2889. ヨライデへの準備 ~②首都警護団本部・バイラの協力
「いるいる。結構、いるじゃないの。やっぱり沿岸は平たい地形だから」
テイワグナに入ってすぐ、明かりの灯る家々や町が目に入り、イーアンはカロッカンと比べる。
海岸沿いは山や森で遮られないため、ぱーっと明かりがあると『人が多い』印象で、今夜戻される人たちが加わったら、殆ど元通りになるんじゃないかと想像がつく。
「バイラはどうかな。テイワグナは戻る人が多いから、三回目と四回目に振り分けられていたりして」
ぎゅーん・・・と海岸線を回って首都ウム・デヤガ方面へ屈折。女龍の飛ぶ姿は、意思を持った流れ星のようで、精霊を見慣れているテイワグナ人たちの目に、めでたく映る。下方で人々の声が聞こえる時もあり、イーアンは少し嬉しくなった。
「テイワグナくらいですけれどね・・・これだけの人数が残されたのは。そして、まだ脅威はあるけれど。それでも、『人間が居てくれる』のが、何だか心強くて嬉しい」
嬉しいなんて言ってる事態ではないが―― やっぱり守る人たちがいることで、頑張ろうと思えるもの。
近づく首都も、明かりの多さで期待する。イーアンは警護団本部に向かい、夜の建物の中から漏れる光に沿って、窓の外で止まった。
ぷかっと宙に浮く女龍。いるかなーと、明かり伝いで窓の奥を見ながら少しずつ移動していたら、屋内の人に驚かれた(※当然)。うわっと悲鳴を上げられ、慌てて『私は龍です、ごめんなさい』と謝ったら、この一言で相手の悲鳴は止まる。
さすがテイワグナ。一瞬で信じる人たちに感謝して、窓に近寄った団員と思しき若い人に窓を開けてもらい、イーアンも窓枠に寄る。
しげしげと見開いた目を向ける若者が訊く前に、『私は龍のイーアン。バイラという人物を探しています』とこちらの用件を出した。
「バイラ?ええーっと・・・もしや、魔物資源活用機構の」
「そうそう!ジェディ・バイラです。私のお友達で」
「えー!あなたと彼は友達?いいなー」
ハハハと笑ったイーアンは、黒い螺旋の髪を片手でかき上げ『バイラは本部にいますか?』ともう一度繰り返し、羨ましがった若者は『探してきます』と背後の通路を振り返った。
「僕も、昨日・・・龍の女なら何でもご存じでしょうけれど、精霊の保護から戻ったばかりです。同僚や家族も同じで、確認しながら一日が過ぎまして」
しっかりした体格の誠実そうな若者は、数日前、仕事終わりで精霊に連れて行かれ、昨日の夜に―― 正確には日付の変わった今日の0時以降 ――戻ったと話し、今日は家族や町の人々の安否確認で終わり、今は本部で一室ずつ確認で回っていたところ。
「どこに戻っているか、一定じゃないみたいで。自宅に戻った人もいるし、職場に戻った人もいるし。僕は夜中に戻りましたが、いつ戻るか・どこに戻るかも分からないので、数時間置きに部屋の見回りをしています」
警護団本部に来た団員は、名前を残して行けるように玄関で帳簿を付けているが、『何も玄関をくぐるとも限らないため』と苦笑した。そうですよね、とイーアンもちょっと笑う。律儀に玄関口に戻されるわけでもない。
でもこの分だと、バイラはまだなのか・・・ ちょっと考え込む女龍に、若者は『見てきますから』とここで待つよう頼み、笑顔で部屋を出て行った。
どうかしらねぇとぷかぷか浮きながら、窓の表で待つ女龍。部屋の明かりに照らされて影がくっきりなので、塀の外から発見され軽く騒がれる。手を振って『龍の女です~』と大きめの声で伝えると、こちらもあっさり歓声に変わった。
「うーん。テイワグナが一番、楽(※信者多いから)」
龍の女で通じるんだもんなーと少し笑ったところで、通路から数人の会話が聞こえて振り向くと、開いていた扉から、バイラが覗き込んだ。目が合って、パッと笑顔に変わる。バイラの後ろで『連れてきました』と聞こえたが、それより早くイーアンは窓から飛び込んだ。
「イーアン!」
「あー良かった!バイラ~!」
大股で寄ったバイラに、イーアンも両手を広げて抱擁。ハハハと笑って抱き返したバイラの後ろ、若者と他数名が『友達』『機構の』『抱き合ってる』『龍の女だ』と羨ましがる。彼らは、魔物資源活用機構にバイラ関与は知っていても、イーアンと会うのは初めて。
こそこそ喋る若者たちを振り向いたバイラはイーアンに、『彼らはこの前、入団したから』と日も浅いことを教えた。テイワグナ復興に役立ちたい、と警護団へ入った人たち。イーアンも彼らに微笑んで『頼もしい』と褒め、若い人たちが照れる。
「それで。この状況であなたが来たということは、何かありますよね?」
さっと話を変えた勘の良いバイラに、そうなのよとイーアンは現状を伝えて、テイワグナ停泊案の相談をする。さくっと簡潔、イーアンも業務モード。ふむ、と真顔で頷いたバイラは、若い人たちに下がるよう言い、彼らが挨拶して出て行くと、顔を手でちょっと拭って息を吸い込んだ。
「イーアン、時間はありますか」
「あんまり、ない」
「ですよね。もうヨライデ沖なんですっけ?」
「はい。まだ魔物は出ていないからそれは良いのですが、ドルドレンたちを待たせています」
「そっか・・・(素)俺が行っても良いんだけど」
「はい?」
口調=『俺』。バイラが自分をそう呼ぶ時は、彼の素状態。何やらすぐ案を巡らせたらしき頼もしい味方にイーアンが聞き返すと、バイラはハッとして『すみません』と咳払いした。
「私が停泊中の港の守りについても、と思いました。ヨライデ近くに、国境治安部があるんですよね。そちらに臨時異動したら、船の見張りが可能かもしれません。でもそのためには、いくつか手続きを踏むから」
「ああ~・・・さすがバイラ」
仕事の男は言うことが違う、と褒めるイーアンにバイラも笑うが、イーアンも掛かる時間に悩む。
「手続きは、紙に書いて、はい、では終わらないですものね」
「そうなんですよ。上司にも許可を貰わないといけません。緊急だけれど、確認だけでもないと。あそこの国境治安部、欠員出ているんじゃなかったかな・・・ 少し前の報告ですけれど、端から首都までこの距離です。出来事自体は一ヶ月半から二ヶ月前で、ヨライデ国境の団員に怪我人が出ました」
え?と不穏な話に眉根を寄せたイーアン。バイラは『魔物ではないと思う』と前置きし、人間の沙汰の可能性が高いと言った。
「報告書は目を通していますが、理由が濁されている書き方もあり、多分、不法入国のいざこざではないかと思うんですよ。サブパメントゥとかではないんです。施設に何度かいざこざが起きて、対応した人が怪我をした・・・」
「施設?それ、施設が襲われたという意味ですか?」
「はい。たまにあるんです。昔はもっとあったようですが。外国人が入国手続きに難しい人だと、書類を盗んでしまうとか、無理やり書かせるとか、乱暴な手段で入り込む」
そういうのも状況によって捕まらないんです、と困った顔でバイラは首を傾けた。テイワグナの不安定な治安改善が果たされない限りは、無理やり入国してしまえば勝ち、の状態。
「とにかくですね、欠員が出た報告は来ていたから、私が向こうへ行くのも臨時なら可能だと思いますが・・・ ちなみに停泊期間は短期ではないですよね?ヨライデで魔物退治だから」
「短期じゃないと思うんだけれど、船を使うかもしれない時は」
「ああ、そうか。そうでしたね。でも、皆さんがたまに船を置きに来る予定があれば、私は機構の仕事専属ですから、向こうへ移動したままでも大丈夫です。しかし問題は、手続きだな」
うーん、と唸り、バイラはイーアンを見つめたまま、何度か瞬き。イーアンもじーっと見上げて、良い方法あるかなと待つ。
「イーアン。ヨライデの人たちにも、魔物製品」
「あ。それ、言わなければ。あのですね、ヨライデはほとんど人がいません」
へ? 魔物製品を配るなら~と思いついたバイラを遮り、イーアンは世界の現状を急いで伝える。目を丸くしたバイラは額をぴしゃっと叩いた。
「そうでした!テイワグナ人は残る、とシャンガマックが言っていたっけ!」
「あ。シャンガマックに聞きました?そうなの。だから、ヨライデは全然いないはずなのです。製品を渡す相手がないの」
「そうかそうか、忘れていました。それなら、じゃ」
問題解決したらしきバイラは、茶色い目を向けて微笑み、通路の奥を見る。
「私は一昨日、本部に戻ったんです。仲間と一緒に表の庭で・・・上司も今朝、自宅からこちらへ来まして、彼は町の様子を確認に出ました。私も明日、首都の外を調べに行く話が出ていたんですが」
独り言に似た呟きを続け、バイラは『ヨライデに人がいないなら』とまとめた。
「調査目的で志願します。辺境の地からの手紙は中継で受け取りですら、一~二ヶ月掛かる距離。調査は近場から出向を出すのですが、この前の報告の調査派遣が、まだ決定していなかったはず。本部からの命令を届けるにも」
「広いですからね、テイワグナ。命令出された時から、いざ調査の人が現地に到着するまで、半年はかかりそう」
事態変わってそう、と呟く女龍に、真剣な表情で頷き返すバイラが『だから、今』と推す。
「ヨライデに人もいないなら調べやすいし、私が現地近くまで行くなら」
「ああ~なるほどね。一石二鳥ですか。バイラは欠員補助で臨時の移動と、ヨライデ人不在中に調査も果たして」
「調べたくても、ヨライデは難しい国です。この機会に乗じて。単に欠員補助で向かうとなると、理由に弱いです。だから機構の製品を普及するための移動も併せて、考えたんですけれど」
「あの。じゃあね、バイラ。私が一緒に上司に頼みますか?今、上司おうちかしら?」
とんとん拍子で二人は話を進め、頷き合う。上司探してきます、とバイラは廊下へ出て、イーアンは再び待ち。時計を見たが、何時にここへ来たのか見ていないので分からない。
「もう、一時間くらい経っているような。ドルドレンに連絡・・・ 」
バイラがいない間に、イーアンはドルドレンの連絡珠で彼を呼び出し、応答した伴侶に状況を報告する。伴侶はふむふむ聞き、『是非バイラに協力してあげなさい』と許可。了解して、出発はどうするかの確認をすると、『トゥがいるから船は問題なし』で沖待機を維持してくれることになった。
『バイラをテイワグナの外れまで送るのだろう?』
『もしバイラに用意が出来たら、ですよ。手続き届け出あれこれがやはり必要と言われたら、私は一旦戻りますが』
『そうだね。一応、どこの港に入れそうかを聞いておいてくれ。地名と大体の位置で、シャンガマックに地図を見てもらうから』
はいと了解し、イーアンは連絡を終える。少しして、バイラが戻り『イーアン、一緒に』と通路の左を指差した。
「いました。一階で話を」
ということで――― バイラの上司に会いに行き、夜間の見回りに出る前だった上司に話を聞いてもらい、その場で『書類作っておいて』と引き出しから紙を渡されたバイラは、そそくさ記入し・・・
上司のおじさんが棚横の地図の前に立って、イーアンに場所を教え、地名と場所をイーアンも復唱。バイラは案の定、『向こう数ヵ月は首都に戻れない』ため、現時点の仕事に引継ぎの要があるものは適任者に振って、それから行くようにと言われた。
「(イ)バイラが出発するまで、何日くらいかかります?」
「(上司)・・・早くて二日三日、かな」
「(イ)明日ってことは」
「(上司)イーアンは明日が良いんですか」
「(イ)早い方が助かります」
「(上司)機構の仕事は関係ないのですよね?」
「(イ)そうなんですけれど。でも。私たちの船、いつ使うかと魔物製品も載せていますし」
それは警護団と関係ないけれど・・・ そう言いたそうな上司の沈黙に、イーアンはじっと見つめる。バイラはイーアンに任せて見守り、ワンちゃんのようなイーアンの無言に、上司は『仕方ないな』と折れてくれた。
「龍の女が直々に頼むなんて、私の人生にないことだしね」
「広いお心に感謝します」
バイラは本部の仕事もこなすので、彼が受け持っている内容は同僚に伝えないといけない。これだけは済ませておくべきだから、イーアンは『連絡してくれたら、明日迎えに来る』と約束した。バイラは自分の連絡珠所持。
「船は運んで良いですよね?」
「港に許可を与えておきます。停泊権は」
「ハイザンジェルも人がいませんので、私が一時受け取りで。私は副理事ですし」
龍の女が機構の副理事・・・ わかりました、と頷いた上司に、港宛に一筆その場で書いてもらう。これを受け取り、イーアンは地図と地名をもう一回確認し、バイラにOKを貰ってから本部を出た。
「よし。明日はバイラ。これからテイワグナに船移動。収穫ありですよ」
送り出したバイラは、どことなく嬉しそうだった。また関わるのを楽しんでいるような顔に、夜空を突っ切るイーアンはちょっと笑う。
「どこでどう、また繋がるのかなんて分からないですね。面白がっては変だけど、運命は面白い」
バイラに会えるとなったら、ドルドレンが喜びますよ・・・ 高速飛行で白い帯を引く女龍の光は、瞬く間にヨライデ沖へ―――
そして、黒い船で待っていた仲間に結果報告し、食堂に集まる。
「サマ・イナンディヤ。イナディ地区、これだ。ここ」
褐色の騎士は、食卓に広げたテイワグナの地図の一端に指先を置く。イナディ地区はヨライデ国境に沿う、非常に細ーい地域で、海に張り出した一ヶ所に『サマ・イナンディヤ』の黒い文字が載る。
「すっごいヨライデ、って感じ」
ミレイオも地図に顔を寄せ、殆どヨライデじゃないのよと呟いた。テイワグナ外れのこの地区には、町らしい町がなく、集落はありそうだが、国境のためだけに地区が存在するような印象。
「とにかく、入港許可が下りたのだ。移動しよう」
地図を見ていたドルドレンが、パンと手を打ち、皆も顔を上げる。夜も遅いこの時間、ヨライデ沖に浮かんでいた黒い船アネィヨーハンは動き出す。
「行けるところまでで」
『王冠』一瞬移動を使うイングが不在の今。フェルルフィヨバルの『王冠』は頼ってしまった後だから・・・
「イーアン。疲れたら止まりなさい」
「はい」
イーアンは白い龍に変わり、黒い船を引く―――
お読みいただきありがとうございます。
近いうちにお休みすると思います。決まり次第、こちらに連絡します。どうぞよろしくお願いいたします。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝して。ありがとうございます。
Ichen.




