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魔物資源活用機構  作者: Ichen
一の舞台『アスクンス・タイネレ』
2842/2955

2842. 幻の大陸 ~④率いる馬車の民・クフム・ニダ・タンクラッドとルオロフ合流

 

 草原で、ジャス―ルは叫んだ。


 彼の大声は、溢れかえる憎しみと嘆きを割るような大きさではなかったが、その言葉は草原を埋める全ての耳に届く。



「聞いてくれ。新たな世界へ行かなければいけない時を迎えたのを」


「ここにいる全ての人が、守られるためであることを」


「これまでの世界に残される人々は、大いなる存在の祝福と共に、俺たちの帰りを待つことを」


 ジャス―ルが区切りながら叫ぶ。暴徒と化す人々の勢いは収まらないし、聞けば聞くほど滾る怒りをぶつけてくるが、ジャス―ルは自分が得ている情報を、何度も繰り返した。


 仲間の馬車の民も驚いていたが、周囲の静まらない中で、若いテイワグナの青年の言葉を復唱する者も出てくる。ジャス―ルの言葉は短く区切られ、言い聞かせるように続き、全く効果がないにも関わらず。


 列をなす他の馬車から同じ言葉の復唱が増え、誰かが楽器を鳴らした。


 バラン、と弦を指が弾く音。曇り空に流れた小さな弦の音は、けたたましい怒りの波を縫って、木霊する。


 パララン、バラン、タタン。楽器の音と分かるや、荷台で楽器を奏で始める馬車の民は、ジャス―ルと復唱する者の声に合わせて音を付け、それは戦の如き草原の混乱の上を飛ぶ。


 アスクンス・タイネレに、馬車の民の歌が渡る。


 テイワグナのジャス―ルの声に、ハイザンジェルのデラキソスが即興で説明を歌にし、アイエラダハッドの古歌(※2053話参照)が古い時代の旅の仲間を挟み、自分たちが逃される間に戦う人々の苦悩を伝えた。ティヤーの歌い手は、この世界を人間が出る時の歌を合間合間に差し込む(※2653話参照)。ヨライデの歌い手は、魔法のような夢のような希望の言葉を、合いの手に入れた。


 各国の馬車歌の一部ずつが、全く繋がりのない流れで歌われていても、届く耳には不自然ではない。来たるべき時の瞬間に自分たちがいることを、怒鳴り悲しむだけだった人々が少しずつ理解し始めた。


 ポルトカリフティグはこんな光景を初めて見るのだが・・・馬車の民がこの世界に連れて来られた、最初の時もこうだっただろうかと、思う。



 馬車の民を中心に、左右には世界中の人々がごった返す、そこに紛れた一人もこれまでに度々聞いた、世界の昔話を考えていた。


 左右をちらっと見る。知らない人だらけ。知り合いがいても困るな、と前に顔を向ける。親がいても嫌だし、出来るだけ・・・()()()()、以前関わった人たちと会わずに済むよう祈った。



 ――オーリン。私は戻れないかも知れないですが。もし戻れたら、また会いたいです。


 船室で辞書を作っていたが、手を止めて紙を一枚引っ張り、急いで手紙を書いた。何か()()予感に駆られて。

『また』まで書いたところで文を追っていた目に、海と灯台が映り、その光に照らされた。驚いてペンを落とし、瞬きしたら草原にいた。


 クフムは、生きて戻れたらこの話を聞かせようと思う。非力な自分がいつまで生き延びるか、まずはその心配が先なのに。



 *****



 イーアンたちが門を開くまで、あと少し。ザハージャングが現れ、イーアンとエサイと、魔法が切れて人の姿に戻ったラファルがびっくりした頃。


 アスクンス・タイネレに、連れて行かれた人々と反対に―――



「魔物、少なくなって来たんじゃない?」


「こいつらも出るところを変えていそうだな。サブパメントゥと分担でもしたか」


 そんな頭ないわよと、ミレイオが吐き捨てる。オーリンは龍を下り、今は甲板の上。ごそっと海賊が消えた船を操れるわけもない二人だが、一人だけ残っていた男が船の動かし方を伝え、どうにか今は無事。


 早いところ、異界の精霊か誰か、人手なくても船を動かせる力を呼びたいが、今は魔物の相手のみ。


「死霊って、面倒だったのね」


 ぼそっと呟いたミレイオは、魔物より割合の多そうな死霊の特徴にげんなりしていた。人間を殺し続けている感覚に陥る。これは違うと理解しているのに、実際にいた人たちの頭が付いているだけで、こうも罪悪感が違うとは。一度、見境を失くして殺し回った時の後悔を思い出す。


「精神的に来るよう、仕向けてるんだ。頭で分かってても、よっぽど非情か割り切ってないとな」


 オーリンも嫌そうでミレイオの表情に頷く。ミレイオはふと思い出して『あの子、大丈夫かしら』と後ろへ目を向けた。あの子、が誰かをすぐ察したオーリンだが、答えられない。職人は連れて行かれたと思う。()()は。


 高い波間に人の頭を出した魔物を見つけ、甲板から力を使ったミレイオがオーリンより先に倒す。さっと振り向いて『見て来たら』と言われ、オーリンはちょっと躊躇ったが龍を呼んだ。


 船員一人、ミレイオ一人。シュンディーンは今、休ませている。


「早目に戻るよ」


 ガルホブラフもずっと乗っているので休ませないといけないのだが、ピインダン地区までの往復だけ・・・悪いな、と友達に謝り、オーリンは手仕事訓練所へ急いだ。



 嵐だろうが何だろうが、龍であればあっという間の距離。

 訓練所横と裏の川が増水しており、桟橋の一部が激しい水を被り続ける。屋内に光があるが、それは蝋燭のような小さな明かりで、オーリンは真っ暗な中を走って訓練所に駆け込んだ。


「ニダ、ニダ!いるか!」


 増水で足元が見えなかった裏を避け、正面の扉を押し開けた時、鍵がかかっていないことと、扉がきっちり閉じていたことで、誰も出ていない気がした。魔物が来た気配もない。襲われてはいないはず。


 職人二人とニダが残った訓練所を、オーリンは大声で名を呼びながらニダを探した。


「ニダ、いるのか?ニダ!俺だ、オーリンだ!」


 何回呼んだか分からないが、連れて行かれたかもしれないと思う気持ちが増してゆく。連れて行かれたとしても・・・そんなのは仕方ないけれど。気持ちと裏腹に、オーリンはニダがどこかにいてほしいと願うあまり、入ったことのない倉庫や職人の調理場も駆け回った。


 職人二人がいないので、彼らはやはり連れて行かれたと思うのだが。ニダに、そう思うのは気持ちが嫌がる。


 居ないのか。居ない、かもしれない。 オーリンの足が止まり、真っ暗な部屋と廊下は、屋根を叩く雨の音だけが響く。


 ふと、さっき外から見えた蝋燭を思い出した。気が焦ってここへ入るなり、蝋燭みたいな小さな明かりを忘れていた。


 そうだ、俺は何してんだ!と自分に呆れながら、オーリンは濡れた髪をぐっと後ろへ撫でつけて、外から見た蝋燭の位置を考える。裏の川に近い部屋・・・部屋の並びか? 心許ない明かりは自分の思い込みかもしれないが、一先ずその部屋へ行く。


 木の扉、隙間、そんなのだらけの訓練所で、小さくても光は漏れるだろう。平屋の訓練所は広く、入ったことのない通路を進んだ先に、淡い僅かな光を見た。あれだ、と急いでその部屋へ行き、鍵のない扉の浅く開いた隙間に見た光景に思わず叫びかけた。


「ニダ」


 そこは風呂場で、床に倒れたニダは口から何か吐いた後だった。慌てて抱き起し、消えかけた蝋燭の皿を見て、オーリンは感謝する。もう、芯が残っていない蝋燭はほとんど溶けていた。


「お前、なんでこんなところに」


 吐いたのだろうが、胃に何も入っていなかったのか、吐しゃ物ではなく胃液だけの様子。毒でも飲んで自殺を図ったのかもしれないと思ったけれど・・・今は、四の五の言っている場合ではない。


 抱え上げたニダの体は熱を持ち、動かされて呻いた。よく見えないが顔も赤いのかもしれない。元から肌の色が濃いから判断しにくいが、間違いなく熱が出ている。オーリンはニダを抱えて風呂場を出ると、工房の前掛けが掛かる壁から一枚外してニダを包み、しっかり抱き締めた。


「ちょっと雨ん中だけどな。我慢しろ。すぐ、すぐ助けてやるから」


 ガッチリ抱き締めたニダと一緒に、土砂降りの外へ出る。ガルホブラフは待っていて、オーリンが跨るとすぐさま浮上した。行先を言わなくても、オーリンがどこへ行きたいか分かっている龍は、真っ直ぐ、黒い船へ向かう。



 *****



 トゥが残党をめいっぱい片付けた夜明けから、タンクラッドは魔物を倒し続け(※2829話参照)、途中でトゥに休憩を促されて仮眠を取り、その後、トゥが大陸へ行くのを送り出して、船に戻されたのが真夜中(※2838話参照)。


 船に降ろされたタンクラッドは、船内に誰もいない状況を確認してからルオロフを見つけに行き、ルオロフがアマウィコロィア・チョリア島から移動したと、『辛うじて見つけた人』に聞いて、隣の島へタンクラッドも移った。


「どこもかしこもだが。ほとんど、人がいない。これほどいなくなるとは」


 身動きに困る状態なので、久しぶりに龍のバーハラーを呼び、不機嫌そうな龍に頼み、隣の島を探しにかかる。


 大嵐の中、陸に上がった魔物を幾つか見つけ、一人二人で対戦している姿や、逃げる必死な人たちを守り、進む。こうして何度か倒した数回目で、ルオロフと会った。


 ルオロフがタンクラッドの登場に先に気づいて声をかけ、豪雨のど真ん中で二人は無事を喜んだ。


「無事だったか」


「戻ってきたんですね、タンクラッドさん!トゥじゃ、なさそうですが」


 龍の背に乗る剣職人を見上げ、トゥはどうしたのかと尋ねようとして、タンクラッドに移動の理由を質問される。引っ切り無しの雨で、お互いずぶ濡れの会話。


「移動したと聞いた。アマウィコロィア・チョリアはまだ魔物が出ているぞ」


「そうです。でも人型が。私の剣じゃないと通じないので」


 魔物も退治していたけれど、雨で人型を倒すには、自分の剣以外、おかしな衝撃を受けて攻撃不可能に陥るんだ、と話す赤毛の貴族に、タンクラッドは濡れた顔を手で拭って理解する。


「そうか。で、()()()()()()に預けた」


「はい・・・?」


 薄緑の目を龍の明るさに瞬かせ、貴族は拍子抜けしたように聞き返した。雨の音で消されたかと、タンクラッドが龍の背から少し身を乗り出し、もう一度尋ねる。ルオロフは、何が起きたか察し、その顔にタンクラッドも、気づいた。


「船にいなかったのですね」


「連れて行かれたんだな」


 そうなるとは思っていたし、彼は祝福を求めなかったから、当然なのだが。居るものだと・・・これだけ、地上から人が消えたのにもかかわらず、二人は『クフムは船にいる』と思い込んでいたことに、少し気持ちが沈んだ。


「仕方ない。感傷に浸るのは後だ」


「はい」


「ルオロフ、人型はどこだ。俺の剣でも倒せる」


「先ほど向こうで二体倒しましたが・・・少し前に、人間がいなくなりましたため、人型も」


 皆まで言わずとも理解はできる。分かったと頷いて、ルオロフに乗るよう言い、タンクラッドは気難しい龍に『彼も乗る』と頼むと、バーハラーは嫌がらずにルオロフを乗せた。


「バーハラーが嫌がらないなんて、珍しいな」


「そうなのですか。すみません、よろしくお願いします」


 タンクラッドの背中越しに挨拶する貴族に、バーハラーは顔を傾けて受け入れる。ますます珍しい行為だとタンクラッドは思ったが、嵐に押されて濡れる最中、こんなこと考える暇はない。


 魔物と人型を倒しに、浮上した・・・すぐ。ふっと現れた銀色の双頭に、バーハラーは分かっていたように止まった。


「トゥ、終わったか」


「終わった。俺の目論見通りだ。それでな、タンクラッド。少し俺は用事だ。後でな」


 言いたいことだけ言って、トゥはちらっと龍を見るとあっさり消える。ちょっと待てと腕を伸ばしたタンクラッドだが、バーハラーと目が合ってやめた(※機嫌悪いとすぐ落とされる)。


「トゥの話は後でな。バーハラー、人間がもうほぼいないだろうが、とにかく魔物退治だ」


 燻し黄金色の龍の首をポンと叩き、行先を龍に託す。


 龍は二人を乗せて加速し、一つの島を片っ端から倒して回ると、次へ向かい・・・タンクラッドとルオロフは休むことなく戦い続けたが。

 誰かの頭を付けた魔物は残酷で腹立たしいにしても強くはなかったし、人型動力も放置されて動き回っているばかりで倒すに難しくない。


 眠らない体に疲労はあれ、皮肉にも人目を気遣う苦しさがない分、ひたすら剣を振るうことに二人は悩まなかった。


「どれだけの人間が残っているか。決戦が終わったら調べよう」


「その時間はあるでしょうか」


「なくても、だ」


 タンクラッドも仲良くなった人々を想う。もしも世界に残っていたら、まだ危険はあるから。

 少しでも助けになるような、何か・・・何を渡すべきか決まっていないが、次の国ヨライデへ出る前に、彼らの無事を守れるものを渡したいと思った。


 ルオロフは頷いたものの、孤独な自分は誰に会うことも探すほどのこともない。ただ、クフムのことは少し胸が痛んだ。彼は残れなかった。分かっていても、どこかで残るのではないかと勝手に想像していた。

 彼を少なからず、仲間と認識していたからかも知れない。ルオロフは、彼の無事を祈るだけしか・・・     



 一日、駆けずり回ってもルオロフはまだ体力に余裕があり、心の疲れがないことで体の疲れはさほど気にならないのもあるが。


 クフムたちの立場も厳しいと思うものの、気になり続けるのは残った方の問題。これは、解決の手段が用意されているのか?と何度も思った。


 タンクラッドさんは口にしないから、気づいていないのかもしれない。彼も大変だったから、今はそこまで意識が回らなくて当然だけれど。


 人々が一斉に消えてから―― 人のいない民家を何件も回り、海岸や通りに出た魔物や人型を倒し、僅かに聞こえる人の声を頼りにそちらへ急ぎ、ちらほらと残された人たちを励ましながら、家に居るよう頼んだり、安全な場所へ行くよう話したり。それ以外に、確実に聞かれたたことがある。



『この先、どうすればいいんですか。一人では生きていけない』

お読み頂き有難うございます。

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