2853. 治癒場不要条件・ウィハニの心境・イングと堕天使の動力始末後・被害と変化に思う・治癒場へ ~①カロッカン
※明日、明後日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願いいたします。
海中に戻ったアティットピンリーは、彼に伝えた誘いをしばらく考えた・・・サネーティが喜んで受け入れた時に感じた、安心と、少々の後ろめたさ。
『特別扱いですか』――その一言に、自覚した。
もう少しで地上から人間はいなくなる。治癒場に入り、時間が経過した頃、少しずつ出されるだろう。それがいつか、そこまで知らないが。
アティットピンリーに分かっていたのは、残った人間が別種族と共にいるなら、治癒場に入らない、ということ。
ンウィーサネーティは、龍の祝福を受けていた。私が彼を連れて動くなら、治癒場に保護する必要がないから、彼は地上にいられる。そういうことだろうと・・・ だから、どっちが良いかを尋ねたのだけど。
アティットピンリーは、彼を人間の社会から引き離す後ろめたさがある。
でも。ンウィーサネーティを連れて行こうと思ったのは、彼のためだったのか、自分のためだったのか。それも分からない感情で、彼が喜んで受け入れた時、安心したということは、自分のためか。
精霊が。一人の人間を特別扱い。
どうしてそうしたかったのか、あまり把握していない。
手の届く範囲で彼を守れたらと思った気持ちが、この行動と誘いを起こした。一人だけ特別扱いは良くないと分かっていても、咎められることではないし・・・
―――自分に名を付けた男を、孤独なウィハニ・アティットピンリーは、今まで持ったことのない感情で『側に置きたい』と考えた。
よく分からない心の動きが起こした行動を、ふと、イーアンだったら何と言うだろう、と思う。
人間が匿われた後、彼女たちが残った乱れを除き去ったら、次へ行く前に・・・話したい。
海中で、混合種の長い体がゆったりと曲線を描き、海に開いたおかしな時空の歪みへ近づく。
魔物の気配が滲む場所へアティットピンリーは寄り、沈んだ海中遺跡と小さい祠の残骸をちらと見てから。
アティットピンリーの長い体が狭い螺旋をびゅっと作った勢いで、無数の泡が『精霊の礫』に変わる。魔物が亀裂の口まで見えた時、混合種の滑らかな身体は螺旋を逆回転し、魔物の亀裂に『礫』が飛んだ。歪み諸共、『精霊の礫』で消滅し、海に滲んだ魔物の気配は消える。
この程度なら、いくらもある。もっと大きなものになると、アティットピンリーが手を出すことはないが、小さいものは片付けられる。
民の封じた祠が壊れると平和な時代でも度々起きた、魔物の漏れ。その都度、見つけては解決してきた。
ふと、海上の光を見上げる。魔物の漏れも増えたし、死霊もそれを求めて移動している。外から入り込んだ多い『念』も落ち着いた。そろそろか。
*****
開戦からずっと。
「もういないな」
青紫のダルナは、北部から南部にかけて、動力を壊して回った。律義な性質のイングは、同じ異界の精霊・堕天使の一人を連れ、状況に臨機応変で応じ、一日が経過。この間、イーアンに呼ばれることもなく・・・なぜか、妖精の女に場所分けを指定されたり、不愉快なことはあれ、目下のすべきことは終えた。
「イング。人間がちらほらしかいない。私たちの取り残しがいても、遭遇しなさそうだ」
側へ来た淡い黄色の堕天使は穏やかな口調で、引き上げても良いのではと尋ね、イングも頷く。
「そうだな。少なくとも、目につくところに動力は残っていない。人間もごっそり消えて、残った人間がこれからいなくなるまでの間、動力と鉢合わせるのも運だろう」
元々、この世界の人間に関心などはない。異界の精霊はあくまでも自分が従う(※この場合はイーアン)主のために役割をこなすだけ。完璧に仕事を終えるかどうかは、主の意向を汲んでいる範囲で判断しているため、イーアンなら『おつかれ』と終わらせそうな気がして、イングも引き上げることに同意する。
「あの妖精は、イーアンの言葉を借りたのだろうか」
不意に堕天使が、気になっていたことを呟き、イングはそちらを見ずに首を傾けた。眼下に広がる海と島々、低い空の空中から眺めると、生き物が少なすぎて原始のように感じる。
「イーアンは・・・ どうだかな。だが、妖精がイーアンを信じているのは確かだ。偉そうに喋るが、イーアンが求めることをよく理解していた」
「イングがそう思うなら、そうだったんだね」
イングも堕天使も、また、この場にはいないが、センダラの指示を受けた他の者も、センダラがイーアンの言いそうなこと・考えそうなことを重視しているのは、ちゃんと伝わっていた。
小生意気で偉そうな言い方をしていても。 ――『友達だから分かるの』 ―――そう付け足した妖精に、イングは、ふーん・・・と思いつつ了解してやった。
「友達、なんだろう」
「私たちより、イーアンと『遠い関係』だ」
「当然だ」
二人の異界の精霊は、自分たちの立場の方が上であることを認め合い、この後の行動を軽く話し合う。
「移動し始めたな。イングが魔法で再現するのは、いつだ」
「それはイーアンが泣きついたらだ(?)」
これを聞いて堕天使は笑う。罅が入り、欠けのある古風な鎧の腹に手を当てて笑う堕天使。四枚の翼の二枚を畳み、二枚を広げて『私が飢えと渇きの解決を引き受けてあげよう』と、参戦の〆に役目を買って出たが、イングは勢い止まない仲間に、待ったをかける。
「まだ、だ。イーアンが泣きついたら、と言っただろう」
「いつ人間が戻っても良いように、今から準備だけでもして」
「しなくて良い。一発目に人間が連れられる前も、お前は食べ物を分けていたようだが」
「人は腹が満ちると穏やかになれるものだ。この先、長い旅路のようだから、餞別だよ」
遥か昔に地球で、神と呼ばれる存在に払われるまでそうしたように。堕天使はこの世界で悩める民にも、出発前の食事を与えていた。
古代、兵を動かし、兵を守り、多くの敵を退ける時に、常に側にいた堕天使は、その優しさと思いやりをここにも発揮しようとしたけれど・・・ 止められて、疑問そうに顔を向けた。
イングは『やり過ぎに映ると面倒だ』と、この世界に合わせるよう注意し、何となく腑に落ちないものの、堕天使もそれを了解する。イングは、静かに繰り返す。
「人間が戻された後で、イーアンが」
「泣きついたら?イングに」
「そう。俺に泣きついたら、お前にも頼む」
「いいよ。呼びかけを待っていよう」
可笑しそうに頷いた天使は、ドラゴンの肩をポンと叩いて『では、私はここまで』と四枚の翼で宙を叩いて上昇。消えた後に、上から蜜のような香りが降り注ぎ、それは風に散った。
「勝者への蜜。お前はいつも自由に、誰かの敵で、誰かの味方だった。この世界で、イーアンについたのは正解だ」
女龍贔屓のダルナは、同じ異界の精霊の管理もある。余計なことをさせず、女龍の要望に付き合い、結果を出すのみ。
戦わせた対抗用人型動力の動きはまずまずで・・・本心は地味な方法と自分でも思ったが、イーアンの手間も悩みも消したし、同じ傀儡同士が争って倒せるならその方が精神的にも良いだろうと、これを選んだ自分の提案に満足する。こっちの魔力も、捜索と移動程度しか使わない分、減りも少なかった。
―――魔物も倒したが、ちらつく動力を徹底的に倒すと決めてあったため、手分けして何千と島を回り、探し出しては仕掛けて倒し・・・久しぶりに、近場で人間の嘆きや怒りを見続けた。
魔物も人面で、動力も人間入り。どちらもティヤー人が取り込まれていて、この敵を相手に剣を抜いた人間の多くが、苦しげに見えた。
だが、最初に比べると、諦めや覚悟が付いたように、割と躊躇なく立ち向かっていたとも思える。
それでも、知っている相手が犠牲となり敵に回っては、情が邪魔して剣が鈍ったり、攻撃を食らって殺されたり、第二の被害者になったり・・・
イングはこれを、哀れと思うこともなかった。やられた人間は、自分が受けた仕打ちを他に与えかねない。言い訳と事情と都合で、いくらでも繰り返す。恐れて泣いた経験を、他の誰かにも行うのが人間で、教訓などどこ吹く風。すぐに忘れてしまう生き物、と眺めながら思っていた。
どこの世界でも人間の取る行動は変わらず、叩かれた側が、次に叩く側へ変わる、応じてしまえばその梯子は、自然に掛かる―――
「見飽きたな」
長い長い膨大な時を壁画に閉じ込められて、出て来てからも、地球と同じものを見る。
イングは晴れ間の見える空と下に広がる海を交互に眺め、『だから』と独り言を落とす。
「この世界の精霊も、見飽きたんだろう。やり直すわけにいかないなら、新たに手を打つだけで」
世界を変えてでも―― どうしようもない生き物であれ、人間という種族を買ってやってる、そういうことでもある。
想像と同じではないにせよ、イングには、世界がこの動きを選んだ流れが、何となく理解が出来た。
「さて。今度は『祝福されし人間たち』が守られる時間か。その後、残り掃除だ」
俺を捕らえた『原初の悪』もいなさそうだし・・・ 何の気配もしない、あの精霊も一応気に留めて、青紫のダルナは、使うだけ使った『対抗用人型動力』の余りを回収し、イーアンの側へ移動することにした。
最強のダルナ、イングに分かっていることは、結構ある。正解を言い渡す者がいないだけで。
*****
イングが手持ち動力を集めて仕舞い、イーアンの龍気を辿り、移動する時間。
浮かれている事態ではないのに、浮足立って仕方ない熱い男・サネーティが、人っ子一人いない道を大股で歩いて、宿へ戻る頃。
テイワグナでは―――
獅子に悪態つかれながら、カロッカンへ戻してもらったバサンダがいそいそと工房へ入り、ニーファが来ていないことに少し安心した。書置きは置いた場所から動いておらず、ニーファは店にも来ていないようだった。
「あとは。私が面を完了させるのみ」
工房に入り、作業前に手を清めたバサンダは、導きに心から感謝する。ニダは引き受けてくれ、交渉の言葉を書いた紙も渡せた。今日にも治癒場へ移動をするかも知れなくても、やるべきことが絞られた今は、気持ちも違う。
「よし。やるか」
ニーファのおじいさんが作った古い面を顔に掛け、太い紐を何ヶ所か結ぶと、バサンダの心が鎮まる。すーっと頭の天辺から喉を下がり、みぞおちを抜けて腹の下で消える雑念。雑念が消えると、腕の付け根、腿の付け根、首の後ろが少し熱を持ち、それも散る。
後頭部から一枚何か剝がれるような感覚を受けると、望む環境が自分の時間を包み込む。木製の面の目孔から見えるのは、自分の手元と工具と面と材料だけ。
静けさと勢いと集中の無限へ、バサンダは入り込んだ。
面師の工房の外では、風に乗った淡い桃色の光が何度か往復する。工房の一室だけ、別の時空に挟まれており、桃色の光はこれを『守られている』と判断し、素通り―――
テイワグナの山間にある古風な町カロッカンは、観光客のない時期で、ただでさえ人も少ないというのに・・・異国人の面師一人を残して、全員、桃色の風に巻かれて消える。
お読み頂き有難うございます。
明日の投稿をお休みします。もしかすると明後日も休むかもしれません。意識が飛びがちで、長い文章を書くのが追い付かず、確認も遅れており、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、お休みして書こうと思います。
どうぞ宜しくお願いします。いつも来て下さる皆さんに感謝しています。有難うございます。
Ichen.




