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魔物資源活用機構  作者: Ichen
幕間『散るも連れるも』
2847/2955

2847. 水中にて~『原初の悪』の行為・面師に会いに


 シャンガマックが目を覚まして、フワフワする意識を少しずつ繋ぎ合わせたところで、気づいた精霊とカワウソが来て、彼に『原初の悪』は像になり、ダルナは絵に入ったことなど、大まかに話した。



「フェルルフィヨバルは、じゃあ、まだ」


「絵のままだ。あいつを戻して話を聞く方が早いには違いなかったが、()()()()()()


 ぼんやりする頭でシャンガマックも理解する。心配そうに見ているファニバスクワンに『どうだ』と具合を聞かれ、『回復しました』とお礼を言った。体を起こして周囲の模様にやっと気づき、ファニバスクワンの円陣にお世話になったのだと分かった。ここにダルナは、確かに連れて来られないなと思う。


 カワウソのヨーマイテスも、ファニバスクワンも、シャンガマックの話を待っている。


 顔色は戻って疲れも消え、強張った筋肉も違和感はない。発声も普通・・・片手に大顎の剣の柄を感じ、視線を向ける。剣はしっかりと鞘に入り、自分の腕の延長のように寄り添う。ホッとして、気持ちを入れ替え、騎士は二人に何が起きたかを伝えた。


 その話の内容は、ファニバスクワンの予想に沿っていた。


 故郷で目的を話し、剣の場所を聞き、滞在時間が長引いたのもあって、シャンガマックは剣の置かれた地へ急いだ。ダルナは勿論、迎えに来て、彼を途中まで運んだが、シャンガマックは『独りで取りに行きたい』と頼み、自戒も含めて現場へ歩いた。


 険しい崖の続く土地で、谷間は深く、部族の試練に使われる土地。この一ヶ所に、『焼いた剣を鞘に入れたまま埋めた』と聞いたので、シャンガマックはそこに辿り着いて掘り起こした。この時はもう夜で、星の下、掘り起こしながら様々な想いを感じて・・・


『俺は、油断していたと思う』とシャンガマックはヨーマイテスに呟く。


「会ったんだな。『原初の悪』に」


「うん。草と革に包んだ鞘を土中に見つけて、俺はそれしか目に入っていなかった。剣の上にあった棒状の石の覆いを外して、脇に置いたんだけど。外した石がなぜか独りでに・・・ 崖の上だったから、角度で()()()()のかと思った。

 剣を取って、鞘から剣を抜いたら高揚した心が騒いだ。剣を再び手に入れた巡りに、言いしれない思いが募った。新たに決意をした途端」


 ヨーマイテスは、息子が剣に心を掴まれていたのは仕方ないと思う。うんうん頷きながら、もう続きが分かっていた。ファニバスクワンも、シャンガマックの性格ならそうなると理解する。


 二人が思ったように、シャンガマックの前に『原初の悪』が突然姿を現し、獅子の責任をお前が取れと・・・何の防御の用意もなかったシャンガマックを捕まえた。


「俺の責任を、お前に」


「そう言っていた」


 ファニバスクワンと目を合わせるカワウソだが、シャンガマックが黒い精霊の腕に捕まれた瞬間、フェルルフィヨバルがその腕を弾き壊し、怒った精霊がダルナを一瞬で石に変えたと聞き、場は沈黙。


『それは、()()()()()のかもしれない』


 先に口を開いたファニバスクワンの、意外な一言。『原初の悪』がやり過ぎたと、同じ精霊が言う。大精霊の一人『原初の悪』だが、彼の存在する意味を出ている行動は=やり過ぎ、と映る様子。


「そうなんですか?でも、大精霊に攻撃したから」


『一方的な攻撃であるなら、非は加害側にある。ダルナはそうではなかった。お前を守ろうとした理由があり、また、一度で封じるのは違う。先に止めるものだ。止めて、尚も攻撃を続けるなら、別の形を通してダルナを罰する必要がある』



 罰を与えるのは、その瞬間ではない。 

 つまり、フェルルフィヨバルはたった一回の動きで、死と同じ状態を食らったため、これはやり過ぎだとファニバスクワンは教えた。


『お前たちもそうだろう。禁忌に触れて押さえられたが、罰を下されるのはすぐではなかった』


 拘束期間中のシャンガマックとカワウソの視線が合う。ファニバスクワンは、騎士の話で何となく状況を把握したらしく、『あの者が止められた』と言った。


 シャンガマックの話だと、ダルナが石に変えられた後、握られていた彼は突き落とされ、落ちた時の記憶がない。ダルナも崖の上で石に変わったのだが、ヨーマイテスたちが見つけたのは谷底の川端だった。


『移動させられたのだ。お前は、あの者の攻撃ではなく、あれを見ないよう目隠しを受けただけかも知れない』


「違う精霊に、か」


 先ほどの話を思い出したカワウソが尋ね、ファニバスクワンはちらっと見たが、頷きも否定もしなかった。教えるわけにいかない内容と、その顔に見て取る騎士とカワウソも黙る。


『原初の悪』は、もっと存在の深い精霊に、止められた? それは二人が受けた罰よりも、ずっと重きものと聞こえた。大精霊はもう一つの()()()()も教える。



『そして、『獅子の責任をお前に』とシャンガマックに言ったなら』


「言いました。ヨーマイテスが何をされたかと、俺は」


『ここにいるから(※流す)。獅子の責任と、お前は関係ないこと。また、獅子は突然にあの者の手を下され、それを()()()に過ぎない。私の援助だ』


 ヨーマイテスも、シャンガマックも。

 大精霊の立場が何をどこまで許可されているのか、知る由ないのだが。


 世界を整え導く、同じ立場のファニバスクワンが、二つの指摘を話してくれたことで、大精霊にも動きの限度があることを知る。


 混乱を引き起こして()()()()の『原初の悪』であっても、これについては例外ではなく、立場を好きに利用してはみ出してしまったことは・・・ なんだか、人間じみているように思えた。


「それで。像のように固められたのか」


 呟いたカワウソに、ファニバスクワンは答えない。そこまで話すこともないからだが、『他言はやめなさい』と注意だけはした。その注意で察したヨーマイテスもシャンガマックも、深入りはしなかった。



 *****



 それから、ファニバスクワンは『私もすべきことは済ませた。この話はここまで』と切り替える。大精霊は『原初の悪』に対処したらしき聞こえに、二人はそこも気になったけれど、話題は強制的に変わった。



『中間の地は、一つ区切りを越えた。淘汰の旅は行われた』


 こちらの一大事の間に、地上はすっかり人が減ったと聞き、シャンガマックは目が落ちんばかりに見開く。


 息子がそうなると思っていたヨーマイテスは、立ち上がりかけた息子の服を引っ張り『今、出て行っても、()()()()()()()()()』と止めた。不安と焦りに眉を(ひそ)めたシャンガマックだが、毎度の・・・勢いで動く自分を抑える。


『次は、残った人間が匿われるだろう』


 二人をじっと見てから、精霊は進行に問題がないことを伝え、シャンガマックも困った顔で何度も頷いた。


「・・・そう、でしたね。ふー・・・そうか。もう。俺が気を失っている間に、人々は。次が、祝福を受けた人たちの移動か。そう言えば、バサンダは」


 ふと、十二の面が過り、テイワグナにいる面師も連れて行かれるなら、とシャンガマックは俯かせていた顔を上げる。


「どうした。水なら俺が持って行った。昨日の朝だ」


「うん、そうしてくれると言っていたよね。有難う。でも俺は、別のことを思って。製作途中で連れて行かれたら」


「直前まで作っていそうな男だから、そうだろうな」


「作業中では良くない。作業を停止するように言っておいた方が」


 シャンガマックが気にしたのは些細なことかもしれないが、作業で塗料や接着を寸分の狂いなく進めていることで、あの仕上がりになることも聞いているし、いきなり連れて行かれて作業を放り出したら、彼はとても困るだろうと思った。


 それを話すと、大精霊とカワウソはピンと来ない顔をしたが、シャンガマックは『大事なことだ』とヨーマイテスに頼み込み・・・・・




「バニザットは気にし過ぎる」


 獅子は朝のテイワグナ山中に出て、放っておいたって変わらないだろうが、とブツクサ言いながら、朝っぱらからまた、ニーファを驚かせる。


 だがこれもまた、必然。

 獅子は翌日には来ないと思っていたニーファは気の毒でも、バサンダには朗報。それに、獅子が来なければいけなかったのも必然―――



 *****



 工房の台所で朝食を用意していたニーファは、またも獅子の突然の登場に悲鳴を上げかけたが、瞬時に口を閉ざされ、目を見開いて腰を抜かす。


 床にへたり込んだ人間に舌打ちした獅子は、ニーファを素通りし、大きな体でのそのそと『面師』の気配がする通路へ入った。外からでも感じた、異様な気配。これは面の作り出している歪み、と分かる。通路を少し進んだところで、その気配がふと消え、工房の扉が開いた。


「やはり、あなたでしたか」


 扉から出てくるなり、バサンダは獅子を見て安心したように目を閉じる。胸に手を当て『早く会えて良かった』とおかしなことを言う男に、獅子は『用事がある』とだけ先に言い、だが面師も用事がありそうな様子から、それを先に聞いてやった。


「俺に用があったのか」


「はい。あなたに伝えておこうと思いました。私が作る面を預ける人、その夢を見たので」


 夢ぇ?と獅子が眇めた目に、バサンダは慌てて『お告げのような夢です』と信憑性を推し、聞いてもらえないと困るので、捲し立てるように夢の内容を掻い摘んで話した。獅子は仏頂面で聞いていたが、思い当たる人物はいる。



「お前は俺に探せってのか」


「いいえ、私より多くの場所と人々を知るから、話しておきたかったのです。その人物らしき人を見かけ」


「心当たりはある」


「・・・ある?あ、あるんですか!」


 素っ頓狂な声で驚く面師から目を逸らし、獅子は『バニザットが言ってた人間がそうだったよな』と思い出す。話は聞いているが、獅子はちらっと見た程度(※2744話参照)。手仕事訓練所だか、教会だかで働いていたやつと見当をつけた。しかしそいつが、淘汰で消えていなければ、の話。


 黙って考えているらしき獅子に、緊張しながらバサンダは待つ。やはり彼は知っていた。彼に言うべきだったんだ、と時機が時機だけに特別な計らいをひしひし感じる。

 獅子は数十秒考えて、脇に逸らしていた視線を面師に戻し『良いだろう』と一言。何が良いんだろう、と余計なことを言わずに、続きを目で訴えるバサンダ。



「俺は心当たりだけだ。その人間と近い関係のやつを知っているから、まずはそっちに話す」


「有難うございます!広い世界に何名かはいると思いますが、今はもう、ただその人に」


「世に二~三人はいるかも知れないが、ティヤー人限定だろ?それで、()()()でも残ってるなら、そいつだ」


「え」


 思わず声が漏れた面師の反応に、獅子は『ああ、知らないのか』と教えてやる。人間は、ほとんど消えたこと。言葉を失うバサンダだが、『想像していただろ』と獅子に言われてハッとした。


「ええ、そうです。想像は。その・・・もう、他の国の人たちは」


「いない。テイワグナにいるお前が知る由ないのは当然だ。山ん中だし」


 はい、と頷いた面師が何かを言う前に、獅子は自分の用事を伝える。


「俺が来たのは、バニザットからのお前への伝言だ。お前たちもそろそろ、()()()()()()()()。作業中でさらわれても嫌だろ。もうやめとけ」


 匿われる?さらわれる?やめとけ、とは。理解が追い付かないバサンダに獅子の説明は足されず、大きな体の向きを変え、通路を戻り始める。


 あ、と思ったバサンダは止めかけて、止める理由がないと思い、あげた片腕を戻した。獅子はそのまま、台所へ進み、ニーファが後ずさったらしき音と、何かが落ちた音がして・・・ バサンダも台所へ行った。


 腰が抜けたというニーファを椅子に座らせてから、落とした調理器具を拾い、獅子が表の影に消えたと喚くニーファを宥める。そういう種族なんですよと何度も同じことを繰り返し、ニーファに『人間が消えたそうです』と教えた。騒いでいたニーファは止まり、瞬きし、眉根を寄せて面師を見る。



「消えた?他の」


「そうです。獅子がそう話していました。私たちはこの国にいるから知らないままですが」


「え。ってことはですよ、バサンダ。私たち」


「とりあえず、落ち着いて。夢の話をしたんです。獅子は男でも女でもない人物に心当たりがありました。その人物と関係ある人が知り合いだそうで」


「そ、そうなんですか!良かった。その人も残ってるわけですよね?面を託すのなら、連れて行かれていないってことだから」


「はい。ティヤー人で・残っている人であり・そして男女の別がない人。もし、獅子の心当たりの人物が残っていたら」


「バサンダ。面は十個目ですか」


 遮って答え、答えも遮って、矢継ぎ早のやり取りに、バサンダは頷く。今日から十個目で、あと二つ作ったら完成。


 獅子が来たのは、勘が告げた。正確には、獅子の到来を・・・ニーファの祖父の面が教えてくれたのかもしれない。不意に没頭が緩み、頭が浮ついた状態に変わり、周囲の音が聞こえた。あれ?と思った一瞬、獅子が来てくれた気がして、顔に付けた仮面を外したのだ。


 あと少しで、全部の面が揃う。自分たちがどうなるか分からないが、イーアンに任された『交渉する人に、面を預け、頼む内容を伝える』こと(※2813話参照)。ここまでが私の仕事だ、とバサンダは決めている。


 だから・・・獅子が『お前たちも一時的に匿われる。作業中でさらわれても嫌だろ。もうやめとけ』と気遣ってくれたけれど、それは出来ない。いつ手を止められても問題ない作業だけをしようとバサンダは思う。


 しかし、獅子の『匿われる』とは、一体。


 シャンガマックもイーアンも、そんなことを話していなかった。残った人間が暢気に喜んでいられない状況の世界とか、面を用意して十二の司りに頼むとか、彼らから聞いたのはそれだけで・・・・・


 獅子は、こちらが知っていそうな言い方をしていたのだが、バサンダは掠るものも思いつかず、不穏も感じて、これはニーファに言えなかった。匿われるという表現は、精霊の取り計らいを示しているのだろうか。


 それだけでも確認しておけば良かったと、獅子に聞きそびれた問題にがっかりする。


 この後、思いもしない相手から聞くとは想像するわけもなく。

お読み頂き有難うございます。

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