285. 工房の時間
戻ってきたイーアンとドルドレンは、荷袋からハルテッドを出そうとして、下に落とした。落とすつもりはなかったが、袋の中で吐いていたので、慌てたドルドレンがイーアンの手を掴んで離させると、落ちた。
ミンティンが嫌そうな顔をしているのが分かり、ドルドレンはハルテッドの入った袋ごとずらして、イーアンはミンティンの横腹を拭いてやった。
不愉快そうなミンティンが空に戻って行った後、医務室から医者を呼んで、酔い潰れたハルテッドを任せた。
「こんなの渡して。酷い扱いだ」
お医者さんは、臭うハルテッドとその袋を預けられて、総長に抗議していたが、ドルドレンはイーアンと一緒に中へ入った。
『彼は医者だ。あれも仕事なのだ』気にしてはいけないと、自分の肩をがっちり抱き寄せるドルドレンに言われて、イーアンは申し訳なく思った。
「結局、鎧の話は出なかったな」
ドルドレンが呟く。ベレンは最初、慰労会に出るようにと言った理由に、オークロイの鎧の話を使っていたが、その話は一度もなかった。
「私たちの席で、なかっただけでは」
「ベレンが言い出したのだ。こんなことなら最初から出なくても良かった気がする」
無駄に疲れた、とドルドレンがぼやくので、イーアンは少し笑って、『ザッカリアの話も、弓工房の話も出来たから』と慰めた。
「ザッカリアのことは。まずギアッチに伝えよう。ギアッチの意見が大事だ」
イーアンも同意した。
「私が一番疲れたのは。ミンティンなしでも剣で倒したと、それを皆さんが信じてやまないことでした」
「俺はイーアンの気持ちが分かるけれど」
ドルドレンはそのことについて、イーアンを一層引き寄せて誤解のないように伝えてから説明する。
「イーアン。俺たちは騎士だ。騎士は武器で戦うだろう?精神力と気高い目的と、それを任せる武器に全てを注ぎ込む。だから、どうしても。イーアンの状況は」
「それを聞くと、もう思い込みしか生まれようがない気がします」
「それで合っている。イーアンの困る誤解は、俺たちの賛美だ。『一人で立ち向かう』『剣で勝つ』『命を懸ける』美徳以上の何者でもない。それをやってのけたわけで」
溜め息をつくイーアンは『龍がいなきゃ、やりませんよ』と力なく呟いた。ドルドレンはイーアンの頭にキスをして微笑む。
「言っただろう?龍がいたって出来ないヤツは山のようにいる。イパーガは出来ない。龍が二の次というのは、イーアンにとって認められないことでも、騎士にとっては、精神そのものが重要なのだ」
「分かりました。それについては受け入れましょう。・・・もう一つ。疲れたわけではないですけれど。バリーの地震の話で。『総長は知っているかもしれない』と彼は言いました」
「うん。そうだな。俺も気がついた」
「『私が知らない』と彼は私に知らせています。あの方はそうした意味を含める人のような」
「そんな気がする。バリーは頭が良い。回転が速いんだ。イーアンがその言葉に止まる人物と分かっていて、その言い方を選んだのだろう。彼は恐らく」
「気がついたはずです。私がここの世界の人間ではないことを」
緊張が解けないね、とドルドレンは失笑する。そうですねとイーアンも笑った。理由は分からないが、バリーは今後、何かを告げてくる相手かもしれない。覚えておこうとイーアンは思った。
時間はまだ夕方前で、ドルドレンはイーアンを工房へ送って、今日のことを執務室で終わらせたら迎えに来るから、とキスをして執務室へ行った。
イーアンは工房へ入り、暖炉の火を熾した。数日消したままだったので、時間がかかったが、夕方になる頃にはお湯も沸いて、お茶を淹れた。
作業机にはシャンガマックの脛宛。パワーギアの作りかけ。持ってきた破損マスクの袋。
「疲れた」
呟きを漏らすイーアンは、毛皮を敷き詰めたベッドにばふっと倒れた。調子に乗って、昨晩は張り切ってやらしいこともしたから・・・筋肉痛が。あちこち筋肉痛が(←魔物退治&やらしいこと)。
工房の鍵を下ろすのも忘れてる。鍵かけないと、と思いつつ、動きたくない(※中年は疲労する)。うーん、うーんと唸っていると、あっさり扉が開く。ベッドで突っ伏して唸るイーアンに苦笑するダビ。
「なんてカッコですか」
イーアンは毛皮に突っ伏して、上着も脱がないまま、破廉恥にも前重ねのスカートがかっぴろげられたまま、膝上までの毛皮靴を履いた足がぱかんと開いて、片足はベッド、片足はてろんとベッドの外に垂れてる。
あらやだ、とイーアンが気がついて起き上がる。ダビが笑いながら扉を閉めて、鍵を掛けた。
「全く。そんなに疲れるなら行かなきゃいいのに」
「ダビは最近。説教っぽいですよ」
ちくちく言うんだから、とイーアンが毛皮を丸め込んで抱きかかえながら、ベッドに座り直す。なぜかダビも横に座る。『ちょっと近いでしょう』イーアンは同じベッドに座るダビに注意する。
「総長、いつもこんなじゃないですか」
「ダビはいつもこんなじゃないでしょ」
「別にベッドに座ったって悪くないと思うけれど」
「ボジェナと何かありましたか。この前からそんな感じで、何だか前と違うわ」
ダメですか、とダビはイーアンに寄る。そうじゃないけど、とイーアンがちょっとその分、避ける。ダビは鼻で笑う。
「私、ようやく気がついたんですよ。イーアンがカッコイイんだって」
「何それ。もうイヤよ、そんなことばっかりなんだもの。私、勘違いばっかりされてる気がします」
「ダメなんです?」
「ダメとかではなくて。南でも凄いとか何とか。
戦ったの、必死だったのよ、私。龍がいても、もう死ぬかと思ってたのに。大変なのすっ飛ばして、褒めちぎられても。こんな中年のおばさんに、何誉めたってなんにも出てこないんだからね」
やけに疲労して、すねてるんだか、思い通り行かないんだか。イーアンはダビに本音を吐き出して、毛皮に顔を付けたままぶつくさ言う。ダビは暫くイーアンを見てから、ちょっと笑った。
「中年のおばさんですか。まあそうかもね」
イーアンが睨もうとすると、ダビがイーアンを片腕で抱き寄せた。イーアンびっくり。
「ちょっと。何よ、ちょっとこらダビ」
「うるさい」
ダビはイーアンを片腕でがっちり掴んで体にくっつけた。笑いながら『うるさい』と言い切られて、イーアンはもがく。『何してんの』ふざけてないで、とイーアンは言う。
「中年なんでしょ。おばさんでしょ。大人しくしてなさいよ。傷に触る」
イーアンはぴたっと止まる。ダビが小脇に抱えたイーアンを見ると、垂れた鳶色の目で睨み上げている。フフンと笑うダビは、イーアンのでこをピンと弾いた。
「あなたはね。無駄な無茶をし過ぎです。それが無駄すぎてカッコイイんですけど。俺もそうなりたかった。出来ないし、あなたはどんどん離れてく。だけど別にいいやって思えたんですよ。分かんないかも知れないけど、俺はあなたの一番近くの、一番頼れる、一番小さくて良いから大事なヤツでいようって思いました」
あなたがその内、ここを離れてもね、とダビはイーアンに一気に喋った。
「ダビはね。ボジェナがあなたを好きなこと、もっと見たほうが良いわ。私がカッコイイかどうかなんか、あなたに何の役にも立たないけど、ボジェナはあなたを剣職人にしたいし、大好きなの。ボジェナに目を向けたら、いろんな未来が開けますよ」
小脇から出せ、とイーアンはもがく。ダビは無表情にイーアンを見つめて、腕に力をこめた。
「俺がどう思うか。それは俺のことですよ。ボジェナは今後、付き合いもあるでしょうけど。ま、もう良いですよ。はい、お茶淹れて」
ぱっと腕を解かれて、もがいていたイーアンがベッドの枠に頭を打った。『いてえっ』と野太い声で叫び、転がるイーアンに慌てるダビ。『血が出たかもしれないじゃないの、バカっ』イーアンが涙目で頭を押さえる。
「すみません。そんなつもりじゃ」
「お茶淹れません。飲みたければあなたが淹れなさい」
血が出たかもと、ボジェナが作った金属の鏡面に駆け寄って、頭を見るイーアン。ダビは仕方なし、自分でお茶を淹れ、序にイーアンの分も淹れて機嫌を伺う。睨み付けられて、目を反らした。
「シャンガマックが帰ってくる前に、脛当を仕上げます。皮を削って下さい。あとね、破損マスクももらってきたから。南の弓部隊に渡しますので急ぎますよ」
もう、バカッ。と一言、怒り収まらぬ、頭を撫で続けるイーアンに吐き捨てられて、ダビは目を合わせないように頷いた。怒らせてはいけないと肝に銘じるダビだった。
ぶつぶつ文句を言うイーアンに、重圧が総長そっくりで耐え切れなくなってきたダビは、必要な材料を受け取って早々に工房を出た。『出来たらまた』短く挨拶して、扉を閉める間際、ちらっとイーアンを見る。イーアンが睨むので、慌てて閉めた。
よく総長はイーアンの機嫌を取っていられるな、と感心するダビ。だけど。初・小脇に抱えてみた感想は。
「いいかもね。ふかふかしてて(※毛皮)。垂れ目でこっち見てて。『中年のおばさん』か」
アハハハと声を立てて笑った。ダビが声を上げて笑う姿を初めて見た通りすがりの騎士は、驚き過ぎて壁に背中を打った。
「いつも適度に距離あったし。10コ以上、年上なのかもしれないけど。ハハハ。ああなると可愛いな、ホント。犬みたい」
なーんだ小脇に入るんだ、と・・・・・ 何か違う解釈で満足する(※犬かサイズの問題)。時々小脇に抱えて、からかおうと決めるダビだった。
工房では。イーアンは、ダビに小脇に抱えられたことが、少なからず頭にきていた。
年上になんて扱いするんだ、とちょっとご立腹。彼は友達(※マブダチ)と思っていた分、あの、対等を超えた、ややナメタ態度には怪しからんと思っていた。
「何よ。エラそうに。お茶淹れて、とか命令しちゃって。カッコイイとか誉めりゃ良いとでも思ってるのかしら。一番近くの何とかカンとかって(←記憶力悪い)意味分からないわよ。頭も打ったし(※重要)」
プリプリ怒るイーアン。血は出ていなかったが、小脇に抱えた態度が許せない。そら、私はおばさんだけど。あんな軽く抱えて言うこと聞け、みたいななめられ方。冗談じゃありませんよと、ぶつくさぼやいた。
「ボジェナとくっ付いたら、ちょっとは情緒不安定も治まるかしら」
はーやれやれ、とイーアンは今回の魔物の記録をつける。ダビに怒ってても皺が増えるだけ。何かボジェナの登場もあって『きっと感情が乱れてるのかも』と解釈することにして、ダビのことは終わる。
タンクラッドの契約の話もしないといけないし、槍の話もその時しないといけない。
パワーギアは自分が作る分野で、上手く出来れば力の弱い人も武器を使いやすいから、完成を早くしないといけない。
シャンガマックの脛当とスコープは、ダビに任せたから・・・・・ 後はオークロイに鞘を作ってもらうとか。手紙、読まなければ!
することが多くて、全部をメモにしてイーアンはぐったり。
今日はやらしいことしないで眠ろう、と決めて。ドルドレンが来るまで、ぼんやりする疲労した脳味噌を休ませることにした。毛皮のベッドに再び横たわり。暖炉の炎を見つめながら転寝するイーアンだった。
お読み頂き有難うございます。
誤字報告を頂きました!丁寧に細かい部分を見つけて下さった方に、心から感謝します!お手数をお掛けしました。本当に有難うございます!!そして、感想も頂きました!とても嬉しかったです!有難うございます!!
ダビの心境を最近少しずつ入れていますが、今回書いていて『Bones』(~OneRepublic )という曲が流れていて、歌詞をよく聞いていると、歌詞の内容がダビの気持ちととても近いと思いました。軽快な曲でかわいいというか、そうした気持ちの良い歌詞です。とても素敵な曲なので、是非聴いてみて下さい!




