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魔物資源活用機構  作者: Ichen
幕間『散るも連れるも』
2849/2856

2849. 面引き渡しまで・『念』片づけのタイミング・女龍とタンクラッドの魔物の門対応・狼男回収

 

 一緒に来い・・・では止まらず、親子にならないか?と引っ張ったオーリンに、ニダはずっと求めていた深い安心と、『家』を見つけた思いに浸る。



 黙って成り行きを見守っていた外野のバサンダは、二人の関係性など全く知らないが、ニダにはオーリンとの溝があったらしきことや、それが解氷した様子に、なんだか胸を打たれた。


 私の母も連れて行かれたな、と・・・ティヤーに来たせいか、不意に過ったが、母に対しては無事を祈るだけの距離が開いた自分がいて、それよりニーファの無事を思う。



「オーリン、私たちもどこかへ匿われると、獅子に聞きました」


 急いた思いが口を衝く。振り返ったオーリンと顔を上げたニダ。ニダはオーリンに『匿われるって、イーアンが話していた精霊の?』と尋ね、オーリンは頷いてそれを知らない面師に教えた。


「精霊に連れて行かれるのですか。私たちも一時的に?」


「そうだと思うよ。危なっかしい状況が落ち着き次第ってことなんだろう。淘汰から残った人たちが、世界にいるのは変わらない」


 オーリンの返答に少し考えこみ、では、と面師は切り替えた。じっと見ている細い若者に顔を向け、今度は共通語で話した。オーリンにも同時に通じるように。


「面を渡すのは、落ち着いてからかもしれないですよね。匿われるのがいつか分からないということは、私もあと三つの面を作る時間が必要なので、行って戻されてから続きの作業の可能性が高いし」


「お面、どれくらいかかるんですか」


「急いでいるので、一週間もかからないと思いますが・・・もし、今日明日にでも連れて行かれるなら」


「戻って来てから早くて一週間後、ということか」


 ニダとオーリンの交互の質問に『そうなる』とバサンダは答え、今の内にと懐に入れていた紙を出し、ニダに渡した。そっと受け取るニダは、この畳まれた紙を手にした時点で逃げ道を失くす。手紙に触れて戸惑う指先、それを支えるようにオーリンの両腕に少し力が入り、目が合って『大丈夫だ』と微笑まれた。


 バサンダは、ニダに紙を開くよう言い、ティヤー語で書いた文章を読ませた。


「ニダ、この文面を丸ごと覚えて、十二の司りに伝えるのです。一言一句、間違わないよう。意味を変えないように。お願いする文は、イーアンが教えてくれました。私が面を用意するまでに、これを()()で言えるよう覚えて下さい」


 自信に満ちた、肌の白い緑の目のティヤー人・・・ニダは彼を少し見つめて目を逸らし、またも揺れた憂慮に、しつこいかなと思いつつ尋ねる。



「バサンダさんは、『私だ』って本当に思うんですか。もし違う人だったら」


「違う人じゃありません。ニダですよ。あなたの特徴、顔つきとか夢でね」


「でも、夢で見た顔なんて、曖昧かもしれないし」


 疑うわけではないし怖気づいたのでもないが、ニダは確信がないので流されるままの状態。仮に違ったら、交渉どころではなくなってしまうのに。決定打でもあれば違う、と思っての呟きだが、バサンダは少し背を屈めて、オーリンの腕に納まる若者と目線を合わせた。


「私はね。面を作るんです。あなたも知っていると思うけれど、面師は人の顔を一度見たら忘れない」


「・・・はい。ただ、ほら、夢ってぼんやりしているし」


「大丈夫です。夢の中の人物は・・・気にしていたらすみません、先に謝りますが、額に同じ形の傷を持っていました。そして顔はあなたそのもの。背格好も同じ」


「それで、『男でも女でもない』、んですよね?」


 頷きかけたバサンダだが、繊細な尋ね返しに止まる。さっとオーリンを見てオーリンも複雑そうに眉根を寄せた。ニダは言い難そうに続ける。


 つい今し方、引き受けると決めて、オーリンに背中を押してもらったばかりだというのに、『もし間違いで自分が引き受けて、行った先でお前は要らないと言われたら』すごく傷つく。もっとちゃんとした人を、本当は行かせなければ駄目じゃないのかと。


「どうしてかな、って。世界中探したら、ティヤー人で外国に住んでいる人で、私みたいな性別のない人間もいるかも知れない、って思いました。額の傷も揃ったら、もう、私確定なんだろうけれど」


 一度、言葉が途切れる。ニダは自分でも何を言っているか、分からない。

 認めているのか、否定しているのか。性別がなくて疎まれて逃げ続け、隠されながら生きて来た自分に自信がないから、引き受ける大役にやはり心が後ずさりする。


 オーリンは『気持ちはすぐ切り替えられないだろうが』と慰めたが、ニダは彼を見上げて首を横に振った。バサンダも、何が言いたいのか見えてこないニダの取り留めない不安を、聞いてやるしか出来ず、次の言葉を待つ。



「私が引き受けるの、間違えてないなら頑張る・・・しかないけれど。でも、何でこんな。()()()()()()の人間なんかを」


 これを気にしてたかとオーリンが切なくなり、目を閉じる。選ばれた理由は、ニダが背負ってきた痛みにある。どう励まそうと思ったすぐ、バサンダが代わりに答えた。


 その、静かな緑色の目を真っ直ぐ、若者に合わせて。


「私の返答、精霊に聞いたわけではないから信じられないかも知れません。でも、精霊は男女の別がありませんからね。私が思うに、ニダは精霊に近い人なんですよ」


「・・・精霊に、近いなら、どうして私の人生は」


「相手が人間だからです。ニダ、私はテイワグナで囚われ、狂った人々の中で生活しました。最悪なんて言葉では言い表せない狂った世界です」


「バサンダが?」


「はい。詳しくは、オーリンに聞いて下さい。今は時間がないから少しだけ」


 そう言うと面師は、オーリンに『今からティヤー語を使います』と断り、ティヤー語でニダに話し始めた。その方が理解しやすそうに思えたからで、ニダもすぐ身を乗り出す。


「――狂った世界。でもね、長い年月をそこで過ごして、私を助けてくれたイーアンたちが引き合わせてくれたのも、人間でした。今度は最高に素晴らしい人間です。

 狂った人々は精霊の怒りを買って、罰せられたことを逆恨みして狂っていました。精霊を怒らせるほうがどうかしているのに、ですよ。精霊に近いニダに、酷い人生を敷いたのは、良い人間じゃないでしょう?」


「――それは、もちろんそうですが」



「――話を戻すと、精霊に近い人は差別も受けやすい気がします。特別な存在だから、悪い人間の目につく。それだけで。でもそんなことがいつまでも続くことはありません。必ず、良い人と会えます。精霊に近いあなたを、大切に重んじる人たちに。

 十二の司りに、あなたが会う。その日、あなたの人生は変わるでしょう。ここまでの苦しい時間は全部、()()()()()()()()()()()()()()()()()誰かのために起きた、と思えますよ」


 ニダは目を丸くする。うん、と頷く面師の優しい顔つきに、鋭い眼光が似合わない。ニダの胸に直撃した予言。私のこれまでは、誰かへの理解のため? 

 すとん、と納得してしまった瞬間、表情に出た理解を見て、バサンダは微笑んだ。


「あなた、です。私が夢で見て、この人に面を託さなければ、と思った人は」


 頼みましたよ、と屈めた背を起こした面師に、少しぼうっとしていたニダは、ハッとして『はい』と答えた。



 ここで、オーリンの頭に『まだやってんのか!』と怒る獅子の声が届き、オーリンは慌ててバサンダを連れて部屋を出て行った。



 *****



 同じ頃―――


 エサイに話した予定、『・・・粗方済んだら、人型動力とか動物型動力とか倒して、魔物も見つけたら倒して、多分、それやってる間に、残った人たちが治癒場に連れて行かれるので(※2845話参照)』を実行中の女龍。


 白い筒二本目をニヌルタと対応したイーアンは、龍気も減っているが、アオファを連れて移動するのは断った。

 次の筒が出た時、アオファが男龍の側にいた方が良い。それとこっちに、()()()()()()こと。

 エサイにアオファを見せたら、ずーっと気にして喋りそうで(※エサイは友達感覚)アオファなしでいいやと思った。龍気もさほど、使う気がしないのもあって。



「下、魔物だけど。いいの?」


「む。すみません、消します」


 エサイを抱えて飛ぶ女龍は、残り少ない魔物と人型動力を探し、空中から見つけると降りて倒す。降りなくても倒せる場合は、空からそのまま攻撃。少しばかり考え事をしていても、エサイが目ざといので見逃すこともない。


『魔物だ』と教えてもらったここは、島も周囲にない海の上。

 水面から透けて見えた影で大きさと数に見当がついたので、イーアンは首を龍に変えて魔物を消した。これで間に合う数・・・本当に急に減った、と思う。


 嵐は過ぎて地震もなくなり、波と風の強さが残っているだけのティヤーは、決戦開始から()()()、早々ともう終了に差し掛かった状況。



 次は、残った人々が治癒場へ連れて行かれる・・・・・・ 少し前から、引っかかることあり。


 青空を走る白い雲。強い風に煽られる波の白い飛沫。びゅうっと音立てて吹き抜ける風。ティヤーは、生き物も人影もなくなってしまったが、普段のティヤーの風景、この国の日常的な空に戻った。


 今は魔物も少なく、人型動力はまだ見ていない。安全をと言われたら無論だけれど、残った人たちをこの状況から治癒場に連れて行く意味はあるのだろうか―――



 ヨライデに、私たちが移動する。その時も、その後も、人々は治癒場にいるの?どのタイミングで彼らは出てくるのか。

 十二の面で、残った人間の無事を支えてもらう展開はあるようだが、意味と時期がピンと来ない。



「あれじゃないの」


「はい?」


「人間のこと考えてるだろ?」


「え、ええ・・・分かった?」


 イベント第二弾じゃん、と軽く返すエサイの狼の顔が女龍を見て、女龍は苦笑する。そんな言い方して!とちょっと注意すると、エサイは狼の黒い鼻でイーアンの顎をトンと突いた。フフッと笑ったイーアンに、エサイも笑う(※ワンちゃんの鼻がつく感じ)。


「あれ、って何ですか?」


「ん?だからさ、残った人間が治癒場に隠されるやつだろ?隠される期間は知らされてないけれど、治癒場から出たら世界に魔物とサブパメントゥがいるんだから、面で力添えを頼むとか」


 離し続けるエサイの見上げる目を見ながら、小刻みに相槌を打ちイーアンに、エサイは一度区切って、思うことを伝える。


「隠している期間、ラファルたちが追いかける『念』のついた人間がいるじゃん。そいつらは、治癒場に連れて行かれないで()()()()()とか」



 え――― イーアンの瞬きが増える。そいつらは治癒場に入らないかもと、言っているの?


 イーアンが黙っていると、エサイは察して少し頷いた。


「だって、どうせ片付けるんだろ?魔物もいないし、次は別の国に行くんだし、その前に他の人間を隠しておいて、悪党だけ出てたら片付けやすい」


 彼の軽い言い方は、いつものことなんだけど・・・ イーアンは、悪人も一緒に治癒場に入ると思っていたから。エサイの言う可能性は考えていなかった。

 狼男は前を向き、『あれ、魔物だよ』とまた教える。はいと答えて、イーアンもすぐに魔物を消しにかかるが、こんな時に限って。


「ダメだ、エサイ。あれは魔物の門」


「何?」


「祠が壊れたか。島が壊されたから」


 女龍が何を焦って言っているのか分からないエサイだが、話は一旦中止し、イーアンは大急ぎで向きを変える。


「どこ行くんだ、イーアン」


「呼びます・・・って、タンクラッドを呼ぶの。あれは私一人では対応できません。エサイは、近くで待っていて」


 はー?唐突なことに驚く狼男は、答えも貰えず、旋回したイーアンに近い島へ下ろされ、イーアンは大急ぎで連絡珠を取り出し――― 一分後。



「どこだ」


「あっちです」


「悪いな、トゥ。ここで待っててくれ」


「あ、私も」


「お前はエサイと」


 即行やってきた親方は、銀色のトゥとルオロフ付き。思いがけず顔を合わせた、元狼男ルオロフと現役狼男のエサイ、魔力回復したてのダルナを置いて、剣職人はイーアンに走り寄る。


「あっちです。私、ここから龍に変わりますので」


「分かった」


 イーアンはカッと真っ白に光り、島の砂を輝かせ、堂々迫力の巨体の龍に変わり、グーっと砂浜に下げた頭にタンクラッドを乗せる。


 わー・・・と見ている三者は振り返ってもらうこともなく、あれよあれよという間。女龍と時の剣を持つ男は、魔物が湧く崩れた島へ、大急ぎで向かった。



「バーハラーじゃなくて良かったな」


 ぼそっと呟いたトゥは、置いて行かれて不満そうではあれ、代役の龍ではこの速度でここへ来ていない・・・と暗にルオロフに伝え、ルオロフはそれに同意してあげた。それから、狼男を振り向いて貴族は質問。


「お前、()()()イーアンと動いているんだ」


 エサイは彼を見て、『獅子が留守だ』と分かっていることだけ答えたが、ルオロフはなぜか少し怒っていた。


 決戦で、人間が消えて、魔物も呆気なく減って、次の事態が迫っているのに。何だこいつの反応はと、エサイが怪訝に思った時、不意に。


「どこにいるかと思えば」


 砂地から生える大きな木々の影から、金茶の獅子が現れ、戻れと前脚を出した。エサイが何を言うまでもなく・・・狼男は、ひゅーっと灰色の煙に変わり、腕の手甲に吸い込まれた。


「やれやれ。手間かけさせやがって(※忘れてた)」


 唖然として見ている赤毛の貴族とデカいダルナを一瞥し、海の向こうの()()()()()をサッと見て・・・獅子は話しかけもせず、さっさと影へ戻って消えた。



 獅子は、あれが魔物の門と気づく。まだ、祠が壊れて出るなんてことがあるのかと・・・ 大陸の影響も静まったはずが、何でも融通が利くわけではないのも理解する。だから、かもなと。


 狭間空間を走り、獅子の足は息子の元へ急ぐ。


「ファニバスクワンは『精霊の檻』をバニザットに出せと命じたが、大精霊だけに知ってることは多いだろう。俺たちに話すことなんて、精霊の指先程度か。こうなると分かってて、『精霊の檻』立ち上げと」


 狼男を回収した獅子は、息子の待つ水中へ戻り、息子を乗せて後半戦の舞台へ上がる。

お読み頂き有難うございます。

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