣に止まった。
周囲に黒い煤がまとわりつく彼らは、離れているとぼやけるが、近づくと黒い煤が集まって形がはっきりする。これが、幽鬼。
見るからに『汚い』と思わせる容姿だが、表情と声は憐れみを求め、同情を誘う。大人の男性より、女子供、老人の姿を取ることが多い幽鬼は、『貧しい者、不憫を憐れんでほしい』訴えで、生者に手を伸ばすのだが。
ドルドレンとタンクラドのすぐ側で止まり、相手から全く同情を感じ取れない上に、攻撃意識を向けられて消えかける。
逃がす理由がないので、二人は剣でこれらを切り・・・幽鬼は消滅。焼けた鉄板に水を垂らしたような音を立てて黒い煤は霧散する。
普通の剣で通用する相手なのか、今のところドルドレンもタンクラッドも分からない。自分たちの剣は、妖魔撃退用の力が籠るので、倒せるのかもしれない。
一般人の魔よけ・防ぎ方も気になるが、聞ける相手に会わずに毎日が過ぎた。
剣を鞘に戻したドルドレンに、タンクラッドが『お前がうっかりしていると、近寄られるぞ』とやんわり注意した。近寄ったって弱い相手にどうもこうもないが、ふと目を離すと滑るように接近されるのが鬱陶しい。ドルドレンも頷いて謝り、二人はまた馬を進める。
今回は馬移動。道も確認しながら、見回りを続けている。
いざ、馬車を出す時に道の状態が分かっていた方が良いし、バイラがヨライデ国境付近の地図をくれたので、それを参考に、タンクラッドは荷馬車の馬セン、ドルドレンはヴェリミルに乗って、使える道の確認もする。
ここまでで、道に問題のあるところはなく、土砂崩れや通行禁止などもない。進めるだけ進んで海岸に沿う村も入った。だが、その手前から民家はいくつも見たものの、全く人がいなかった。
風変わりな黒い社や祠が、村から離れた―― でも見通しの良い ――場所にポツンとあるのが印象に残ったけれど、これが何を祀っているのか・・・好奇心の強いタンクラッドも、魔物前の今は手を出さず過ぎた。
少なくとも一週間で出会った中に、人間がいない。
見たのは幽鬼と、たまに死霊。壊れた死体がいくつも繋がった形で、魔物ではない。
タンクラッド曰く、『ティヤーで死霊を最初に見た時、こんなやつだった(※2471話参照)』そうで、その時は魔物混ざりとはいえ、『死霊要素が強かったのでは』と話した。
ティヤー決戦で、魔物と死霊混在の敵を嫌というほど倒した二人だが、確かに・・・要素の傾きによる違いは理解する。うまく言葉にできないが、死霊は死霊。
そして、その辺に死霊がいるヨライデ、とドルドレンは認識した。墓場付近ではなく、操られている雰囲気もない、単体で動き回っている状態に時々遭遇する。
ドゥージが以前、ヨライデの森で見た『死体が動く』それは、まさしく死霊だったのだろう。
「まただ」
はー、と面倒そうに息を吐いた剣職人が馬を止めて、背中の大剣を抜く。森が近いと潜みやすいのか、幽鬼は薄暗がりで蠢き、生きている人間を探知し側に来る。一気に人間が減ったから、幽鬼の方が数が多いのかもしれない。
倒しても無限に発生する輩かもしれないが、放っておくつもりもないので、タンクラッドとドルドレンは遭遇する度にこれらを倒し続けるだけ。
そうこうしている内に、曇天の雲の切れ間から覗いた太陽の位置で、昼を過ぎたと知る。
この一週間、船→分かれ道から別の道探索→午後は交代で、道の先を飛行に切り替えて調べた。今日も、この地点から飛行探索。タンクラッドが馬を預かり、ドルドレンがムンクウォンの翼で向かう。
馬移動と、飛行。飛行の方がより早く広く調べられるけれど、見落とすことも多い、とドルドレンは思う。馬で進む道の方が、現実的。
「飛べるのは便利だし、飛ばないと見えないところもある。しかし、馬車のつっかえになるような地面の具合、馬を休憩させる地点、野営に適したところまでの距離は、飛行では今一つ把握が足りない。
とはいえ、探索の時間も限られているし・・・飛行の恩恵も必要である」
飛ぶと、あっという間に遠くへ行ける。地上移動が遅すぎると感じるほど早く。
馬車がある以上―― 荷物を積んで、移動する寝床を持つ以上は、いつでも地面を気にしないといけない。それは、本来飛べないはずの人間にとって、当たり前なので・・・
「ん?」
かなり先まで進み、ドルドレンは地図になかった道を見つけた。今日の方角は海岸から分かれた街道沿いだが、街道とは名ばかりの古い道らしく、バイラは『まだあるのかなぁ』と苦笑していた。古い街道自体はちゃんと存在しているが、そこから分岐する道は地図になかったような。
「テイワグナの警護団が作った地図だから、細かいところは載っていないのか」
基本の街道はある。この脇道も普通に使用できる幅があるけれど、地元民しか使っていない道かもしれない、と辿ってみた。次の人里に通じる道の可能性もあり、密度の低い森を抜ける。
幽鬼がわんさかいそうな気配だが、ドルドレンは森より高度を上げて飛ぶので関係なし。
木々の枝に見え隠れする一本道を追いながら進むこと、10分ほどだったか。随分長い一本道で、森に住む人たちが使う想像もしていた時。前方に突然、明るい土色の崖が見えた。
森の緑色が終わる地点は崖。切り立つ崖だが、谷ではなく、地続きで高い崖が森を背負うように立ち、道は崖に少し沿った後、離れて海岸方面へ続いている。
この崖に、ドルドレンは止まった。崖はくり抜かれ、大きな柱を何本も持つ神殿があったから。
そして、くり抜きの神殿横、大きな岩の影に不似合いなものに目を凝らす。
「馬車の車輪。これは、馬車の民のものである」
*****
時間の分かり難い曇り空の下。
ドルドレンは少しここを調べることに決めて下へ降りると、まずは馬車の車輪に手を触れた。離れたところから見ても分かる。普通の人々が使う馬車とは違う部分。
「輻と轂に、ここまで丁寧に装飾を凝らすのは、俺たちくらい」
呟いて、懐かしそうに撫でる。装飾の仕方や柄は違うものの、どこの馬車の民も同じだと伝わるのは、車輪にすら花や蔓や物語を刻むところ。全く装飾を持たない車輪もあるが、轂は何かしら入っている・・・ この車輪は輻まで薄っすらと彫刻されて、素晴らしい腕前の職人だろうと思った。
なぜか、その車輪が放置された状態で神殿横に複数立てかけられており、数えてみると八個もあった。二つは輻が折れていたが、残りの六個はまともな形を残し、そして結構前に置かれた印象を受ける。
時間を気にしつつ、ドルドレンは神殿をちらと見て、中も少し入ることにした。こうしたところはイーアンと一緒が良い・・・タンクラッド向きでもある。自分は彼らのような視点を持たないので、見落とすかもしれないが、なんて思いながら入ってみたら、何にもなかった。
奥は深いようで、真っ暗な奥行き。手前はただの床と天井。彫刻はそれなりにあるが、柱の上下を飾る程度で、経年劣化による欠けが目立ち、床は岩を平らに削り出しただけで、升目も柄もなかった。
奥には部屋でもありそうだが、予想するに神殿管理者の部屋や、祈祷室に思う。少しパッカルハンに似ていて、手前はがらんどう・奥に居住空間といった想像がついた。
特に妙な気配もせず、黒すぎるくらいの暗さは異様に感じるが、何か潜んでいる様子もない。ふと、森林続きだから、幽鬼が溜まっていても変ではないのに・・・と過る。
幽鬼の気配もまるでしない神殿は、祀る対象が奥の部屋にあるとして、それが弾いているのかなと考えたが、ここで短い探索を終える。
ドルドレンは神殿を出て、2対の白い翼を広げたムンクウォンの聖なる光に乗り、打ち捨てられたらしき馬車の車輪を一度振り返ってから、タンクラッドを待たせている道へ帰った。
帰り道は急ぐため、あっという間。車輪を見たために、馬車歌を聴いた方が良い、その気持ちが高まる。
センとヴェリミルが草を食む横、タンクラッドが気配に気づいて手を振り、降りてきたドルドレンの発見話に興味を持った。
「場所は?」
地図を広げ、ドルドレンの指が黒い線の道をなぞり、何度か考えて止まってから・・・顔を上げる。灰色の目と目が合い、タンクラッドが瞬きで促すと、ドルドレンの眉が寄った。
「崖がない」
「・・・地図にはないか。距離だけで大体、つかめないか?」
「うーむ。お前とイーアンにはその技が使えるようだが、俺には」
「そうか。今、指を置いている辺りが神殿に近いんだな」
「そう思うが、道すら地図にないから合っている保証はない。方角はこっちだと思う、その程度で」
地図にない道を進み、その先の崖で見つけた神殿と馬車の車輪。地図には崖も描かれず、適当に森を示す木々の絵が並ぶ。
タンクラッドは空を見て、時間がありそうでないな、と苦笑し、今日は戻ることにした。とりあえず、ドルドレンからの新鮮な情報―― 指を置いた地点 ――に炭棒で丸印を付け、二人は帰路に就く。
道々、凝りもせずに出てくる幽鬼を倒しては、ドルドレンと『発見した怪しい神殿』の話を続け、タンクラッドは船に着く前に提案した。
「特に村があるわけでもないし、目的地もない。北部の王城に真っ先に乗り込むのが、『魔物退治の筋書き』だろうが、俺たちは残された人間を守る気で、船事情により正反対の南端出発。
のんびり馬車で北部まで移動するのを思うと、正気の選択肢には思えなくても、だ。魔物の王と決戦が、あっさり果たせる気もしないし」
「前置きを聞くと、俺が決戦をあえて遠回しにしている気がする」
「ハハハ。そうじゃない、そんなつもりで話していない・・・ドルドレン、俺が言いたいのは、『どうせだから、神殿を経由する道を選ぼう』、それだけだ」
複雑そうな勇者に笑い、タンクラッドは並べた肩をポンと叩いて、『人間を守りながら・王城へ行く』と短く言い直した。
「確かにな。悪の本拠地がある国に乗り込んだんだ。なんで一番遠い南から始めるんだと、素朴な疑問もないわけじゃないが、船を壊されても困る。ヨライデに知り合いはいないし、安全な場所に預けるなら、テイワグナのバイラ・・・ それも運命の輪に沿った動きだろう。
ここから一っ飛びで、お前だけ王城に先に行くという手もあるが」
「それはいつも考えている。だが、それが正しい判断なのか、確認したい」
「俺もだ。ここまで、何が何でも魔物を倒しながら進まないといけなかった。これが唐突に、元凶の国に来てひっくり返せるとは思いにくい。あっさり乗り込んでいいなら、精霊辺りがそれを言いそうだしな。誰も言わんとなると、やはりたどり着くまで、こなさないといけない何かがあるのかもしれんな」
退治するだけではなかった旅路を振り返る。頷きながら、ドルドレンは考え込み、タンクラッドも黙った。
二人の戻る先に黒い船が見え、タンクラッドはトゥがまだ戻らないのを改めて、少し寂しく感じる。トゥが戻ってくるまで・・・ 動かずに待とう、と思っているが。もう七日も過ぎては。
*****
この夜、オーリンがハイザンジェルに荷物を運び終え、ニダと共に出て行った。
別れの挨拶は実にさっぱりしており、ニダは船にいたミレイオとロゼール、帰って来た総長とタンクラッドにだけ、お世話になった挨拶を伝えて・・・ 少し心残りを感じながら、ハイザンジェルへ。
オーリンはヨライデに入ってから別れる、そうイーアンと約束したので、とりあえずニダを自宅へ連れて行き、『今日は休んで』自分一人で明日にでもヨライデを見る、と言った。
皆が想像していた状態とは違うが、どう捻じ曲げたのかはさておき、オーリンがヨライデまで同行するのはこなしたので、引き留めることはない。
ドルドレンはそれを了解し、ここでお別れを思ってこれまでの感謝を込め、今後の無事を願った。
オーリンの斜め後ろに立つニダは、彼を挟んで自分を気にするミレイオたちに微笑む。ミレイオの口が『言いなさい』と声なく動いて、意味が解るニダは頷いた。
仲良くなって話せたこと。巡業の始まりはティヤーが良いと考えていた。ミレイオとロゼールは、最初は母国で慣れたい心境に、同意し賛成してくれた。
まだオーリンに相談出来ず、テイワグナから始めると言われたら、従う方が良いのだろうかとも思うが。
意見を我慢しないで、心を正直に伝え合う仲になるよう、二人に励まされ、ニダもそれを望む。
短い別れの挨拶が済み、ニダはオーリンと離れる。オーリンはあまり感慨深そうでもなく、彼らしくというか、龍で夜の甲板を飛び立った。
手を振ったニダに無事を祈るお別れ。ドルドレンたちは二人を見送り、これにてオーリンの離脱は終了―――
だが。
ここまで足を突っ込んでおいて。
オーリンがいくら同行、いくら龍の民だからとはいえ、彼の今回の選択は注意を受ける。彼が尤も苦手な相手から・・・
お読み頂きありがとうございます。




