2855. 悪党 ~自覚あり・発動地のシャンガマック・『念』憑きの男
魔物で作った、けばけばしい見た目の武器。転覆した船に載せられた大弓。違和感しかない、風変わりな大弾。
家屋や魔物出没跡に放られた魔物対抗道具は、嵐の雨に反応して、奇妙な岩をそこら中に作り出した。
武器は、至る所にある。
急に持ち主を失った武器は、ゴロゴロとその辺に散乱。誰が片づけることもない。
そこへ近づいた足は、欠け一つない剣を拾い上げる。これは手にしっくりくる。だが鞘がないと、持ち歩くにはちょっと危ないなと思う。
サブパメントゥから逃げ延びる人間など、俺以外にいるか? 運が良かったのは俺だけだ。
左手に柄を握ったまま、鞘もそこらに落ちていないか、疲れた足を少し引きずり気味に歩く。腐敗臭の酷い魔物が溜まった三角州を離れ、熱こもる浜の道を左右に目をやりながら進む。本当に人っ子一人いない。他の生き物も、影すらない。
ぐるぅっと鳴った腹の凹みに右手を当て、気は進まないが民家の敷地に入る。扉は裏が開いており、台所と手洗いが両脇にある廊下の先、続く部屋に足を踏み入れる。二部屋続きの荒れた部屋、壁一枚挟んだ奥の何ともない部屋。荒れた部屋は庭に面しており、大きい窓枠に指の跡が残っていた。血が、乾いている。
奥の部屋には出したままの果物の皿と、備蓄食料を入れかけた袋があり、逃げる準備をしていた様子。振り返った血の跡は、恐らく・・・
「助けを求めた感じではないな」
血で残る、外から枠を掴んだ指の形。室内に入るため、体を引き上げる力が指先に掛かった。怪我をしたやつだろう。
「海賊連中は、徒党を組んで一心同体みたいに見せてるけれどな・・・頭の足りない奴らだから、仲間でもすぐ暴力沙汰だ。
『そこで魔物が出てるから、家に残っているやつも戦えと言いに来た・逃げようとしているのを見て逆上した』そんな程度だ」
住人は引きずり出されて、連れて行かれたのか。揉めた形跡がない窓枠をちらっと見て・・・食料の入った袋を手に入れる。
「どっちみち。今は誰もいない。これは食べないよな」
袋の口を握り、さっさと引き返す。使っていない便所の前に剣と袋を置き、排せつを済ませてから表へ。
網かごに入った親指大の干し貝を一つ取り、口に入れた。海の塩辛さはあるが、ずっと噛んでいられる旨さと栄養豊富な貝は重宝。
喉の乾きは、この島では問題ない。嵐でもげた、水を含む青い実が落ちているので、これで良い。外側の硬い青い実を拾い、揺すってみる。水が揺れる音が中から聞こえ、ナイフの柄で叩くと亀裂から水が滲み出た。傾けて、これを飲む。身の大きさは子供の頭くらい。水はそこそこ入っているので、飲み切らずに亀裂を上に向け、これも袋に入れた。
「さてと。舟だな。さっきから、壊れているか大型しか見ないが、漁師のがどこかにあるだろう・・・そう、焦るな」
独り言ではない、独り言。
自分の頭に巣食った別人の記憶が、なぜか急かしている・・・・・
―――昨日、ロナチェワを殺して逃げた後、サブパメントゥに捕まるより早く、あの島を出た。
なぜか大嵐の海を渡れる気がして、はぐれてゆく仲間を気にせず波止場へ走ると、地崩れで基部を揺すられた崖が落ち、波止場から先、海に放り出されるように落ちた岩が羅列していた。
崖が丸ごと落ちたわけで、打ち寄せる波が超えられない高さの岩が並んだ具合。土砂降りに霞む向こうには、薄く島影が見えた。
一か八かで倒れた崖へ行き、海に道を作った岩を進んだ後、遠くの小島に続く、浮き板(※漁業用ブイ)も波間に発見。嵐で判別しにくくても、確かにそこに在るのが分かり、これを海中から伝って島を離れた。
海に飛び込んだ途端、流されかけたが、遠浅の続きにある島へ渡された地引網の錘は動かず、綱を掴みながら移動した。呼吸する時だけは水面へ出るため、覚悟を決めたものの、息を吸っては海中に戻り、綱を掴みながら小島へ泳ぎ切った。上陸で水面近くなるほどに死ぬ気がしたけれど、どうにか辿り着き・・・
もし、海に飛び込む前に、あの手枷が外れなかったら死んでいたかも知れない。どういうわけか、手枷が崩れて落ちたから―――
「俺は強運の持ち主」
嵐の海を思い出しながら入り江を回ったところで、やっと、漁師小屋脇に舟を見つけた。急かす意識を感じながら、僧兵は持ち物を舟に乗せ、舟を海に出す。
よもや、この状況で他人を見つけられる気がしない。だがそんなことも大して気にならなかった。
魔物もいないらしい。人間も動物もいない。動力は、動き回っていたのを一体見つけたが、それは壊した。動力だけはまだいるかも知れないが、行く先々で倒せばいい。ここからヨライデに渡って、『死霊を味方』につける。
それから、伝説の島へ行く。俺の頭で騒ぐ誰かは、その島を求めている・・・・・
「気が遠くなる距離だ。でも何でだろうな。俺は行ける気がする」
北部の中心から東へ向かう。途中で通り過ぎる島に寄りながら、手こぎ舟でも行けるだろうと。天候・島の無い海も、考えないわけではないが、行くよりほかに選択肢がない気分だった。
頭の中で騒めく、誰かの声に叱咤される。煩いだけだが、こいつの声が・・・『なぜこれをやらない』『そうじゃないだろ、こうだろう』と俺の知らない知恵を叫ぶのは、面白い。
「何を知っているやら」
体力と耐久力に自信はある。煩いおかしな声が響く。生き残った続きの時間、同伴させてやってもいいと思えた。
*****
島の反対から戻った獅子の報告に、シャンガマックは少しの間、目を瞬かせ、もしやと呟いた。
「ここはアピャーランシザー島か」
「なんだそれは」
獅子は、聞いても大して興味がないことは忘れているので、改めて息子に説明されて『ああ~・・・』と理解した。息子曰く、もしかすると彼らの他に残っている人間はいるかも知れないらしく、それを俺に探せというのかと獅子が止めると、配慮まめまめしい息子は図星に唸る。
「バニザット。別に言わなくても、勝手にいなくなる」
「んー、まぁそうだけれど」
「お前は何でも教えておいてやろうとするが」
「騎士修道会は民の安全を(※教育により)」
「もう消えちまったかもしれないぞ?」
「え」
獅子は、はーっと息を吐いて、固まった息子の顔に『気配がしない』と軽く背後に頭を振った。
「あ・・・もう?そうか。じゃあ、残っていたとしても」
「俺の方が気配には正確だ。疑うな」
疑ってないよと苦笑した息子の側へ行き、獅子はドカッと腰を下ろす。薄っすら汗をかく息子を見て、日陰がないと困るのかと考えたら、見透かされた。
「気にしないで大丈夫だ。この服自体は涼しい。ちょっとね・・・真上から照りつけているから、頭は暑いけど。でもここは波打ち際で、そこにファニバスクワンの絵があるから、暑ければ海に入ってもいい」
「一々、濡れるだろ。で、お前がそうしないのは、剣を気遣うからじゃないのか」
「む。うん、それもある」
剣は特別な材質で問題ないとしても、鞘はそうもいかない。腰から外して、海に入るほど暢気な行為は取れないし、シャンガマックは浜辺で『終了合図』を待つのみ。今頃、精霊の檻があちこちで立ち上がって・・・捕まえた者を片付けているだろう。それが終わるまで、近辺から動けない。
「誰が片づけるのか、聞いたか」
「それはファニバスクワンの命じた精霊だろう・・・ 」
言いかけて、シャンガマックは誰が檻の中を片付けるか、聞いていなかったのを思い出す。
今回は、ファニバスクワン直々の『檻発動令』。
直前で『原初の悪』の問題があったし、理由は警戒も含んでいそうで、とにかくファニバスクワンが命じたのだからと、シャンガマックは行動に移した。
だから、檻の中を片付ける何者かは、きっと水の精霊の関係が行くのだろう、としか・・・ じーっと見ている碧の目と目が合い、獅子が『見て来てやる』と一言。
「何を?どこかの檻?」
「違う。ミレイオとくっついてる赤ん坊だ」
「あ!そうか、シュンディーンが」
「あれが回ってるとしたら、遅いぞ。まだ赤ん坊だからな」
大人の姿になるとかそんなことより、中身が赤ん坊の印象・シュンディーン。とりあえず、ファニバスクワンの絵を使う精霊の檻を発動させたため、その線が濃いとして、獅子は様子を見に行くことにした。
「俺に手伝うことはないだろうが、確認したら戻る」
「有難う」
ということで―――
シャンガマックは獅子を送り出し、一人。フェルルフィヨバルは、やはり無理があったらしく留守にしている。
ファニバスクワンの力の範囲にいる以上、シャンガマックも一人で問題はないはずなのだが。
『独りになったら、私たちの代わりに魔法を使い、獅子の牙と爪の代わりに剣を受け取れ(※2801話参照)』
ダルナに頼れず、獅子もいない時、剣を振るう、その時が訪れる。
「誰だ」
褐色の騎士の良く通る声が海風に流れ、浜の折れた木々向こうから人が現れた。近づいてくる人物に感じたのは、『悪意』。今、いるということは、間違いなく悪党なのだろうが。
やや、背を丸めた低身長の男で、こちらを窺う顔にはいくつかの傷跡と新しい傷がある。服は上下共に汚れてだらしなく、下半身の前がたるみ、足には合わない大きさの靴を履く。
下げた鞘は水を吸って黒くなった普通の鞘だが、カタカタと揺れている落ち着かない柄が、剣と鞘が別物であることを教える。
ティヤー人の・・・50前後の男は海賊の一人だろうが、これまで会ってきた海賊と印象が違い、追剥の目つき遠慮なく、布で覆った頭からぼさぼさ出る髪は脂ぎっていた。シャンガマックはこれを『どうしようもない犯罪者』と認識。剣も盗んだものだろうし、足に合わない靴は死体から奪ったか。
シャンガマックが黙っていると、相手は警戒しつつも近くに来て、不思議な光をちらつかせる波打ち際を見た。
「どこの国の人間だ」
不意に確認が入る。シャンガマックがこれに答えるわけもなく、さっさと腰の剣を抜く。岩に座っていた腰を上げ、長身の騎士は剣を少し浮かせて一歩前に出た。
一風変わった白い剣に目を凝らした相手は、『なんて武器を』と呟き、ただものではない男に目を移し正体を訝しむが、これも口に出る。
「人間だろ?何でここにいる。その光は」
「答える必要がない。去れ。もしくは」
「俺を攻撃するつもりか?その居心地良さそうな光に、少し当たらせてくれてもいいだろうが」
「お前には勿体ないな」
シャンガマックは素気無く返し、この男をどうするか急いで考える。
気絶させてしまいたいところだが、発動させた側で、異なる魔法を使うには心配がある。とは言え、大顎の剣では、一振りでこいつの体が二つに離れる。
無難なのは魔法だが・・・浅い波を被る点々と石が残る遺跡―― ファニバスクワンの絵を見て、こうした時の対処を聞いておけば良かったと地味に後悔する。テイワグナでもアイエラダハッドでも、発動場所で別の魔法を使う問題はなかった。
この考えている様子を、なめられたか。相手の男は少しずつ海へ寄って、水寄せる奥を覗き込もうとしており、シャンガマックは剣をさっと翻した。陽光を反射させた白い光に顔を掠められ、男は急いで後ずさる。
「邪な者は、去れ」
シャンガマックの短い言葉で苛立った男は、『これはティヤーのものだ、この島の光だ』と言い返す。
「外国人のお前なんかが、この光の側にいる方がおかしい。なぜここに来た。この島は俺の」
「よく喋るな。どうでもいい」
剣を持つ騎士の腕が上がり、切っ先を真っ直ぐ、相手の首の位置に合わせる。同時に男も傷んだ鞘から剣を抜いた。その色と形に気づく騎士。魔物製品とは・・・・・
この男が『念』を入れた悪党だから残っていると思うと、こんな人間に魔物製品を使われる口惜しさがこみ上げる。
良い印象しかなかった、平和で素朴なアピャーランシザー島に、こんな奴がいるなんて信じられないが、そう思ったところで答えを知った。舌打ちした男は、大きく息を吐いて頭を振ると毒づく。
「ピンレーレーの牢から、やっと故郷に戻ってきたってのに。地震は来るわ、魔物は増えるわ・・・家族にも追い払われて、食べ物一つありつけないとなればなぁ」
要は、犯罪で牢屋に繋がれていた奴が、逃げたか何かで地元に戻っていたところか、と理解する。牢屋が手薄、もしくは『念』の入れ知恵で抜けたなど・・・ つい最近の話に感じた。
冷えた目を向ける騎士に、ぶつぶつ不平を垂らして近づく男は、剣を持つ手を急に振り上げる。魔物製の剣が日差しにギラッと光り、勢いで切りかかられたシャンガマックは、相手の剣に大顎の剣をかけて払い、相手を転がした。
大顎の剣に生える歯で滑らせたが、魔物製の剣は皮肉にもさすが。
剣身が折れもせず、欠けることなく耐える。しかしよろめいた男は、力の差が歴然。シャンガマックと身長差が20㎝はあり、牢獄生活で筋力も落ちている。剣だけが良い状態で、扱うに等しくない男は、払われた勢いで砂浜に転がった体を起こすと、怒りを露にした。
「こいつ。それはティヤーのもんだろうが!殺し」 「まだやってるのか」
挟まった声に、怒鳴って泡を飛ばした口が止まる。シャンガマックも声がした方をサッと見ると、奥から、男がぞろぞろと・・・
「一人で逃げたかと思ったが」
「何だそいつは」 「何人だ」
「剣がデカいな。ティヤーの民族剣と似てるが、顔がこいつ。外人だろ、どこかの騎士じゃないのか」
「波打ち際で光ってるのは?何をこんな男に手間取ってるんだか。三人、こいつを囲え。二人は海だ。確認しろ」
浜の奥に生えている低木林を抜ける男たちは、風体似たような輩だった。
お読み頂き有難うございます。




