2883. ヨライデで待つ ~悪鬼の件・城と嵐・『王の心臓』の事情・二度目の空戦録・ダルナの用事
☆前回までの流れ
十二の面で呼び掛ける交渉。ニダは司りたちに伝道を約束をし、許可を得て戻されました。話を最初に聞いたオーリンは、ニダに合わせた下船を決定。報告した船は軽く騒ぎに。同じ朝、隣国ヨライデでは。
今回は、ヨライデ城から始まります。
悪鬼も使うと、『原初の悪』は話していたものを(※2780話参照)。
―――悪鬼は、動物の死骸の変化。
土も水も汚し、恨みをまき散らし続ける。その動物の恨みではなく、倒れた土から吸い上げた恨みが、死骸を起こして害を含む。消滅するには、何かに倒されるか、聖なるものに触れるか。勝手に聖なるものに触れて消滅することもある。
悪鬼は単純で、敵意・害意を感じたものを襲い、敵意などが消えると離れて、また動き回る。動きは走るだけだが、恨みの強い地に足を踏み入れると溜まる質もあり、留まった状態でそこを出ない。似たものに引き寄せられているだけの話、と解釈される。
ヨライデは、幽鬼と悪鬼が豊富な国。
幽鬼は人に似て、思念や土地の痛みを抱え、生者の弱みや同情を啜り、果ては生者を取り込んでしまうが、悪鬼は土にこもる恨みが元で、似た感覚のものを襲い、存在自体が汚れなので通れば汚れるという、もう少し単純なもの。
これらが外へ出ないよう、山脈の精霊が遮っているが、山の切れ間から漏れて出ることもある―――
中間の地に、人間は僅かしか残されなかった。こうなると人間片付けに意識を向けるより、悪鬼や死霊を増やした方が早い。魔物に加勢し、人間と人間の生息域を減らす。人数がないだけに、その速度はあっという間だろう。
悪鬼は、魔物の範囲ではない。ヨライデ以外に動かすことも問題ない。
魔物はヨライデ限定だとしても、悪鬼・死霊が別の国で増えるのは、魔物側に関係ないこと・・・・・
『他国で被害が目立てば、女龍はそっちへ行くだろう。ヨライデに残った人間はこの城、神殿、紛いの聖櫃、史跡にちらほら。何の力もない人間と、死霊使いの一部。
守ろうにも、人間を発見する自体が骨折りだ。探せず放っておいても、気にもならない数とも言える。女龍も他の仲間もヨライデにしがみつかず、被害の聞こえる他所へ向かうだろう。この国から離れられないのは、勇者だけ。旅の仲間が散って遠のく・・・ ものが!』
ここまで早口で呟いて、耳障りな雑音の声は止まる。苛立ちで掴んでいた廃人の頭を潰しそうになり、乱暴に突き放した。
ぐらりと揺れた、王の白髪の頭。目を開けたまま、時間の止まった顔。乾いた眼球の表面に、揺れで動いた瞼がしわを寄せ、人間味の失せた顔がさらに作り物じみる。
辛うじて生きている状態の廃人、ヨライデ王から手を離したオリチェルザムは、世界を映す赤い玉を睨み、玉座から離れて無限嵐の表へ出た。
石の城の外は海・・・ 実際は、というべきか。人の目に映る現地は嵐の只中でもないし、真横が海でもないが、この場所は決戦にかかる日まで、止まぬ嵐にまとわりつかれる。
人の目に映る王城の姿も、たまに嵐雲に巻かれることはあるが、それは異空間が漏れている場合。
この城の窓から、海を挟んだ沖にオリチェルザムの孤島があり、それを他の者が見ることの出来る日はまだ先。
ただ、『止まぬ嵐』も『孤島』も、見える者には見えている。魔導士のような存在や、サブパメントゥ、他の種族であれば。勿論、『原初の悪』もその嵐の中で、話に応じた――― それは、つい最近のことだったのに。
『あの精霊(※原初の悪)は、どこにいるんだ。死霊も悪鬼も、手付かずに放置とはな。匙加減とやら言った気がしたが(※2780話参照)・・・何も変わっていない。
魔物はこの前、引きずり出され、間引かれた。ヨライデの分は間に合うにせよ、空と地下は残数では間に合わん。最終の三度目、中間の地止まりであれば』
オリチェルザムは自分の一部である嵐の中で文句を言い、また城内に戻る。赤く濁った目で、椅子に座り続ける王を一瞥し、魔物の王は『お前の心臓など』と吐き捨てた。
この三度目の決戦で敗退すると、最終的にはこいつの心臓を引き取って撤退する約束がある。この男こそ、不要なようで無いと困る、皮肉な存在。
中間の地の、国。
そして空と、地下。
これで伏せられないと、最後はこの人間の心臓一個。
『次へ行けと、渡される手形(※心臓のこと)。それだけが持ち帰る品。そんな無様は』
最後までぼやく気にすらなれない。魔物の王の思考に、敗退がちらつく。
まさか・・・四番目の国(※ティヤー)であれほど魔物の路が開くとは予想外だった。魔物の門もあちこちに通じた。
延々と魔物の世界から繰り出す、魔物。勝手に開いて、勝手に出る状況が整い、死霊もとり憑き増えてゆく様子に、最初こそ好都合。時空亀裂はこちらの動きではなく、自然に生じたことで咎められることもない。
この勢いで、ヨライデを通すことなく中間の地が終わるのでは、とも思えたものが。
龍族が・・・ 開戦時に荒れたサブパメントゥのためか。降りてきていた龍族は、サブパメントゥ始末で世界中に龍の勢い(※白い筒)を連続させ、溢れた魔物まで瞬く間に消した。
―――二度目の旅路、空の隙間をくぐった魔物が攻めた日。
空の龍族は、もっと数がいた。いくらかは倒したはずだが、龍族の数もそこそこで空は戦いに合わず、魔物を戻した―――
今回は・・・たかが数人だったような。龍族数人が降りて、ああも破壊するなど。あれらは中間の地に来ないはずが、女龍イーアンのせいで。しかも、以前より龍族の力が増していた。
思い返して苛立つオリチェルザムの骨ばった手が老王の額に伸び、無反応の廃人を覗き込む。死の寸前、その状態で生き続ける王。こんな者の心臓だけなど・・・冗談じゃないと顔を背け、オリチェルザムは城を去る。早く、『原初の悪』を呼び出さねばならない。
ヨライデは旅の仲間を散らかし、早々に決戦へ持ち込む。空も地下も、魔物襲撃をさせるほどの数が間に合わない。
ヨライデの次が、俺の孤島で最終戦。守護を預かる前の勇者を片付けるべきだ。
ハイザンジェル馬車歌、あの部分を。当然、魔物の王が知る由ないけれど。
・・・『消えた命と消えた血の色。昼も夜も追われる身。万を持って1とする。1を持って万となれ。同じ土には2回まで。3と4は他の土。5と6は別の土。7と8は別の島。9と10はうんと下。それでも駄目なら11回目は王の心臓』(※344話参照)
三度目の旅路で敗退する予告、戦利品を歌い継いでいるなんて―――
*****
「アイエラダハッドとヨライデは、幽鬼が多いんだ」
「それは『念』や死霊の関係もあってか?」
「うーん、どうだろうな。勿論、似た者同士で要素は繋がっているだろうが、悪人なんか世界中にいる」
そりゃそうだ、と笑ったラファルの横で、魔導士は結界を張り直して『どうしてか昔から多いんだ』と地面に緑青の出た古い楔を打ち込んだ。
「それは?年代物みたいだが、それも魔法の道具だよな」
ちょっと好奇心で尋ねたラファルに、魔導士は肩越し振り返り、こんな気楽な質問をするようになったか・・・と微笑ましい(※ラファルの人間具合がすくすくと)。ラファルに優しい魔導士は、楔の性質を教えてやって『こんなものなくてもいいが』と前置きし、いくつかの楔の頭を、足で踏んで高さを揃える。
「一応な。魔力を使わない道具だ。俺が何をしなくても、ここにありゃ寄ってこない」
「当たり前のことを言うが、バニザットの結界より弱いにしても」
「そう。もともと、それ除けに作られているだけあって、ってことだ。結界に併せて、二重の念押しみたいなもんだ」
へぇ、と面白そうにかがみこんだラファルは、古い楔の頭をじっと見てから『他の種族に影響はないか』を尋ね、それがリリューのことと分かる魔導士は即答で『ない』と答えた。リリューはまだこちらに来ておらず、サブパメントゥが落ち着いたらなのだろうと、今朝も話したばかり。返答に対し、ラファルは軽く頷いて立ち上がり、新しい住処の小屋を見る。ここは、庭。
「あんたの結界。異時空みたいな仕掛けのこの場所に、さらに強化する必要なんかなさそうに思うんだがな。素人考えですまないが」
「いいや、お前の言葉は正しい。俺の魔法に敵うなんざ、そうそう居やしない。だが、俺は徹底する性質なんだ」
知ってるよと、振り向いたラファルの背中に手を添え、魔導士は歩き始める。今日はこれから『念』憑きを倒す予定―――
「ん?」
「どうした」
森の大樹を通過し、外へ出るなり魔導士の足が止まり、後ろに続いたラファルは何かと思いきや。
「おお・・・こりゃまた、随分大きいな」
間隔を開けた、大きな木々の合間に銀色の二つ首が浮かぶ。大陸で見た、ザハージャングを連想したがそれは銀色と首の数。こちらは翼を持ち、筋肉がしっかりついた体に剣のような鱗が並び、共通点はその体色と首が二本、というだけ。
二つ首の『ドラゴン』かと、巨体を浮かす特異な両翼に目を奪われる。首だけでも目立つのに、翼には今にも瞼が動きそうなリアルな目がついており、ラファルは『へぇ』と・・・ 怪訝そうに振り向く魔導士に『それだけか?』と反応の薄さを突っ込まれるが、彼はこの反応が最大で、毎度のこと。
「いや。変わってるな」
「・・・もういい。ちょっと待っててくれ」
ラファル相手に反応を問答するのも疲れるので、魔導士は彼に待つよう言い、午前の明るさに眩しい輪郭線を引く黒い影の側へ行った。相手は浮かんでいるので、魔導士もダルナの真下から浮上。同じ高さで止まり、『どうした』と用事を聞いた。
「タンクラッドに何かあったか?」
「俺の主は元気だ。船に置いてきた」
トゥは単独で来たらしく、魔導士はなぜこのダルナは俺の隠れ家を見つけたんだと不愉快でもある(※さっき自分の魔力自慢していた)。その不服そうな顔は無視し、トゥの首が向いた先に、見上げているラファルを示す。
「出かけるのか」
「そーだ。俺と彼は、仕事に出るところだ」
「なら、あの男は休ませろ」
「勝手なやつだ。指図の理由を言え」
「俺の指図を受けても良いと聞こえるな」
この減らず口は、と眉根を寄せる緋色の魔導士。だがダルナの種類によっては異様に賢く、未来や過去を見通す力もあると知っているだけに、尋ねて来られたからには無下に断る気にはなれない。このトゥという不可思議なダルナの存在も、関心の対象ではある。
「減らず口とはな。俺の主も同じことを俺に思うようだが」
思考を読み取るダルナは肯定し(※減らず口の自覚)静かに、はっきり理由を告げた。
「二度目の旅路。サブパメントゥについて、聞きに来た」
「・・・ただで教えてもらえると思うなよ、ダルナ」
「そうだな。お前も俺の話を知りたいはずだ」
遮断をかけ、読まれないはずの思考に食い込まれる魔導士。何?と目つきに出るが――― ダルナは、魔導士の言わない要求で帳尻を持ちかける。
「俺は主のために動く。情報の求めは、主の有利に使うためだ。魔導士、お前の要求は、ダルナの種族ではなく、俺の存在の意味だろう。話してやってもいい」
厄介な奴だと思うにせよ、魔導士もこのダルナの因縁は興味がある。サブパメントゥを執拗に追い回し、誰に頼まれたわけでもないのに、あっという間に壊滅まで持って行った。よその世界から入った異界の精霊でありながら、過度にも感じる行為を見逃されたその、裏事情は。
―――トゥは、この世界に初めからいるサブパメントゥと、何の因果があるのか。
「ちっ。待ってろ」
緋色の魔導士は下へ降り、ラファルに急用を話して彼を小屋へ戻らせた。そして、銀のダルナに向き直る。
「どこで話すんだ」
「そうだな。都合のよさそうな遺跡でも行くか」
ダルナはそう言うと・・・ 緋色の魔導士に長い尾を回し、尾が魔導士に触れるや否や、森の奥の遺跡に移動した。
お読み頂き有難うございます。




