2862. 魔物と死霊の要 ~⑥魔導士静観、ショショウィの指輪・ヤロペウクからの予告・白い筒連動と檻完了、終了合図
魔導士とラファルが任された『念』の片付けは、何だったのかと・・・ 魔導士はそう思わない。
ティヤーの小屋で、今回、静観を選んだ魔導士バニザットは、ラファルを休ませる日々を重視し、魔法陣に映る情勢を見ていた。
自分たちが動かない間に、『念』憑きの人間を、他の者たちが倒しており、バニザットはふーむと顎髭を撫でながら、出て行った方が良いか放っておこうかを考え、早三日が経つ。
「ティヤーはな、そりゃ、出くわすのがイーアンたちだ。と言っても、イーアンはもっとデカいのを相手にしてて、降りてこないから『念』退治は他の仲間だろう。
外国のが・・・どこの誰だか。俺も外国に散った分はこれからと思っていたが、俺より先に片づけに行ったやつの動きが良いな」
大きい力が動いている――
ティヤー以外を巡るつもりのようで、ティヤーからテイワグナ端、西へ進んで内陸、点々と進む移動に無駄がないまま、テイワグナを一周してハイザンジェル。ハイザンジェルはさほど『念』がいなかったか、間もなくしてアイエラダハッド南部。
「精霊じゃないけどな。人間でもない。龍族でも、サブパメントゥでも、まして妖精も違う。俺のような半端な魂ともわけが違いそうだ。こいつは誰だ」
正体不明で、魔法陣にも特徴が出ない。
何となくだが思い当たる存在はいる。にしても、こんなに積極的な動きを取る印象はなく、別の誰かかと想像する。
とにかくこの何者かが、世界に散った『念』を追いかけて消す行為は、こちらの味方であるに違いなく・・・ そして、どうも全部を虱潰しに消す気もなさそうな―― ヨライデに入国しない避け方を見ると、事情や目論見ありで動いている気もするので、今はこの何者かの『残り』を確認するぐらい。
ラファルと引っ込んだ、アスクンス・タイネレの後。
小屋へ戻ったが、いつもなら来るリリューがしばらく来ていないのもあり、魔導士はラファルの安全のため、出かけるのをやめた。
色んなことが片付いて、色んなことが様々な方向から意表をつく。何が起きるか見当のつかない、ティヤー戦。粘土板だ何だかんだ、前置きからして魔物退治だけで済まないくらい分かっていたため、ラファルを一人にするには気が進まず、一緒にいることを選んだ。
出かけないとなると、魔力の補充だけが懸念だが、タンクラッドから指輪を取り上げたので、ショショウィに通じる指輪は、『ここに在る』。人差し指に嵌まる骨製指輪を、親指で撫でた。
「タンクラッドは、一人戦うこともあるんだよな。ダルナ(※トゥ)も主人を鍛えてやってるんだろう。いい機会だった」
―――魔導士は、トゥとタンクラッドが別々に魔物を倒している時、さっと用事だけ伝え、タンクラッドが戸惑いつつも指輪を渡したので、受け取ってすぐに戻れた。
「ホーミットがくれたから渡せないだ何だと・・・バカ。俺があいつに渡したんだ(※979話参照~生前)。元は、俺が持ち主だ。それも教えて、『ショショウィがお前が来ないと嘆いていた』と言ったら、あっさり渡しやがって。それもどうなんだ」
とりあえず、その日の内に呼び出したショショウィには事情を話し、今や魔導士に馴染んだ(※毎晩来るから)ヤマネコは、魔導士についた。
ショショウィの力は、山にいる本体でないと発揮できない。
そこは魔導士の融通で近い疑似状態を作ってやり、呼び出した一回り小さいショショウィに『獣』を与え、諸小委が変換した命の力を貰うことに成功。
この『獣』も、実のところは本物の動物ではなく、植物を代用に魔法で状態だけいじって用いた。命は命、これは通用した。
少々、利きは控えめだが質は同じで、一日分回復には物足りないものの、まずまずの魔力回復。
「俺は天才だからな(※自覚)。まぁ、ちょっとの無理はあるにせよ、精霊とこじれる違反はしていないし、俺の存在を維持するにショショウィが必要なことは承知だろうから、問題はないはずだ」
決戦が終わって、周囲も次の段取りに入ったら、今までのようにテイワグナの森へ行くだけの話。今は身動きが難しいため、ショショウィ呼び出しに頼る。
「ってことだからな。どこかの誰か。お前に俺の事情なんざ、知られるわけにもいかないが、俺が出かけなくて済むよう、もうちょっと『念』の掃除を頼むぞ」
金色の糸を織りなす魔法陣にそう言って、バニザットは片手を金の円盤の上に掲げる。魔法陣で動く何者かの追跡を、引き続き可能にして・・・ ラファルの様子を見に行った。
「始まってからもう三日だろう?終わりそうか?」
居間で煙草を吸っていたラファルが振り向き、気にしているらしく尋ねる。魔導士も煙草を出し、一服。煙をスーッと唇から上らせて、首を傾げた。
「三日、ってのも。分かってるのは俺たちくらいだ。他の連中は『長い一日』を過ごしていて・・・体力と気力の限界が来たら、それで終了かもな」
返答は素っ気ない内容であれ、そうかーと頷くラファルの横、窓の向こうに広がる青空に視線を向けた魔導士は、今回も女龍が・・・力を出し切って墜落するんじゃないかと、それは心配だった。
*****
心配されている女龍は・・・そして、正体不明の誰かは、と言うと。
「あ。ヤロペウク」
少し前、イヌァエル・テレンから戻ったイーアンが最初に会ったのが十人目の仲間ヤロペウクで、彼は空に浮いていた。夏空に似合わない、極寒の服装。彼は着替えないのかとやや過ったイーアンだが、そこはどうでもいい。
ヤロペウクは女龍に一度だけ手招きし、呼ばれなくても用事だろうから行きますよと・・・側へ行った女龍は、この男が現れる時の特別を思った。
向かい合うイーアンに、ヤロペウクは教える。自分は、ティヤー以外に飛んだ『人を蝕む異界の思念』を壊していることを。
これに頷きながら『私も気になっていた』とイーアンは答え、ヤロペウクは少し先の島影を見た。島影の先には、大きな薄青い鳥籠状の『檻』・・・だが、それはヤロペウクに見える時間差の残像で、もうシュンディーンが対処した後のもの。イーアンには、見えない。
「ティヤーに出た古代檻も、そろそろ消える。ティヤーを逃れたサブパメントゥは、別の国の龍気筒で退散するだろう」
「龍気筒?白い筒のことですか」
「それだ。お前の仲間が今、対処している」
え、と目を瞬かせたイーアンだが、口は挟まず頷いて話しの続きを促す。ヤロペウクは、少し彼女を見てから、『力が戻っているな』と関係ないことを言った。
「は、はぁ。ええと、さっき補充したから」
「それなら良い。地上と地上の空まで、時間が狂っている。大陸の扉が開いたために」
「時間・・・それ、もしかして」
「大陸の扉が閉じてから、もうじき四日目になる。今夜が来たら、それは四日目の夜だ」
「そんな速さで、一日一日が過ぎていたのですか。まだ午後だと思っていました」
「この狂いを、龍族の大量の破壊が、正す。時間の乱れが終わったら、魔物の漏れも終わる。漏れが止まって、『終了』を告げる鐘が鳴ったら」
「終了の鐘」
「治癒場の人間が出てくる。一度にではなく、最初の一陣だ。徐々に戻される」
「治癒場の人たちが?」
「どこに戻るかは決まっていないはずだ。お前たちも休まなければならない。出された人間を探すことはない」
探して世話をするなと釘刺されたように聞こえ、イーアンは目を逸らしてごにょごにょと、思っていたことを話す。
「・・・あの。でも。戻った人たちの。ヤロペウクには関係ないかもしれませんが、状況って」
「精霊から、何かしら告げられているものだ」
「私・・・異界の精霊のダルナたちと、戻る人々の衣食住を最低限、整えたいと考えていました」
「それは、イーアンの好きにしろ。ただ、精霊が無暗に連れ去った挙句に野放しにすると思うな、それを俺は伝えた」
「あ、はい。思わないです。分かりました」
会話が途切れる。精霊は、匿った人たちが生きていく方法や環境の状態を、何かの形で守ってくれるのかも、と理解する。これが分かっただけで少し安堵した。
「その、それと」
ヤロペウクに言うのも違うかな、とこういう時はいつも引け腰になりがちだが、ヤロペウクは女龍を見つめ『話してみろ』と静かに聞く。
イーアンは、十二の面の話を少し教えた。そういう動きも予定にあるのですと言う女龍に、ヤロペウクは高い背を屈め、女龍の側に頭を寄せ、目線に合わせた。
「俺は、休めと言ったが。何もするなとは言っていない。お前たちが時の狂いで、数日と知らずに動き続けている。だから倒れる前に休めという意味だ。
そして、お前は女龍なのに俺に許可を求めるな。俺を恐れるな」
「・・・はい」
実は優しい人だと分かるけれど、ヤロペウクは掴みにくいので、言われるままに頷く。
そんな女龍の固まる顔に、ヤロペウクが少し笑って白い角と頭を撫でた。前も、お父さんみたいにこうして私を撫でたな、と・・・イーアンは大きな相手を見上げる(※2169話参照)。
「俺は教える立場にいない。導きを置いて、気づく方角を示すだけ」
「ヤロペウクは、いろいろ教えて下さっています」
白い角に置いた手を離し、ヤロペウクはまた少し微笑むと『またな』と呟いた。イーアンは見送ろうと思ったが、真後ろでボッと鳴った派手な音に思わず振り向き、はたとヤロペウクを見るともういなかった。
「あなたは、私たちを外側から守っているのですね」
不思議な仲間のいなくなった空中に独り言を落とし、下方で開いた時空の亀裂にイーアンは急いだ。『終了の鐘』って何だろう―― 聞きそびれたと、思いながら。
*****
ヤロペウクが、ティヤー以外の国に散った『念』憑きを探し出しては、その生命を止める間に・・・
タムズとファドゥは、テイワグナで連動を一つ、アイエラダハッドで二つ対処し、ヨライデ沖に続いた最後の連動を、交代したニヌルタとシムが対処した。
ヨライデ沖は、アスクンス・タイネレから遠かったが、ティヤーの海域の一部に近く、ここで二連発。
合計五回起きた白い筒の連続は、規模も大きく、直線で結ぶと世界を斜めに結び一周した具合だった。
ティヤー東の治癒場で生じた白い筒を始まりとし、アスクンス・タイネレ付近で起きた二つの連動(※2840,2846話参照)も合わせ、八回。
内五回は間がなかったので、連続の影響で二次的に崩壊した地も多かったが、ビルガメスの踏んだ通り、あちこちに開いて止まらなかった時空の亀裂も、この連発を受けて、全て、世界から消滅―――
そして少し早く、『精霊の檻』の片付けを完了したシュンディーンが、最後の檻を出た時。
「バニザット、終わりだ」
「終わった」
はーはー、肩で息する褐色の騎士は、ファニバスクワンの絵が光を静めるのを見て、獅子に振り向いて答える。離れたところから金茶の獅子が歩いて来て、剣の柄に両手を置き前かがみになる息子に、座るよう労った。
ふーっと、大きく息を吐いて、シャンガマックは空を見上げる。夕空は赤黒く、午後の日差しから急激に夜に変わりそうな色だった。
「長かった気がするよ」
「そうだな。よく持った。腹は減ったか」
「え?ああ、ハハハ。大丈夫だ。そういう意味じゃない」
ヨーマイテスが一緒にいてくれたから頑張れた、と片腕を伸ばしたシャンガマックは獅子の鬣を撫で、獅子は息子の横に寝そべる。風の生臭さは取れ、邪悪な気配もすっかりない。
昼頃に潰した亀裂は序の口で、海を渡って上がって来るわ、どこからかまた湧くわで、死霊まがいの魔物は引っ切り無しだった。少し途切れたと思っても、しつこく再発するだけで、ヨーマイテスはその度、大元の現場を潰しに行き、それが近くにないと分かると息子の側に戻って応戦した。
―――この間、シャンガマックはもう『念』憑きの人間と会わなかったので、それは救いだった。
だがヨーマイテスは『念』の入った人間を倒している。アピャーランシザー島ではなく、続きの島で亀裂対処をした際に、そこにいたのを、獅子は殺した。
いくら悪人や念が少なくないとはいえ、無数の島があるティヤーの島全てに確実にいるわけもないが、収獄された人間・僧兵の生き残りで『念』に憑かれた者は、全土で見るとそこそこ数がいる。
獅子は出くわして片付けたが。
『精霊の檻』が終わらずに身動きの範囲が決まっていた分、覚悟は決めたものの、シャンガマックはあの八人対応だけで終わった―――
気づけば、シュンディーンが入ったからか、沖に見えた檻もなくなっていたけれど・・・『檻は昼ぐらいに終わる』と予測しただけに、なぜこんなに遅かったのかと、全部が終わったらしき夕暮れの浜に座り、シャンガマックは疲れた頭でぼんやり考えた。
思考が入ってくる獅子は、息子の顔をペロッと舐めて『赤ん坊だからな』と仕方なさそうに言い、シャンガマックは苦笑する。
「辛かったのかもしれない。彼の心は純粋で」
「ファニバスクワンの子供で、仕事が出来ないのは問題だ」
また意地悪なことを言う獅子に、笑いながら『そういうこと言わないであげてくれ』と騎士は止め、獅子も少し笑う。この時―――
ガラン・・・ 重たい金属を引きずった音が響く。
ハッとした二人が顔を上げると、再び赤黒い空にガランガランと、重い音が木霊した。
獅子は、この音を知っている・・・もしや、と記憶を掠めるも、驚く息子にそれを話す暇もなく、どんどん速まりけたたましく騒がしく耳障りな、何百の金属を打つ音が、空も空気も叩き始めた。
砂は振動で浮き、波がさざ波を立てるほど、煩く騒がしい猛烈な金属音。合間合間に遠い歌声が絡む。空を赤く染める雲と濃く黒い影に、黄金色の輪郭線が縁取り、そこに多くの精霊が幻のように淡く―――
だが見ている暇はない。驚いたシャンガマックが耳を塞いで、慌てた獅子は彼を体の下に包み込んだ。
「ヨーマイテス、これは!」
「合図だ」
お読み頂き有難うございます。




