2870. 治癒場 ~妖精ターハの歌・テイワグナ回復を支える・人、あるべき・アティットピンリーと呪術師・山のサミヘニ・ヂクチホスと生き物たち
※間違えて、次の回を先に出してしまいました!すぐに削除しましたが、もしも読んでしまった人がいたらごめんなさい(;´Д`)!今回はこちらです。
☆前回までの流れ
長い一日に感じた決戦は、四日分の時が流れており、その間に起きた様々なことをイーアンたちはたどりながら、この日は終わりました。
今回は治癒場の精霊たち。ハイザンジェルから始まります。
イーアンたちが眠った頃―――
最後の一人が眠るのを待っていたように、治癒場の入り口の一つが光った。
ふーっと淡い光が辺りに広がり、周囲に光と影を生む。
鐘の音が鳴った夕方から半日未満、夜明けまで数時間の時刻に、治癒場の光は真っ暗な風景からゆっくりと離れ始め、裾を引くように入り口と宙を繋ぎ、その光の上に人形が幾つも乗る。
近くにいた妖精のターハ(※2823話参照)は、人が戻される様子を静かに見守り、伸びて行く光の先へ目を向ける。治癒場の在る地面から空中へ上がった光は、ある程度の人形を出すと、ふつっと下が切れて、夜空へ泳ぎ出す。光は暖かい桃色に輝き、妖精の前から消えた。
「ハイザンジェルは、もう戻すのね」
ターハは治癒場入り口の側へ行って中を覗き、中に残る人形を感じ取る。少しずつ戻すらしいと分かって、最後まで見守っていることにした。
「イーアンは心配していたけれど、人間の争いや混乱、何事もなく大丈夫でしたね」
優しい妖精は、夜の木に寄りかかり、影の落ちる治癒場の奥で、次を待つ人々の声を聞いた。彼らは人形でも意識があって、途切れがちな思考で様々なことを考えていた。
それに気づいて耳を傾けていたターハは『付き合いやすい人間の種類』が思う内容に、人がこの世界から消されるとしたら、それは少し寂しいと思えた。
人間は。いても良いはず。
少なくとも、彼らがいるからこそ、世界の基準が分かるのだ。
彼らは、『混沌の精霊』と何ら変わらない・・・限度を知らず、責任と意義に弱いため、同じ扱いは出来ないが、とる行動は一緒。
ターハの妖精寄りの感覚では、付き合いやすい人間たちなら、『そんな生き物だもの』で済む。質の悪い人間は限度を知らないから消えると良いが、そんな人間だけではない。
「戻れるといいわね」
異界へ旅立った大勢が、今、どこにいるか。妖精の目でも見えない、世界を跨いだ遠くを進む彼らに、ターハは星を見上げた。
それから、『今はこちらに残った人間たちに』と呟いて、パンパンと両手を軽やかに打つ。白い妖精の手から溢れたのは、可愛いたくさんの星で、夜空へ元気よく飛んだ。森の奥から飛び出した、妖精の星たち。ターハは飛んで行った星の尾を見送り、歌う。
「心のきれいなあなた方。戻ったそこで、何を食べるの。一人ぼっちで残されて、誰もいない住まいに泣いて。私が支えてあげましょう。ほんの少しの隙間でも。涙の隙間を縫うように。心の合間を縫うように。
毎日お食べ。美味しい果実。毎日お飲み。清い水。空にお話し、土に語り、風に答えをもらうでしょう。あなたが寂しくないように。あなたが枯れずに、待てるよう」
ハイザンジェルの四方八方へ飛んだ星は、ターハの歌のとおりになる。人々が戻った先で困らないため、命の果実と水を生み、壁や木々に溶け込んだ星は、孤独な人の話し相手に。
ハイザンジェルの二つの治癒場は空っぽになり、この国は本日分で完了―――
*****
ハイザンジェルでは、二つの治癒場に収容された人々の数も大したことはないのだが、テイワグナはそういかない。
南の森で、サドゥは最初の風を見る。
結構な人数を連れて黒い夜空に上がる桃色の光、その背に乗った人形たちに思う。集めた時も引っ切り無しに風は往復していたが、出す時も大変そう。
風は出て行ってまたすぐに戻る。治癒場に入った風は、人形を集めて再び出発。
ただ見ているだけの役目で、別に何をするでもないが、オリサ・サドゥは少し考えていたこともあり、風が戻ってきた時、問いかけた。
『私の持つ種と水を運ぶか』
『良いでしょう』
風は入り口に入る前に答え、スーッと治癒場に滑り込むと、背中に人形を乗せて出て来て、止まる。オリサは片腕を振って出した、『種と水』の壺を持たせた。
どこへ・どう、など、精霊同士で話すこともない。桃色の風に乗せた壺は人形と共に遠くへ運ばれる。オリサ・サドゥの気遣いで、どこに撒いても種は根菜を実らせ、どこに注いでも水は泉を沸かす。
生き物が消えたテイワグナで、畑の収穫物だけでは間に合わないだろうと、遥か昔から人々の側に付いた精霊・サドゥの心配り。
この後も、風が戻っては出発する前に壺を持たせ、オリサはテイワグナ人の生活が早く回復するよう願う。
風は何度か往復した後、夜明けに来なくなったが、治癒場にはまだ人形があり、また・・・と感じたサドゥは、一旦、森に戻った。
*****
同じように、乾き切った荒野の治癒場担当のウェシャーガファスも、出戻りが始まった頃、気遣いを形にする。
こちらはサドゥと違って、戦う武器の精霊。
肩に担いだ豪華な斧を振り上げて、砂が覆う乾いた岩を叩き割る。ガァン!と割れた岩から一瞬、水がピュッと噴き出して、割られた亀裂を精霊の光が走り抜ける。
「土に回れ。岩を穿て。水を渡せ。鋤も鍬も容易く入る土を作れ。根は広がり、茎は進み、花と実を急がせろ」
斧で叩き割るたびに、白い髭を蓄えた精霊はそう命じ、畑を拡大する人々が楽になるよう、食べ物に困らないよう、治癒場から最遠の際まで、土が変わる世話をした。
「テイワグナの民よ。精霊の加護と共に歩め」
風の行き来でかなりの人数が国へ戻されたが、テイワグナは収容した人間がたくさんだから、治癒場にまだ残っている。二回目は、少し開けてから。
民の食料問題に、戻す数を調整しているのだろうと、白い髭を撫でる精霊は理解して、次に治癒場が動く日まで洞窟へ帰ることにした。
*****
ハイザンジェル、テイワグナに続き、アイエラダハッドも。
極北では精霊のおばちゃんが見送り、南の山脈ではキトラ・サドゥが見送る。
キトラは、戻される人々へ静かな願いを託した。それは小さな願いだったけれど、人間が自らの立場をしっかりと見定めること。
何度も繰り返す過ちも反省も、いつかは終わりが来る。繰り返しが利かない数を超えてしまったら、次はない。だからサドゥは、今、気づくように、と願った。
「最初の龍も、二代目も三代目の龍も、お前たちをの未来を気にしている」
送り出した桃色の風は、キトラの担当した治癒場からは往復も少なく、夜明け前にここは完了。
片や、極北のおばちゃんが担当した治癒場には、まだ人形が残っており、機会を見て出される。風と話したおばちゃんも『今はもういいわね』と家に帰った。
すっかり雪に覆われた扉をトントン叩いて雪を外し、家に入って暖炉の火を大きくすると、台所から鍋を運んで鉤にかけ、暖炉の横棒に吊るす。
空の鍋は熱されて煙を少しずつ上げ、おばちゃんはその間に表から雪を運び込み、煙を出す鍋に落とした。しゅーっと大きな湯気を立て、鍋に落ちた雪塊があっという間に沸き、あっという間に湯気となって煙突を走る。
「お行き、精霊の水を抱えて。雲に紛れ、風に散り、アイエラダハッドの雪を一時の雨に変えなさい。落ちた雫が、甘い実を育てるように。しっかりした豆をつけるように。栄養ある芋を増やすように。
それとね。汚れを取ってやんなさい。汚いものも出てくるものも、雨に打たれて落としておしまい」
大笊に盛った雪を鍋に落としながら、精霊のおばちゃんは魔法をかける。
アイエラダハッドの雲を渡り、雪を押し退け雨を降らし、民の口に入るものを豊かにする魔法。食べたら出すのが生き物だからと、それも落とし続けなさいと、衛生も魔法に含む。
「いつまでも、は無理よ。そんな都合良くはいかない。でもちょっとの間、困らないで済むでしょう。人が減ると、不具合もすぐだもの。魔法が利いている間に、うまいことおやんなさい」
大笊の残り雪を全部、鍋にはたいて、笊の背をぽんぽん。湯気は精霊の家の煙突を駆け抜けて、灰色のアイエラダハッドの空、方々へ散った。
*****
ティヤーでは、アティットピンリーが・・・ まだ暗い砂浜で治癒場の様子を見守っていた。
側にいる男は先ほど眠って、今は目覚めている。眠るように言ったが、『奇跡の瞬間ですから』と出てくるのを見逃さないよう起きた。
ンウィーサネーティを連れ、混合種の精霊は南の治癒場の砂浜で待機。東はティエメンカダの友人(※マハレ)がいるので、こちらを受け持った。
運ぶ際は、両方を見たけれど・・・ 桃色の風が忙しく運ぶ治癒場で、アティットピンリーが中へ人間をしまうのを手伝った。それほど多くはなかったが、思っているより、少なくもなかった。悪いことを考える民はおらず、恐ろしい事態と不安な展開に怯えていても、精霊や龍や妖精に許しを願い、信じようと頑張る民が、そこにいた。
いつまでも、そうであれと、思う。
ティヤーは多くが壊れたが、精霊が全体を癒しに乗り出した。
ティエメンカダがそれを命じ、自然は元の豊かさを取り戻す。これで生き物が戻れば違うだろうと、アティットピンリーが海を眺めたところで話しかけられた。
「あのう、考え中にすみません」
『何だ』
「もう、終わったんでしょうか?」
治癒場を行き来する風が来なくなり、ンウィーサネーティが終了かと尋ねる。治癒場から声がしないので、ここにいる分は終わっただろうと答えた。男が、そうですか、と微笑んだと同時、ぐう、と腹の音が鳴り・・・ アティットピンリーと目が合う。恥ずかしそうに『いや、少し腹が減りまして』と目を逸らした呪術師。
大きな目をぱちくりして、そうだったと(※忘れてた)気づく混合種。人の食べるものは、これまでに何度も出してやったことがあるのに、肝心の大事な男にはすっかり忘れていた。
水かきの手が、砂浜にペタッと付く。ンウィーサネーティは『すみません、気にしないで』と続け、アティットピンリーの両手が浮いた場所に目を丸くした。
「あ・・・出して下さったんですか」
頷く混合種。手を置いた砂に、ぺこっと凹んだ窪み。その窪みにティヤーの揚げ菓子と包み豆が現れた。
「これ、お供えの」
ハハハと笑ったサネーティは、『食べていいんですか?』と笑顔で精霊に許可を求め、精霊に礼を言って口に運ぶ。アティットピンリーがよく貰うお供えは、ティヤーのどこでも代表的なお菓子と保存食。ティヤー人なら、誰でも子供の頃から見慣れているもので、サネーティは優しい混合種の気遣いに喜んだ。
彼女が知っているのは、お供えの食べ物。そりゃそうだな、と、何だか親近感を持つ。
「あなたも食べられたらいいのに。一緒に食べたいですね」
一緒に、の言葉で。混合種は瞬きして、口のない顔を触り、その行為に男は驚いて謝った。ごめんなさいそういうつもりでは、と面目なく騒ぐ男は、水かきの手が精霊の顔から離れたすぐ・・・言葉を失う。
食べかけのお供えを落としかけて慌て、精霊を二度見した。
「顔が・・・ あなたは」
『口を持つ。こうなら、一緒に食べるのか』
唖然とするも、サネーティは『はい』と頷き、精霊の顔に釘付け。目しかなかった顔に、人の小さな鼻とふっくらした唇が現れ、その口は開いて喋った。自分の一言のために、顔を見せた精霊。今、用意した顔なのか、それとも元から在ったのか、そんなことはさておき。
「大変、きれいです。いつもの姿もきれいですが」
ぼやーっと呟いて見惚れたサネーティに、精霊はいつものように目元を少し微笑ませ、その口元も笑った。うわ~!と嬉しくなったサネーティは『お菓子を一緒に食べましょう!』と精霊の口に運び、笑顔の精霊に食べさせて、味を尋ね、分からないと言われて笑い、一緒に食べてくれた感謝と、優しさに頭を下げた。
アティットピンリーは、これは自分のまやかしで本当の姿ではないと教えたが、『一緒に』を実行したことでンウィーサネーティが喜んだので、暫くこうしていようと決めた。
アティットピンリーは、気が付かない。実行したから男が喜んだ、だけではないことなんて。
サネーティも気づかない。偉大な精霊が、自分を想うために姿にまやかしまで掛けたなんて。
でも、互いの心に生まれた感情は、同じ。そして二人共、それは言わなかった。
ティヤーの夜明けに、人々が戻る。ンウィーサネーティは、『サッツァークワンも戻ったかな』と思い出し、精霊は『用事が済んだら見に行こう』と言ってくれた。
*****
そして、ヨライデ―――
山の精霊サミヘニが見届けた、治癒場の出入り。サミヘニは思う。どこへも連れて行かれなかった『ヨライデ王』の存在と、彼とは全く敵対する位置にいる人々のことを。
龍が来るだろう。私に会いに。
ヨライデで終わらせる闇の最後を、断ち切るために。
サミヘニは、地上へ戻された僅かな民に、食べ物を与える。彼らが居る場所に水が届く。彼らが迷う前に、日差しが照らすよう、ささやかな祝福を与えた。
*****
夜明けが来て、太陽が水平線を照らす。波も穏やかになったティヤーでは、人の戻った島の海にだけ、魚が現れた。魚も貝もカニやエビも、その地域にだけ姿を見せる。
相変わらず空に鳥は見えず、陸に動物もいないけれど、川や海岸沿いの草むらに虫も少し出て来た。だがこれは、島に戻った人々しか気づかないくらい、小さな変化。
全部の生き物を保護したヂクチホスが、大っぴらに生物を戻さず、少しだけ戻した理由がある。
集めたのは、そもそも『原初の悪』に生き物を使われると知ったからだった。理由がなくなれば、保護を続けることもない。
『原初の悪』はどうやら身動きを取れない状況にあり、生物が巻き込まれない可能性が高くなった。
だがそれがいつまでか、そこまでは知らない。人が困らない程度に、生物を戻した次第。
海に魚たちが戻ると、ティヤーの民は家畜すらいない今、魚に頼るだろう。
虫が戻ると、畑の花に虫が動いて、実をつけるだろう。
全体的ではなくても、生き物が戻ると人は少しは生活しやすくなるから・・・・・
他の国はどうするかな、とヂクチホスは様子見。
ルオロフと集めた、ティヤー戦中の犬や猫たちに囲まれて、神様は考える。神様の世界は連結すると大変広いので、あちこちに動物やら虫やら鳥やらが賑やかな状態で、離れた海も混雑に近い。
これはこれで楽しい、と神様は眺める。ここにいたら、繁殖の必要もなく、食べる死ぬの限界もない。
いてもいいけどねと思うヂクチホスだが・・・一時避難ということで引き取っただけなので、その内、彼らとも別れる。戻す時期をゆっくり考えることにして、生き物を収容している間、ルオロフにも見せてあげようとそれは決めた。
ヂクチホスにまで届くことがなかった情報『サンキー宅を襲った敵の一件』で、生き物保護の期間を見直すまで、まだ、もう少し―――
お読み頂きありがとうございます。間違えて、一つ先の回を出してしまい、もし読まれた人がいたら申し訳ありませんでした。
まだ数日おきに投稿する不安定が続きますが、どうぞよろしくお願いいたします。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝します。
暑さがつらい時期です。どうぞお体には十分気を付けて、ご自愛ください。
Ichen.




