2880. 十二色の鳥の島で ~交渉
堂々現れた、十二の司り。
伝説の舞台にいる緊張が駆け抜け、ニダに武者震いをさせる。
吸い込んだ息を吐くと一緒に、許可を求めた大きな声。列の端から、四番目の誰かが腕を上げ『話しなさい。まず、あんたが誰なのかを』と答えが戻った。
そちらを見ると、光の背景に紛れる風変わりな服装の特徴が見え、淡く明るい灰色に、自分が祈った精霊ではないかとニダは感じた(※2742話参照)。
祈った相手が、本当にいる―――
目の前にいるのは、人間ではない方ばかり。ここに立つ、ちっぽけな自分は、人間の中でさえ判別を持たない中途半端な・・・ いつもの自虐が過ったが、ニダは思い直す。バサンダが背中を押してくれた、自分であることを。
「私はティヤー人で、名をニダといいます。子供の頃に両親が死に、親切な人たちに育てられました。ここへ来たのは、お面を運んで話をする役目を言い遣ったからです」
「理由を言いたそうだね。言ってごらんなさい」
ニダの飛びがちな自己紹介に、灰色の相手が合いの手を挟む。心を読んでいるみたいに促してもらって、ニダは頷いた。どんなふうに言い出せば良いのか分からなかった、大事な条件。
「お面を運ぶ役目を私に伝えたのは、面師です。このお面を作った人が予知夢を見たそうで、男女どちらでもない人間が行くのだと言われ、私が選ばれました。私は性別がありません・・・ そのために、両親も殺され、隠れて生きてきた・・・ あの」
思わず、言わなくてもいいことまで口走ってしまい、はたと気づいてニダは口ごもる。だが、精霊はこれを無駄とは判断しなかった。ニダが戸惑った様子に、水瓶の側にいた最初の誰かが『差別されたのか』と聞く。
「はい」
「その差別は、人間の行為。お前がここに持ち込んだ話とは、人間のために伝えることだろうが、差別で不遇に遭う人生でも、なおも人間のために話す気か」
そう言われてニダは困るが、返事をしなければいけない。機嫌の悪そうな相手に『良い人もいます。精霊を信じて頑張ろうと、言ってくれた人もいました』と答えた。
「呼び出したのは、過去になぞる。約束を壊した過去を踏まえて乗り込んできたのなら、もしもこの後、約束を再び破った日に、何が起きるか分かっているのだな?」
水瓶と共にいる誰かは、不信丸出しで質問する。
過去、つまり伝説について、内容を聞いたばかりのニダに、覚悟も何も自分一人分の決心しかないけれど、『わかっています』とはっきり返した。
すると、不機嫌な相手が鼻で笑って首を傾げ、すっと人差し指を浜辺に向け、並んだ面を示すとこう言った。
「そもそも。それを運んだ時点で、『わかっていない』と私は思うが」
意地悪そうな、可笑しそうな、その口調。
誰も何も言わない中で、イーアンの嫌味な溜息が大きく響いた。
*****
交渉相手は、十一名。人間のニダに、彼らは自己紹介などしないけれど、ニダの前に並ぶ十一の姿は、輝くそれぞれのまとう光で何色の代表なのかが大体判断できた。
赤、白、橙色、茶色、紫、黒、灰色。この六色は一人ずつ。
黄色と緑、金と銀は、一人が二色を持っている。
そして青だけは、イーアンともう一人、つまり二人。
これだけいるのに、なぜか黄色と緑の代表である『水瓶付きの誰か』が、私と話し続けている・・・
灰色の精霊は少し話しただけで、黄色と緑色を司る黒髪―― 不機嫌 ――のお方が、断りがち・試しがちに責めるのを、他は止めない。
イーアンが助け舟をくれないかなと焦りが増すけれど、先ほど大振りの溜息を吐いたのがイーアンらしいものの、彼女もまだ何も言わない。様子を見ているのだろうか。
無駄な会話・・・ではないだろうが、肝心の交渉文句を伝える手前で、なぜ違う話ばかりになっているのかを、ニダは少し考えた。その間、二秒。三秒目に『返事は』と急かされ、ニダはグッと顎を引く。
間違えていませんように。
単純に考えて、彼らは人間を淘汰した側なのだから、早い話が『人間は信頼に値しない前提』。バサンダの面に対し、伝説の意味を分かっていない、と指摘したのは・・・これが、人間への示唆だ。ニダはそう解釈し、全員を見渡した。
「ずっと昔、この島へ許しを請いに来た面師のお面は、鳥たちや動物の材料を使っていて、それを返す意味で届けたと聞いています。私が運んだこのお面の材料は、植物と海藻です。植物の力と、海藻の力を頂いて、このお面が出来ました」
ふぅん、とどうでもよさ気に、黒髪の頭を傾かせた相手を見つめ、ニダは話が長引かないように言葉を選ぶ。
「植物や海藻なら良い、とは言いません。そうではなく・・・ 人しか満足しない習慣のために、逃げる動物を殺すことをもう選ばない、という意味です。
私たちは生まれてきた以上、何かを殺して食べて、何かを殺して家を守ります。それはどうにも動かせません。
でも、必須ではない目的のために他の命を取る行為は、やめることができます。このお面は、その表れの最初で」
「できるのか本当に」
「・・・私一人の意見では、信じてもらえないですが。多くの人にそう伝え、私が活動することは約束できます」
ニダも、行き当たりばったりの問答だが。
でもなぜか、これまで深く考えもしなかったことが、口から滑り出していた。そしてそれは、口約束やその場しのぎではなく、話しながら『これが私のすべきことでは』と真剣に感じた。
この場で。大いなる存在、それも十一名もの相手に、今後の人生の生き方を約束してしまう・・・としても。私は大丈夫、と思えた。
―――美しいものを慕い、聖なるものに憧れ、貴重なものを求め、風変わりなものを支配しようとする人間の性が。
不安や恐れに弱く、すぐに自分以外の犠牲を差し出して、助かろうとする人間のもろさが。
思い込みを隠れ蓑にする、因習の刷り込みが。心を貪る欲が。
いつでも人間を独り歩きさせ、忠告する精霊を拒ませ、本来整うはずの世界の中庸を乱している―――
十二色の鳥の島の伝説は、他のあらゆる地域にも通じる、とニダは気づく。そして、特殊な体を持った自分もまた、その下敷きになってきたんだと目が覚めた。だから、その痛みを知った私が止めなければ、と続けて思う。
「私が・・・できることなんて、非力かもしれませんが。でも伝道師のように心を運ぶなら、私みたいな者の声こそ、きっと・・・真実を話せるから」
気が付く、置かれた立場と未来への発見に、言葉が途絶える。
黒髪の相手は、ニダに『お前の言葉は』と語りかけた。顔を上げたニダの額、大きな傷に向けられた視線は、ちょっと前までの冷たさが失せていた。ニダはその変化に期待が浮かぶ。
「お前も、私の守った鳥たちと同じに聞こえる」
「え・・・ 」
「その体は、人間のいうところで『面』。鳥でいうところの『羽』。世に気づかせ、やわらぎを齎すために与えられた特権。それを持って生まれてきた存在は、やわらぎの意味を伝える前に搾取されてきた」
難しいことを言う相手に、ニダは瞬きして、ぎこちなく頷く。私のことを認めている?そう思える発言に戸惑いながら、憐れみの眼差しに変わった相手を見つめた。
「搾取されて、守りを求め逃げ込んでも。やはり鳥は、空を飛びたいもの。与えられたやわらぎを活かし、やわらぎを授ける対象・・・愚かな人間のため、飛ぶ姿を見せようとする。
ニダも性別を超えた面を付け、世の意向を等身大で伝えるため、愚かな人間の利己を正そうと、約束する。そうか」
理解してくれた・・・・・
ニダ、と名前を呼んだ相手を、大きな目で見つめ、少し唖然とする。私の感覚的な理解を、はっきりとした言葉に変えて、このお方は私の言葉を理解し、私の存在を認めてくれた。
通じた瞬間に胸が満ちて、ニダは思考が止まりかけたが、はたと『交渉』を思い出し、今が話す段階だと息を吸い込んだが、他の精霊がニダより先に口を開いた。
「伝えてみなさい、ここに来た目的を」
金と銀の輝きにある、不思議な流動体の精霊が導く。そちらを見たニダが答える前に、また別の精霊が厳かに言う。
「地上に戻る人間に、最終の何を望む」
振り返った一番端、黒い円燐の精霊から言い知れない温もりが届くが、最終?と不穏な言葉にたじろぎ、返事にもたついて、また遮られた。
「お伝え下さい。自分が誰かを気付いた人間、ニダ。あなたの声で時代を乗り越える時は、この瞬間」
中性的な声は、少し前に聞いた声。顔を向けたニダに、女龍の微笑みが見えた。力強い微笑みに押されるようにして、ニダは前のめりに『交渉』を叫んだ。
「の、残された人間は!どこに在っても、あなた方大いなる力に跪きます!中間の地に生きる私たちを、どうか恐れと惑いから遠ざけて支えて下さい」
何度も復唱し、頭に刷り込んだ言葉・・・ 一気に流れ出した頼みに、はたと『言葉、順番も間違えた?』と焦ったものの、イーアンがクスッと笑って『聞き取りました』と返事をくれた。イーアンの真横にいるもう一人の青は、帯のような体を揺らし、女龍の伸ばした腕に巻き付くと続けて喋る。
「司るは、空。許可する」
ニダの体が揺れる。許可をくれた!空が真っ先に応じた後、輪を描く虹に包まれた赤い輝きの精霊が片腕を上げた。
「司るは、太陽。許可する」
目を丸くするニダは、太陽の暖かな笑顔から、力を感じた。次に、白い水の輪を背負う海蛇が『司るは水。許可する』と大波を打つような声で続け、ニダに常に身近な大いなる海を示す。
間髪入れず、ヒヤッとした一陣の風が吹き抜け、明るい灰色の雲をまとう風変わりな服装の精霊も、右手を挙げた。
「司るは雲。許可してあげよう」
目が合って、優しい老婦人の笑みをもらうニダ。あのお方だ!と祈った時の雲に映った姿を重ねる。雲の精霊の横、輝く岩の上に座る茶色の精霊と、その隣、透明度高く揺れ動く橙の精霊が続けた。
「土を司る。許可する」
「火を司る。許可」
中心にいる黄色と緑半々を持つ相手―― 黒髪の ――はまだ黙っており、少し離れた紫色をちりばめたような精霊が、組んだ腕をそのままに『時を司る。許そう』と低い声で伝えた。
反対側の二色を持つ、金と銀の精霊も『心の満ち足りを司る。許可を与える』と答える。
次々に許可が続き、あっという間に半分以上の返事を受けたニダは、まだ応じない二人の精霊に緊張する。
一人は、目の前の・・・最初から喋っていたお方。もう一人は、あの真っ黒な、不思議な温かみのあるお方。どうなるんだろう?と最後まで来て、心臓が早鐘を打つ。
ぎゅっと胸にあてた手を握り、目を大きく開いて見つめていると、なぜか女龍が舌打ちした。え!と驚くニダと同時、水瓶と立つ相手の眉間にしわが寄り、片手を前に出す。
「植物と光を司る。許可を・・・出す」
「では、私は。あぶれた者をこの手に受け取る」
衝撃的な最後の言葉で、ハッとするニダ。水瓶の相手は渋々許可してくれたものの、すぐさま『許可』以外のことを告げた黒色にたじろいだ。
あぶれたもの?その手に受け取るって・・・?きょ、許可は?
聞き返していいのかすら分からない。戸惑いが顔に出たニダに、女龍と雲の精霊がニダに視線を向け、『許可の一つ』と異口同音で告げる。
「ニダ。面を持って帰りなさい。あなたの約束を忘れないように。残った人間は、支えを失うことはない。生きる時も死ぬ時も」
許可の結びを太陽が伝え、他の精霊は見守る。
その、遠い空から聞こえるような言い方に、ニダは頷く。質問したい。でもそんな雰囲気ではない。ただ、言葉のままに受け入れるべきなんだ、と飽和しそうな頭でしっかりと頷き返した。
「ありがとうございます!ありがとうございました!戻って、人々に伝えます。生涯にかけて、約束を通すと誓います!」
勢いをつけて垂れた首。砂地に並んだ十二の面が急に滑らかな光を発し、驚くニダの顔横をすり抜け飛んだ光が一本の螺旋を描いて、大きな一羽の鳥に変わる。
あ!と見上げた朝の空に、それは見事な美しい十二色の鳥が羽ばたいた。
その姿は各所に鮮やかな色をまぶし、広い翼と長い尾を悠々と広げ、存在の自由と、世界の繋がり、両方を象徴するように、面から放たれた鳥は輝く光を振りまきながら上昇する。
この瞬間。ニダの意識は途切れ、時を告げるような鳥の声だけが脳裏に残った―――
お読み頂きありがとうございます。




