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魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二の面、戻りし人々
2887/2956

2887. アティットピンリーの用事・シュンディーン帰船・最終夜タンクラッドの思い

☆今回は、ちょっとほのぼのした内容です。のんびり読んでやって頂けたら。

 

 毎回ダルナに頼っていたと実感するイーアンは、ティヤーの海に入って、中天から傾いた太陽を見上げる。



「瞬間移動って。瞬間なんですよね」


 ぼそっと、当然のことを呟いてしまう。私、瞬間移動はまだ習得していない・・・ ミンティンや男龍は使えるようだけど、だれ一人これについて触れてくれることもなく、女龍のくせに瞬間移動だけは出来ない自分を、少し悲しく思う。


「高速飛行も馬鹿に出来ませんけどね、ただの中年のおばさんだった時に比べりゃ、音速状態で飛ぶ私なんて、スーパーマンレベル」


 カロッカンからティヤーの距離、一人で遠慮なく飛べば結構な速度で早いとはいえ。瞬間移動とは違う。


「ソニックブームが下で起きてるんじゃないか、たまに気になる・・・瞬間移動なら、それもないのよね」


 習得していない技にしおれつつ、イーアンは海の上で減速し、ちらほら人影が見られるティヤーの島々を横目に、混合種の精霊を呼ぶに丁度良い場所を探した。人影といえば、テイワグナに入った時も、通り過ぎる海岸沿いに人々の姿を見た気がする。


「もう。かなり戻されているような」


 生き物がいないと食糧事情は心配だが、畑や果樹が無事なら少しは違うかなと・・・そんなことを考えながら、小さい島に降下した女龍はひっそり佇む祠を見つけ、その前に降りた。


「勘が働きますね。ありそうな気がしたら、本当にあった」


 探した時間そこそこ。ウィハニの女の祠は、海近くの支流沿いの岩場にあり、イーアンは屈みこんで祠に話しかける。アティットピンリー、聞こえますか?と何度か繰り返すと、ふーっと祠の中の石像の目が光った。


 話しかけようとして『そこで待つように』言われ、イーアンは待機。待つこと数分、汽水のここへアティットピンリーが現れた。



「来て下さってありがとうございます」


 微笑む女龍に、混合種の精霊は頷いて、イーアンはちょっと変化に瞬き。顔、あったのね・・・ でもそれはそれ。特にそれを言うことなく、混合種の精霊に岩の隣を示し、長い体を持ち上げてあげて、横に座らせる。


 綺麗な鱗が並ぶ、艶やかな精霊の姿。美しいなと微笑んだイーアンの弧を描く目元に、アティットピンリーは『ンウィーサネーティと同じ顔をする』と言った。


「? さねーてぃ?」


 何でいきなり彼の名前?と真顔に戻るイーアン。それに答えるように、精霊の大きな緑の目は何度か瞬きして『聞きたいことがある』と話し始めた。

 それは、イーアンたちの出発と全然関係なくて―――



「・・・サネーティ、今、じゃ。あなたと」


『一緒に過ごす』


「その、お食事とか。人間だから、いろいろと違いがあると思うのですが、生活などは」


『ンウィーサネーティの友は、彼と話す。会う』


 ああ、その時に、と理解するイーアンに、精霊は『自分が知らない生活は、人間のもとで』と考えているようだった。

 食事排泄衛生、人はトイレも行けば、風呂も入らないと体を健康に保てないわけで、そうした仕組みがあることは知っている精霊からすると、友達に会わせている時間で行うように促す感じ。


 急なトイレなんかは大丈夫かなーとちょっと気になったが、まぁ、男だし(※海賊だし)その辺は問題ないかとイーアンも思い直す。


 ちなみにお友達は、サッツァークワン。彼の親もいると聞いて、イーアンは神様に感謝。

 リーパイトゥーンも無事だったか~・・・良かった~ 誰が残ってくれても嬉しいけれど、過去に男親から女親に一転して子育てを頑張った人、リーパイトゥーンも引き離されずに済んだのは、本当に嬉しく思う。


 アティットピンリーの話だと、彼が一念発起し心を入れ替えた時、女性として生きるに祝福をしたのはアティットピンリーだった。そうしたことを、混合種の精霊はちょくちょく各地で行っていて、取り立てて重視していない。だから割と・・・ティヤーは祝福を受けて戻る人が少なくない様子。


 少し話は脱線し、『そういえば、治癒場は』と尋ねたところ、まだ東の治癒場には人がいるそうで、今日明日には終わるのではないかとの返答。イーアン、了解。



 話を戻して・・・ アティットピンリーの相談に、身を入れる。


 午後の日差しが濃い影を作る、岩場の川辺。イーアンは混合種の精霊と呪術師の現状を説明され、そして『こうした行動が初めてで、どう思うか聞きたい』と尋ねた精霊と向き合う。


「アティットピンリーは、サネーティと()()()()()()()()()んですね?」


『そうしたいと思う』


「彼もついてきたのだという話ですが、今後も一緒と言っていますか」


『喜んでいる』


「さっき。あなたを見て美しいと思った私の表情に、『彼と同じ顔をしている』と言いましたが、いつも彼は、あんな感じであなたを見ているの?」


 この質問に、精霊はちょっと黙る。考えているらしく、一分経過。うん、と頷いたので、イーアンも頷く(?)。()()だな、と確信。



 ―――両想いじゃん。



「この話を、彼にしましたか」


 していない、と首を横に振った精霊は、どことなく不安気に見え、それも分かるおばちゃんイーアン。

 彼からの言葉で、嬉しさや楽しいと感じることはあるかも聞いてみると、精霊を褒める時や一緒に行動している時だった。


「アティットピンリー。あなたは、もしも。サネーティが年を取って死んでしまう時が来たら」


『悲しい』


「そうですね。あなたの親ティエメンカダと、空の龍のように。いつかは終わる時が来ます。それをわかっていて、その時まで一緒にいたいですか」


 この質問、教会で〇〇の時の神父様みたい、と思いつつ。厳かな面持ちで女龍は尋ね、精霊は躊躇なく『一緒にいる』と答えた。ニコッと笑った女龍は、手を伸ばして混合種の精霊の腕に手を置く。



「あなたはね。大切な相手を見つけたのです。アティットピンリー」


『精霊が、一人の人間だけを特別に扱うことが良いとは思えない』


「うん。そうかもしれないですが。でも、それとこれは別。いいじゃないですか、誰かに注意されました?」


『それはない。咎められはしない』


「一人だけ特別扱い、これを気にするのは、今までそうした体験がなかったからです。特別扱いしたくなる誰かがいたって、別に問題ないでしょう。

 空の龍・・・ずっと昔にいた最初の龍は、あなたの親と大変仲が良かったそうです。あなたの親も彼女にはすごく親切だったと、話を聞きました」


『龍は、人間と違う。悩める者ではない』


「そんなことありませんよ、私も始祖の龍も、二代目の龍も、悩みっぱなしです。これは本当です。確かにね、龍だけに自分で解決する力も立場もありますけれど、心はそうもいきません。私たち女龍は人間だったから。頼れる誰かがいるだけで、頑張れる。力も湧いてきます。

 ティエメンカダは、始祖の龍の心を支え、大切に愛して下さいました。それは特別扱いでもあり、そして力を発揮できる手伝いでもあります。いいことだと思いませんか?」


 瞬きを一回。二回。三回目で、精霊が頷く。たどたどしく頷いた感じが微笑ましいイーアンは、ニコーっと笑って、彼女の腕をポンポン叩く。


「サネーティに言えばいいのです。一生大事にすることを。『あなたが好きだから一緒にいたい』と思ったまんま、伝えてみてはいかがですか」


『・・・()()()()()?』


「好き、ってだけでは弱いかしらね。()()()()()()()、でもいいと思います。こっちのが良いか」


 そうよねと一人で頷く女龍に、アティットピンリーは固まって反応せず、振り向いたイーアンから目を逸らした。照れている・・・ 委縮させないよう、冷静に振る舞うイーアンは、心の中では女子状態で応援しつつ、照れて固まる精霊を穏やかに励まし続けた。



 そうして―――


 気づけば夕日の時間になり、せっせと励ました結果、アティットピンリーが『言う』と決めたので、イーアンは笑顔で送り出す。


「頑張って!!絶対大丈夫ですよ!」


『うん』


 どことなく弱弱しい返事だが、混合種の精霊は相談して自分の気持ちに整理がついたため、川にちゃぽんと入って振り返り『また話す』とお別れの挨拶を最後に、水に消えた。



「はー・・・恋ですよ、恋。いいなあ、これも伝説」


 あの人相手にねぇ~と、空へ浮上して首を振り振り、笑みが止まない女龍は『精霊からの恋相談』で久しぶりに自分も浮かれ気分になり、黒い船へ帰る。


 ミレイオにも言わなきゃとか、ドルドレンもきっと応援してくれるはずとか。そんなことを嬉しく呟きながら、ニコニコの帰船をすると、甲板にルオロフが出ていて手を振った。


「おかえりなさい。イーアン」


 赤毛の貴族は、夕日に晒されると、燃えるような赤毛が一層美しい。こんな情熱的な色なんだろうな~(※恋心の着色イメージ)と思って、機嫌良くイーアンもただいまの挨拶を返す。


「なんか、いいことありましたか?」


「え?」


「すごく素敵な笑顔ですから、何か嬉しいことでもあったかと思いました」


 さすがな貴族の流れるような誉め言葉に、ご機嫌マックスのイーアンは快活に笑って『とても良いことです』と答え、ルオロフが薄緑の目を煌めかせる。


「教えて頂けますか?私の用事はあなたを待っていることでしたから、もう自由です」


「あら。甲板で待たなくてもいいのに(※流す)。あのね、()()()のお話」


 てっきりバサンダのことかと思っていた大貴族は、意外な言葉にキョトンとしたが、違う誰かの話と察して、ふわっと優しく微笑み『どなたの両想いか知りませんが』と少し背を屈めて、鳶色の瞳と同じ高さに合わせた。


()()()()()()()ですから、実に興味深い」


 今度はイーアンがキョトン。ぶはっと吹き出し(※品がない)、『そんな反応って』とルオロフに苦笑される。


 ハッハッハ・・・二人で笑い合う夕焼けの甲板。

 何がそんなに可笑しいのやらと、船橫で眺める冷めたトゥ。


 ―――トゥはイーアンに用事があり(※朝の大真面目な要件)、たまたま甲板に出たルオロフに『もうじきイーアンは戻るだろう』と告げたら、ここにこいつが残っただけ。


 急ぎの用と言えば、そうだが。


 何やら浮かれている女龍に()()()をするのも。決戦後の休息は短い。トゥは少しの間、自分を後回しにして女龍の楽しそうな時間を尊重―――



 女龍は、早速ルオロフに『実はね、サネーティと』とアティットピンリー恋愛話を話し始め、仰天した貴族に『あんな奴が?大丈夫なんですか?止めなければ!』と慌てられ、それも笑って往なす。


 笑い上戸の女龍は、久々の明るい嬉しい話に笑い声も大きくなり、トゥが『こいつは大丈夫か』と思うくらい呵々大笑・・・ その豪快な笑い方でドルドレンたちも甲板に来て、恋咲く話に驚きながら夕暮れの甲板は賑やかに変わる。


 そうこうしている内に、水平線からシュッと一吹きの水柱が上がり、皆が一斉に見た夕空―――



「あー!シュンディーン!」


 真っ先に気づいたミレイオが叫び、両腕を広げる。大きな水色の翼を広げた精霊の子も、嬉しそうな笑顔で緩やかに降りてきて、迎えてくれたミレイオをしっかり抱きしめた。


「戻ったよ」


「おかえり!あんた、頑張ったわね!よく戻ってくれたわ」


「一緒だって言ったのに」


 ハハハと笑う精霊の子の、野花のような明るい黄色い肌が残照に輝きを増やす。神々しいシュンディーンの若者姿でも、赤ちゃんの姿でも、ミレイオはどっちでも嬉しいだけ。ギューッと抱きしめて体を離し、『肉食べなさい』と夕食変更。



 この後、戻ったシュンディーンと皆は船に入り、ロゼールが『今から焼肉?』と驚きながら料理してくれて、和やかな時間が過ぎる。


 ちなみに。

 朝からふて腐れたオーリンは、ニダがいるからか。コロッと切り替えるいつもと違い、部屋から出なかった。こちらには、無害で理解ある総長が二人分の夕食を運び・・・夜出発する決定を伝えた。


 それにより、少しだけオーリンの硬い表情がほぐれたが、彼が発した返事は『俺の荷物は』と船や馬車に乗せた荷物・工具についてであり、ヨライデに到着後、下船準備をするというもの。

 ささやかに『世話になった』とか『皆にもちゃんと挨拶はするよ』とか、大人しい気持ちも口にするが、かといってオーリンは部屋を出ないで終わる。


 オーリンを挟んで後ろにいたニダは、時折、総長と目が合ったが、彼の同情的な視線から目を逸らすしか出来なくて、食事も運んで頂いたのに、お礼一つも言えない状況に終始縮こまっていた。



 ――自分が悪いわけでもないのに。


 居づらく話しづらい状態を気にし、本当は真っ先に礼を言いたかったイーアンや、再会話もしたかったルオロフとも接触は妨げられて、更にシュンディーンという精霊の子に会う機会もニダは逃す。


 これは後々・・・ニダの心残りでわだかまりになるのだが、今は助けてくれたオーリンに従う―――



 外では、トゥが話しそびれたものの。こちらは別段、気にすることもない。


 夜空に佇む銀色のダルナは、星明りの下で昇降口の扉が開く影を見て、出てきた主に首を一本向けた。タンクラッドが片手を挙げてダルナの大きな鼻にぺちっと手を置く。


「トゥ。イーアンには話す時間を取ったか」


「いや。まだ」


「・・・呼ぶか?」


「どうせ、もう()()する」



 今夜、出発。瞬間移動を使うには、船を連れて行くにちょっと長い距離なので、トゥは『王冠』を使うダルナを呼んで、出現地を点々と渡りながらヨライデへ行く方法を提案。ドルドレンもそれに感謝し、今夜中に移動が決まったのが、先ほど―――



「移動後でも」


 トゥのもう一本の首が、星を見上げる。『俺が、龍を頼るとは』続けた呟きは、下にいるタンクラッドに届かず、彼は彼で、舷縁に寄り掛かって黒く穏やかな波を見つめ、考え事に入る。


 ヨライデは、まだ魔物が出ていない。今の内に移動して、向こうへ上陸したら下調べ開始。


 それは構わないが、この国・ティヤーで知り合ったサンキーと彼の工房に未練がある。


 魔物対抗道具を作った際。女子供老人が使える武器のために試行錯誤した時間。

 自分が背負った役割―― 『精霊の剣を鍛える男』 ――これまで見えていなかった領域に、足を踏み入れた感覚が忘れられない。


 不意に過った、アイエラダハッドでの話も脳裏にこびりつく。

 初代のグンギュルズは、必要の末に『棘』の代わりの剣鍵を作った。同じ運命を与えられた俺も、何かに取り組み、生み出すべきではないか。


 それが、出来そうな気がしている。 


 サンキーの工房と、彼の信頼できる腕前、経験値が豊富な相談者として、離れることに未練を感じる今。


 サンキーに話をしたら、彼はどう反応するか。なんとなくだが、相性も良い小柄な鍛冶屋。彼の知識も頼ってみて、目覚めた()()()()を試みたい思いが、ティヤー最後の夜に高まっていた。


 戻った人々の、少しでも助けになるような、彼らの無事を守れるものを(※2842話参照)・・・作れたら。使いきりで終わる代物ではなく。



 魔物が出る前にでも、ヨライデからサンキー宅へ一度行こうか。模索する剣職人と、命運を考えるダルナは、船内から聞こえる賑やかな声を離れ、ティヤーの海風に吹かれて静かに過ごした。


 そうして、二時間も経つ頃。



「タンクラッド。ここだったか」


 昇降口から上がってきたドルドレンが、ダルナと職人に声をかけ『もう出発出来るか』と尋ねた。


お読みいただきありがとうございます。

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