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魔物資源活用機構  作者: Ichen
一の舞台『アスクンス・タイネレ』
2841/2953

2841. 幻の大陸 ~③『門番』決定・馬車の民、導かれる民の草原

※少し長くて6500文字ほどあります。お時間のある時にでも。

 

 男龍が分けた、勝負の場面は――― 白い筒が現れた時間に、話を戻す。


 イーアンに手綱代わりの鎖を握られたザハージャングは、下に連れられる最中で、急に向きを変えて海へ飛び、驚いた女龍が鎖を引いた途端、鎖が引き千切れた。



「うおっ」


 ヤバいと焦った女龍は、海に突進するザハージャングを慌てて追う。ここでサブパメントゥの気配も感じる。スヴァウティヤッシュが集めて来たのだと思い出したは良いものの、ザハージャングがやつらと接触してはいけない。あくまで囮なのに!と焦るイーアンは、追いついた奇獣の尾に急いで手を伸ばし―― 


『イーアン、下がれ』


 同時に頭に響いた声――― ハッとして手を引っ込めたイーアンの目の前を、ガンッと引っ叩いた衝撃音と共にザハージャングの巨体が掠める。奇獣は大陸の方へすっ飛び、イーアンは背後を振り向く。


「トゥ!」


 瞬きする目を両翼に付けた双頭のドラゴンが、呪われた双頭の龍を吹っ飛ばしたが、ザハージャングは地に落ちる前に旋回して向きを変えた。


 二つの体を持つザハージャングと、異界から来た双頭のドラゴンが、アスクンス・タイネレの空で向かい合う。



―――なぜ、トゥが。そう驚いたのも最初だけで、イーアンはトゥの物語を思い出す。


『善神が仕置きに来て、ドラゴンはまた罰を受けてから、民の道を守るのだ。』


『もしや、トゥは。自分の姿を引き継がれたのが、ザハージャングと捉えているのだろうか。この世界に放り込まれるや否や、また罪の対象を作った自分に、清算するつもりで。(※2530話参照)』―――



 この状況、良いのか。でも、トゥを止める気になれず、イーアンは下がる。直感でそうした方が正しい気がして。



 サブパメントゥが集まる、幻の大陸側。イーアンが驚き、トゥが現れ、ザハージャングと顔を合わせ、間髪入れず攻撃・・・だがこれは長続きしない。トゥは積年の怒りを抑え、察知した次の展開(白い筒)の衝撃に便乗する。


()()()さないでやろう」


 自分に言うように。トゥの二つの首が同時にそう呟いてから、ザハージャングが唸りとも違う叫びを上げ、トゥの片翼が畳まれた次の一秒。


 強烈な龍気の膨張と轟音、海から出た白い筒が一瞬消える。


 ザハージャングは、サブパメントゥに呼ばれた時、そちらを優先するように運命づけられているが、膨大な量の龍気の発生につられた。

 近くの海底に上がったサブパメントゥは、男龍が瞬発的には放った龍気を浴びて倒れ、これに伴いザハージャングへの呼びかけが途絶え、ぐらりと揺れた奇獣の動きが鈍る。


 機会を逃さないトゥの翼が広がる。翼の大きな両目は灼熱の炎を噴射し、棘だらけの銀の躯のような奇獣は、異界の精霊トゥの翼が煽った炎に叩かれ、アスクンス・タイネレの地面へ飛ばされた。


 トゥの魔力は一気に最高まで引き上げられ、次の攻撃に力を籠める。宙にもがいて向きを変えようとした奇獣に、先ほどの何倍もの業火を絡め、身動き一つ取らせず地面へ押し付けた。



 その時を、トゥは目に焼き付ける―――



 ザハージャングは地面に落ちたが浮かび上がり、また飛び立とうとする。

 まさか、とダルナは()()()()が、奇獣は地面すれすれから上がらず、何かの力で引っ張られ始めた。ザハージャングは地面を引き擦られ、あっという間に遠くへ。



「門番か。本当だったな」


 門の場所へ、連れて行かれたのだろう。用事の済んだトゥは、この大陸に近寄り過ぎないことを選ぶので、すぐに下がる。

 一歩間違えたら、俺が()()()()()可能性もある。二つ首の因縁の発端・・・ 俺でも、『門番可能』と。


 だから、トゥは必要以上にここへ踏み込まなかった。空中戦で相手を叩き落とすのは、最初から決めていたこと。


 どちらかが『門番』で動けなくなる。世界は恐らく、俺が仮に門番になったら、それなりの展開を用意していた。


「だが、お前だったな。俺はお前が適役だと()()()()()



 トゥは翼を畳み、呟きを置いて大陸を離れる。一本の首が振り向いて、イーアンたちの続きを少し思った。土産話は船で聞くことにして。


 瞬間移動二回分、どうにか何とかなる程度の魔力を残しておいた。トゥが船へ戻る時、白い筒も男龍も、もうなかった。



 *****




「ポルトカリフティグ。あの大きな島か」


『そう。大陸だ』



 先頭を進む橙色のトラの後ろに、テイワグナ馬車の民のジャス―ルの馬車が続く。海を真っ直ぐ通った光の道を進む。


 凄まじい閃光と衝撃だったが、精霊の後の馬車の民には音も聞こえないし振動もなかった。ただ、目くらましのような眩しさに、目がやられかけたけれど。ティヤーの馬車の民は、この閃光が自分たちの家族の歌の一つにあるのを思い出した。



 ジャス―ルたち『太陽の家族』、続いてティヤー『太陽の手綱』、その後ろにハイザンジェル『太陽の民』、アイエラダハッド『太陽の轍』、最後がヨライデ『太陽の御者』。世界中の馬車の民が、精霊ポルトカリフティグに連れられてここまで来た。


 ハイザンジェルでマブスパール(※339話参照)に腰を落ち着けていた、馬車を下りた人々も。

 アイエラダハッドでコートカン居留地(※1827話参照)にいた人たちも。

 他、ハイザンジェルで、馬車の民の町以外に住んでいた、ティグラスの親シャムラマートのような人たち、世界中のそうした人たちすら、()()()()()()()()()()この行列に、ほぼ強制的に連れてこられた。


 もちろん、収集時にいくらかの抵抗や反発はあった。

『終の棲家で死を待つだけ』と穏やかに生活していた馬車を下りた人々は、突然のことに戸惑ったが、話を聞き、『行くか・消えるか』の問いに、行く方を選んだ。

 中には、自分の意思を把握できない精神や神経を患った者もいる。彼らは自己判断が難しいため、介添えの人々と連れられた。


 馬車の空きはなかったが、ポルトカリフティグが『乗りなさい』と顔を傾けると、そこに必ず馬二頭の引く馬車があり、初めから在ったように荷台は家具と寝具も付いて、誰が歩くこともなかった。


 ヨライデの馬車の民『太陽の御者』は最後に列に加わったが、彼らは話を聞くまでもなく、迎えが来るのを知っていたように、すぐ馬車を出した。


『太陽の御者』の一人、イッツァルコ―― 70代男性で、顔に幾つもの刺青を入れ、白い布の帽子と白い上下の服に真っ黄色の布を腰に巻く姿 ――が、ポルトカリフティグの前に出て()()()以外、変わったこともなく。


 ポルトカリフティグは、老人の差し出した小さい金属の飾り箱を引き取った。託された金属の箱を、頼まれた相手へ渡す約束と一緒に。



 そして今。馬車の民を率いた精霊が、左右に世界の混乱と終わりを纏う道を進み、アスクンス・タイネレに上陸する―――



 *****



 ポルトカリフティグは、誰がいつ見ても静かで穏やかな態度に映ったが、その胸の内は勇者の無事を祈る気持ちに、少なからず緊張していた。


 今は、地上へ来てはいけない。 空に居るドルドレンが降りて来たら、私は彼を守れない。


 ドルドレン、来るな。それを頼むように胸の中で繰り返すトラは、光が照らす崖の上の草に足を置いた。入った途端に夜が終わり、日中の曇り空の下のような、パッとしない風景に変わる。


 草原は草がなびき、海風が吹くが、空気が動いていない。トラが歩みを止めずに進む後ろを、続々と馬車の民が続いて上陸し、少なからず騒めきも響く。皆は遠慮がちではあるが、異様な空間に来たことを肌で感じ取っている。


「待ってくれ、ポルトカリフティグ。ちょっと待って」


 呼び止められてトラは振り返り、全ての馬車が陸に上がったのを確認し、一度足を止めた。ジャス―ルは御者台から降りず警戒しており、トラはそれを正しい行為と伝えてから、後ろの者たちにも『馬車を下りてはいけない』と注意した。精霊の声は最後の馬車にもきちんと届き、皆が従う。


 ジャス―ルは『粘土板の意味を、もう一回皆に』と言い、トラはそれについて自分が引き受けた。集めた時点で、ジャス―ルは各国の馬車の長に粘土板を分け、意味と使い方を教えてある。

 彼らはちゃんと理解したし、馬車が多いところでは、更に粘土板を分担した。


 草原に足をつけて歩くのは、トラだけ。他は決して降りるなと言われているので、トラが来るのを待つ。テイワグナとハイザンジェルは馬車が少ないが、アイエラダハッドは多い。ティヤーもそこそこあり、居留地や別の地で生活していた人たちも、少し粘土板を分けてもらい受け取ったため、ポルトカリフティグは粘土板を持つ者に説明して回るだけで、相当な時間がかかった。



「時間、大丈夫です?」


 途中、ハイザンジェルの馬車の御者台で、心配そうな男がちょっと気遣い、トラは頷いて『時間は気にしなくて良い』と答えた。風来坊のような見た目の男は頷き返して、粘土板の説明を再確認してもらい、それからもう一言、伝える。


「ドル、知ってますか?ドルドレンって言うんだけど」


『勇者』


「はぁ。そう、そうですね。元気にしてますか」


『・・・無事で、元気だ』


「俺は、彼の子供のころからの友達なんです。ベルがよろしく言ってたって、伝えて下さい」


 涙ぐんだオレンジ色の瞳の男に、トラはゆったりと頷いて『伝えよう』と伝言を預かる。彼の馬車の荷台から顔を出した、女のような姿の男もまた『ドルに頑張ってって。ハルテッドが』と急いで頼み、トラはそれも頷いて認めた。


「イーアンは」


 長い髪を揺らしたハルテッドが、友達のイーアンのことも聞こうと続けたが、荷台奥の親に腕を引っ張られて中へ引っ込んだ。ポルトカリフティグは、ドルドレンの友達もいることに、少し嬉しかったし・・・少し気の毒に思う。また、会える日が来るように、と。



 この後も、トラは丁寧に粘土板の使用について話して回り、また前に戻った。草原はひたすら広がるが、精霊のトラは行き先を感じ取る。どちらへ向かうかを示され、足はただただ草原を分けて進むのみ。


 ポルトカリフティグには、あまり気にならないことだったが、集める前の馬車の民に、悪人や『念』の憑いたものがいたかと言うと、いなかった。それに馬車の民が、そうした輩に襲われたり殺されることもなかった。


 ここからは、どうか。

 無論、危険を持ち込む人間は外されてから、()()()ので―――



 ******



 ふと、目の前を掠めた光景。風景というべきか。


 家にいる人、仕事中の人。会話中、歩いている時、食事中、休憩、就寝、起きたばかり、戦闘、逃亡中。いろんな場面で。多くの人が同時に、海に光を放つ灯台のような石碑を突然見た。


 それは唐突で、全く関係のない状態にいながら視界を覆うようにパッと広がり、石碑の天辺から放つ光がくるっと回転して自分を差した。え?と思うも一瞬のこと。



 この風景を見た全ての人が、忽然とその場から消える―――



 ******



「あ」


 ジャス―ルの声で、ポルトカリフティグが少し顔を傾けてやる。来たか、と感じていたが、草原の列の横に、人影が幾つかちらつく。『人間を導く仕事』・・・馬車の民が全員、それを過らせ、草原の左右を見た。


 人影は最初こそ、右に一つ二つ、左の奥に五~六人だったが、あれよあれよという間に増え、人々の声が大きくなる。歩いているのかと思いきや、その足は草原から浮いていた。


 馬車の列の左右は人で溢れる。現れた人々は戸惑っているが、歩きを止めないのは、半ば無理やり動いている状態にあるから。


 どこからか怒る声がし、誰かの名を呼ぶ声が重なり、驚きと戸惑いは一転して怒りと混乱一色になる。


 馬車の民に掴みかかるなどはないが、何人か走って来て『止まれ』と怒鳴った。だが、馬車のすぐ側でありながら、馬車に触れることは叶わない。


 先ほどまで魔物と戦っていたティヤー人は、剣や斧をかざして『止まれ』と吼え、脅しをがなり立てる。男女関係なく、ティヤーの民は『()()()のにこれか』『どうする気だ』『無理やり排除か』と告知や祈りの酷い結果を詰り、責任を取れ、元に戻せと吼え続けた。


 ハイザンジェル人たちの集まりは、怒っているようではあれ、受け容れた心でもあるのか、大騒ぎはせず、入れ代わり立ち代わりで馬車の民に寄って来ては『事情を知っているか・知っているなら教えろ』と、今後に重視している様子。


 体中に絵があり、衣服の色も奇抜な集まりはヨライデ人で、彼らも騒いではいたが、怒りや驚きの矛先は馬車の民の列に向かず、全員、空を見上げて大声で訴えていた。


 訴える相手は人間以外、と信じている国民で、それを横目に距離を置いてまとまるアイエラダハッド人は、攻撃的な態度こそ取らないものの、皆が皆、憎しみ多そうな表情を浮かべて歩く。母国でも、魔物戦が終わる頃に精霊に連れて行かれた人たち、引き離された人々を待った人々は、苦い表情を浮かべながら『またこれだ』と強制的な状況に苛立つ。


 少数ではあれ・・・ 草原の大移動にテイワグナ人も混ざる。テイワグナ魔物戦終了時、祝福の雨に濡れなかった人々が。自分たちが急に引っ張り込まれた不思議な風景に、何が起きたかと慌てていたが、離れた所から聞こえるティヤー人の怒号『祝福はどうなったんだ』『祈ったのに!』この連続を聞き、ティヤーの言葉の分かる者が、祝福・・・もしやと気づいた。


 テイワグナ人の団体は、見て分かるほど少ない。100人もいるかどうか。精霊の祝福を受けたことがあるかと質問が回り、一様に『ない』の答え。

 一人が『そういえば、魔物が退治されて雨に打たれた人たちはいない』と言い、この場にいる全員が、雨を浴びていないことも判明し、愕然とした。理由は様々だが、共通するのは()()()()()()()()()()()こと。

 これを知ったからと言え、怒りはしなかったが、彼らは精霊の手を振り払ったことを、大罪でも犯したように感じ沈んだ。



 トラの姿が見えているのかどうか・・・先頭のジャス―ルは、怒る人々が集まって来て何度もポルトカリフティグを見たが、誰も精霊に気づいていない様子。

 馬車を壊されるなどの暴力はなくても、その怒りと非難はまともに食らう。同じ国の言葉を使われると、罵声と脅しを理解するため、馬車の民は強烈な憎悪のぶつけられ方に顔を俯かせる。


 自分たちだって、好きで来たわけではない。そう言えたら違うのに。


 ポルトカリフティグは振り向かず、ジャス―ルは人々の怒りに苦しくて精霊の名を呼ぼうとした。だがその口は封じられ、びっくりしたジャス―ルの頭に響いたのは、『まだ始まったばかり』と突き放すような、精霊の言葉だった。


『私はお前に話した。こうなることも。私が同行するのは()()()であることを』


 でも、とジャス―ルは頭の中で訴えかける。こんな状況でどうしたら率いて行けるのか。これが始まったばかりなら、もっと酷く、もしかしたら殺し合いもないとは言えない。


 頭で想像していたことより、現実は強烈に厳しく、ジャス―ルは対処だけでも方法を教えてほしいと願う。この先が長いなら、せめて一緒にいるこの時間で民をまとめる方法を一つでも、と手綱を握りしめて懇願すると、精霊の返事が。



『ドルドレンもまた、非難と謂われのない濡れ衣を着せられて、勇者として進み続けている』


 ハッとしたジャス―ルは、この瞬間、自分が勇者と比べられたことに恥ずかしさを覚えた。


『彼はこの先も、ありとあらゆる無理解から非難されるだろう。だがドルドレンはそれを背負う。勇者とは、決して膝をつかない者のみが選ばれる』


『分かった』



 草原の混乱。暴徒の集団。彼らは、共に次の世界を回る人々。

 ここはどこだ、など、とっくに消えた質問。いない家族や親しい人の名を呼び、どこへ連れて行く気かと怒り、残してきた不安や怖れを怒鳴り散らし、泣き、喚いて、馬車の民が関わっていることを責める。


 ジャス―ルはドルドレンを思う。イーアンを思う。世界の責任を背負わされた彼らは、理解し合う仲間がいても、一歩外に出たら敵だらけの状況もあっただろう。悲しいかな、その敵たる者たちこそ、守ろうとしている相手なのに。


 俺が勇者に選ばれたら。罵声の飛び交う中で、ジャス―ルは静かに息を吐いた。


 御者台の背板に括りつけた革紐で、腰回りを座席に固定し、手綱を取ったまま立ち上がる。落ちないように気を付けて、ジャス―ルは叫んだ。

お読み頂き有難うございます。

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