表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二の面、戻りし人々
2890/2959

2890. ヨライデへの準備 ~③ニダの気持ち・テイワグナ南端イナディの港

 

 真夜中の海を白い大きな龍が、小さな船を――― 現実はちっとも小さくないが ――引く。



 行けるところまでは、引いて連れて行くことにしたイーアン。

 もっとスムーズな方法はありそうだが、毎度ダルナに頼るのもと思っていたイーアンは、自分でも出来ることを買って出て、早すぎず遅すぎず、船体に負荷がない速度で大海原を進む。


 甲板に出て『白い龍牽引・夜の海原旅』を楽しむ皆の後ろ、トゥも興味深そうに見ていたが、タンクラッドに()()()()()()()ことを教えた。それは、自分の用事先延ばしについてではなく・・・



「オーリン?」


「変更したことを話していない。言っておけ。部屋でイラついている」


「放っておいても良さそうだがな」


「もうじき別れなんだろ。喧嘩別れじゃ、お前たちは」


 瞬間移動で、すぐヨライデとばかり思っていたオーリンは、船が違う方へ進む様子を部屋から見て苛立っているとか。

 放っておいても構わないが、ささくれ立って離れる羽目になっても嫌だろうと、トゥは教えた。


 タンクラッドは、船縁にいた総長を呼んで話し、ドルドレンは二つ返事で言いに行く役を引き受ける。


「すまんな。俺より、お前の方が物腰も柔らかいだろう」


「こういうのは、俺の役目だ。言われてみれば、オーリンは知らないのだし」


 総長は理解を示して船内へ戻り、目を見合わせる剣職人とダルナは、『ドルドレンが適役』と頷き合った。



 コンコン。オーリンの部屋の扉を叩く。待つ。出ない。はて?ともう一度叩く。声もしない。

 時間が時間だから、疲れて眠ったのかもしれないが。しかし、トゥが『オーリンイライラ』を伝えたということは、起きていそうなもので。


 ドルドレンは三回目にノックするより、『オーリン、俺だ。ドルドレンだ』と扉前で呼びかけた。すると中で音がし、扉が開く。隙間から見上げたのはニダ。一人らしい。


「すまない。寝ていたのか?オーリンに用が」


「オーリンはお手洗いに行きました。誰が来ても開けるなと言われていたから」


 ああ・・・そう・・・ ドルドレンは、すまなそうなニダに『開けてくれてありがとう』と礼を言い、開けたことでオーリンに咎められないように伝える、と安心させた。


「中へ入りますか?」


「いや。それこそオーリンが見たら何を言うか。お前にも注意しているくらいなのだ。オーリンはいつ、手洗いへ行った?」


「時計は見ていませんが、少し前です。5分も経っていないかな」


 手洗いは通路の先で、オーリンの部屋から距離がある。戻ってくるまで、もう数分か。しかし『手洗いへ行く』と称して、実はどうなっているのか、表を確認しているとも思えた。


 少し通路先へ顔を向けていた総長に、気まずそうなニダはどうして良いか分からず、下を向く。余計なことも喋れなさそうな間の空き方に、ドルドレンはニダをちらっと見て『お前はどうしたいのだ』と急な質問を投げてみた。え、と顔を上げた若者はたじろぐ。


「大役を果たしたというのに、オーリンが下船する報告をした後は、俺たちと接触もない。ニダが悪いのではないし、オーリンが悪いのでもない。誰も悪くないはずだが、ニダはずっと、びくびくしているように見える」


「そ、そんなことは。どうして」


「食事を運んだ時も思った。お前はオーリンに遠慮しているのではないかと。オーリンは、話せばわかる男である。だが、彼もニダを大切にしようと決めたため、意気込んでしまったようにも思う」


 総長の見解に、ニダの言葉にできなかったオーリンへの()()()()()()()が、するっと心から漏れる。


「私は皆さんにお礼も言いたいし、人々に伝える方法も自分なりに考えていますが、言う機会がまだというだけで・・・でもこれからオーリンが一緒なら行動は早いし頼もしいですし、オーリンの決めるように動いた方が、私が自分で選ぶよりいいはずです」


 要は、『思うところは、ある。でもオーリンに従った方が良いと判断』そう伝えたニダ。


 オーリンの協力姿勢に感謝と頼もしさはあれ、自分の気持ちは後回しで我慢です、とドルドレンは理解した。

 先に『不満』が出てから『体裁的解決策=オーリン』を並べたことに気づいていないニダは、素直で内気な性格なのだろう。


 苦しい人生で、何とかうまくやっていけるよう身に着けた『自分を後回しにする癖』かもしれない。


 オーリンに見えていない部分のような気がして、ドルドレンは若者にやや同情する。こんな始まり方で、共に生きていけるのか・・・大きなお世話と思うが、気にはなる。


 背の高い総長と、一歩分の近さで立つニダは目を見て話した後、また俯く。俯いたニダに、ドルドレンが声をかけようとしたところで、『総長?』と暗い通路先でオーリンの声が響いた。



「ニダ、()()()のか」


 大股で戻ってきたオーリンに、ニダが『あの』と言いかけて、ドルドレンがオーリンに向かい合う。


「お前に用事があったのだ。名乗ったら、ニダは総長だからと気遣った」


「何の話してたんだ?」


 ニダは注意されて少しばつが悪そうに下がり、オーリンも部屋に入る。総長の横をすり抜けて部屋に入った弓職人は、扉に当てているドルドレンの手をちらっと見て『用は?』と面白くなさそうに尋ねた。


「船の進路を報告する」


「俺も手洗いから見たけど、進路を変えたんだな。どこへ進んでる?瞬間移動で、場所を間違えたのか?」


「違う。現在、テイワグナへ向かっている最中だ」


「テイワグナ?なんでだよ」


 驚くオーリンに、それを伝えに来たと一呼吸置いた総長。

 オーリンは少し考えて『ニダは()()()()()()から』と呟くと、事情を聞くため通路に出た。


「なんか問題があったのか」


 怪訝そうな目を向けたオーリンが促し、ドルドレンは事情を簡単に教える。停泊の船の安全について、イーアンとミレイオと自分で話し、イーアンがテイワグナへ行ってバイラに相談、許可の下りた港へ向かっている、と。



「わざわざ、バイラを訪ねたのかよ」


 呆れ気味のオーリンだが、顔は嫌がっていない。バイラが懐かしいのかと思いきや、次に出た言葉は見当違い。オーリンは首を掻いて、反対の手で下を指差す。その意味、船倉。


「テイワグナの方が、ハイザンジェルに近いな。着いたら真夜中だろうが、ハイザンジェルに荷物を運ぶよ。今から荷物を甲板に出す」


「ヨライデに着いても、そうするつもりだったのだろう?」


「そうだ。でも、ヨライデからだと相当な距離がある。だからガルホブラフで運ぶのも、全部は無理だと思ったし、俺はニダとすぐ出発しないといけないからさ・・・ 必要最小限の荷物だけ出して、あとは船に載せておこうと考えていた」


 ドルドレンは、固まる。まぁ、船は広いし、オーリンの荷物を載せたままでも問題などないが。彼のこうした、行き当たりばったりで軽く考えるところ―― 人任せ ――は慣れない。これから、彼は()()()()()()()のに。


 オーリンは、『テイワグナなら、往復5~6回で全部運べそうだ』と目途を立て、船から荷物を全部出すと言った。



 *****



 そうして、オーリンからニダにも事情を話し、『ちょっと騒がしいかもしれないけど』と総長に断りを入れて、船倉へ・・・ 危なっかしくも感じる彼の気楽さに、ドルドレンは小さな溜息をついて甲板へ上がる。


 今日は船にいただけで、特に疲れもない。夜遅くても皆はちらほらと甲板に残っていた。


 イーアンは龍の姿で船を引いており、船横に浮かぶトゥが船体の均衡を保っているらしく、速度はなかなかのもの。風圧で甲板に立つのも一苦労の速度・・・ 張り切っているなーと、イーアン龍を見守るドルドレンの横に、ミレイオが来た。


「どう?」


「オーリンは荷物をハイザンジェルに運ぶそうで、入港したら数回往復と言っていた」


「何かさ、イラついてたってタンクラッドから聞いたけど」


「そうだな。思い通りにいかないと、そうなるものである」


 ドルドレンが淡々としているので、ミレイオは『大したことでもなさそう』と判断。小刻みに頷き、こちらを見ている剣職人に伝えに行った。入れ替わりでルオロフが話しかける。


「総長。イーアンはかなりの速度で動いていますが、さすがに距離が」


「うむ。疲れたらやめなさいとは言ったが」


「彼女は()()()のですか?」


 ピタッと止まるドルドレンが、ちらっと貴族に視線を動かし、貴族は『龍は疲れないのでは』と付け足した。そうだった・・・ドルドレンは頷いて、疲れを目安にしたらイーアンは頑張り続ける、と今更気づく。


 止めてあげても、と心配する貴族の意見を汲み、ドルドレンはイーアンに呼びかけ、龍は一時停止。ゴゴ、と地鳴りのような声で振り返った大きな白い龍に、船縁を挟んで『無理して龍気が減っては大変だ』と伝えると、龍は白く光って人の姿に戻った。


「龍気を遣い続けているのだ」


「はい」


 分かってますよと頷いたイーアンに、ドルドレンは頭を撫でて『無理していないか』と聞き、ちょっと黙ったイーアン(※反応素直)を引っ張って甲板に立たせた。


「この辺にしておきなさい。すごく頑張ってくれたのである」


「でも。まだテイワグナは見えてこないです。引っ張る速度でそこそこ進めるなら、と考えていたけれど、そう甘くもなさそうなので・・・ 」



 イーアンは、戦艦と同じくらいの速度は出していた。帆船なのでマストや本体に負荷があっては困るが、これは先に龍気で対処済み。バランスはトゥが手伝うと言ってくれたので、あとは速度を出すだけ・・・ 多分、50ノットくらいで移動していたと思う。時速90㎞目安。

 直線で一時間に90㎞近く進んでいけば、出発点から目的地南端まで300㎞もない気がしたし、3時間くらいかなと想像していた。が、龍気を思ったより遣うから、もう()()()()()()と考え始めていたところ。



「そろそろ()()()空を飛ぼうかと(※船を)」


 その方法に移行しようとしてたと知り、ドルドレンは眉を寄せる。ルオロフも心配そうに総長を見る(※着水時の危険)。地獄耳で聞いた親方は、ちょっとダルナに視線を投げた。ダルナは面倒そうではあれ、主人に『何とかならんか』と言われ、向かう先へ二つの頭を向け、感じとれる距離を確認。


 いいだろう、とダルナは答えた。


 船は波に揺られ、イーアンはドルドレンとルオロフを前に会話の途中。ミレイオはタンクラッドの側で、トゥの動きを見守り・・・ タンクラッドが『頼んだ』と船縁に寄り掛かって呟いたと同時、夜の大海原からアネィヨーハンは消えた。



 *****


 ぶぅん、と鼓膜に伝わる振動。誰もが気づいた一瞬は、間髪入れずにまた繰り返され、二回、三回、四回、五回目で岸に明かりが見える海に船は止まる。


「うわ」


 思わず驚きの声が出たイーアンは、さっとトゥを見て『移動して下さったんですか』と聞いた。

 トゥは首を一本だけ女龍に向けて『留守にする。()()だ』と言い残し、『貸し』の一言に見上げたタンクラッドに答えることなく、さっさと消えてしまった。


「疲れたのね」 「疲れたんだな」 「あ~・・・無理をさせてしまいました」


 魔力をかなり消費したかもと、イーアンは気遣う。彼はご自分の魔力で瞬間移動を行うので、長距離なんて本当は嫌だっただろう。不甲斐ない私のせい、『貸し』ですね・・・と思っちゃう。


 船ごと移動するのを一回行うことすら、トゥは避けていた。タンクラッドも再三言われて分かっていたが。


「まぁ。到着したんだ。魔力を消耗したからトゥはすぐ留守を選んだが、回復したら戻るんだし、一先ずこれで安心と思えば。魔物も出る前、トゥも今ならと考えたんだろう」


 親方に言われて女龍は、悪いことしたと思いつつ龍に変わり、視界に入った海岸の明かりを目指し、船を曳き始めた。



 イーアンはこの時、これを()()()、後に持ち掛けられるトゥの相談に応じることになるなど、全く思いもせず。この話はまた、後日。



 シャンガマック親子はこの間、ずっと不在。獅子がシャンガマックを連れてどこかへ出かけたので、通訳はルオロフ頼み。シュンディーンは眠っており、ロゼールも自室。彼は港用の書類作りに急ぐ。


 甲板には、ドルドレン、タンクラッド、ミレイオ、ルオロフ。それと、舳先の外にイーアン龍。


 白い龍が近づいてくる港は軽く騒ぎが起き始めたが、そもそもの人数が少ないため、これはドルドレンとルオロフで先回り(※ドルドレンの精霊の面で)し、説明に行った。


 港よりも海側にある灯台でまず説明。了解を貰って、港に降りてまた説明し、許可証を提示。警護団本部からの許可証と、白い龍の本物が来たので、港の人は早々受け入れ態勢に変わる。


 こうして、アネィヨーハンは無事にサマ・イナンディヤ港に入った。

 深夜、テイワグナ最南端の岬に、到着―――



 港の人に誘導されて、ゆっくり船を動かしている最中・・・後ろの船尾楼甲板では、荷物を船倉から運ぶオーリンが忙しく動いていた。

お読み頂きありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ