2867. 四日目の夜 ~④十二の面完成・ミレイオ帰船
☆前回までの流れ
決戦終了後、船に集まった8人、イーアン・ドルドレン・シャンガマック・ホーミット・タンクラッド・オーリン・ロゼール・ルオロフはそれぞれ報告。イーアンが受け取ったヤロペウクの話で、決戦終了後に人々が治癒場から戻されると聞き、夜にシャンガマックは獅子と出かけました。バサンダが戻ったかもしれないと思って。
今回はテイワグナから始まります。
※明日からもまた休みます。事情は後書きに載せます。申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。
シャンガマックは獅子と共に、夕食後はテイワグナ入り―――
狭間空間を抜けるのを常識にせず、シャンガマックが頼んだダルナで向かい、山間の町カロッカンに着いたのは出発してから数十分後だった。
瞬間移動の出来るダルナであれ、彼らも魔力をたくさん使った後。一っ飛びではなく、少し飛んでは瞬間移動でちょっと遠めに移動して、また飛んで・・・を繰り返す。
そうして移動する、とは聞いていたシャンガマックだが、目の当たりにするとダルナも疲れているのだとしみじみ思い、行きの道だけお願いすることにして、到着したら戻ってもらった。
「帰りはサブパメントゥを抜ける気か?」
林道を下がる坂で、横を歩く獅子に聞かれ、シャンガマックはうーんと唸る。
「それも今は危ないんだよね?」
「危ないわけじゃないだろうが、荒れていそうだな」
「・・・狭間空間も、しょっちゅうは」
そりゃそうだ、と息子の言葉に被せ、獅子と息子は目が合う。工房が見えて足を止め、『帰りどうする』から、無難に『一旦、ファニバスクワンの元へ戻ろう』と決まった。
「ファニバスクワンに呼びかけて、水の奥から移動すれば早いな」
「利用みたいに思われそうだけど、仕方ないね。距離があるし」
「利用って言うな。聞かれたら誤解される」
ぴしっと注意され、シャンガマックも口を閉じて頷く。拘束中の身柄は・・・考えてみたら、そろそろ解放かもしれないのだが。
なぜなら、決戦前に行っていた仕事は『拘束期間短縮と引き換え』で、約束が果たされたら、ファニバスクワンとは離れるわけで。つまり、自由。つまり、頼れない(※今は困る)。
まだ解放はされないだろ、今すぐだとちょっとね、と二人は都合を考えながら、『拘束中だし頼ろう』の感覚で帰りの手段については話を終える。
伝統面の店前まで来て、獅子は『俺も行く』と言い、シャンガマックも同意。珍しいと思ったが、往復してくれたヨーマイテスなりに責任を持ってくれているのだと理解する。
「暗いけれど、まだ戻っていないのかな」
「どうだかな・・・俺はあいつの気配を感じるが」
「じゃ、バサンダは一番手で戻った可能性もあるか。他の人間の気配ではない?」
違うな、と獅子は呟き・・・何を感じ取ったか『あいつ』と言いかけて黙る。
獅子は、『工房裏に回る』と先を歩いてシャンガマックも後ろに続く。二人は店の脇から中庭、中庭向かいの工房角で、扉の閉まっている台所から薄暗い屋内をまず覗く。
人がいる様子はないが、作業中のバサンダがいる部屋は台所よりも奥だから、裏山側に向く作業部屋の窓へ進んだ。シャンガマックはここで、窓をぼんやりと照らすランタンの炎を室内に確認。
「いる。ランタンをつけたということは」
「ちょっと待てよ。俺が入ってからお前を呼ぶ」
ぼんやり具合に獅子は警戒した様子で、シャンガマックに見ているよう言うと、壁の影に溶けて室内にするっと移動した。曇りガラスの窓越しだと、大きなヨーマイテスの輪郭もぼやけていて、シャンガマックは背を逸らし、窓枠に嵌るガラスをサッと見る。
室内から見たことは何度かあり、こんなにくすんでいたか?と怪訝に思う。
中は、暗いとはいえランタンの橙色が灯り、夜の屋外から見てこれほど見えにくいとはおかしい・・・そう思った時、屋内がスッと明度を上げた。
正確には、曇りが消えて透き通った明るさで、おや?と一歩下がると、獅子の体が半分、壁の影から出て来て『掴まれ』と頭を揺らした。ガラスが・・・と思いつつ鬣に手を置き、状況を尋ねる。
「バサンダは」
「起きた」
起きた?短い返事と共に、シャンガマックも影をすり抜けて中へ入る。侵入者のようだ、と少々申し訳なく思うも束の間。作業台に突っ伏した男に目を丸くし、慌てて駆け寄った。
「バサンダ!バサンダしっかりし」
「バニザット。起きたと言ったろ?慌てるな」
「う・・・うぐ・・・ 」
獅子に止められると同時、面師の呻きが漏れて、台に乗った頭が傾く。覗き込むシャンガマックは、落ち着けと言われても落ち着けるはずもなく、面師の肩に手を置いて『大丈夫か』と声をかけ、彼の顔に面が付いていないことに気づいた。
「あ。そう言えば。なぜ素顔なんだ。いつもは木製の・・・ 」
「俺が外した」
外したと言う割に、木製の面はどこにもない。
獅子は息子の袖を少し噛んで引っ張り、不安そうな彼に『もう目が覚めるから』と、もう一回、落ち着くように言い聞かせた。
少し待っていると、呻いては黙りを繰り返した数回目、バサンダはようやく瞼を開ける。何度も何度も、作業台に額を擦り付けるように左右に顔を傾けていたが、その辛そうな表情にひやひやしたシャンガマックは、彼の目が開くや否や、横に膝をつき、下から覗いた。
「バサンダ!俺だ、シャンガマックだ。大丈夫か」
獅子は、息子らしい態度に『そんなにしないでも』と眉根を寄せるが、褐色の騎士を間近に見たバサンダは、すぐにハッとして『あ!』と一声、同時に突っ伏していた体を起こす。
「シャ、シャンガマック!え?お父さんも・・・ あ、あの、いつ」
「今、だ。会いに来たんだ。もう戻ったとは、良かったが。しかし急ぎにもほどがあるぞ。疲れ切ってい」
いるだろうに、を言い終わる前に、瞬きしたバサンダはポカンとして首を横に振った。
「戻った?・・・それは、どこからですか?」
今度はシャンガマックが固まる。さっと獅子を振り向くと、獅子は察していたように少し頷いて面師を見た。
「お前は、連れて行かれなかったんだな」
え?と強張るシャンガマック。開いた口をそのままに呆然としている面師。
彼の作業台には、面が十二個並び、最後の面を包むように置いていた両手を、バサンダはそっと浮かせ、じっと面を見つめて呟いた。
「・・・完了しました」
*****
白い面、ウースリコゼ・オケアーニャ。
赤い面、エグズキ・ルーマガリア。
紫の面、イッサ・リールバナラ・エゴア。
茶色の面、ルレッ・コエマロア。
緑色の面、エズタリ・ベードゥナストゥス。
黄色の面、ルーマ・アーギガリアック。
橙色の面、ベロータスナエータ・ガラペナ。
青色の面、ビアリ・ウディンナリベギーナ。
灰色の面、オデイ・エロルコーラク。
金色の面、ディスティラアマイガベレ・ポサ。
銀色の面、イッソスゼェツ・テタ。
黒い面、イカツベルタ。
「・・・です」
呼び名を教え、作業台の反対側にある小机に載せた、絵の入った箱を指差し、バサンダは『以前、見て頂いた絵と並べて下さっても』と言った。声はか細く、シャンガマックは呆然と彼の作品を見つめ、首を横に振る。
「本当に、こなしてしまった」
シャンガマックが六個の面を確認し、もう七つめの面を作るかと魂消た日から(※2794話参照)、十日・・・今日は十日目で、初老の面師は命を削る没入により、十二の面を作り上げた。
思い出すと、第一作目の進捗を聞いたのは、今日から40日前である(※2739話参照)。
彼はここから制作が加速する予告をし、『二ヶ月かからない』と豪語した。そう、豪語に聴こえたのだが―――
「予告を縮めるとは・・・!」
圧巻の作品、十二個が作業台に揃い、シャンガマックは驚異の瞬間に舌を巻く。何度も、面師と面を交互に見ては、『信じられない』とそれしか出てこない。バサンダはゆっくりと、力が抜けた顔で作品を眺めて微笑んだ。
頬骨が影を作り、目元は落ちくぼみ、肌の色に赤みはなく、瞬きも呼吸も億劫そうな面師は、静かな息切れの合間でシャンガマックに、確認のようにして尋ねる。
「約束は守れましたか」
「もちろんだ。あなたって人は・・・ 」
素晴らしい、よくここまで、と言葉にならない褐色の騎士は、どうぞと面師に渡された最後の『黒面』に腕を出すも、緊張で両手が震える。
異質なんてものではない、その黒は他の十一の面と全く異なり、素っ気ないほど飾りも凹凸もないのに、有無を言わさぬ圧力と気迫が籠っていた。
重ね塗りでこんな深みが出るのだろうかと思うほど、奥行きを感じさせる黒一色。
顔の上部を隠す形状なので、口元はないのだが、なぜか引き結んだ口が見えるような気がした。目は孔であり、無表情、無期待を思わせる。だとしても、虚空の空しさではなく、到着した家のような大らかな印象を受けた。
「これが、黒か」
「はい。最後の面です」
艶を帯びる表面のすぐ下は、光とは関係しない透明感の深さ。そして、僅かな斑もない呑み込む黒が、下地に広がる。
「すごい。こんな面が存在するのか」
疲れ切ったバサンダは、ふっと小さく息を吐いて、吸い込み、弱々しく微笑むだけ。称賛に対して喜ぶ気力すら使い切った面師に、獅子は息子の腰を鼻で突いて振り向かせ、『水をやれ』と面師に与えるよう促した。
ハッとして迂闊を謝るシャンガマックが、急いで精霊の水を面師に飲ませると、バサンダの顔色は生気に満ちた。ふーっと大きく息を吐いて、漲る力に感謝の笑みを浮かべる。
「助かりました・・・お父さん、有難うございました。もしや、私が使っていたお面を」
バサンダは、水をくれた騎士ではなく、なぜか獅子に礼を言ってから質問を途中で切り、獅子は『そうだ』と即答。
壊したことを口にはしないが、バサンダは少し目を伏せてそれを察し『有難うございました』ともう一度礼を口にする。今度は、獅子が確認。
「何度か死にかけたな?」
「・・・どうでしょうか」
「まぁ、良い。何でも存在した以上は、いつか終わる時が来るもんだ」
やり取りを聞いていたシャンガマックも、ヨーマイテスが木製面を壊したと分かり、何となく責任を感じたが・・・ちらっと見た碧の目が『時間が抜け続けていた』と呟いて、危険の手前だったのかと理解した。眉根を寄せた息子に、獅子は分かっている情報を付け加えてやる。
「バサンダの体は、一~二年先まで年を食っただろうな」
「そ、そうか・・・ダルナもそう話していたけれど。やはり」
「終わったことだ」
バサンダも分かっていて挑んだ。シャンガマックも知っていた。
だが、この世界の大きな乱れが起きてそれに乗じて、加速する時間はバサンダを吸う渦に変わったようで、獅子は彼を縛る『時』を解いていた。すなわち、木製面を壊した、という。
初老の面師は、またも命を救われた状況。でも危険に乗り出したとはいえ、役目を果たせたことから、消された面に黙祷を捧げた。騎士と獅子もしばしの沈黙。
十二の面を輝かせる穏やかなランタンの光に、シャンガマックは、ふと、なぜランタンは消えなかったのだろう?と疑問に思った。バサンダの時間が早送りされていたのに。
「もう消える頃だ」
息子の心を読む獅子が、彼の視線の先の明かりを見て教える。振り向いたのは、シャンガマックもバサンダも同じ。獅子の説明では、バサンダから精気が流れて炎の燃料になっていたようで、二人は驚愕した。
心配する褐色の騎士に、『仕事はこれで済んだので』と安心してもらい、バサンダはランタンの扉を開け、少しずつ小さくなる炎の下に置いた器を見た。獅子の言う通り、油はとっくになく乾き切っている。
芯の先に揺らぐ炎が、まだ自分の精気の名残かと思うと、何とも言えない気持ちになり、すぐに近くの油を注いだ。
「ところで、だ。話を戻すぞ。お前は連れて行かれなかったんだな」
「・・・その様ですね。自覚がないですが。ということは、ニーファたちは」
先ほどからそれも気になっていたバサンダは、獅子の質問で暗い表に顔を向ける。自分はなぜか残ってしまい、ニーファや町の人たちは連れて行かれたのか。
「少しずつ戻されると、話に聞いている。誰がいつ、とは不明だが」
シャンガマックが気を遣い、バサンダは頷いた。ニーファが心配だが、自分が残った理由もよく分からず、とは言え、何が出来るわけでもなく、彼らが戻ってくるのを待つのみ、とそれは理解する。
「それと。思い出したが、大事なことだ。食料がしばらく不足するだろう。生き物がいないのも、いつまで続くか決まっていないらしい」
「そんな情報まで知っているんですね。それが分かっただけでも違います。野菜は、畑にありますから」
穀物もあるし、とバサンダが答えて、シャンガマックもちょっと安心。重大な任務もだが、日常が失われては任務も何もない。『最低限の安全』には食料も含まれると考える騎士は、とりあえず押さえるところは押さえてから・・・ 首の裏に手を当てて息をスーッと吸い込み、国宝級の作品群を見つめて三秒。
「ふーむ。次は、この面をティヤーに運ぶことだな」
*****
運ぶと言ったって、ニダが戻らないと無理な話。
ニダは?と聞く面師に、ニダも戻り待ちだと答え、今夜は終了する。これ以上、話すことが今はないだろと獅子が切り上げ、二人も頷いた。
またすぐ来ると約束し、面師の無事を祈り、結界を一応張ってから、騎士と獅子は工房を出る。
彼らはこの後、水辺に移動し、予定通りファニバスクワンに呼びかけて水中に入れてもらい・・・
この少し前。ミレイオも、船に戻った。食堂から皆が部屋へ引っ込んだくらいの時間。
「クフムのことは話しておきたいけど。ヨライデに面倒が結構残っていることって。まだよね・・・?」
ヤロペウクになぜか伝言を託された、『ヨライデにいる異界の思念が入り込んだ者たち』について、ミレイオは仲間に話すのをいつにしようかと、自室で少し考えていた。
お読み頂き有難うございます。
間が開き過ぎるのが気になって、一話だけ今日は投稿しました。だけど、明日からもまた休みます。
先週の半ばから急に炎症が始まり、腫れた皮膚が割れて液が垂れ、両腕と顔面がずっと炎症状態でこれまでと異なり長引いています。
数年前にステロイドをやめたリバウンドの症状と似ており、ここまでひどく長引くのは久しぶりなのですが、専用の薬もないので、動かすだけで皮膚が切れる毎日でも、とにかく腫れが引かない内は耐えるしかない状態にいます。
この文章も変だったらごめんなさい。腫れが引いたら改めて、見直します。
8月からは、と思っていたのに、間が開くのをすまなく思います。どうぞよろしくお願いいたします。
Ichen.




