2884. テイワグナの遺跡・サブパメントゥとは ~魔導士の時代・存在の考察・トゥの物語、卵泥棒、『真実の裏』
双頭のダルナに連れられた先は、テイワグナの森林だった(※2529話参照)。
空中に出るなり、ダルナは『ティヤーにも似た場所はあるが』だがこちらの方が状態が良い、と教えた。何の話か・・・森に埋もれた遺跡を見てこいと言っていそうな。
浮いたままで目が合い、一本の首を下に向け、もう一本の首を魔導士に寄せたダルナは『見てくるか?』と、情報交換ではない行動を促す。
怪訝に眉を寄せる魔導士。ダルナが『見た方が早い』と続けると、嫌味な溜息一つ。
「お前は、俺の思考を読む。なぜだ」
不愉快なのは、命令よりこっち。気になる魔導士は、なぜ遮断をかけている思考を読むのかと、嫌々であれ質問。この俺を相手に、と自尊心からではあるが、返事は肩透かしだった。
「読んでいない。お前から伝わる」
「それを読むというんだろ?」
「いいや。『実体のない相手』の思考の置き所が、世界外である場合は読むことはない」
「なら、何が伝わる?」
「さぁな。俺と相性がいいとでも解釈しておけ」
曖昧にされた上、相性が良いと思えと言われ、魔導士は馬鹿々々しくなって顔を背ける。とりあえず、こいつに伝わらないよう気を引き締め(※意味があるかはさておき)真下の遺跡に入ることにした。
「見てきてやろう。ここで待ってろ」
トゥの返事を待たず、魔導士は姿を消し――― 一分後。トゥの浮かぶ林冠へ戻る。探るような目つきに察したトゥは微動で頷き『わかったか?』と。じっと見つめる漆黒の瞳は、語るより多くを理解した様子。
「お前は、異界の精霊だと思っていたが」
「この世界から見れば、間違えていない。ただ、それで足りてもいない」
「ダルナ。俺の話を先にするか?それとも、お前の話を先に聞くべきか」
魔導士との会話は早い。トゥは少し間を置いてから『お前の話を先にした方が、余計な考察を入れずに済みそうだぞ』と勧めた。
「俺が後手で良い。魔導士」
「バニザットだ」
浮かんだ空で向かい合う相手に、改めて名を告げる魔導士。尊重を感じたダルナは、ゆったりと頷いて見せ『俺は、トゥウィー・ヘルファ・トゥ』と対等に名乗った。
*****
何から話せばいいんだ、と魔導士は要求を絞る。余計な話を挟む気はないし、話したくないことは避けるつもり。トゥは最初に『サブパメントゥについて』と言ったが、旅路に渡る印象を聞いているわけではない。
「尋ねよう。サブパメントゥは、旅路の終わりまで出没していたか?」
一方的な聞き役状態ではなく、トゥは質問形式に変える。魔導士もその方が話しやすく、断りやすい。了解して、最初の質問に頷く。
「旅路が終わっても出ていたが、徐々にそれも、数は減っただろう。人間の敵として奴らが存在する以上、大っぴらに動き回るに楽なのが『魔物再来時代』だった・・・と思える」
「旅の間はどうだ」
「魔物より多かったかもな」
「見かける頻度じゃなく、か?」
「そうだ。曇、雨天の日中に出てくる奴もいるが、出没は大抵は夜だ。だがサブパメントゥの操りを受けた犠牲は、朝昼晩関係ない。真夏の炎天下だろうが、日が沈まない時期(※白夜)だろうが、一度操られたら、人間だけでも動き回る。殺し合いだ」
数秒の沈黙。魔導士はこうした話で感情的にならないが、蒸し返す記憶に好き嫌いはある。トゥは彼をじっと見て『サブパメントゥと喋ったことはあるか』と尋ねた。これは、現在の旅路にサブパメントゥの仲間がいるからだが、魔導士の時代ではどうだったか。
案の定、魔導士は『コルステインと獅子は、過去も今もいる』と答えた。トゥもそれは主タンクラッドに聞いている。
「喋ったことがあるか?と言うなら、獅子はたまに会話があった。コルステインは前回の旅で、俺と接触がさほどなかった。獅子は、サブパメントゥの中でも異質の存在だ。あれと他を同等にするわけにはいかん」
「・・・シャンガマックの父親になったな?以前は、誰かと近かったのか」
「その質問が、過去のサブパメントゥ全体に関わる情報に繋がっていない、と最初に言っておく。
獅子は今回の旅においてあの親子関係を持つまで、人間と関わることはまずなかった。旅の仲間だが、今の彼らとはまるで逆の旅路だったからだ。俺たちは分散していたし、呼び出さない以上、共に戦うどころか、顔も見ないのが常だ。
お前が訊きたいのは、獅子の話じゃないと思ったが?種族はサブパメントゥでも、あいつは例外だぞ?」
ふむ、とトゥは鼻を鳴らす。無論、トゥだって言われなくても分かっていること。
トゥの関心はそこではなく、古代サブパメントゥにあるのは変わらず、『獅子の親がそうだった』とここに焦点が合った。頭の良いあの獅子が近い関係の仲間に、自分の親について情報を残しているか?、先にそこを聞いただけ。
それは、シャンガマックになら何でも許す態度を見て思った。過去にも似た存在が彼にあったなら・・・
この魔導士は、獅子と信頼関係が築けていた印象を、タンクラッドから聞いたのもあるが(※ショショウィ指輪の一件で)、魔導士は口が堅いのか、そこまでの付き合いではなかったのか、獅子との過去を考えてもいない様子。
―――二度目の旅路。それは、創世の古代サブパメントゥと、その子供が同時にいた時代。
トゥの狙いは、創世のサブパメントゥの情報であり、それらに創られた子供より、濃い過去を知ることが出来るかどうかだった。
それはトゥ自身にも有用だし、タンクラッドが最終的に迎える、ザハージャングとの一戦でも使える、と見越して。
ザハージャングを倒した後。トゥの目的はそこで終わるが、タンクラッドはそうもいかない。彼は、仲間のコルステインに害が及ばないよう、常に気にしている。
仮に、ザハージャングを倒した続き、サブパメントゥの種族もこの世界から追放の可能性があるなら、タンクラッドがどう動くかなど、想像がつく。・・・今の折で明かされていないが、サブパメントゥが追放される続きも、ないとは言えないのだ。
タンクラッドの持つ、時の剣。
ザハージャングを繋ぎ止めた責任、その役割を果たすために選ばれた男は、是が非でも行動を起こさなければならないが、勝敗までは義務ではない。
世界から払われる懸念を一度でも耳に挟んだとして、彼がコルステイン及びコルステイン側のため、負けを選ばないとも限らないだろう。それは、大問題だ。
創世の古代サブパメントゥが空を求める動き・その真実が見えるなら、空を奪う輩だけが排除対象の可能性も出てくる。そうであれば空を求めなかったサブパメントゥたちに、存続もある。
サブパメントゥが、どこから来たのか。
何の化身で、何の擬態なのか。
サブパメントゥもまた、外から連れて来られた種族・・・その確率を感じるのは、俺だけだ。繰り返したこの世界の創世で、『俺』は何が何でも在らねばいけなかった。
サブパメントゥを用意するために。
『サブパメントゥと成る何者か』と『因縁を作った人間』を保った状態で、一番、マシな展開に調整するのが目的で、創世が繰り返されたのだとすれば。
あの時、最初の龍が俺に伝えた言葉の意味―――
「トゥ」
固まっている銀のダルナと目を合わせたまま、彼の質問を待っていた魔導士が呼びかける。
二つ首の頭が揃って魔導士に向き、『質問を考えていた』と右の頭が呟き、『単刀直入に言うか』と左の頭が続ける。なんだそれはと眉根を寄せた魔導士に、トゥは『創世古代サブパメントゥの情報が遺っていないか、聞きたかった』と話した。
面食らう表情で『創世だと?』と半ば呆れがちに返した魔導士は、片手を顔の前で振る。
「何かと思えば、それが目当てか。タンクラッドのためと言ったな?要は、時の剣に関わるんだろうが、俺が分かっている創世の話は、サブパメントゥとの接触からじゃなく、遺跡や精霊からの情報のが圧倒的に多い。お前の役に立てそうにないぞ」
それで、獅子のことも聞いたんだな?とあっさり見当をつけた魔導士に聞かれ、トゥはまた、ふむ、と唸る。
「あのなぁ。獅子は確かに長寿だ。コルステインと同じで、あれの親は創世のサブパメントゥかもしれん。だが、あいつは自分について話さない。俺はあれと幾らか喋ったにしても、そんな話題に触れる暇もなかった。トゥ、お前でも辿れないのか。俺たちの時代、魔物退治は十年以上続いたんだ。ギスギスなんてもんじゃない。今回の淘汰と同じくらい、人間が減った時代で」
「分かった」
愚痴っぽくなりかけた魔導士の早口を遮り、トゥは二つの首を同時に縦に振る。
「サブパメントゥはな。この三度目の旅路で、ようやく俺も知った程度だ。俺にとってあいつらは、蔓延する魔物となんにも変わらない。興味もなければ、知りたいとも思わない、ただ憎たらしいだけの敵だった」
知らない、と言い切ったに等しい魔導士を見つめ、トゥは彼が積年の恨みを思い出した様子に話を止める。
『知る気にすらなれない、見つけたら片っ端から倒す、その程度の輩について尋ねるのは終わりだ』と言うと、理解を得た魔導士も目を逸らした。
優れた魔術を使いこなすこの男に着火点があるなど似合わないが・・・彼もまた人間だったのを思うと、無理もないかと感じる。
話を強制的に打ち切った形に、魔導士は一つ足した。獅子にも聞くな、と。
それは魔導士の小さな思い遣りで、トゥは『そうだな』とだけ答えた。コルステインが二度目の旅路の悪夢を懸念し、なかなか動きが取れず、スヴァウティヤッシュが代行した期間を、彼の言葉に重ねる。
ちらと視線を流した魔導士は『お前の番だ』と話を変え、下方の遺跡を指差した。
*****
トゥは、話してやった。
聞かれるなら、船の仲間にも話してやろうと思っていたことで、だから魔導士に教えるのも、大して抵抗はなかった。ただ、繰り返した創世の関与性については伏せた。これは、世界の隠しごとのように感じたため。
前の世界で、善神悪神にまつわる『トゥウィー・ヘルファ・トゥ(※2530話参照)』と、旅する民族の話。
しつこく歌う古代サブパメントゥの歌詞、その記憶(※2757話参照)。
この歌から辿った、以前の世界からこちらへ移ったと思しき時(※2793話参照)。
聞くだけ聞いた魔導士は、途中からダルナの目を見ずに下の遺跡に視線を向けており、話し終わってから、すっと息を吸い込むと遺跡に片手を向けた。
「中に、絵がある。正確には彫り物だ。首が二本でお前を想起させるが、お前とも違う。翼はなく、尾は二本。だが左右の腕と足が広がり、その合間には目と思しきものが描かれていた」
「俺に聞くのか?俺が造った場所じゃない」
「聞け。絵に描かれたその生き物は、骨まみれでもない・・・肉体付きで、その形。広げた手足の間にある目は、翼についた目にも思うが。
ザハージャングの形状は、この世界の龍・二頭分だろ?お前の話に準えるなら、お前の姿を基にするため、遺跡に記録した、と解釈も利く。さて、ここで俺の集めた資料も併せる」
ぱちんと指を鳴らした魔導士の手の上から、本が一冊落ちてきて、魔導士はそれを受け止めて開く。
「これはある遺跡の資料だ。混沌の海から生まれた異形は、多くの特殊な力を秘めて世に呼ばれた・・・力は、各種族から得るもので、混雑種にのみ許される運命もある、とな」
「ザハージャングの成り立ちか?」
「あいつも、かもしれない。その辺はイーアンに聞くべきだ」
イーアンの名が出て、トゥは少し首を傾けた。魔導士は何に気づいたのか、何枚かページを捲って『勘だ』と前置きし、結論を早々伝える。
「ザハージャングは、この世界用に誂えたお前の代わりだろう。お前はすぐさま絵に閉じ込められたが、お前を見かけた『こっちの奴ら』はお前こそ、憎い龍を倒すに値すると思った。
どこで何がこんがらがっているか、時代の設定を整えて考えると無茶しかないが、お前に歌ったサブパメントゥはそれこそ親の影響で、歌を継続しているんだ。親が、お前と共に放り込まれた『悪神』だとすると・・・これは語弊があるな。親そのものじゃなく存在が、だぞ。
要はサブパメントゥの前身が『悪神』で、人間と共にこの世界に入り、トゥを嗾ける流れは忘れていなかった」
「それで?」
「こっちに移った『悪神』が、仮に『種族サブパメントゥ』として、形も数も変化したとする。だが前身の記憶はない。人間を襲う性が染みついただけ、とかな。そしてお前を見つけ、本能的に求めるものの、お前は絵に閉ざされ手が出せない。
サブパメントゥは、子供を物質材料から創り出す種族だ・・・ 」
物質材料から作る種族――― 言いながら、ヨーマイテスにミレイオを創れと命じた過去が浮かび、胸に傷みを持ったが今それは関係ない。魔導士は、ちょっと言葉を切ってから。
「『第二のトゥ』を用意するまでの期間、お前を忘れないよう絵に遺した」
遺した、と遺跡に視線を落とし、本を宙の切れ間にしまった腕を再び組み、魔導士は続ける。
「待ち望んだ展開は来た。この世界の大盤振る舞いってのが、度々あってな・・・どの種族にも平等に訪れてしまう機会がある。それが、ザハージャング誕生の機会だったと思えなくもない。
お前の代用として用意するからには、それ相当の力を籠めなけりゃならん。戦う相手は、空で、龍だ。だからサブパメントゥは」
「だから?」
素っ気なく挟むトゥだが、魔導士の仮説を促している。魔導士も分かっていて、推測を最後まで教えた。
「卵を、盗んだんだ。龍の卵を。それは地上より深く落ち、割れて孵った姿は『化け物』だった」
組んだ腕の片方を立たせ、人差し指が空を示す。
気づけば蒸した重い雲が空に広がり、温い微風すら閉ざし、ガラッ・・・と雷の動く音が響いた。
「龍でありながら、すでに龍ではないザハージャング。お前の因縁の経緯は、理解した。それでお前のとった行動と『世界の采配』に納得がいく。
俺に、創世のサブパメントゥ情報を聞いた理由は、タンクラッドのためと言ったな?時の剣が絡むなら、猶更か。タンクラッドに従うトゥは、サブパメントゥへの審判も想定して、俺に聞きに来たわけだ。
拗れたしがらみと、この世界の流れ、そしてお前の目的と、時の剣を持つ男の役割。その結果の推測も入れて、俺はお前に言えることがある。
お前の味方は、空だ。トゥ」
断言する漆黒の目に、力が漲る。倒したいなら空を頼れと、緋色の布を翻した魔導士は助言した。
質問やら疑問やら、言わないだけで山のようにある―――
見るからにサブパメントゥ遺跡の特徴を備えたこの場所(※剣鍵遺跡)にトゥの絵がある時点で、異界の精霊とはトゥだけではないのか・サブパメントゥもそうか?と勘が告げた。過去話を聞いてみれば、まさにその線もありと判った。
こうなると、世界がサブパメントゥと人間を引っ張り込んだ計画に、意識が向く。ここまで痛めつけることさえ、予定のよう。善悪関係なく、支配者が存在する世界に放り込まれた人間たちの存在を思うと、生前からの執着、怒りと悲しみの『野望(※1696話後半参照)』が再燃しかけた。だが。
巻き添えを食ったとしか考えられないトゥの存在に、少なからず同情が生まれ、今は、トゥを優先。トゥに次の行き先に見込みのあるイーアンを教えてやるのが、この会話の要に思えた。
トゥと魔導士の時間はここで終わり、互いの場所へ戻る。
戻る道、魔導士は遺跡の天井に見た『卵』に思い巡らせた。空と、卵を抱えるサブパメントゥらしき者が飛び降りていた、あの絵。
何だこれは?と思ったが・・・あの遺跡に描かれているということは、龍から盗み取った卵をザハージャングにしたのだと思えた。
龍に触れるサブパメントゥがいるなど信じられないが、ミレイオは空属性で龍のイーアンでも触れることを思うと、遥か過去に似た者がいたのか。龍から卵を盗った経緯の謎が、頭にこびりつく。
「トゥがイーアンを頼って、その辺の話も聞けるのを待つか」
仕組まれた伝説に翻弄されるダルナ、そして世界中の人間、自分たちは、その謎を知る権利があるだろうと、緑色の風は苦々しく呟いた。
その頃、アネィヨーハンでは朝のひと悶着『オーリン離脱』が終わり、それぞれの報告も後半―――
お読みいただきありがとうございます。




