表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二の面、戻りし人々
2870/2955

2870. 治癒場 ~妖精ターハの歌・テイワグナ回復を支える・人、あるべき・アティットピンリーと呪術師・山のサミヘニ・ヂクチホスと生き物たち

※間違えて、次の回を先に出してしまいました!すぐに削除しましたが、もしも読んでしまった人がいたらごめんなさい(;´Д`)!今回はこちらです。


☆前回までの流れ

長い一日に感じた決戦は、四日分の時が流れており、その間に起きた様々なことをイーアンたちはたどりながら、この日は終わりました。

今回は治癒場の精霊たち。ハイザンジェルから始まります。

 

 イーアンたちが眠った頃―――



 最後の一人が眠るのを待っていたように、治癒場の入り口の一つが光った。

 ふーっと淡い光が辺りに広がり、周囲に光と影を生む。


 鐘の音が鳴った夕方から半日未満、夜明けまで数時間の時刻に、治癒場の光は真っ暗な風景からゆっくりと離れ始め、裾を引くように入り口と宙を繋ぎ、その光の上に人形が幾つも乗る。


 近くにいた妖精のターハ(※2823話参照)は、人が戻される様子を静かに見守り、伸びて行く光の先へ目を向ける。治癒場の在る地面から空中へ上がった光は、ある程度の人形を出すと、ふつっと下が切れて、夜空へ泳ぎ出す。光は暖かい桃色に輝き、妖精の前から消えた。


「ハイザンジェルは、もう戻すのね」


 ターハは治癒場入り口の側へ行って中を覗き、中に残る人形を感じ取る。少しずつ戻すらしいと分かって、最後まで見守っていることにした。



「イーアンは心配していたけれど、人間の争いや混乱、何事もなく大丈夫でしたね」


 優しい妖精は、夜の木に寄りかかり、影の落ちる治癒場の奥で、次を待つ人々の声を聞いた。彼らは人形でも意識があって、途切れがちな思考で様々なことを考えていた。


 それに気づいて耳を傾けていたターハは『付き合いやすい人間の種類』が思う内容に、人がこの世界から消されるとしたら、それは少し寂しいと思えた。


 人間は。いても良いはず。


 少なくとも、彼らがいるからこそ、()()()()()が分かるのだ。


 彼らは、『混沌の精霊』と何ら変わらない・・・限度を知らず、責任と意義に弱いため、同じ扱いは出来ないが、とる行動は一緒。


 ターハの妖精寄りの感覚では、付き合いやすい人間たちなら、『そんな生き物だもの』で済む。質の悪い人間は限度を知らないから消えると良いが、そんな人間だけではない。


「戻れるといいわね」


 異界へ旅立った大勢が、今、どこにいるか。妖精の目でも見えない、世界を跨いだ遠くを進む彼らに、ターハは星を見上げた。


 それから、『今はこちらに残った人間たちに』と呟いて、パンパンと両手を軽やかに打つ。白い妖精の手から溢れたのは、可愛いたくさんの星で、夜空へ元気よく飛んだ。森の奥から飛び出した、妖精の星たち。ターハは飛んで行った星の尾を見送り、歌う。



「心のきれいなあなた方。戻ったそこで、何を食べるの。一人ぼっちで残されて、誰もいない住まいに泣いて。私が支えてあげましょう。ほんの少しの隙間でも。涙の隙間を縫うように。心の合間を縫うように。

 毎日お食べ。美味しい果実。毎日お飲み。清い水。空にお話し、土に語り、風に答えをもらうでしょう。あなたが寂しくないように。あなたが枯れずに、待てるよう」



 ハイザンジェルの四方八方へ飛んだ星は、ターハの歌のとおりになる。人々が戻った先で困らないため、命の果実と水を生み、壁や木々に溶け込んだ星は、孤独な人の話し相手に。


 ハイザンジェルの二つの治癒場は空っぽになり、この国は本日分で完了―――



 *****



 ハイザンジェルでは、二つの治癒場に収容された人々の数も大したことはないのだが、テイワグナはそういかない。


 南の森で、サドゥは最初の風を見る。

 結構な人数を連れて黒い夜空に上がる桃色の光、その背に乗った人形たちに思う。集めた時も引っ切り無しに風は往復していたが、出す時も大変そう。


 風は出て行ってまたすぐに戻る。治癒場に入った風は、人形を集めて再び出発。


 ただ見ているだけの役目で、別に何をするでもないが、オリサ・サドゥは少し考えていたこともあり、風が戻ってきた時、問いかけた。


『私の持つ種と水を運ぶか』


『良いでしょう』


 風は入り口に入る前に答え、スーッと治癒場に滑り込むと、背中に人形を乗せて出て来て、止まる。オリサは片腕を振って出した、『種と水』の壺を持たせた。


 どこへ・どう、など、精霊同士で話すこともない。桃色の風に乗せた壺は人形と共に遠くへ運ばれる。オリサ・サドゥの気遣いで、どこに撒いても種は根菜を実らせ、どこに注いでも水は泉を沸かす。


 生き物が消えたテイワグナで、畑の収穫物だけでは間に合わないだろうと、遥か昔から人々の側に付いた精霊・サドゥの心配り。


 この後も、風が戻っては出発する前に壺を持たせ、オリサはテイワグナ人の生活が早く回復するよう願う。



 風は何度か往復した後、夜明けに来なくなったが、治癒場にはまだ人形があり、また・・・と感じたサドゥは、一旦、森に戻った。



 *****



 同じように、乾き切った荒野の治癒場担当のウェシャーガファスも、出戻りが始まった頃、気遣いを形にする。


 こちらはサドゥと違って、戦う武器の精霊。

 肩に担いだ豪華な斧を振り上げて、砂が覆う乾いた岩を叩き割る。ガァン!と割れた岩から一瞬、水がピュッと噴き出して、割られた亀裂を精霊の光が走り抜ける。


「土に回れ。岩を穿て。水を渡せ。鋤も鍬も容易く入る土を作れ。根は広がり、茎は進み、花と実を急がせろ」


 斧で叩き割るたびに、白い髭を蓄えた精霊はそう命じ、畑を拡大する人々が楽になるよう、食べ物に困らないよう、治癒場から最遠の際まで、土が変わる世話をした。


「テイワグナの民よ。精霊の加護と共に歩め」



 風の行き来でかなりの人数が国へ戻されたが、テイワグナは収容した人間がたくさんだから、治癒場にまだ残っている。二回目は、少し開けてから。


 民の食料問題に、戻す数を調整しているのだろうと、白い髭を撫でる精霊は理解して、次に治癒場が動く日まで洞窟へ帰ることにした。



 *****



 ハイザンジェル、テイワグナに続き、アイエラダハッドも。


 極北では精霊のおばちゃんが見送り、南の山脈ではキトラ・サドゥが見送る。

 キトラは、戻される人々へ静かな願いを託した。それは小さな願いだったけれど、人間が自らの立場をしっかりと見定めること。


 何度も繰り返す過ちも反省も、いつかは終わりが来る。繰り返しが利かない数を超えてしまったら、次はない。だからサドゥは、今、気づくように、と願った。


「最初の龍も、二代目も三代目の龍も、お前たちをの未来を気にしている」


 送り出した桃色の風は、キトラの担当した治癒場からは往復も少なく、夜明け前にここは完了。



 片や、極北のおばちゃんが担当した治癒場には、まだ人形が残っており、機会を見て出される。風と話したおばちゃんも『今はもういいわね』と家に帰った。


 すっかり雪に覆われた扉をトントン叩いて雪を外し、家に入って暖炉の火を大きくすると、台所から鍋を運んで鉤にかけ、暖炉の横棒に吊るす。

 空の鍋は熱されて煙を少しずつ上げ、おばちゃんはその間に表から雪を運び込み、煙を出す鍋に落とした。しゅーっと大きな湯気を立て、鍋に落ちた雪塊があっという間に沸き、あっという間に湯気となって煙突を走る。


「お行き、精霊の水を抱えて。雲に紛れ、風に散り、アイエラダハッドの雪を一時の雨に変えなさい。落ちた雫が、甘い実を育てるように。しっかりした豆をつけるように。栄養ある芋を増やすように。

 それとね。汚れを取ってやんなさい。汚いものも出てくるものも、雨に打たれて落としておしまい」


 大笊に盛った雪を鍋に落としながら、精霊のおばちゃんは魔法をかける。


 アイエラダハッドの雲を渡り、雪を押し退け雨を降らし、民の口に入るものを豊かにする魔法。食べたら出すのが生き物だからと、それも落とし続けなさいと、衛生も魔法に含む。


「いつまでも、は無理よ。そんな都合良くはいかない。でもちょっとの間、困らないで済むでしょう。人が減ると、不具合もすぐだもの。魔法が利いている間に、うまいことおやんなさい」


 大笊の残り雪を全部、鍋にはたいて、笊の背をぽんぽん。湯気は精霊の家の煙突を駆け抜けて、灰色のアイエラダハッドの空、方々へ散った。



 *****



 ティヤーでは、アティットピンリーが・・・ まだ暗い砂浜で治癒場の様子を見守っていた。

 側にいる男は先ほど眠って、今は目覚めている。眠るように言ったが、『奇跡の瞬間ですから』と出てくるのを見逃さないよう起きた。


 ンウィーサネーティを連れ、混合種の精霊は南の治癒場の砂浜で待機。東はティエメンカダの友人(※マハレ)がいるので、こちらを受け持った。


 運ぶ際は、両方を見たけれど・・・ 桃色の風が忙しく運ぶ治癒場で、アティットピンリーが中へ人間をしまうのを手伝った。それほど多くはなかったが、思っているより、少なくもなかった。悪いことを考える民はおらず、恐ろしい事態と不安な展開に怯えていても、精霊や龍や妖精に許しを願い、信じようと頑張る民が、そこにいた。


 いつまでも、そうであれと、思う。


 ティヤーは多くが壊れたが、精霊が()()()()()に乗り出した。

 ティエメンカダがそれを命じ、自然は元の豊かさを取り戻す。これで生き物が戻れば違うだろうと、アティットピンリーが海を眺めたところで話しかけられた。



「あのう、考え中にすみません」


『何だ』


「もう、終わったんでしょうか?」


 治癒場を行き来する風が来なくなり、ンウィーサネーティが終了かと尋ねる。治癒場から声がしないので、ここにいる分は終わっただろうと答えた。男が、そうですか、と微笑んだと同時、ぐう、と腹の音が鳴り・・・ アティットピンリーと目が合う。恥ずかしそうに『いや、少し腹が減りまして』と目を逸らした呪術師。


 大きな目をぱちくりして、そうだったと(※忘れてた)気づく混合種。人の食べるものは、これまでに何度も出してやったことがあるのに、肝心の大事な男にはすっかり忘れていた。


 水かきの手が、砂浜にペタッと付く。ンウィーサネーティは『すみません、気にしないで』と続け、アティットピンリーの両手が浮いた場所に目を丸くした。


「あ・・・出して下さったんですか」


 頷く混合種。手を置いた砂に、ぺこっと凹んだ窪み。その窪みにティヤーの揚げ菓子と包み豆が現れた。


「これ、お供えの」


 ハハハと笑ったサネーティは、『食べていいんですか?』と笑顔で精霊に許可を求め、精霊に礼を言って口に運ぶ。アティットピンリーがよく貰うお供えは、ティヤーのどこでも代表的なお菓子と保存食。ティヤー人なら、誰でも子供の頃から見慣れているもので、サネーティは優しい混合種の気遣いに喜んだ。


 彼女が知っているのは、お供えの食べ物。そりゃそうだな、と、何だか親近感を持つ。


「あなたも食べられたらいいのに。一緒に食べたいですね」


 一緒に、の言葉で。混合種は瞬きして、口のない顔を触り、その行為に男は驚いて謝った。ごめんなさいそういうつもりでは、と面目なく騒ぐ男は、水かきの手が精霊の顔から離れたすぐ・・・言葉を失う。


 食べかけのお供えを落としかけて慌て、精霊を二度見した。


「顔が・・・ あなたは」


『口を持つ。こうなら、一緒に食べるのか』


 唖然とするも、サネーティは『はい』と頷き、精霊の顔に釘付け。目しかなかった顔に、人の小さな鼻とふっくらした唇が現れ、その口は開いて喋った。自分の一言のために、顔を見せた精霊。今、用意した顔なのか、それとも元から在ったのか、そんなことはさておき。


「大変、きれいです。いつもの姿もきれいですが」


 ぼやーっと呟いて見惚れたサネーティに、精霊はいつものように目元を少し微笑ませ、その口元も笑った。うわ~!と嬉しくなったサネーティは『お菓子を一緒に食べましょう!』と精霊の口に運び、笑顔の精霊に食べさせて、味を尋ね、分からないと言われて笑い、一緒に食べてくれた感謝と、優しさに頭を下げた。


 アティットピンリーは、これは自分のまやかしで本当の姿ではないと教えたが、『一緒に』を()()()()()()()ンウィーサネーティが喜んだので、暫くこうしていようと決めた。



 アティットピンリーは、気が付かない。実行したから男が喜んだ、だけではないことなんて。

 サネーティも気づかない。偉大な精霊が、自分を想うために姿にまやかしまで掛けたなんて。


 でも、互いの心に生まれた感情は、同じ。そして二人共、それは言わなかった。



 ティヤーの夜明けに、人々が戻る。ンウィーサネーティは、『サッツァークワンも戻ったかな』と思い出し、精霊は『用事が済んだら見に行こう』と言ってくれた。



 *****



 そして、ヨライデ―――


 山の精霊サミヘニが見届けた、治癒場の出入り。サミヘニは思う。どこへも連れて行かれなかった『ヨライデ王』の存在と、彼とは全く敵対する位置にいる人々のことを。


 龍が来るだろう。私に会いに。


 ヨライデで終わらせる闇の最後を、断ち切るために。


 サミヘニは、地上へ戻された僅かな民に、食べ物を与える。彼らが居る場所に水が届く。彼らが迷う前に、日差しが照らすよう、ささやかな祝福を与えた。



 *****



 夜明けが来て、太陽が水平線を照らす。波も穏やかになったティヤーでは、人の戻った島の海にだけ、魚が現れた。魚も貝もカニやエビも、その地域にだけ姿を見せる。


 相変わらず空に鳥は見えず、陸に動物もいないけれど、川や海岸沿いの草むらに虫も少し出て来た。だがこれは、島に戻った人々しか気づかないくらい、小さな変化。



 全部の生き物を保護したヂクチホスが、大っぴらに生物を戻さず、少しだけ戻した理由がある。


 集めたのは、そもそも『原初の悪』に生き物を使われると知ったからだった。理由がなくなれば、保護を続けることもない。

『原初の悪』はどうやら身動きを取れない状況にあり、生物が巻き込まれない可能性が高くなった。


 だがそれがいつまでか、そこまでは知らない。人が困らない程度に、生物を戻した次第。

 海に魚たちが戻ると、ティヤーの民は家畜すらいない今、魚に頼るだろう。

 虫が戻ると、畑の花に虫が動いて、実をつけるだろう。

 全体的ではなくても、生き物が戻ると人は少しは生活しやすくなるから・・・・・


 他の国はどうするかな、とヂクチホスは様子見。

 ルオロフと集めた、ティヤー戦中の犬や猫たちに囲まれて、神様は考える。神様の世界は連結すると大変広いので、あちこちに動物やら虫やら鳥やらが賑やかな状態で、離れた海も混雑に近い。


 これはこれで楽しい、と神様は眺める。ここにいたら、繁殖の必要もなく、食べる死ぬの限界もない。


 いてもいいけどねと思うヂクチホスだが・・・一時避難ということで引き取っただけなので、その内、彼らとも別れる。戻す時期をゆっくり考えることにして、生き物を収容している間、ルオロフにも見せてあげようとそれは決めた。



 ヂクチホスにまで届くことがなかった情報『サンキー宅を襲った敵の一件』で、生き物保護の期間を見直すまで、まだ、もう少し―――

お読み頂きありがとうございます。間違えて、一つ先の回を出してしまい、もし読まれた人がいたら申し訳ありませんでした。


まだ数日おきに投稿する不安定が続きますが、どうぞよろしくお願いいたします。

いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝します。

暑さがつらい時期です。どうぞお体には十分気を付けて、ご自愛ください。


Ichen. 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ