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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台開始
2848/2851

2848. 面師が会いに・オーリンとニダの約束

 

「俺は使われるのがキライだと・・・ちっ。仕方ない。バニザットに言うわけにもいかん」



 バニザットに話したら自分が行くと言い出す。息子は正義感が強く、何かしないと後ろめたさまで感じるような気真面目な男だから(※褒める)。


「出払っていそうだが、船に誰か残ってるか、見に行った方が早そうだな」



 そうして―― シャンガマックの伝言を運んだ獅子は、今度はバサンダの夢に付き合って、息子に面倒をかけたくないから他の誰かに任せようと・・・アネィヨーハンへ向かった。まさか、そこに()()とは思うわけもなく。



 朝の黒い船は、異界の精霊に守られており、獅子は直接船の上へ。船橋から落ちる影を抜け、中に人の気配を感じ、龍気があると分かってオーリンと見当をつけた。が、もう一人いる。人間だが、あの軟弱な僧侶ではない(※クフム)。


 誰かも分からない状態で、姿を見せるのも少し気になり、獅子は船内へ入ってオーリンを呼んだ。


 頭の中に呼びかけたところ、オーリンは『今、そっちへ行く』と焦ったように答え、食堂の前の通路に呼んだ。通路は角に影が出来るので姿を見られにくい。誰も連れてくるなよとは言ったが、念のためだった。


 少しして、弓職人が小走りに来た。ヨーマイテスを見て『どうした』と先に尋ね、獅子は()()()()()()()()()()のを思い出し・・・ 話を聞いたオーリンは、さっと通路後ろを振り返り、また獅子に顔を向け『ニダを?』と返した。


「そいつの名前か。そいつは連れ去られていないか、確認したか」


「ニダ、って名前だ。ニダは・・・ 」


「オーリン。お前はそいつが残ったと言いたそうだ。どこにいる。一刻を争うかも知れ」


「部屋にいるよ」


 獅子を遮り、肩越しに後ろへ親指を向けた弓職人だが、気乗りしなさそうな、気まずそうな面持ち。

 部屋?と聞き返し、碧の目が通路の先を見る。船に乗っているのはそいつだったのかと理解した獅子の目つきに、オーリンは待ったをかけた。


「一刻を争うのは分かる。だが、ニダは今。その、ホーミットにはピンと来ないかも知れないけど、すごく不安定なんだ。いろいろ起こり過ぎて」


「そいつに話さないまま、助かるもんも助からないで良いって感じだな」


「そうじゃない。そうは言ってないだろ?」


「じゃあ、俺の話を通せ・・・じゃなかった。話だけじゃダメだったな。面倒臭いが、バサンダに会わせないとならないんだった」


「は?え?ちょっと待て、ニダを連れて行く気か?今、本当にニダは心が壊れそうで」


「オーリン、お前が止めるなら俺はここまでだ。十二の面で交渉する人間はニダ、とバサンダは夢で見た。それはお前で止まるんだな」


「ちが、違うって!待てよ、ホーミット。帰るな!ちょっと、待てって・・・ああ、もう」


 影に入りかけた獅子を止め、振り向いた呆れ顔にオーリンは項垂れる。何度も後ろを振り返り『ニダに』と言いながら、先が続かない。俺が離れている時間だって不安になってるだろうにと思う。


「どうするんだ。お前に付き合う気はない。今すぐ答えを出せ」


「う~・・・バサンダを。彼を()()()()連れて来られないか?」



 *****



『バサンダを連れて来てくれ』―――


 要は、オーリンはそう言ったわけで。

 獅子の目が据わり、明らかに怒っている顔に変わったため、オーリンは必死に言い訳して理解を求め・・・ 結果、獅子はむしゃくしゃしながら、その頼みを引き受けてやった。



 カロッカンまで、狭間空間を抜けてあっという間の距離、獅子の不満は止まらなかった。

 オーリン曰く『ニダは恐れが強くて、ホーミットにしがみつく』だとか、『途中で落ちるかもしれない』とか、『龍で運ぶには遠い』とか、『泣くかも』とか・・・


「知るかっ!」


 泣こうが喚こうが知ったことかと、ヨーマイテスはカロッカンに上がる手前で吼えた(※外には聞こえてない)。


 ()()()()()()()()で話しているのか、そこでまず頭に来た。お前は俺を使う気か、龍で運べ!と怒鳴ったら、オーリンの龍は疲れていて時間がかかるかも知れず、遠いテイワグナまで持たないと。


 非力な龍めと罵りたくなったが、グッと我慢して(※罵ると消される恐れあり)不承不承、バサンダを連れてくることにした。俺だって、狭間空間をバニザット以外で使えるものではない。これはサブパメントゥを通らないとならず・・・とここまで思って、カロッカン山林に上がり、気づいた。


「ダルナがいる」


 そうだった、と思い出し、ダルナに運ばせることに決めた。世界の決定が見え隠れする流れ(※都合良く解釈)。俺がバサンダを船に運ぶより、ダルナの移動に任せた方が早く、つまり世界示唆にそぐなう。


 そう思うと、オーリンに使われたのは腹立たしいにしても、少しは落ち着き、早く息子の元へ戻るためにも、獅子はさっさと工房へ行き、ニーファのいない工房で作業に取り掛かったばかりのバサンダに話しかけ、あとはトントン拍子に進む。


 バサンダは工程を調整していたところで、すぐに応じてニーファへ一筆残し、獅子と共に外へ出た。獅子に聞いたのは『居たからお前を連れて行く』のみ。どこに居て・それは誰なのかの情報は抜けているが、バサンダにとって、こうも早く見つけ出してもらえたのは有難いだけでしかない。


 人が少ない山に上がる道を、誰に会うこともなく進み、入った山林で獅子はダルナを呼ぶ。


 少し待って現れたのはアジャンヴァルティヤ。凝視するバサンダをよそに、獅子は事情を伝え、黒い岩石ダルナはあまり気乗りしない様子であれ了解する。バサンダと獅子に乗るよう首を示し、獅子はバサンダを背に乗せてから飛び上がった。


「落ちるなよ」


「はい」


 獅子から降りてダルナの太い首元に跨り、バサンダはゴツゴツした鱗を両手に押さえる。獅子が、いいぞと合図を出すと、二人を乗せたダルナは山林からフッと消えた。



 何度か消えては空に現れること数回。ダルナが最後に出たのはティヤーの風強い午前の海で、目の前に黒い船が停泊していた。


 朝も終わった午前の海は、波こそ高いが青く美しく、島々の縁に白い線を引く。

 バサンダは目を皿にして、ティヤーの島を上空から見つめる。生きてまたここに来るとは。感動こみ上げるも、次の一秒でダルナが船の甲板に出て、獅子はバサンダに降りろと命じた。


 飛び降りた甲板は、誰の船のものか。ここに話すべき相手がいるとしか分からないが・・・ 大きく立派な海賊船に感心する。


 こんな海賊船は、よほど権威を持っている人物でもないと仕立てられない。黒と焦げ茶を基調に造られた船は、威風堂々。帆は畳まれ、黒ばかりが目立つ威圧の様子、まるで黒い龍のようだとバサンダは太く力強い帆柱に見惚れる。


 今はそれどころではないと思いながらも、ティヤーの潮風と船に、心が満ちるバサンダ。


 獅子はその後ろで、黒い岩石ダルナに『少し待っててくれ』と頼んで往復することも伝え、面師に振り返った。面師は放心状態のように柱を見上げている。



「おい。ボケッとしてる余裕があるのか?」


「あ。いえ、すみません。その人物は、ここにいるんですね」


「らしいな」


 オーリンに使われたと思うとまた苛つく獅子は、ぷいと顔を背けて昇降口へ歩き、バサンダもその後をついて行く。ダルナは人のすっかりいない・・・波止場で、騒がれることもなく、どっかりと座って待つ様子。


 バサンダが通路に入るとすぐ、中から誰かの足音が聞こえ、少し急いだ感じのその音はどんどん近づいて、通路の角から人が現れた。


「あ、オーリン!オーリンの船だったんですか」


「バサンダ、久しぶりだな!俺たちの、だ。皆の船だよ。ホーミット、ありがとうな」


「とっとと話をさせろ。ダルナも待たせてるんだ、もたもたするな」


 再会を喜んだり、緊張したり、不貞腐れていたりのちぐはぐな会話は短く終わり、機嫌斜めの獅子に待っていてもらい、オーリンはバサンダだけを連れて行く。バサンダは通路に立つ獅子を気にしたが、『彼はニダに会わせられない』とオーリンが言い、相手の名も知った。


「聞いたかもしれないが、バサンダ。今、ティヤー人はほとんどいない。多分、テイワグナ以外は」


「ええ。さっき、そう教えてもらいました。その、ニダという人は男女の別がないんですよね」


「先に言っておくが、ニダは名前だけで呼んでやってくれ。彼とか彼女とか、無しな」


「はい」


「で、ニダは今、精神的に不安定だ。世話になった人たちが全員消えて、一人になった怖さに疲労している。だからお前の話も・・・俺が一緒に聞いておくが、同席は大丈夫だな?」


 そうなんだ、と理解したバサンダが頷き、一緒に聞いてもらった方が安心と答えたところで、オーリンの部屋の扉前。オーリンはバサンダをちらと見てから、扉を開けた。


 中を覗くと、一人の痩せたティヤー人青年の大きな目が、こちらを見ていた。その顔、その姿、額の傷。


「夢で見た人だ」


 バサンダの開口一番を聞いたニダは、瞬きして『発音が』と驚いた。


「――私はバサンダです。はじめまして」


 室内に通されるなり、ティヤー語で話しかけたバサンダに、ニダは戸惑いつつオーリンを見て、オーリンも少し意外そうに顔を向けた。バサンダは会釈し、ニダの側へ数歩寄る。


「――テイワグナで、イーアンたちに助けられた面師です。ティヤー人です」


「――あなたはティヤーの人なの?肌と目の色が・・・でも、そうか。ごめんなさい」


「――大丈夫です。私もこれを気にして、ティヤーから出たので。・・・ニダ、あなたに会いに来たのは、私の面を預かってほしいからです。面、預かるなど、何のことかと思われているでしょう。これから夢のお告げを伝えます。私の話を聞いてもらえますか」


 オーリンには分からない会話だが、ニダは警戒をしつつも、目の前の現れた白人のようなティヤー人に引き込まれて、あっさりと頷いた。



 *****



 簡単に自己紹介し、自分がイーアンたちと知り合いであることを告げた後、時間もないバサンダは夢に見た話をした。


 ティヤー語で聞くため、ニダに負担は何もないが、内容は初耳だらけ。チャンゼが死んでから心が落ち着く暇もなく、次から次に襲い掛かる災難と恐れが続いて、とうとう自分が前に出なければならない事態と知り、ニダは心が崩壊しそうだった。聞けば聞くほど、逃げたくて仕方ない。


 そんなとんでもないこと引き受けられない、私じゃない人ではないのかと・・・開いたままの口はそう叫びたかったけれど。


 バサンダの話は丁寧な説明が添えられていたが長くはなかった。用件は的確で間違いなく伝えるつもりだったバサンダが、3分ほどの話を済ませた時、ニダの不安で大きく見開いた目は瞬きが止まらず、何度も唾を呑みこんた口は閉じることなく、抵抗したい気持ちを発しようとしては言えずに揺れる。


 動揺が激しそうな若者に、バサンダは話途中から心配だったものの、この状態で任せて良いのか、事態が事態だけに懸念を抱いて、横に立つオーリンを見た。黄色い瞳と目が合って、彼も困っている。


「ニダ」


 オーリンの手が、見上げたニダの肩に触れる。ニダの細い手はすぐにオーリンの手を掴み、その震え方でオーリンはニダに両腕を伸ばして抱き寄せてやった。しがみつくニダは子供のようで『私は』と言いかけて止まる。


 背中をポンポン叩きながら、オーリンも『分かるよ』と不安を落ち着かせるよう、先を続けず、言葉を探した。



「ニダ。俺も一緒に行ってやりたいけど、それは出来ないから」


「うん。うん、だけど、私一人でなんて。舟は浅瀬のしか使えないし、海なんて渡れないよ」


「そうだな。そうだ。それは何とか、ええと。どうにか手を考える」


「オーリン・・・私。あなたを、チャンゼさんとコアリーヂニーと」


 しがみついたまま、急に話が変わる。背中を撫でていた手をぴたっと止めたオーリンに、ニダは腕の力を一層強めて抱き着いたまま『私は、受け入れるのが大変だった』と告白する。無言のオーリンは、ニダから離れずに窓を見つめ、ニダは大きく息を吐き、少し体を起こしてオーリンを見た。


「でも。あなたみたいになりたいと思った。強く。誰かのために。何があっても、誰かを守ろうとするオーリンが、頭から離れなかった(※2830話参照)」


「そんな強くねえよ」


 トンと額を付けて、オーリンは静かに答える。二人の額が付いた顔は近く、ニダの大きな目に張った水の膜が宝石みたいに光った。


「この話。私が、引き受けないとダメなんだよね?」


「言い難いけど、そうなる」


「オーリンなら」


「やるよ。俺しか出来ないなら、俺はやるだろう」


「私も誰かのためになりたい。嘘じゃない。でも気持ちが」


「役目を果たして、俺を許せるなら。俺と一緒に来い。一緒に過ごして、その中で、()()()()()()()強くなればいい」


 チャンゼみたいにはなれないだろうけど、とオーリンが目を伏せ、黄色い瞳半分、瞼に隠れる。

 傷のある額を付けたニダは、彼をじっと見つめ『私は臆病だ』と。黄色い瞳がまたこちらを見て、ニダは少し躊躇いながら答えた。


「一緒に行きたい。強くなりたい」


「誰だって、始まる前は臆病だ。イーアンだってそう言った。あの最強の龍ですら」


「イーアン。彼女も?怖いものなんかあるの」


「イーアンはよく苦しむ。誰より強いから、守り切れない時の苦しみ方は半端じゃない。守れずに傷つく人を思うと怖い、と言う。それでも戦って、吼えて、泣いて、自分を越えていた」


「仲が・・・いいんだね」


「俺は龍の民で、彼女は龍族。俺の同胞だ。俺の兄弟で、彼女は俺の血。彼女も俺をそう言う」


 ニダはチャンゼを思い出す。私の家族だった宣教師様。オーリンはイーアンを失わないだろう。イーアンは強く、オーリンも強いから。チャンゼさんを失った私は、強くもなく、独りぼっちで―― ここでまたニダの気持ちが、言いようのない寂しさと孤独と不安に駆られて萎む。


 黙ったニダに、オーリンは額を離して、その小さい顔をちょっと撫でた。


「お前も俺の、()()で、俺の血。どうだ、今からそういうの」



 ―――自分から言い出すことじゃないと思っていたが、ずっとニダが気になっていた。チャンゼさんが死んでから、会えなくてもニダが気がかりで、若い時の自分の孤立感を重ねているのも感じていた(※2750話参照)。


 俺は一人で生きて来たし、友達もいた。性格もこんなだから良いけれど。ニダは違う。


 持って生まれた体に振り回された人生で、両親は殺されて、死んだことにして生き続け、親代わりのチャンゼさんまで失った。これ以上、この子から()()()()()()()()()


 どう言い出そうと考えていたし、言わないまま立ち去ることも勿論思っていた。でも、やっぱり側に付いていたい気持ちが、この瞬間にこぼれる―――



「オーリンの、子供」


 私が子供?と、少しポカンとした後で、ニダの顔が上がる。

 オーリンは目を逸らさず、ちゃんと伝わったかどうかを確認したいように見つめていて、ニダは突拍子もない提案に、冷えていた胸の奥に生まれた温もりを感じた。


「俺の子供、っていうかさ。ちょっと年は、気になるかもしれないけど。でもそんな、変でもないだろ。俺は46で、お前が20代で。ありな年齢だと思う。俺はこんな見た目で、抵抗はあるかも知れないが。お前一人養う、くらいは、別に・・・皆にも、もちろん俺から話すし」


 答えないニダに、オーリンがしどろもどろで説明を付けたそうとして、うまく出来ず、ニダは吹き出した。


「若いお父さん、だね」


 オーリンの優しさが沁みる。素直に嬉しくて、素直に感動している自分に気づくニダ。

 涙でまとまった長い睫毛を、オーリンの親指がゆっくり拭い、オーリンも笑みを浮かべて『若いだろ』と返す。


「お父さんになってくれるの」


「ニダがいいなら」


「うん・・・ 急だから、ちょっと」


「焦んないで良いよ。イヤなら」


 ニダは返事をせずに俯き、オーリンの胸に頭を付ける。オーリンはその頭をポンポン。


「ニダ。俺は、お前から消えない。絶対に、だ」


 ちょっと掠れた弓職人の力強い声。ニダはその頼もしい響きに目を閉じ、オーリンの服を伝う彼の匂いと温度を感じながら微笑んだ。


 絶対に消えない・・・ 絶対、私を一人にしない人。強いオーリンの言葉に、怖さが薄れてゆく。


 イヤか良いかの返事はしなかったけれど、ニダは『お面。私、頑張る』と呟き、オーリンは『ニダならできる』と囁いた。


お読み頂き有難うございます。

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