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魔物資源活用機構  作者: Ichen
二の舞台『浚渫』
2854/2955

2854. 治癒場へ ~②ヨライデの一人・ニダのお守り・桃色の風の判断・善人悪人

☆前回までの流れ

アスクンス・タイネレへ人々の多くが消えた後。残った人たちが治癒場へ行くまでの間、シャンガマックはファニバスクワンの指示で『精霊の檻』を出し、次の準備に入りました。人々がほとんど消えた時、ティヤーの決戦は意味が少し変わることを、この時気づいているのはイングや僅かな精霊だけ。

今回は、治癒場行。話はヨライデから始まります。


 

 半地下道の石畳に立ち、地下道の壁に沿って斜めに線を引く煉瓦の隙間を、僧兵は見つめる。


 地下道とは言え真っ暗ではなく、片側が店の並び、もう片側が壁で、壁裏は上へ続く坂の道。壁は意匠により等間隔の隙間を持ち、光が差し込むように出来ている。


 この光はいつもなら、人の行き交う影に千切れて動き、ちらつく印象なのに。



「誰もいないんだな。俺以外」


 いない、と気づいた時から、誰か残っていないか探し回って、空腹から近くの地下道へ入った。食材・飲食店が多い半地下道の反対側は市場で、本当なら人がいないなんてことはあり得ないのに、ここもがらんどうだった。


 誰もいない店が並ぶ。店は開店前で、垂れ布と覆いの板が、店頭と店内を遮るが、こんなものはあって、無いような見せかけ。小銭を品物の脇に置いたレムネアクは、いくらかの果物を取り、数日分の乾果を笊から集める。


「いよいよおかしな感じだな。何で俺だけしかいないのか、見当もつかない。とりあえず、何日かしのげる食料くらいは持っていた方が良さそうだよな」


 笊の上の乾いた木の実や果実は、普段なら虫も側にいるのだが、虫一匹見えない。朝も早いと気温が低いし、とは思うが。じっと不自然を見つめたレムネアクは、食材店に背を向けて先へ進んだ。


「イーアン。あなたは俺を生かしてくれたけど、どこまで生きられるやら疑問です」


 一緒に行けたら良かったな、と思い出すたびに呟く名残惜しさ。


 半地下道の先は市場端へ抜ける小道で、丁字に渡る少し大きい通りを山方面へ行くと、ヨライデ王城がある。城下町と行き来するこの道は夜でも朝でも関係なく使われているものだが、ここもさっぱり。


 家畜もいない、虫もいない、鳥の声も聞こえない。少し前から、店屋の料理の魚介も消えていた。ティヤー沖の地震で津波を受けた地域もあったそうだが、その影響かどうかも分からないまま、気づけば『あれがない、これが消えた』と不穏の噂が町を占め、そして今は誰もいないときた。


「本当に、こうなっちまうと。んー。どこへ行っても変わらないんだろうな。ヨライデ国内に人はいるかも知れないが、確認しようがない。()()()()し」


 馬も当然いないので、移動は徒歩だけ。 あとは、船・・・・・


「今、舟を出すのも悩むな。潮が満ちてて」


 悩むと言いながら、レムネアクは海沿いの市場を抜けて港へ出る。ヨライデがマズいのか、世界がマズいのか。王城や城下町には危険が渦巻いていそうで、あっちに確認に行く気はないが、問題なさそうな別の地域なら見に行く気にもなる。


「イーアンがヨライデに俺を送った日以降(※2783話参照)、俺も宗教関連を避けてたからな。でも、とりあえず」


 ヨライデに在る神殿の幾つか。レムネアクは一番近い神殿へ行くことにし、そこで自分なりの武装を整えようと考えた。


「俺の武器は、毒だ。その辺の店屋取り扱いの材料でも良いんだけど、神殿で保管している高品質の材料の方が、使い勝手がいい。何があるかわかんない」


 ぼそぼそと独り言を落として、停泊する船の前を通り、桟橋に繋がれた小舟の一つへ乗り込む。綱を解き、周囲を一度振り返って、櫂を握る。


「貸し出し料金を払う相手がいない。すまないが無断で借りるぞ」


 ちょっと大きめの声で『払わない理由』を断り、レムネアクは小舟を海に出した。


 生き残る気がある、自分のために。


 ティヤーから戻って、もうサブパメントゥも接触しなくなり、日雇いの仕事をしながら一般の常勤を探していたレムネアクは、真面目に生きて行こうとしていたわけじゃなく、一つの目的を持っていた。


 ぎぃ、ぎぃ、と櫂を通した穴が漕ぐたびに軋む。離れてゆく陸をちらと見て、穏やかな波を縫う舟に揺れながら、レムネアクは思う。


 近い内に、ヨライデに上陸するイーアンを、迎えること。


 仕事を上がると、夕方から図書館へ行って神話だ何だと読み漁り、勇者と龍が魔物を制圧した話は大体、目を通した。古典的なものから子供向けのものまで。世界に二度、魔物が出て、勇者たちは全ての国を巡る共通点があった。二度とも、ヨライデは最後の国として書かれていた―――



「今度もそうだ。ハイザンジェルで魔物が出て、テイワグナ、アイエラダハッド、ティヤー・・・ヨライデも魔物が出る。図書館で調べることもない有名な話だが、念には念を入れるのが癖だ」


 ヨライデ王城は昔から呪われている。有名どころの悪の聖地みたいに言われているのも知っているが、しっかり調べて確信を得たかった。


「あなたはもういい、と言ったけど・・・俺は会いたいです。あなたやダルナの側で、改心して・・・こき使われても、そんなでも良い!」



 ちょっと斜めな奉仕精神の元僧兵レムネアクは、目的のために生き残る道を選ぶ。出会った感動が忘れられない。思い出になんてしたくない。まだ、関われるはずだと、しつこく食い下がる。

 舟は間違うことなく、行先の神殿がある港まで彼を運び、レムネアクが舟を杭に繋いで、人のいない道を神殿へ歩いている途中――― 


 彼の横から桃色の風が吹き、風に触れたレムネアクは消えた。



 *****



 ティヤー、本島ワーシンクーでも・・・イーアンがイングと共に魔物退治した地域は(※2536話参照)、イーアンが龍気を雨のように降らせたため、その地域一帯で回復した人たちは残されていた。そして、僧兵ラサンの一件で巻き込まれたイライス・キンキートも、直にイーアンから龍気を注がれたことで、彼女も一人だけ、館に。


 ルオロフとロゼールが対応した、グーシーミ―地区(※2618話前後参照)でも、イーアンが精霊の水を川に流したことで、薄まる前に水を得た人たちは、数こそ多くはないにしても取り残された。


 あちこちで、その場に合わせて龍気や精霊の水を使った相手はぽつぽつといる。


 アイエラダハッドも祝福を受けた人はそこそこ。だがその不安の数時間後、誰もが桃色の風に撫でられて消えた。窓を開けていない屋内であれ、風は壁も関係なく吹き抜け、多くの人たちを治癒場へ運ぶ。


 黒い船に保護され、もうすぐだ、と言われていたニダも・・・



「あ、オーリ」


 ふわっと軽くなった一瞬。

 ハッと気づいたニダは、振り返った弓職人に手を伸ばしかけて消えた。ニダ、とオーリンが呼ぶも空しく、椅子に座っていたニダはいなくなる。


 こうなると分かっていたけれど・・・消えたニダに、オーリンは無事を祈る。匿われるのに無事も何も、なんだけど。でも自分の気持ちもあって祈った。


「迎えに行くからな」


 窓を開けて、外の海に呟く。ニダに、サネーティの呪符を一枚分けたばかり。


 ニダを知らない集まりに入っても、ティヤー人同士、海賊の目になら通じる呪符。オーリンは自分が持っていたものを渡し、ニダのお守りに、『イーアンの尾の鱗とサネーティの呪符』を持たせて、他に何かないかと背中を向けた時だった。



 オーリンが知る由ないのだが、もしここに、イーアンがいたらニダは連れて行かれなかった。もしくは、ミレイオ、シュンディーン、センダラとか・・・オーリンも種族は人ではなく『龍の民』だが、祝福を与えて効果を出す生粋の強さはない。


 ミレイオは祝福を渡す位置にいないが、彼自体が空とサブパメントゥの貴重な存在なので、ここにいたら違った。イーアン、シュンディーン、センダラのような、種族の力を身に備えているなら、それもニダは『連れて行かなくても良い』と判断されたところ。



 こうしたことから、祝福を受けても更に避難から外れる例はあるが―――


 テイワグナ人は特に別種族の保護下ではなかったため、ごっそり消えた。

 風は一国ずつ設定されたように治癒場へ向かい、集めた人々を置いては、また出て行くことを繰り返した。

 ただ気ままに吹き抜け、強くも弱くもない風が通った後、人は消える。


 女龍に頼まれ、各地の治癒場付近に来た精霊(※ハイザンジェルでは妖精)は・・・ 治癒場に置かれた人たちが騒ぐ暇もなく、ポカっと開いた入り口に吸い込まれるのを見届ける。

 入り口前に立つのはほんの一瞬で、陽炎のように儚く、治癒場に入った後も、声一つ聞こえない。イーアンは杞憂だったと、見張りを頼まれた精霊や妖精は思った。



()()()()()()は、ここに来ないんだな』と白い髭を撫でながら、テイワグナの精霊ウェシャーガファスは呟く。

 それらは別枠、と分かり、つまりそういうことかと納得した。


「魔物だけが敵じゃないんだよな。世界の最終地点に近づく今は」



 *****



 ウェシャーガファスが察したまま。桃色の風に置いて行かれた極わずかな人数は、善人悪人に分かれる。ただ、この判断は人間的な判断で、世界からすれば『向かう先に沿うか、沿わないか』である。


 祝福された上に、側に別種族がいる人間が善人として。

 異界から引き込まれた危険思想の『念』に憑かれた、似た者同士の人間が悪人とする。


 別種族からの保護の受け方は、バサンダのような異例じみた形もあるが、大体は真横に別種族がいる状況で、すなわち安全と見做された。異例、と言えば鍛冶屋サンキーもバサンダ同様で、自宅が龍の鱗に囲まれ、イーアンの魔法をかけた保護の中にあったため、彼もまた自宅待機・・・ サンキーの話はまた後で。


 これに対し、『念』憑き危険人物は、この先の世界に沿わないので、少しずつ追い詰められてゆく流れに置かれた。早い話が、片付け対象として目立つ位置にある。



 ―――馬車と共に異界に連れて行かれた中にも、()()()()()()はいた。

 悪事を軽視し、常識良識の基準が曖昧で浅く、犯罪に至る行為も気づかない人間。

 だが『念』が入ったわけではなかったので、あの中に混じった。


 ハイザンジェルで、騎士修道会取り締まり対象の、盗賊や犯罪者は分かりやすいが。


 テイワグナの治安の悪さに一役買う、罪の意識が低い人々。

 アイエラダハッドの差別の歴史から、身分による横暴を当然と考える者。

 ティヤーに根深い、極端な習慣と対立で、全体的に低い犯罪意識。

 ヨライデの独特な生死感で培われてきた、因習の常識。


 誰もに刷り込まれた、『地域の常識』や『そこの基準』も、全て悪い方へ傾けるかどうか、ここで問うことではないけれど。

 中でも、行為や考え方、傾向・行動への移しやすさで『悪人行為』を躊躇わない人間が、異界の大移動へ加わっている。


 そして、彼らと五十歩百歩の違いであれ、輪をかけて危険、混乱を生み出す人間には、『念』が入り、これらは残った次第。


 

 彼らはどうしているかというと―――

お読み頂き有難うございます。

まだ意識が長く続かないので、また近い内にお休みを取るかも知れないのですが、ティヤー戦はこれまでと大きく変わる境目に当たるのもあり、あまり開けずに進めたいと思います。

いつも来て下さる皆さんに、本当に励まされています。有難うございます。


Ichen.


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