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魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二の面、戻りし人々
2882/2955

2882. 世界の人へ宣教を・オーリン離脱報告

※明日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 あっという間に戻されたイーアンたちだが、勝手に解散状態でもある。イーアンは、もう少し他のお方と話がしたかった~と、船室でぼやく。


 黒い面の・・・焦げた太陽とか。ヤロペウクとか。混合種のおばちゃんとか、エウスキ・ゴリスカとか。今回も名前を聞かずに終わった、『空の民』も。


 また会えたらと、窓の外の風景が落ち着いて行く様子を見つめ―――



*****



「ニダ!ニダ!大丈夫か?おい、ニダ」


 ニダの戻りを迎えたばかりのオーリンは、それどころじゃない。


 見送った島で、やきもきしながら待っていたオーリンは、パーッと水平線を走る光の続き、波間に見え隠れしていた舟を見つけて度肝を抜かれ、龍を呼んで舟を引き、砂浜に連れてきた。

 舟にはニダが横たわっており、足元には面の箱付き。蓋を開けた形跡のない箱の状態も心配だが、ニダが倒れている方が先なので、船から降ろして声をかけながら揺すったところ・・・



「いた、痛い」


「あ!起きたか。ごめん」


 揺すられ方が強くて腕が痛いと顔を歪めたニダが目を開け、オーリンは急いで手を放す。ガルホブラフは待機しているので、自分の龍気がニダを回復させている気がしたが、オーリンはニダをえらく心配して、結果や何やらをすっ飛ばし、体調をせっせと気遣う。


「怪我したんじゃないのか。服がこんな汚れてるぞ。舟に砂が入ってるのは?まさか転覆したとかあったのか?棹がない、どうし」


 どうしたんだを言う前に、早口の口をニダの手が押さえた。困ったように笑ったニダは『話すから』とオーリンを落ち着かせ、手を離した。オーリンも苦笑して咳払いし、跪いた砂地に腰を下ろす。


「いや。何があったかって心配だろ」


「うん・・・有難う。今話す。船でも話すけど」


 そうだな、と優先してもらったオーリンは、ニダに喉が渇いていないかなどの気を回しつつ、ニダが『大丈夫』と断って話し出した内容に、すぐ耳を傾けた。それは、とても壮観な交渉の時間―――



「これから。お前が?どうやって話すんだ。世界の人間に」


 感動はするだけして、オーリンは突っ込みを入れる。下手な約束してきた印象のニダに、『精霊とかは大まかなんだ』と教えて唸る。


「今までの印象だとな。人間に可能な範囲を気にせず、言うだけ言うところがある。お前一人で世界中に散らばった人間に、結果報告と教えを説くようなこと」


「宣教師、だね」


「は?」


「うーん。あの、まだ、そうと決まったんじゃなくて。その、宣教師みたいだよね、って」


「・・・ニダは、宣教師のつもりで」


 ぽかんとしたオーリンの返しに、ニダは慌てて首を横に振り、宣教師になるとは言っていないときちんと否定し、『そういう印象』と伝える。自分を見つめる黄色い瞳が少し寂しそうで、ニダはチャンゼさんのことを思い出させた気がして、すまなく感じる。


「ほら。私はずっと、教会の従者だったでしょ?訓練所も職人の場所だし、そこしか知らないから」


「ああ、まぁ、そうだな。うん。そりゃそうだ。他の職業に触れない環境だ」


「そうそう。深い意味はないよ。その、ね。宣教師って言っちゃったから、オーリンが驚いて」


 取り繕うように言いかけたニダの頭に、オーリンの手がポンと乗る。乗って黙る、ニダ。オーリンの手、親指だけがニダの額に動き、額の傷をゆっくりなぞった。


「これ。いつの傷か、分かるのか?」


「傷の・・・よく分からない。小さい頃、多分。連れてかれた時だと思う」


 連れてかれた=神殿に連れて行かれ、性別確認をされ、その後に両親を殺されたことを、思い出すニダ。性別確認はよく思い出せない。裸にされたことは覚えているが、あとは何も。


 不意に質問を受け、言葉がすぼんで、ニダは黙りこくった。なんでオーリンは急に聞いたのだろう、と少し責めたくなる。人生にこれ以上はないくらいの感動の後で、叩き落されるような・・・ 


 性別確認の疎ましさや、両親を殺された苦しい記憶は、オーリンのせいではないし、今はもうそこまで囚われていないにせよ。状況が状況だけに、ちょっと恨めしくなってニダは頭を後ろに逸らし、オーリンの手を避ける。


「その話はしたくないよ」


 ややぶっきらぼうに、視線も砂地に投げたまま呟く。避けられ、浮かせた手を戻したオーリンは『悪かった』と低い声で謝り、それから座っていた腰を上げて、ニダの真横に並んで座り直した。


「何?」


「お前の傷だけど」


「やだ、って言った」


()()んだ」


 会話が途切れる。大きな目を数回瞬かせ、ニダはじっと見降ろす男を見つめ、『ない?』と繰り返す。心臓の鼓動が少し増え、返事もせずに見ているだけのオーリンの視線から目を動かせず、そっと左手で自分の額を触った。指に、あの大きな凹凸が、当たらない―――


「傷。ない、の」


「ねぇな。終わったんじゃないのか?お前の荷物。運命に背負わされた、荷物が」


「な。なんで。運命に、って何のこと?」


「ニダは、司りたちに約束したんだろ?自分が勢いで返事をしたことが、これから進む道に感じたって言ったじゃないか。それをそのまま約束して」


「そうだけど。なんでそれで、荷物が終わるの?」


「ここからは、痛みを隠したりなぞる生き方じゃなくて、精霊が認めた生き方を歩むと、知らずに宣言した。バサンダが言った通りかもな。お前にしかできない、お前だからこそ、傷を負う他の人間に寄り添える生き方を、自分から迎えた。だから、その印に過去の傷が」


「心に残っていても?記憶に在っても?」


「もう、解放されている。お前が精霊に約束したから。額の傷が消えたのは、ニダの()()()()が『精霊の宣教師』だからかもと、思った」


 しばしの沈黙を挟み、ニダは質問する。オーリンが知っているとは思えなくても。



「でもね・・・人間が戻されても、少しの期間だと思うんだ。審判で人間が去るか残るか、決定するまでの間しか、約束の私の声は届けられないわけで。その期間でどこまでいえると思う?生きてる限りは、約束通り頑張るけれど・・・ 」


「そうか?人間が去るとするだろ?お前も別の世界行きだ。その後でも、他の人間たちと一緒なんだから言える」


 伝えていく活動はできる、と話すオーリンの言葉に、ニダは思ってもない『引き離される』一瞬を感じた。人間じゃないオーリン、人間の私。その時が来たら。ハッとしたニダに、オーリンの手が伸びた。


 ごつごつした弓職人の手の平が、ニダの肩に置かれ、黄色い瞳が覗き込む。朝陽を受けた黄色の輝きは、蜂蜜みたいに透き通って、訓練所の近くの猫の目みたいに綺麗だった。



「俺も行くよ」


「でも、オーリンは龍の民だから」


「頼み込めば行けそうじゃないか。もし、人間が世界を去ると決まったら、俺もお前と行く」


「あ」


「うん。世界に残るなら、ニダが俺の家に来ればいい」


「・・・だけど。人々に伝えるのは」


「ガルホブラフがいるだろ。俺も行けばいいって簡単なことを忘れてた」


 後ろで龍が嫌そうな顔をしているが、ニダはちょっと笑う。温かい大きな手が温もりを伝え、微笑んだオーリンに頷いた。



「決まったな。これで俺の心配も・・・まぁ。ちょっとはあるけど、どうにか結論が出た」


 何か気を揉んだのか、オーリンは息を吸い込んで、どんどん明るくなる空に顔を向けた。

 ニダを最終戦まで連れて行くつもりだったけれど。その後、ハイザンジェルに連れて戻ろうと・・・思っていたけれど。


『同行の同行―――』 獅子の、あの言葉は刺さったし、ニダに不利な状況を強いらないとも限らない、その心配をどう払拭すべきか考えていた。


「俺は()()()()()()だ」


「え?お手伝い?」


「何でもない。さ。船に戻るか」


 ニダを立たせて、オーリンは来た時と同じように、ガルホブラフにニダを前に乗せ、箱の乗った舟を龍の足に掴ませ、ニダの後ろに飛び乗ると浮上する。



 結論。ニダに合わせてやろう、と決める。約束したことがニダの生き方として敷かれた道なら、俺も隣を歩くだけのこと。


 イーアンのお手伝いさんとして、この旅に付き合ったが。もう、俺がいなくても、すぐ目と鼻の先にヨライデが待つ―――



 さっきの、お手伝いって私の?と振り向いて聞くニダに『後で説明する』と笑って前を向かせ、オーリンたちを乗せた龍は朝焼けの空をアネィヨーハンへ飛ぶ。


 急なお別れを想像し、これも旅だなと思うオーリンは、ニダを連れて抜けるつもり―――



 *****



 一人減り二人減り。オーリンまで抜けると、誰が想像したか。


 ザッカリアが抜け、フォラヴが抜け、シャンガマック親子はティヤーの旅でこちらに戻されていたものの、ティヤー旅後半はドルドレンも一時避難で参加出来なかった。今は戻っているけれど。


 新たな戦力で、ルオロフが加わってくれていることに感謝はあれど―――



「降りる?」


 素っ頓狂な声で返したのは、寝耳に水のミレイオで、今朝の感動の光景覚めやらぬ船の朝食前。

 食卓に食器を並べていたところ、ニダを連れて帰ってきたオーリンに笑顔を向けるも束の間、『俺はニダと一緒に、ここで旅を降りるよ』の一言を食らって目を丸くした。


 この時、食堂にはミレイオだけ。オーリンはニダを伴い、小舟はアネィヨーハン脇に置いたまま、真っ先に告げに来た決意だった。


 ニダも戻るまで聞いていない話―― 全く知らぬことで、オーリンが急に『降りる』と言い切り、え?と驚き見上げる。

 ミレイオが、さっとニダに視線を投げ、ニダは自分のせいかとたじろぐが、オーリンが背中に隠して『俺が決めたんだ』と・・・ ニダとしては、何を?どうして?なんで今なの?とびっくりしすぎて声にならないが、オーリンに聞きたい。


 その困惑と驚嘆の表情を見抜くミレイオは、『この子と相談したわけじゃないわね?』と矛先をオーリン自身に向け、ここで通路から人の声がし三人は振り返る。


 入ってきたタンクラッド、イーアン、ドルドレン、それから少し遅れて、馬の世話を終えたロゼールが続き、感動を話していた彼らは食堂の張りつめた雰囲気に立ち止まり、ミレイオが息を吸うと同時、オーリンから『俺はニダを連れて、ここで終わりにする』と言われた―――



 はー? なんで? 何かあったか、いつ決めた、今すぐ?・・・・・


 飛び交う質問と驚きの的になったオーリンと、その背中に縮こまる生きた心地もしないニダ・・・ 黒い船の朝は騒がしく始まり、身だしなみを整えてから来たルオロフが、場の喧騒に入れず入口で止まっている後ろから、『どうした?』と一声。バサンダを連れたシャンガマックが、獅子と現れた―― この時間。



 *****



 ヨライデ王城でイライラしながら、呼び出しても来ない『原初の悪』を待ち、何度かヨライデ王の白髪頭を握り潰しそうになっては荒く手放し、これを繰り返す魔物の王オリチェルザムは。


『悪鬼の用意はないのか(※2780、2803話参照)?』


お読み頂きありがとうございます。

明日の投稿をお休みします。明後日は投稿があります。どうぞよろしくお願いいたします。

残暑が続きます。どうぞお体に気を付けて、栄養をとって、無理なくお過ごしください。

いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝しています。ありがとうございます。


Ichen. 

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