2846. 連動2つめ片付け・ドルドレン参加・待ち詫びるトラ・ファニバスクワンの話
「腹いせ?」
シムが引っ張り出した筒の前で合流したイーアンは、ニヌルタに状況を聞いて驚く。ニヌルタはちょっと笑い、『それだけじゃないけどな』と言うが。
目の前には幅1㎞はあるだろう巨大な白い筒。これが連動で出て来たのだが、ビルガメスが連動を早めたのは『腹いせ』が理由と知って、イーアンが呆気にとられる。
「とにかくな。放っておいたところで連動はするんだ。一度出て来たら、幾つか繋がって収まるまで、お前も気が休まらない。ビルガメスがやる気になっているんだし、シムもいる。連動をこっちで操作して、反応するものは片付けた方が楽だろう」
「・・・って、仰いますけれどね、ニヌルタ。そうかもだけど」
「問題ない。俺とビルガメスはこれで二回目だ。次はタムズとルガルバンダが来る。二回ずつ対処して、足りなければファドゥとシムに最後を任せるが、イーアンがいれば」
「あの。私も他にすべきことが」
「お前は龍だ。サブパメントゥが動き始めたなら、イーアンは俺たちと共に動く。タムズがそう言ったと聞いているが(※2782話参照)」
返す言葉もなく、瞬きして目を逸らしたイーアンに、ニヌルタは筒に顔を向け『お前が代わりにやるか?』と急に任せる。
「ビルガメスを休ませたいんだ。俺はまだ平気だが、あいつは寿命もあるし」
寿命があるのに腹いせで無理するビルガメスにイーアンは溜息を吐き、『寿命って言われたら断れないでしょう』と引き受けた。ビルガメスをこんなことで死なせる気はない。そもそも、それを出会いの最初に聞いたから、イーアンは空のために戦うと誓ったのだ。
「『原初の悪』への腹いせで、無茶をして。八つ当たりに近いですよ」
「そう言うな。あいつに手を出す方が良くない。大した理由もなく境界線を跨がれて、こっちが受け入れるだけなんてことはないんだ。まして、女龍にちょっかいを出され続けている龍族に、我慢など必要ない。
きっかけは腹いせでも、この時期にサブパメントゥを減らせたのは、俺たち龍族が中間の地に来たからだ。魔物も当然、減る。都合がいいだけじゃないか」
内容は正しいので、イーアンはニヌルタの言葉に黙って小刻みに頷く。ふと、センダラの発言も重なった。
――『いいじゃない。サブパメントゥも倒すんでしょ?あの白いの(※筒)は龍気を求めるだけでも、あなたたちが龍気を爆発的に出したら、近辺の魔物も一度に消せるし(※2838話参照)』――
センダラと同じ、と思う。男龍と妖精は全く違うけれど、何かこう・・・この御方たちに共通するものがあるのだろうか。
とりあえず。白い筒はもう、打ち上げ待ち。『はい』と了解し、事情を聴き終わったイーアンは、ニヌルタとタッグを組むことにし、ビルガメス側へ回った。
側へ行くとビルガメスに微笑まれ、交代を申し出たら、彼はあっさり『いいぞ』と下がる。
「忘れていそうだが、お前は思い出すと気にするだろうから、教えておこう。俺も記憶は戻った」
「あ」
「イングと会ったことがある。皮肉だが、中間の地の乱れる時空の動きは、俺にも整える作用があったようだ」
面白くはなさそうだが、ビルガメスは『イングと会った記憶』を戻したため、もうこの場所は用済み・・・のような雰囲気。
疲れていらっしゃるのねと思い、イーアンは『良かった』と答え、彼をミンティン付きで空に戻した。
イーアンも龍気が減っているけれど、アオファがいるので持つ。『良いですよ、ニヌルタ』イーアンは合図を出し、龍気を一気に膨張させる。向こうから『俺が先で、お前はすぐ続け』と指示が入った。
シムも先に戻ったようで、ニヌルタとイーアンが大きな筒の左右、アオファはその中間で呼応を増やす。
ニヌルタの龍気が、ぱんっぱんに龍気を張ったくらいで、イーアンも彼同様に溜め込むだけ溜め込んだ龍気を、半分、重い質に置換して――
静かな白い巨大な筒に、ニヌルタの龍気がカッと光ると同時、打ち込まれた。
外側に触れるのは、秒に満たない速さ。イーアンも待たずに龍気爆を当て、二人の龍気が筒を巻いた時、もう一発飛ばした。置換した方で、二連発。一度で三回分の龍気を放出された白い筒は、ふっと空間を縮め、筒の揺れで地面は剥がれ、龍気は下へ吸い込まれて地中にも食い込んでから・・・
ぶわーっと逆流し、瞬く間に筒を真っ白に染めて空へ駆け上がる龍気。この白の中に、さっと分裂遺跡の影が現れ、それも粒子になって消えた。
白が走った朝の空は、ひゅるひゅると残った旋風を置いて、普通の風景へ戻って行く。
「終わった」
イーアンが呟くと、向こうからニヌルタが近づきながら『今のは』と尋ね、脳内会話で説明。ニヌルタは笑って『随分、慣れたもんだ』と褒めた。タムズが教えてくれた、一度に何発も打ち込む方法。ニヌルタやシムの直線的爆発。イーアンは良い部分を取り込んで、自分の弱点や使える力を磨く。
本人にそのつもりはなくても、こうした行動で目の当たりにすると、男龍は女龍が、龍気を自在に操れる印象がつく。彼女も立派に女龍の能力を使いこなしている。ニヌルタはそれが嬉しく、イーアンの頭を撫でた。
「アオファはまだ大丈夫だろう。お前が連れていると良い。これで連動した二ヶ所は対処したが、あと一~二回はあると思っておいてもいい。もし他の国で出て来たら、それはお前じゃなくてこっちで手配する」
「そうですか。では、他の国でも出る可能性はあるし、アオファは連れて行っても」
ふと、思い出す。テイワグナで初めて連動を体験した時、焦るに焦ったものの、『他の国で起きた』と聞かされた。その時はイーアンが知らない間に、男龍が対処してくれた。
何も同じ国とは限らない。次はタムズとルガルバンダが出るなら、アオファは連れて行ってと気を回したら、ニヌルタは『そうか』とすんなり引き取った。
「お前が空に戻らなくなると、ビルガメスも俺たちも寂しいが。だがこんなお前を見てしまうと、あの小石を持たせておきたくなる。お前はどんどん、自由に強くなる。強くさせてやりたい。俺たちが知らない間に、イヌァエル・テレンの最高にふさわしい強さを磨いているんだな」
あんまり聞かない、ニヌルタからの誉め言葉。イーアンはちょっと照れて『頑張ってます』と答えた。小石、また持たせてもらえると良いなと願いつつ、一先ず、振動が落ち着いた大気に『白い筒』対処は引き上げ。
「それでは。この、海だらけ島だらけの国で生じたら、また」
「それは呼べ。お前も感じ取らない離れた場所は、こっちで」
多頭龍と共に上がるニヌルタに、手を振って見送る。ビルガメスの腹いせは済んだようだし、彼らが言うようにサブパメントゥもかなり減った。魔物も減ったとバニザットは教えてくれた。
腹いせは『原初の悪』に手を出されたからで、ビルガメスは記憶を戻しに降りるついで、中間の地を頼らざるを得ないむしゃくしゃした気持ちを『白い筒』にぶつけたかった。それは叶ったので、もうすっきりしたんだろう。
「あの精霊は・・・これをどう捉えたか」
ビルガメスたちが降りてきたこと。『原初の悪』はどこからか見ているのだと思うと。小さな溜息を吐き、イーアンはエサイの待つ島へ向かう。
ニヌルタもビルガメスも、イーアンにそこまで話さなかった。『原初の悪』が次に何かやらかしたら停止を受ける、なんてこと。
知らないイーアンは『原初の悪』にモヤモヤしながら、エサイを迎えに行き、彼と一緒に、残っている動力・魔物を倒しに出る。
この時、戻ってくるニヌルタとすれ違いに―――
「ショレイヤ。ティヤーのどこへ行けばいいか、俺は分からない。お前が感じ取れる仲間の場所へ連れて行ってくれないか」
藍色の龍に乗るドルドレンは、久しぶりに地上の空へ。ビルガメスが来て、地上へ降りる許可をされ、ショレイヤを呼んでもらい、勇者はようやく。
*****
戻ってくる、と真っ先に感じ取ったのは、精霊ポルトカリフティグだった。ドルドレンが空を抜けたくらいで、精霊のトラは気付き、彼がどこに降りるかを待つ。
間に合って良かった・・・ ポルトカリフティグは、自分がいない間(※幻の大陸)に彼が戻って来ていたらと心配していたが、大陸から出ても勇者の存在を感じられず、まだ空に居るのか、もしくは何かあったかと気がかりで、空から龍と共に近づいてくる勇者に心から嬉しく思う。
彼がどこに降りても、そこへすぐに行けるよう、ポルトカリフティグはドルドレンが地面に足を付けるまで根気良く待った。が。
なぜか、ドルドレンは地上に降りようとしないのか、待ってもちっとも地上に気配を帯びず。
魔物は空に出ていない。それは、異界の精霊が空に出た分を、早々に片付けたから。嵐と地震で堰を切って現れた魔物たちは、殆どが海と海底から陸へ上がったため、空は微々たるものだった。
その魔物も南に集中して広がったものの・・・一つ所に集まっていた残りは、突発的な龍族の采配(※白い筒)に消滅した。龍族はそれを知っていて行ったかどうか。彼らの目安は、因縁のサブパメントゥにあったようだったが、余波は魔物の残りも消した。
『もう、他に残る魔物もほとんどいない。北はサブパメントゥと人間の道具(※動力)だが、あれらも異界の精霊と妖精が壊している。南に魔物と同じ道具はまだいるにせよ、それもドルドレンの仲間が追い回している。ドルドレンが、敵に遭遇するほどいないというのに』
トラは、ドルドレンの行動が読めず・・・ 待つだけ待ってから、迎えに行くことにした。彼が空中から降りてこないなら、下から呼ぶだけ。
『お前に託された物も預かっている。太陽の使者(※馬車の民)は、会うに間に合わなかった勇者へ渡したいものが』
ヨライデの馬車の民が、精霊に頼んだ、勇者へ届けたかった歌。
ドルドレンの友達が頼んだ挨拶。精霊は自分の願いも他の者の願いも抱え、ドルドレンの側へ向かう。
この時、ドルドレンを待っていたのはポルトカリフティグだけではなく―――
『あいつをやはり、捕まえないと』
力の消耗が激しく、体半分が煙のまま移動する『燻り』も・・・ ドルドレンを探す。
*****
地上絵から水中へ移動した獅子は、すぐさまカワウソに変わり、シャンガマックを引き取った長い銀色の鰭―― ファニバスクワンに目を向けた。大精霊は獅子についてくるよう目で先を示し、倒れた騎士を連れ、『ファニバスクワンの絵』に彼を置いてから、ゆっくり回復を促す。
「バニザットは」
『前のように、時間をかけて回復させよう(※2689話参照)」
前とは。サブパメントゥの奥へ入って、『コルステインの面』を使用してもバニザットが影響を受けた時の話。あの時とは状況も違うだろうに、それと同等なのかと心配募ったカワウソに、察した精霊は『相手は・・・その手、だ』と影響力の強さを分からせる。例え、直接ではなくても、回復に簡単ではない。
「バニザットは何をされたんだ。フェルルフィヨバルは彼を守ろうとして、ああなったんだろ?」
『夜は長い。シャンガマックが回復するまで、私が教えてやれることを話す』
ファニバスクワンはカワウソと少し離れた場所に落ち着き、ダルナの状態をまずは尋ね、『絵にしたまま』と知って『それはそのままにしておくように』と命じた。ファニバスクワンの領域にダルナを出すつもりがない、と理解した獅子はそれを了解する。
『シャンガマックとダルナは、あの者に狙われたのだろう。彼らが『その手』に立ち向かえる強さはない』
「・・・・・で?」
『あの者はシャンガマックを捕らえる前で、ダルナに攻撃を受けた、とする。ダルナは当然、あの者に押さえられた。だが『その手』は、異界の精霊を直接管理することはない。倒すこともない』
ヨーマイテスもそれは分かる気がした。『原初の悪』相手、異界の精霊は消されこそしなくても、攻撃と思しき態度を認識されたら封じられる位置にいる。それはこの世界の正統。彼らは下手な動きをしなければ放置され、その存在を許されているだけで。
水の精霊は、小さく頷き続けるカワウソをじっと見て、少し間を置いてから続けた。
『お前も見たように。あの者は像となった。理由は私にも分からない。シャンガマックは、あの者が像に変わる様子を見たかどうかも分からない。見る前にあの者の手に縛られたかもしれないが、もう一つの可能性は見られないようシャンガマックが倒れた、とも』
「待て。見られないよう、とは何だ。他に誰かいたような言い方だ」
聞き捨てならない、第三者の仄めかし。ヨーマイテスが怪訝そうに止めたので、ファニバスクワンも答えられる範囲で答えた。
『精霊を止めるのは、精霊であろう』
お読み頂き有難うございます。
ここから少しの間、決戦らしくない話が続くのですが、物語の流れに必要なので、どうぞご了承ください。




