2869. 旅の四百六十五日目 ~鍛冶屋の剣に女龍の鱗を・ティヤー再現の不要
☆前回までの流れ
報告が終わった夜、イーアンが出かけシャンガマックも出かけ。シャンガマックはバサンダに会い、イーアンはサンキー宅の強化とティヤー回復に動きました。
今回は、夕食後に出発したイーアンの話です。
夕食後。南東の端、ピンレイミ・モアミュー島・・・サンキー宅へ向かったイーアンは、一軒だけポツンと白く灯る家に降り立ち、外から観察。
サンキーの家まで、イーアンが高速飛行で二分くらい。もっと早く飛んでも良かったけれど、大急ぎ・・・でもないと思っていた。ルオロフとタンクラッドは気にしていたが、サンキー宅の白い龍気を見て口端を吊り上げる。
「うん。何ともない」
だよね、と自分を信じる女龍は独り言ち。効力はいつまで持つか分からなかったが、そんなすぐに切れるような対処をしない。少なくともサブパメントゥから守るべく、この結界を張ったのであり。
ちょっと塀の内側を見ると、鱗はきちんと並んだまま刺さっており、それにも頷くイーアン。
「問題、あるわけないのです。意図的に抜こうとしたら、その者はウロコを掴んだ時点で攻撃を受けるんだし。龍気も魔法も、最小限ですよ。省エネ大事」
魔力は龍気を伝うが、イーアン鱗を数十枚使っているので、一応龍気は宿っている。集まっていればそこだけ龍気の密度はあり、これだけでもサブパメントゥは嫌がる。この龍気を使い果たすかどうかは、結界が作動する回数による。
「動いたのは一回。ルオロフが来て、シールド張ったのが一回だものね」
全然平気じゃんと、タンクラッドとルオロフに心で言う。それから、敷地に入ってドアをノック。サンキーさん、と何度か呼びかけ、中で気配が動いたので『私です、イーアンです』と名乗ってから、龍気をボッと出して白く輝く玄関周りを演出。
玄関沿いの壁にある窓に人影が動き、確認しているんだなと分かったイーアンは、龍気を操って龍の姿に変える。キィ、と小さな音を立てて開いた扉の隙間から覗いたおじさんに、イーアンが笑う。
「警戒していますね」
「すみません。だって真っ白なんて・・・でも聖なる光だと分かりました」
ハハハと笑うサンキーが扉を広く開けて、イーアンも龍気を戻す。大丈夫でした?と尋ねる女龍に、サンキーは笑顔で頷くと『イーアンが来て下さるなんて』と頭を下げた。
「もう就寝の時間も近いでしょう。お話はルオロフが報告しましたから、大体分かっているつもりです」
業務的な女龍は単刀直入で、午後の話を切り出し、家に上がったらと招く鍛冶屋に『ここで』と笑顔で地面を指差した。
「壁が揺れて、表に変な奴らが来たとか」
「はい。ルオロフさんに聞いたなら、私が重複するのもアレですから省きますが、魔物かサブパメントゥか分からないんですよ。でも剣が掛かった壁が揺すられた感じでしたから、同じやつらの仕業にも思えまして」
うん、と頷いたイーアンは、さっと塀沿いの鱗を見て『あれを抜くように、って?』と確認。サンキーはそのやりとりを知らないのだが、ルオロフには聞いていたので『何度か言われたみたい』と答えた。
イーアンが側にいるからそこまで恐れはなさそうでも、話題が得体のしれない相手になると、鍛冶屋はやや不安そうに顔を曇らせる。
「イーアン、あなたはご存じかも知れませんが。島の人たちはいつ戻るんでしょう?」
「ん?いえ。私もよく知らないんですよ。ただ、徐々に戻ってくる、それだけは知っていますが」
「そうなんですか・・・ティヤーは魔物が終わったのですよね?」
「はい・・・そう。あなたの胸中の不安が伝わります。魔物はいないけれど、他の脅威について心配されていますね」
イーアンがちょっと気にして先に言うと、サンキーは目を伏せて溜息を吐き、『島の人たちも襲われるのかと思うと』と胸元を掻いて黙る。
口約束は出来ないので、イーアン的にも何と言って良いか悩むところだが、確かに新たな脅威を感じていては気も休まらない。どうしたら良いかしらと少し考え、女龍は―――
「外でお話して帰るつもりでしたが、ちょっと今、剣を見せて頂けますか?」
「はい。勿論、どうぞ上がって下さい」
サンキーは女龍を家に通し、『開けっ放しでも、虫が入ってこないんですよね』と生き物がいないことを呟いた。イーアンは・・・生き物すらいない状況がいつまでかも分からないから、話を戻す。
残った剣の掛かる壁を見せてもらい、『ここが全体的に揺れた』という鍛冶屋に頷いて、それはさておき。
「素晴らしいです」
褒めるイーアンに、サンキーは嬉しそうに微笑み、側に来て剣の説明を簡単に話し出す。イーアンはサンキーの剣について教えてもらい、フムフム聞きながら、この剣だけでも大丈夫そうと思いつつ、一つ提案した。
「剣、私の鱗をどこかに付けることは出来ませんか?」
「鱗をですか?」
「加工して、ちょっと柄に嵌めるとか、目釘頭に張るとか、少しでも良いので」
「・・・え?」
瞬きするサンキーに、イーアンは鱗で強化できるかもしれない可能性を伝え、その効力も話した。魔物に反応して戦う龍の風は、魔物以外でも危険をもたらす相手に挑むだろうと言い、『確実にそうなるよう、私が命じておきます』と保証する。
突拍子もない提案に、鍛冶屋はしどろもどろしていたが、『小さい加工でも良かったら』と提案の意味を理解した。
「イーアンは、島の人たちがこの剣で立ち向かえるように、と。そうですか?」
「そのとおりです。対人間なら、鱗は無反応なのです。相手が危険で人間外なら反応して襲うため、島の人に剣を貸してあげても」
「そうか。万が一、剣を持った人が人間に切りかかっても、それは・・・変な話、剣を振り回しているだけで、もしもサブパメントゥやおかしなものが相手なら、龍の風が現れて加勢してくれるんですね」
そうなるでしょうと、大きく頷いたイーアンに、サンキーも壁に顔を向け、剣の一本一本、どこに鱗を付けられるかすぐ考える。それで『やってみます』と返事。
「サンキーさんの家にも、また結界を張りますけれどね。とりあえず、お手持ちの武器も強化する方向で行けば、島の人たちも安心でしょう」
イーアンは尻尾を出して、鱗をぺりぺり剥がし、痛くないんですか?と心配するサンキーに笑って、数枚の鱗を渡す。
「大丈夫です、痛くないの。ご心配ありがとう。では、これを・・・って、切れるわよね?」
渡した後で、一般の刃物でカットできるのかどうかに気づき、サンキーに試してもらう。危なかった、切れない(※刃が立たない)、と分かり、イーアンが龍の爪でカットする。
「恐らく、やすり掛けも無理でしょうから、適した形と大きさにしましょう」
「すみません、お手数取らせて」
いえいえ、龍の鱗だから仕方ない(?)と気にしないよう言い、サンキーの要望に合わせて、イーアンは鱗をカット。ちまちまと小さく分けながら、ふと思いついて『これも使えたらどうぞ』と翼を出し、驚く鍛冶屋に翼から剥がれた膜をちょこっとあげた。
「こ、こんな、貴重な!お金を」
「お金なんて不要ですよ、売り物ではないんだし」
膜はハサミで切れますので、と普通に言う女龍に恐縮し、サンキーは女龍の翼の膜の効果も教えてもらい、ひれ伏す勢いで頭を下げて礼を言った。
カラカラ笑うイーアンが『使えるだけ使って、安全を守って下さい』と頼み、これにて用事は終わり、おいとまする。
おいとま前に、小さくカットした鱗にも命令の魔法をかけて完了。一度二度なら戦ってくれる。定めた相手に攻撃するよう命じ、鱗に薄紫と金の粒子が滑り込んだ。
こんなすごい剣を、島の人に貸すなんて嫌だと、本音を漏らすサンキーにまた笑い、肩をポンと叩いて『何回も使えないのでそれは覚えておいて下さい』と消耗品である念を押し、勿体ながらないで・・・と外へ出る。
表で結界を張り直し、家を囲う鱗の列に龍気を流す。暗い夜にさーっと輝く白い帯が走り、一周して戻った龍気が、塀入り口で白い龍二頭の影をとって立ち上がる。イーアンは左右の龍を見上げて微笑み『頼みますよ』と後を任せて浮上する。サンキーは、豪華な強化にひたすら感謝。
「では、サンキーさん。またタンクラッドが来るでしょうから。どうぞお気をつけてね。何かあっても、私の鱗で撃退して」
「有難うございました!頑張ります!」
空へ上がる白い光から降ってきた挨拶に、鍛冶屋は手を振ってお別れする。またね~・・・イーアンも手を振って、彼の無事を祈り、ピンレイミ・モアミュー島を出発。次は、イング。
*****
「イング、お願いできますか」
「そのつもりだ。ここでは、前みたいに龍で吼えないんだな(※2413話参照)」
前――― アイエラダハッド決戦後、イーアンが白い龍に変わり、魔物の終わりを告げる咆哮の時間をイングは思い出し、イーアンも頷く。
「ティヤーは人がほぼいません。終了の合図は、鐘が鳴りましたし」
「人が居なくても、か。再現を望む」
微笑んだ女龍に腕を差し出し、青紫のダルナの腕にイーアンが手を乗せて『一緒に』とティヤーの空を飛ぶ。
ティヤー開戦では『大きい島以外』を選択して再現したが(※2464話参照)、決戦後は全部を対象にし、使う魔力が多くても出来る限り、生活が立て直せるように再現を・・・しようと決めたイングだったが。
「あれは」
「・・・ええ」
「やらなくていいんじゃないか」
「そう、見えます」
出発した時間は夜空で暗いけれど、イーアンも見える地上の光。それは小さな精霊が集まる時の明かりに似ており、精霊が動いているのかと目を皿にした。
「精霊だろうな。感じ取れるのは精霊の気配。それと。あまり強くない」
控えめな表現で真下を見たイングは、そのまま視線を周辺の海に走らせ、少し離れた島影に目を留めるとしばらく見つめてから『あっちもだな』と指差した。
「あっちも?」
「ちょっと、何もしないで回ってみるか」
回るだけ回って様子を見て、必要な場所は動くことにし、精霊の邪魔をせずに二人は他の状態を見に行く。イーアンには何をしているのか分からないが、イングは細かく感じているらしく、壊れた海岸や道を直していたり、畑や漁場に力が注がれており、『人間の生活を守っている』と判断。
「だが家屋云々は手付かず、かもな」
道を直すのは、陥没や倒壊物による遮断の対処、という意味だと教えてもらったイーアンは、それなら井戸や水場も直されているだろうかと気にしたところ、青紫のダルナは『直しているな』と即答した。
つまり、ライフラインを整えてくれている―――
「精霊が手を出す範囲でもあるんだろう。家だ何だになると、精霊が再現するのも違う気がする」
「あなたは再現して下さるけど、仰りたいことは分かります」
頷くダルナに、イーアンもそういうものかなと思う。ドラゴンって・・・人の欲望に合わせた望みを叶えてくれる存在、として描かれることが多く、即ち再現魔法も人間寄りの『痒い所に手が届く』感じなのだ。
でもこの世界の精霊の場合は、もっと根源的な感覚が強く、生き死にに要不要を分け、『要』と判断したことを救う印象。
同じ精霊であれ、世界が違うとこなすことも違う。解釈も異なる。イングたちは人間寄りの認識で魔法を使うが、こちらの精霊は『生命を守るにそぐなう』なら、力を貸す。
どうも全体をそうしているのか、サンキーの家を出てからずっと、あちこち見ているのだけど、どこもかしこも小さな明かりが点々と灯り、女龍とダルナはただの夜間飛行を続け、日付が変わった。
イングは魔力をギリギリまで使う予定だったし、イーアンも龍気の小石を空に返却する前で、何か手伝うならとあれこれ考えていたが、今日のティヤーには何にも必要なかった。
暫く巡って、言葉もぽつぽつと交わす程度。同じことしか言わなくなった二人は、ただ、ゆったりと夜の空を飛び、下方を見た顔を上げず、全土で回復を行われている現実を目に焼き付ける。
邪魔されることもなく、邪魔することもなく。こんな穏やかな決戦後は初めてだ、とイーアンはぼんやり思う。
静かな空に吹く風、風に押される波の音、それ以外は何も聞こえない。
「原始の世界というのが・・・地球には、ありましたが」
ふと口を衝いた印象。女龍を腕に座らせたイングが顔を見て、目が合う。『この世界には原始時代はなさそうだな』と返した言葉に頷いて、イーアンは思ったことを伝えた。
「今がそんな風に見えます。生き物が少なくて、人も当然いなくて・・・誰も目にすることがない、精霊の動きがこんなに自由で」
「そうだな。俺もこの前、原始のようだと思った。地球の原始の世界は、こんな感じだったかもしれない」
精霊がどこにでもいる状態の世界、と続けたダルナは、地球の原始時代など見てはいないけれど、多くの情報を知る。イーアンも同意して、また海と島に顔を向けると『ここに、命が生まれるんですね』と呟いた。
イーアンは、海から命が生まれたことを思い出す。
日付変更後の時刻、夜の空をダルナとゆっくり回る時間に、地上に灯る精霊の小さな光を眺めながら、深海を想像した。
よく、ネイチャー系のテレビ番組でやっていた。海から命が生まれる場面で、海藻やプランクトンなど、人が普段は気にしない小さな存在から始まるのだ。カメラアングルは深海を動く微小な生き物に合わせて動き、すぐに少し大きな生き物に焦点が当たり、それから肉や骨を持つ生き物たちへ、視聴者のビジョンを誘導する。
深海はあっという間に遠ざかり、陽光を透かす海面下の美しく鮮やかな緑や青色が、画面いっぱいに広がり、勢い良く動く魚や、生命力溢れる弱肉強食のダイナミックな場面に変わるのだ。生命とはこうなんだよ・・・と視覚で刷り込まれた。
ティヤーの海も、地球の海と同じなのか。この世界にはそもそも、進化の段階がないだろう。今はそう思う。
でも、今日から始まるティヤーの・・・いや、世界中の海と大地は、進化を育んだ地球の最初と、少し似ている位置にある気がした。
「もしかすると、建物の崩壊を直さないのは、『知恵』の封印も手つかずにする気かも知れない」
不意にイングが話しかけ、『ティヤーにばら撒かれた禁断の知恵』に、穏やかな想像は吹っ飛ぶ。言われてみればそういう線もある、と頷く女龍に、ダルナは『このままが良いだろう』と下を見て、手を出さないことを伝えた。
「一般の人たちの住まいと、知恵を隠し続けた修道院や教会は違うにせよ」
「だろうな。精霊としては、その辺の線引きに曖昧で良いんだろう。戻ってくるのは所謂、善人だ。その中に神殿関係者がいたとしても、それは無害な枠に収まっているだろうしな」
うん、とイングに頷いたイーアンは、夜空から見下ろすティヤーの小さな光に、『精霊が決めたこと』を感じて、そうであればと尊重する。
「帰りましょうか」
「・・・お前を船に戻すが、他に用事は」
『ありません』と答えた女龍は、イングはどうするのかを尋ね、彼は『俺は魔力の回復へ』と答えるや、瞬間移動でアネィヨーハンに到着した。
「じゃあな。少し時間がかかるかも知れない」
「はい。呼ばないで待ちます。お疲れさまでした。本当に助かりました・・・あ、人型動力を操った堕天使の」
「あいつか。話でもあるのか」
「お礼を言っていませんから。会えたらお礼を言いたいです」
イングは了解し・・・いつもの高貴な花の香りを残して、風に消えた。
この花の香りは、永遠に魂に刻まれそうだなと、イーアンはふんわり漂う豊かで麗しい香りに微笑み、船へ入る。
遅い時間だから、物質置換で自室に入り、ベッドに眠る伴侶の体の形を見て嬉しくなる。久しぶりに、ドルドレンが眠っている姿を見た。起こさないよう、そーっとクロークを外して靴を脱ぎ、音を立てないようにベッドの空いているところに横になった。
ドルドレンはこういう時、よく目を覚ますのだが、よほど疲れて・・・当たり前だが、数日間ぶっ続けで動き回ったため、しっかり熟睡。ポルトカリフティグが離れず守っていてくれたおかげで、伴侶は傷一つないが、その分、神経は使っただろう。彼は寝息も聞こえないほど深い眠りに就いていた。
お休みなさいと心で挨拶し、イーアンもドルドレンに触れないよう気を遣い、目を閉じる。私も眠くて・・・引き込まれるように、女龍も眠りに落ち、短い睡眠へ。
お読みいただきありがとうございます。
左腕の傷が治りにくく、キーボードを片手で打つので進みが遅いため、連日投稿に切り替えるまでもう少しかかると思います。ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
毎日暑くて、台風も来ますし、どうぞ皆さんお体に気を付けてください。
いつもいらしてくださる皆さんに心から感謝しています。ありがとうございます。
Ichen.




