表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二の面、戻りし人々
2874/2954

2874. ティヤー見回り ~レイカルシと『念憑き』片付け・お礼の一案・面儀式用の小舟

☆前回までの流れ

イーアンは見回りに出た朝、各地にぽつぽつとある、最初に戻らされた人たちの姿を確認しました。その中に、ハイザンジェル貴族のイライス・キンキートがおり、彼女に母国へ帰りたいと頼まれ、ダルナのレイカルシに協力してもらい、彼女を連れて行きます。

今回は、イライスを送り届けたところから始まります。


※明日の投稿をお休みする予定はあったのですが、明後日ももしかすると休むかもしれません。詳細をあとがきに書きました。ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 ハイザンジェルのキンキート邸へ帰ったイライス・キンキートは、迎えるように咲き乱れる美しい花園を静かに歩き、その背中は小さくなる。


 一人きりで、生きていけるのか。

 老婦人が心配でも、彼女の凛とした態度を見た後では止められないけれど―― イーアンは心配で、鱗でも渡そうかと体が前に動いたが、ダルナに引っ張られた。



「いいんじゃないの」


「でも」


 帰ろう、とレイカルシは老婦人の背中を見送り、イーアンを掴んだまま移動した。待って、と言う間もなく、次の一秒でイーアンを包む空気は暑いティヤーの海風に変わり、胴体を掴むレイカルシを見上げる。


「レイカルシ。イライスは一人で、生きていけないかも」


「本人が望んだ」


「彼女はあそこで死ぬのでしょうか」


「さぁ」


「・・・お花は、あなたに何か教えましたか」


「いいや。何も。でもあのばあさん、覚悟は決めてたんだろう」


 見つめ合ったまま、少し沈黙を挟む。レイカルシの水色と赤の揺れる瞳は、遠い異界の精霊そのもので、イーアンは自分がまだまだそこに達していない気がした。目を逸らし、イライスの無事を祈るしかない。


「イーアンはこれからどこ行くんだ」


「決まっていないです。私から龍気を受けた人たちは、この世界に残されているはずですから、安否確認と言うか。それでティヤーを回っていたので」


「じゃ。一緒に行くよ。今日はイングがいないんだし」


 一人で放っておくのもと、赤いダルナは遠慮がちに同行を申し出て、イーアンは少し考えて、レイカルシは疲れていないのかと心配したら、『俺は決戦で大して力を使っていない』とのこと。女龍はダルナと一緒に、各地を回る。


 イーアンがに癒した本島の村は、人がいた(※2535話参照)。でも人数は少なく、疎らに戻ったのかもしれないと思った。

 南に下がって、ピニサマーニャのハクラマン・タニーラニを探したがいなかった。こちらも、山間の川の水が流れる付近には人がおり、あの一件(※2618話参照)が理由と分かる。


 他、精霊絡みで祝福に値するものを受けたらしき人々が、たまに歩いているのを見た。


 こうした人たちの方が人数的には多そうで、イーアンは自分が助けた責任を少し感じていたのだけど、精霊に祝福された人々を見かけると、徐々に『龍気を注いだのも運命の一環』と感じられるようになった。



 そしてもちろん、治癒場帰りの()()()()を見たわけではない。



「んー。あいつは」


「ええ。ちょっと行ってきます」


「ああ、いいよ、俺がやる」


 赤いダルナは下方を歩く男に、長い首を向けて嘴の先をカツンと小さく打つ。男はその音を聞くほど近くもないのに倒れ、うつ伏せに倒れた頭の周囲、白い花が突如咲いて散った。


 男は倒れたままで、イーアンには彼が絶命したのが分かった。すぐ、男の首辺りから薄白い紐のようなものが出て、それも正体を察する。

 レイカルシに『あれは私が』と断ってから、イーアンは龍の首に変えて口を開け、何の音も立てずに紐を消滅。じっと見ている横のダルナに振り向いて、白い龍の顔が少し微笑み、人の顔に戻る。


「怖いよ、君は」


「何言ってるのって、前も言いました。ダルナの方が、想像外の技を使う印象です」


 白い龍の顔も綺麗だね、と逸らした答えに、イーアンはお礼を言い、目下の問題でもある、消した者と紐状の詳細を伝えた。



 ―――あれは、この世界に残された『排除されるべき念を受け取った者』と。


 レイカルシは意外そうでもなく、『悪人に別の要素を感じた』と魔物同等扱いで、()()()()()()()回ろうと見渡した。



 治癒場から戻った人たちの様子見に加え、悪人を消す目的も増える。

 探し出して消すのは大変だろうと思ったイーアンは、見かけたらそうしよう・・・のつもりだったが、これがレイカルシにかかるとそうでもない。


「また見つけたの」


「あそこにいるんだ。あの中」


 レイカルシは、消した最初の男と同じ『要素』に反応し、あちこちで隠れている者すら見つけて消した。彼の場合は消すといっても、穏やかだが。


「見えない場所で殺す時も、同じ技ですか」


「そうだよ。花が咲いて、引き込まれて死ぬ」


 探し出す時は、死者の記憶に耳を傾け、『死に近い者』を見つけ出してから。レイカルシ曰く、死に近いとは、()()()()()()()()意味で、『要は殺人者』と。


 病院関係、葬儀関係も死者に近い職業だが、そちらはそう判断されない。自ら死を作り出すものを、『近い』と呼んでいた。


 未練と懺悔を抱えた記憶が土に残り、上を歩く者に死を感じ取ると、悲しい声を上げている・・・


 生きていたかった未練は、死を呼び込む人間に反応して『生きたかった』を伝え続けるようで、レイカルシはこれを聴く。悪人の居場所が分かり次第、そこで花を引き出して、悪人の命を止める。



「記憶とおっしゃいましたが、記憶だけなのですよね?意思はなく。記憶が・・・悪人を殺すのですか?」


 不思議に思って尋ねると、レイカルシはうーんと唸って、あんまり考えたことはないとまず答えた。


「意思はないよね、土に残った記憶だから。表現も、『殺す』より別の言い回しの方が合ってるかな。前も見せたけれど、残した想いが動くんだよ(※2446話参照)。

 悪人の命を止めてくれ、って俺は頼まない。無駄な死を減らそう、と呼びかける。記憶は未練や懺悔や願いを抱えるから、生者を殺す人間を()()()


 だから、穏やかだろ?とレイカルシが呟き、イーアンもゆっくり頷く。



 危険人物は、今後、排除され続ける――― 

 人を殺すことを日常化するのは、危険人物と同じではないか。誰かにそう言われたら、私はなんて答えるだろう。『世界が決めたことです』では人間相手に通じない。

 でも、レイカルシの話を聞き、()()()()()深さを感じる。



 少し考えた女龍の横顔に、赤いダルナは『気になるか』と窺い、イーアンは彼を見て微笑んだ。


「レイカルシの言葉が深くて、学ばされるといいますか。その観点で私も見られたら違うなと思って」

 

「俺に学ぶ?」


 え、と笑ったダルナにイーアンもちょっと笑みを増やして頷き、『生死観が尊い』と伝え、褒められたレイカルシは照れ臭そうに『能力だから』と顔を逸らした。



 こうして二人は各地を回り、レイカルシが危険人物を、紐状の『念』をイーアンが消して、善人と思しき人々の状態は見て確認するだけが多く終わる。



 助けの手伝いをしたのは、イライスくらいで済み、イーアンとレイカルシはあちこち巡りながら『人はいるけど』と、割に大丈夫そうな様子を理解した。どこも、精霊が直してくれた環境が先に目に入る。

 人々は、自分が一人で生きていく・もしくは、数人と生きていく、そのことに考えている雰囲気で、狼狽えたり焦ったりは見られない。


 レイカルシに、オンタスナが話してくれたことを伝えると、ダルナは首を傾けた。


()()()()()()()()だけ残った、そういうことか」


「かもしれません。生き延びたことを尊ぶ人たちかも」


「うん。じゃ、こんなところで良くないか?イーアンはこれからどうするんだ」


「私は、もう少し見たいので。あとは一度空へ上がる予定です。レイカルシ・・・は」


「さっき、礼がどうって。あれ、話したいんだけど」


 礼。はい、と頷くイーアンに、赤いダルナは『次の国は俺をいつも側に置いてくれ』と言った。それがお礼になるのかしら?と思ったら、レイカルシは女龍をじっと見て『厄介だよ』と意味深に遠い雲を指差す。その方角は東―― ヨライデ。



「イーアンは、あんまり俺たちを頼らないけど」


「いいえ、ガンガン頼ってます」


 そんなじゃないだろと笑われ、イーアンは首を横に振る。とにかくね、とレイカルシが言うに、ヨライデは俺が側にいた方が良いとか。


「ティヤーも同じ理由だったが、頼られた回数が少ない。ヨライデはもっと面倒臭いから、俺が四六時中一緒が良いと思う」


「お礼って、それですか」


「イングに妬かれる」


 ハハハと笑った女龍に、レイカルシも笑い、『お礼だって言ってくれ』と念を押した。笑い合ったものの、ヨライデの不安増すイーアンの聞きたそうな目つきには何も言わず、赤いダルナはここでさっくりお別れ。


 気になるヨライデのことに触れないまま、時間もないので女龍は、イヌァエル・テレンへ飛ぶ。男龍に話を聞いたら、小石を返却。その後は船に戻る前に、治癒場を見守ってもらった精霊たちに挨拶にも行きたい。


「次は、お面」


 ティヤーでやるべきことは、あと一つ。シャンガマックの朝一報告で、バサンダのやり遂げた結果に心底敬服した。呼ばれるまで、秒読み。



 ニダは、戻るならどこだろう。船で消えたから船かもしれないし、カーンソウリー島かもしれない。一応、カーンソウリーは見てきたので、人がいない様子からあちらはまだと思う。


船に戻るなら、手間なしだけれど、どうなるやら。



 *****



 イーアンとレイカルシが巡っていた時間。船では、珍しくシャンガマックがいるため―――



「ごめんね、手伝わせて」


「いえ、大丈夫です。しかし凄いですね」


 うってつけとばかり、ミレイオは朝食でも話した『クフムの辞書』を保管するべく、シャンガマックに手伝ってもらいながらクフムの部屋で資料を箱に収める。


 シャンガマックも舌を巻く、クフムの努力。その緻密な作業、正確な気遣い。文字にされると、これほど勉強していたのかと驚かされ、ミレイオに声を掛けてもらい良かったと思った。


 分けてからじっくり見たいと話す騎士に、ミレイオもそうしなさいと微笑む。種類自体は多くないが、順番があるのと、書き残しを懸念するクフムのつけた目印から、シャンガマックも丁寧に分別する。ちょっと進めては分け、見直して合わせ、関心が向く言葉に手が止まり、なかなか効率的ではないシャンガマックの動きに、ミレイオとしては微笑ましく・・・ クフムのいない部屋で、思い出をしまう。



 オーリンとタンクラッドはと言うと、二人で港の船を見に行き、誰もいない港の隅から隅まで歩いて、ようやく見つけた質素な小舟を。


「これを使っちゃダメだよな」


「人のものだ」


 作るつもりの職人二人は、舟を調べてニダに漕ぎやすい改良を考える。言えばくれそうだ、と短縮を提案するオーリンに、タンクラッドは『舟なんか作ったことないんだから、いい機会だろうが』とそちらを見ずに前から後ろまで寸法を測る。


「言えばくれると言ったところで、相手がいないんじゃ盗難だぞ」


()()()()そう言えよ」


 舟の内側を紙に描く剣職人が『犯罪』とやんわり伝え、弓職人が言い返し、二人でちょっと笑う。


「金を払うんだ、彼は」


「俺も金を置いて行ったら、万事解決?」


「あのな。舟、だぞ?食品は傷むから買い取ってもらった方が良いだろうが、舟は戻って来てから使うだろう。お前が金を置いて舟を持って行っちまったら、持ち主は何で金があるんだと、困る」


「短期間で、舟を作れる気がしなくなってるのが本音だ」


「オーリン。俺も、期間の問題は同じ」


 背の高い剣職人が立ち上がり、見下ろす。見下ろされたオーリンは、彼の手にある絵をちらっと見て『木材からだぜ』と・・・自分が言い出した割に、弱気な一押しを付け加えた。



「ニダが使える舟が欲しいとは言ったが、ある舟を利用して加工のつもりだった」


 それを犯罪と言うんだ、と目論見を否定したタンクラッドに笑われて、オーリンも苦笑しながら海を見る。ニダは海を渡って島に辿り着かねばならない・・・儀式なんだから、省略するところはない。龍で送ってやることも出来なければ、一緒に舟に乗ることも出来ないわけで。


 黙って海を見つめる黄色い目の前に、タンクラッドの片手がスッと伸び、ぱちんと指を鳴らす。振り向いたオーリンに『行くぞ』と剣職人は首を船へ傾け、歩き出した。


「あんた、作るのかよ。俺も手伝うけどさ」


()()()()()()()()()()、本当にいい機会だと思うが」


「イーアンが、タンクラッドは器用だって褒めてたのは分かるよ。でも一日そこらじゃ」


「オーリン。もう一回聞け。『俺が作る機会だったら』と言ったんだ、俺は」


 瞬きしたオーリンの顔に、フフッと笑ったタンクラッドは、黒い船の真下へ行ってから、甲板の上に待ち構える巨体を見上げて手を振った。それはいつもの、タンクラッドがトゥに送る合図―― なんだけれど。


()()か?」


「まずは()()だな」


「どう変えるんだ」


「出してから、変える箇所を検討する」


 短いやり取りで、弓職人の目が丸くなる。もしや、と笑いかけたオーリンに、トゥの首が一本下りて来て大きな頭と向かい合った。


「オーリン。お前の()()()はどれだけ非力なんだ」


「・・・ハッハッハ!トゥが作ってくれるのか!俺の()()()の非力さは、俺も知らないが、波のない浅瀬を棹で移動する力だと思ってくれ」


「そりゃ、相当非力だ」


 口の悪いダルナが少し笑い、ニダを揶揄われているにも拘らず、作ってもらえると分かったオーリンは愉快で笑う。タンクラッドも可笑しそうに話を進め、アネィヨーハンの前の波止場で小舟が一層現れたのは、この二分後。



「まぁまぁ、使えそうじゃないか」


 腕組みして眺める剣職人がそう言うと、トゥは『これ以上を求めるなら、お前の設計を正確にしろ』と答え、見た目だけは完璧な小舟を、改良にかかる。


 海に浮かべたり、乗ってみて動かしたり、舟を漕いだこともない職人二人で、ああでもないこうでもないと・・・銀のダルナが手伝ってやり、見守る時間は過ぎて行く。



 そうしていい加減、時間が過ぎたあたりで、ルオロフが向こうから大荷物で戻ってくる姿を目に映し、タンクラッドが手伝いに行き、食材を船に上げて・・・



 昼。ロゼールが甲板から顔を出して、小舟に取り組む中年二人に声をかける。


「お昼ですよ。食べますよね」



 *****



 有難いロゼールの料理を、船に揃った者たちで堪能する。

 買い出しのおかげで食材も増えた。総長は虎と一緒に消えた(※適当)ので、一人で持ち戻ったルオロフが『功労者』と褒められて、彼はたくさん料理をもらった。


 話題がクフムの辞書と、町の雰囲気と、小舟。


 人もいないが魔物もいない、することのない時間。会話はだらだら続いていたが、食べ終わるとオーリンは出発する。


 今朝、リチアリのくれた模型船が落ち着かなくなってきたのに気づき、もしや、これから行う、面の儀式をする方向かもと察したオーリンは、これから見に行く。

 以前にイーアンと見たので(※2710、2714話参照)、場所は大体知っているが、もう何か始まりが出来ているかもしれないと、ニダのために前情報収集へ。



 その頃、シャンガマックを船に預けた獅子は、全く違う場所で世界について考え中―――

お読み頂きありがとうございます。


今日の活動報告にも書いたのですが、昨日また炎症がぶり返し、今は左右の前腕が腫れた状態です。腫れると皮膚が壊れて切れ、痛みで物語が書けなくなります。前腕と指がやられたので、この腫れが少し引いてから、物語を書こうと思います。

原因がわからず、薬もないので、自然治癒を待つしかないのですが、長引くことで投稿が飛びがちになり、申し訳ないです。

また、まぶたの皮が突っ張ってしまうことで、眼圧が変わり、文字の間違いを見落とす時も増えた気がします。誤字脱字があると思いますが、回復次第読み直して修正します。


休みが二日連続することも、またあると思うのですが、どうぞよろしくお願いいたします。

できるだけ間があかないようにしたいです。

いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝します。本当に、いつもありがとうございます。

お体に気を付けてお過ごしください。


Ichen.  

☆誤字確認で見直していたら、涙のマークを頂いたことに気づきました。優しい気持ちを有難うございます。励まされます。

来て下さり、お気持ちを寄せて頂けることに感謝して、できるだけ早く次が出せるように頑張りますね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ