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魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二の面、戻りし人々
2886/2954

2886. バサンダ帰国 ~故郷の生家・コロータ話・十二の面と共に

 

「何度も同じことを言いますが、大変、素晴らしかったです」


『ありがとうございます』と笑った面師の顔を振り向いて、イーアンもニコーっと笑う。



 空の道、イヒンツァ・セルアン島―― バサンダの故郷 ――に向かう途中。


 帰りは私が送りますと名乗り出たイーアンは、シャンガマック親子から『?』視線を投げられたが、個人的にバサンダと話したいこともあった。バサンダは、イーアンが送ってくれると言い出し、少し恐縮したものの、こちらもすんなり受け入れて、今はミンティンの背中の上。



「皆もびっくりしていましたが、どれもが完璧です。()()()()()良かったですね!ニーファにも見せないと」


「はい!私は、面がその場で消える覚悟もしていましたし、まさか戻ってくるとは思わなかったので・・・ニーファに紹介できるのが楽しみですよ。うーん、ただ、オーリンが見ていないのは残念です」


 バサンダが寂しそうで、イーアンが代わりに謝る。



 ―――せっかく持って帰った面なのに。そして、せっかくニダが頑張った『武勇伝』のアイテムなのに。


 オーリンは、別れの挨拶だけで見ようともせず、ニダがバサンダにティヤー語で結果報告を急ぐ間、オーリンは部屋の窓側から動きもしなかった。

 僅かな時間でも、交渉したニダ本人の口から、製作者バサンダに報告出来たのは良かったが、これもイーアンがバサンダを、オーリンの部屋まで連れて行ったからで・・・ 


 なんとなく、『オーリンに振り回されるニダ』懸念が掠めたイーアンだが、それは心の中にしまっておいて、バサンダとニダがちゃんと挨拶を交わせたことを良しとした―――


 さて、オーリンはさておき。



 別れの挨拶前に、食堂で一つ一つの面をきちんと説明し、名前の意味も伝統儀式での立ち位置も、勿論、素材や材料に加工する工程、面の制作まで、聞かれた質問に全部答えた面師。

 ・・・オーリンはこの場にいなかったので、『面交渉直前』の際に見たけれども、ちゃんとは見ていないから、バサンダは彼にも改めた説明の場にいてほしかった。


 質問はオーリン以外の職人中心に行われ、騎士は後ろで観客席状態だった。イーアンもたくさん、関心のある部分について教えてもらい、とても満足。


「青い面は・・・もう一回見たいです。また、テイワグナへ遊びに行けたら」


「是非、いらして下さい。ニーファに聞いて、工房に飾らせてもらおうと思います。ビアリ・ウディンナリベギーナ(※青の面)への感想、イーアンがどう思われたか、私も期待していました。期待以上の反応を頂いて・・・いや、しかしでも。()()()()総長に」


「ハハハ。大丈夫ですよ!いつものことですから!」


 笑い飛ばす女龍は、青い面を手に持たせてもらって説明を受け、その見事さと優美、迫力と深淵の籠る作品に―― 感動して抱き着いて喜び ――ドルドレンに引き離されるまで散々、褒めちぎった。


 苦笑したバサンダが申し訳なさそうで、イーアンはミンティンの横に並び『龍のために素晴らしいお面を作った面師、抱きしめて悪いことなどありません』と真顔で言い、二人で笑う。


「人間技じゃない、なんて表現がありますが、魂消ました。あなたは本物の匠です。人間国宝、それじゃ足りませんね。それ以上」


「勿体ないお言葉ですが、大変嬉しいです」


「青色をあれほど鮮やかに出す技法が、ティヤーにあったこと。海の国だからと思えば、分かりますけれど。でもあなたは顔料の変色を定着させる液で、さらに鮮やかを求めたとは」



 バサンダの技法は、化学変化の応用だらけ。惜し気なく教えてくれたのは、『言っても分かり難いでしょう?』と笑うバサンダの前提がある。


 解説する材料が目の前にあるわけでもなく、加工の現場で説明するわけでもない、口頭だけの解説で想像するに無理だらけ・・・そのため、話しても別に問題ないと判断したことは、全部答えた次第。


「でも、イーアン。あなたは別の世界から来たと言っていましたが。あなたには分かってしまうんですね」


「大まかにですよ。他の人に比べると、元の世界で得た情報を参考に見当がつく、それだけ」


「バレてしまうと知っていたら、もう少し控えました」


 顔を見合わせ、二人はまたもハハハと笑う。龍にバレたって再現されるわけじゃなし。


 化学であってもお面作りにしか使用せず、伝統的に一部の職人が受け継ぎ、思考して見つけた()()なら、そっとしておいても良いのだろうと感じる。


 良い知恵の使い道、そして守り方のお手本のようにも思えた、面師の技術・・・女龍は笑顔で下方を見て『着きました』の一言と共に滑空。


 宝石さながらの青い海に包まれた島・イヒンツァ・セルアン到着―――



 ミンティンも、人に見られない状態なので、その辺に待つ。生家の近くの畑に降りたイーアンとバサンダは、徒歩で彼の家へ行き、思った通り誰もいない様子に立ち止まる。


「お母さんは、戻られていらっしゃらないのですね」


「そうみたいですね」


 イーアンは、バサンダの母親への反応が薄いのを知っているので、普通に感想を言い、バサンダも普通に返す。無理している感じはなく、面師は垣根の脇を通って、開いている窓から中を覗いた。


「数十年も経つと、記憶もほとんどいい加減なものです。でも、この家の窓から、この時間に差し込む光の明度や影は、記憶と同じまま・・・そこに在る、という意味を感覚で学びます」


 同じ明度と同じ影を、三十年前の家の中に見つめるバサンダ。その横顔を眺め、庭の方へ行きましょうとイーアンは誘う。お庭で巻き割したのですよ、と話すとバサンダは庭へ回る壁沿いに『ここに以前は工房がありました』と話した。


 子供の頃、工房や倉庫、木材置きの棚があった場所を教え、すっかりなくなった風景に・・・ バサンダはさして興味もなさそう。


 親のことなど一言も触れない。本当にさっぱりしているな、と感じる態度に、気後れしないとは言わないが、イーアンは彼の母親の話を少ししたくて―― 正確には、お母さんと過ごした内容について。



「ねぇ。バサンダ」


「はい」


 オーリンとクフムと一緒に訪れた時のこと、ここにいたおばあさん。

 巻き割もして、そして。庭に立ったイーアンは、隣に並んだ面師を見上げ、彼が見下ろす綺麗な薄い色の瞳に微笑んだ。


「あなたの澄んだ瞳は、なんて美しいのか」


「フフ。イーアンの笑顔で褒めて頂けると、誇らしいです」


「私ね。こちらでお昼にコロータを頂いたのです」


「あ。そうなのですか?」


 この話をしたかった。人によっては、どうでもいい話と思われそうだけど。すごく感動したこと・・・ずっと話したかったこと(※2718話参照)。


 イーアンにとって、以前の世界など戻りたい場所ではないが、以前の世界で好きだった食べ物は好きなまま。練ってあった生地で一緒に作らせてもらった、一緒にお出汁もとったなど、調理の話も含め、懐かしく重なる過去の『麺』なる食べ物の特徴や種類なども事細かに伝える。


 遠い異世界に来て、初めて現地で食べた感動を話すと、静かに聞いていたバサンダは目元の皺を深く刻ませて、嬉しそうに頷いた。


「良かった。あなたがそんなに求めていた食事を、私の母の家で食べられて」


「とっても美味しかったです。バサンダがテイワグナで教えて下さったから(※1395話参照)、ここまで漕ぎ着けたんですよ」


「イーアン。私はあなたが作ってくれたメンで、思い出を塗り替えました。いつの日か、また食べたいと思うコロータは、龍の女の作ったメンです(※1403話参照)」


「いつだって。お台所を貸してもらえるなら、私、作りますよ!」


 ジーンと感動するイーアンは、バサンダの優しい笑顔に胸を張って約束する。

 またテイワグナに遊びに行ける時、コロータを作ろうと言うと、『出汁は海ですよね』とバサンダも視線を海に向ける。カロッカンは海から遠いだとか、それなら私が一夜干しを運ぶかとか、真剣に話して・・・


 食べ物の執着って凄いですね、と女龍が呟き、バサンダもはたと気づいて可笑しくなる。顔を見合わせ一しきり笑って、ふーっと息を吐くと、面師は顔に垂れた前髪を片手でかき上げ、家の屋根を見上げた。



「昔ね・・・私が若かった頃です。屋根の上に、家の中から上がれる扉があって。そこから屋根に出て、私は空を見ているのが好きでした。いつか、ウィハニの女・・・海神の女に、面師が許してもらえるようにと祈って」


 静かな面師の言葉にイーアンも空を見る。伝説は、伝統面を作る職人の家では重く受け止められていたのだろう。若き面師の追想を聞かせてもらい、バサンダが今は故郷をなんとも思わなくなった理由も知り・・・二人は、誰もいない家を後にする。



 バサンダが、積極的に故郷へ戻ろうとしなかった理由。不意を突かれた災いと、閉ざされ奪われた年月。そして現在の心境――― 



 歩いている道の先に、青い龍の鱗が煌めいて目立つ。畑にいるのが不自然と笑うイーアンに、バサンダも『想像したことのない光景』と合わせて笑う。


「バサンダは、ここに生まれながら、ここを自分の居場所と思えなかったのね」


「ええ。ずっと。物心ついた時には既に不安と疑問がありましたので・・・私は居場所を探していたんだと思います。だから今は、ニーファが家族に迎えてくれて、本当に幸せを感じています」


「良かった」


「あなたたちが助けて下さったから」


「バサンダが、自分として死にたいと言ったから」


 どこへ行っても居場所はなく、自分であろうと貫いた男は、死も覚悟で自分でいたいと願った。それを聞き届けた日、バサンダの運命は動き出した(※1378話参照)。


「あなたの思う『面』の話。興味深く聞かせて頂きました。私も『面』かもしれません」


 面と人の在り方について話してくれた内容は(※2879話参照)胸に残る。


「イーアンご自身にそう捉えて下さることを、感謝します。イーアンも、自分として生き抜いていますね」


「はい」


 待っていたミンティンに到着し、イーアンはバサンダを龍の背中に乗せる。少し低めに浮上し、地面から遠くならないよう、ゆっくりと海岸へ。

 名残惜しんでいるのではなく、二度と()()()()()()()最後の風景を焼き付けるため。



「イヒンツァ・セルアン、きれいな島です」


「ええ、きれいですよね」


 ゆっくりゆっくり飛ぶ龍。昼の明るい日差しに映える島から、目を離さず呟く面師。もう、この先は一生戻らない見納めの故郷に、何を思うでもなく。


 遅めに飛んでも海岸は近く、すぐに終わってしまうささやかな見納めの時。そっとしておこう、とイーアンが龍から距離を置いたところで、海にキラッと撥ねた魚―――


 目端に映った光の動き。何気なくそちらを向いた女龍は目を凝らした。手を振ってる・・・


 あれ?アティットピンリーか? 意表を突かれ注視した先、海面から出たシルエットは、混合種の精霊と判明。



「あら。今?えーっと。どうしようかな。あのね、ミンティン」


 テイワグナに行かないといけないんだけど、と困りつつ、青い龍とバサンダに『少し待ってて』と停止を頼み、いそいそとイーアンはアティットピンリーに会いに行く。


 イーアンが近づくと、混合集の精霊は『もうティヤーを出るのか』と単刀直入に質問した。それを聞きたかったのねとイーアンは思い、もう少ししたらヨライデへ行く予定を教える。

 ティヤーの海の守り神を担う混合種は、ヨライデまで来れないから・・・ お別れの挨拶をするため、改めて時間を作ろうか、それも続けて聞いてみた。


『いつ?』


「今は用事があるのですが、今日中でもよろしかったら、呼びます。どこかの祠を探して」


『・・・分かった。あとで会おう』


 はい、と笑顔で頷いたイーアンは、ちゃぷんと海中に戻った混合種がすぐに見えなくなったので、自分もバサンダと龍の空へ戻る。自分は迷惑をかけていないかとバサンダが気にしたので、『大丈夫』と安心させてテイワグナへ出発した。


 帰国の道は、空の道。遠い遠いカロッカンだが、バサンダに『高速飛行対応シールド(※命名)』を魔法で掛けて、ミンティンと高速ですっ飛んだ。


 龍気は意外と応用が利く・・・便利だなぁと思いながら、昼の空を横切る女龍は、ちょいちょい客人に話しかけて、一時間そこら―― 



「はい。到着」


「空を通過してテイワグナに戻ったなんて、ニーファが聞いたら羨ましがります」


「でも、シャンガマックたちとダルナで移動しましたよね?あちらは一瞬ですから、それに比べると」


「いいえ、そんな比較することはありません。あちらも信じられない移動方法ですが、イーアンと青い龍の移動は、間を区切らず通過する凄さに感動します。故郷からテイワグナまでの直線距離を、この目で見続けるなんて僥倖以外の何でしょうか」


 絶対忘れない、と目を閉じて感動するバサンダに『また会いに来た時、一緒に空へ上がりましょう』と約束。イーアンは彼らの工房から続く山際で、ミンティンの背から彼を引き取って地面に下ろした。


 ミンティンも、ここでお空へ返却。お礼を伝え手を振る二人に、首をゆらゆらさせ(※お返事)空へ戻る龍。


 見送ったバサンダは吐息が漏れ、振り向いたイーアンと目が合う。彼は感想一言、『大仕事でした』と。その腕に、十二の面が入った箱をしっかり抱え・・・ 微笑んだイーアンも『お疲れさまでした』と労い、一緒に工房へ歩いた。


 下ってゆく右側は斜面なので、カロッカンの町並みが見下ろせる。道の左右に家はあるが、右手側の家々から先の並びは、斜面に沿って少し土台が下。カラフルな塗料が塗られる古風な町は、その色彩だけが浮くように、人の姿も声もない―――



「ニーファは、もし今日帰っていなくても。近日中に戻されると思いますよ」


「はい・・・町の人たちも、テイワグナの祝福の雨を受けたから。もっと居るかなと想像したのですが」


 思ったよりいないですね、と寂しそうに呟く面師に、イーアンも『近いうち』としか答えようがなく・・・と、思いきや。


「バサンダっ!」


「あ!」 「ニーファ?」


 坂の下りから走り出したニーファが見え、名を呼ばれたバサンダは、一気に顔が明るくなる。ささっとイーアンが面の入った箱を引き取ると、バサンダも笑顔で下へ走り、ぶつかるように抱き合ったニーファと再会を喜んだ。


「バサンダ、良かった・・・!無事でしたか!」


「待っていたんですよニーファ、でも私は用事で」


「あなたがいないから心配で心配で・・・あ、イーアン!一緒に?」


 小柄なニーファはバサンダの影で女龍が見えておらず、ゆっくり近づいてくる笑顔のイーアンに気づくと、満面の笑みに涙を浮かべて頭を下げた。なんで?と驚くイーアンの前で、『あなたの祝福が守ってくれた』と改めて礼を言う。


「ああ~・・・でも、ほら。それは私も知らなくて偶然で」


「偶然でも何でも、龍が守ってくれたんですよ。龍の女に心から感謝します」


 いいのいいの、と垂れる頭に笑って、イーアンはバサンダに箱を戻し、ここでさよなら。


「私はもう行きます。それでは、本当にお世話になりました、バサンダ。体に気を付けるんですよ。ニーファにあんまり心配させないようにね」


「あ、はい。そうですね」


 恥ずかしそうに笑った初老の面師の横で、ニーファも笑って涙を拭き、その箱は?と興味深そうに質問する。


「ここに()()が入っています」


 バサンダの代わりにイーアンが答え、ニコッと笑って翼を出す。あっさり浮上する女龍に、二人の面師は大きく手を振り、またね、またいつかと宙を挟んで挨拶し・・・次に会うまでのさよなら。



 ―――誰が気にしたわけでもないが・・・お別れの最後を引き受けたイーアンは、『ずっと言いたかったコロータ』の話が出せたけれど。


 ()()()()()()()()は、とうとうバサンダに届くことなく終わる。


 シャンガマックが渡された、異時空移動の『獅子面消失』については触れられないまま。

 当事者でもない女龍が思い出すこともない―――



「さーて。次は飛び入りの用事ですよ。アティットピンリー」


 治癒場の報告かなと思いつつ、いつでも忙しさに追われるイーアンは、昼の白い太陽よりも白い尾を引いて、再びティヤーの海へ―――

お読み頂き有難うございます。

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