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魔物資源活用機構  作者: Ichen
一の舞台『アスクンス・タイネレ』
2840/2953

2840. 幻の大陸 ~②門探し・ザハージャングの状況・一発目の衝撃

 

 ここは、と狼の濡れた鼻が空気を嗅ぐ。


 エサイは突然引っこ抜かれ、いつもと違う()()に警戒するが、ヨーマイテスがいないことよりも周囲の状況に意識は向く。足元に広がる硬く乾いた大地、どこまでも、ぼんやりとくすむ空。風は、潮のにおいを運ぶ。



 自分がどこに居るかを、エサイはすぐ理解した。()()()、と思ったのは、魔導士が見せた『幻の大陸』映像のどれか、を巡らせたから。


「俺がいる荒野・・・荒野だろうが草原だろうが、位置は一定しないんだったな。どんな可能性でもあると思えと、魔導士は言ったが。俺がここに来たということは」


 イーアンとラファルもいるはず。もう来ているのか? エサイの度胸は筋金入りなので、あっさり変化を受け入れて、危険に注意しながら荒野を進む。


「イーアンは放っておいても良いけれど。ラファルを見つけないとな。彼に何かあったら、こっちが魔導士に殺される」


 俺の言い分なんか聞く耳持たないだろうと、歩き続ける硬い地面。ティヤーは大雨どころか嵐だが、ここは関係ないのも、不可思議な場所に疑問でもない。


「だけど。においはするんだな。海のにおいが」


 戻ったら魔導士に教えてやろう。彼はここを知らないから、一つ豆知識・・・でも、知らないのに魔法で再現した予想は限りなく近く(※2784話参照)、映像を思い出しながら周囲を見回し、さすがだなとエサイは苦笑した。



 狼男が一人歩き続ける荒野の先―― なだらかな斜面が続く草地にイーアンが降りた。


 すとんと足をつけた原っぱに、『自分が呼ばれた』と認める。この前は近くにも寄れなかった。『センダラは大したものです』と、まずは勧めた彼女を褒め、キョロキョロ見回してから・・・・・


「むむ。早々、ネズー(※ネズミ)の気配ですよ」


 ラファルも来た?と気づいた女龍は、畳んだ翼を広げて気配の方へ飛ぶ。ネズーであっても、ラファルはラファル。彼の気配は、人間とは違う。この、彼自身のような生身の感覚に訴える―――



「ラファル!」


「キキ」


 見つけた~! あっさり見つけて破願したイーアンが両手を差し出し、空から滑空。森の始まりで茂みの増えた場所に、白ネズミがちょろっと動いて止まり、旋回した女龍の両手にひゅっと掬われる。


「ラファル、良かった!無事でしたか」


「イーアンが見つけてくれて良かった。だが困ったな。俺はネズミだ」


 ちっちゃいネズミが困ってるので、つい可愛くて笑ってしまうイーアンだが、早い合流に感謝するだけ。『一緒に動きますよ』と微笑み、ラファルネズミを両手に包んで飛ぶ。


「この分ですと、エサイも来ています。彼も探さねば」


「大陸ってだけあって、とんでもない広さだ。イーアンが飛べるのは助かる」


 飛べるの一人は必要ですよとラファルに同意し、イーアンも自分が飛べなかったらヤバかったと頷く。エサイは・・・徒歩だろうから。


「こんなネズミでも見つけてもらえるもんだな」


「え?ああ、あなたはね。いつもの匂いがあるから」


 手に包んだネズミがキョトンとする。女龍はネズミに少し顔を寄せ『煙草の匂いが』と笑った。そう、彼の気配はいつでも、煙草の匂いで分かるもの。


「こんなサイズの俺から臭うか?それも考えものだ」


「ハハハ。そうじゃなくて、あなたの存在と言いますか。それが常に煙草の煙を、私に思わせます。嗅覚で感じ取るというより、()()()()()()を察知する時、煙草の煙を過らせるのです」



「なんとなく分かるな。となると。エサイは見つけにくそうだ。彼は煙草を吸わないし」


 キキキと笑ったネズミに、イーアンは『彼は彼で』と低空飛行に変える。高度を下げたことに、ネズミが『見つけたか』と尋ねるが、イーアンは首を横に振った。


「まだです。この広さですから、ちょっと飛ばします。高速飛行でも龍気の包む手の内なら、息は可能です」


「すごいことするな」


 ネズミが小さく丸まったのを感触で感じ、イーアンはフフッと笑うや、真っ白な光の帯を引いて飛んだ。


「エサイを見つけるには、彼独特の気を」


 イーアンの言葉の終わりは、ラファルに聞こえなかった。物凄い速度を出した女龍の声は、空気に響く前に消える。飛び回ったイーアンがエサイを見つけたのは、高速飛行に切り替えてから約一分後だった。



「イーアン」


「いた。エサイ!」


 気配のない狼男でも、イーアンは彼らしさを知る。もしかするとラファルと同じで、自分たちは地球から来た者同士、通じ合う波長でもあるのかなと、灰色の狼男の前に降りた。狼男は大きな崖が壁になる荒野を進んでいた。



「無事でよかった」


「敵はいないし。ラファルも来ているかもしれないから、彼を探さないと」


「ここに」


 ほら、と包んだ手を開いた女龍の手の平に、小さいネズミを見てエサイが目を丸くする。ラファル?と驚いた狼に、ネズミが笑って『俺だ』と答え、三人でちょっと笑ってから―――


「では。揃ったからには、離れ離れにならないよう祈って行動します」


 イーアンは、エサイにネズーを託し、エサイはラファルを大きな手に包む。それから女龍は狼男の背中を抱えて浮上・・・ここからどうなるやらと、気を引き締める。ザハージャングが来るのが先か、馬車の民が来るのが先か。


「私たちが『開く』と、それしか知りません。どこへ行くのかも情報は無いから」


「それっぽいところを探してみるよりないな」


 エサイがちょっと振り返り、イーアンも頷く。魔導士は『草原』に可能性があると話していたが、先ほどイーアンが降りた草原はそんなに広くなかったので、もっと大きい草原を探すことにした。



 *****



 方角は曖昧と思え、場所の位置が変わることもある・・・ 魔導士は収集した情報から見せたこの大陸を、そう言っていた。


 最初に降りた草原以外を、イーアンはエサイを抱え、エサイはラファルネズミを手に、空中から探す。草原はそこかしこにあると知ったが、これらが固定されていないと思うと、通り過ぎる度に繰り返すなどの状態も想像する。


 エサイがいた荒野と似ている荒野も、全く違う方向へ飛んで見つけた。気を付けろと魔導士に注意された森林も点々と広がる。エサイは感覚で変だと思っていたし、イーアンはこの『自然の並ぶ順番』に違和感を持つ。



「異世界を集約する大陸に常識が通じると思う方が、愚かでしょうけれど。どう見てもこの自然の順序が」


「ん?適当って感じ?」


「ええ。適している意味ではなくて」


「分かる。変だよな。これさぁ、イーアン。俺、映画とか好きでよく観たから影響もあるんだけど」


「うん。言いたいこと分かる気がします。あれでしょ?()()()()()()()みたいに」


 イーアンの返事に、ちらっと見たエサイの目が瞬きして『どうする』と次の行動の変化を求める。同じところをグルグルしているわけではないが、行けども行けども、パーツ的な崖・草原・森・谷・荒野など自然要素が繰り返す印象。イーアンは空中停止し、その位置から真上へ高度を上げた。



「どうしましょう。全然、変化なしの風景」


 薄っすら雲がたなびく高さから180℃見回し、イーアンは首を傾げる。多分、これは。行くべき場所にこちらが辿り着かないと、次に進めないタイプ。


「ザハージャングが来るのに。あの仔だって、()()()()()()()()()()分からないんじゃ」


「誰?」


 エサイが聞き返し、イーアンはちょっと考えてから『二つ首の龍』と呟いた。エサイが振り向き、目が合い、イーアンは空を見る。


「もうじき、現れる予定なのです。トゥの見た目とは、かなり違いますよ」


 それを聞いて『どうしてそれがここに来るのか』とエサイは聞き返したが、ふとイーアンは『門』探しを思いついて、話を変える。


「『求めを与える森』へ、行きますか」


「森?ああ、望むものが出てくる・・・アレか」


 エサイは少し意外そうで、『門の場所を聞いてみるの』とイーアンが言うと、彼はもう一つ提案する。


「思ったんだけど。背の高い彫刻が、沢山あるところじゃないか?」


「だとしても、場所が分からないと。これだけ飛び回っていて、左右も前後も、水平線が一定の距離で視界から外れないと分かった以上、探せませんでしょう。大陸なのに、なんで東西南北に水平線が見えるのか・・・魔導士が教えてくれた『森』を頼ります」


 それもそうかとエサイが頷き、狼の手の平に包まれるネズミも、ちょっと顔を出す。イーアンがラファルに笑いかけると、ネズミは『念が見えないな』と・・・関係ないことを言った。女龍とエサイが視線を交わす。ネズミの鼻先が、狼の指の隙間から少し出た。


「なぁ。あっちに『念』が、ある気がしてならない」



 *****



 結果から言うと。


 全く見えない『念』にラファルが不思議を感じたことで、『念』へのレーダーが働き、門しか頭になかったエサイとイーアンは『門=念が放出される場所』か、と・・・ やっと気づき、ラファルの助言に従い向かった先が()()()―――



 イーアンたちが、『念』の出てくる異様な柱の一群の前に、呆気にとられながら降りた頃。


「ビルガメス。どうだ」


「・・・もう行けるかもな」


 イヌァエル・テレンで、双頭の龍を繋ぐ蓋の上。ニヌルタとビルガメスはここで『合図』を待っていたが、随分待たされた。地上にザハージャングを降ろすと決めて、双頭の龍を連れて行こうとしたところ、ビルガメスに流れ込んだ『待機』の示し。先ほどの精霊か分からないが、頭に届いた。


 もしかして、中間の地でも準備があるのかと、男龍二人は解釈し、これに抵抗することなく二人は蓋の上で次の指示を待った。


 降りてはいけない・ザハージャングを出してはいけない、の指示ではなかったため、ただ合図を待つだけだった。雑談しながら待つ時間はそこそこあったが、不意にビルガメスが合図を感じ取り、ニヌルタに蓋を開けさせた。


 龍気を吸い続ける双頭の龍が、繋がれた室から首を出す。


 ニヌルタは蓋から外した鎖を奇獣にかけ、室から外へ上げた。

 そして、ビルガメスと共に中間の地へ飛ぶ。分裂遺跡が白い筒を立ち上げる時も、龍気を探してありとあらゆるものを吸い込もうとするが、ザハージャングもまた、イヌァエル・テレンの龍気と繋いでおかねば、同じように龍気を求め、何でも吸い込もうとする(※1096、1097話参照)。



「ずっとは無理だがな」


 ビルガメスの呟きに、奇獣の鎖を引くニヌルタが再確認のように答える。


「降ろすまでの付き添いだ。イーアンが、もういるんだろう?」


『合図』は、イーアンが大陸に入った知らせ。正確には、イーアンとエサイとラファルが揃い『門』に到着した時を以て、男龍に知らされたのが『合図』だが、男龍二人は詳細を訊いておらず、待機終了の合図だけ。


「ザハージャングの相手は、女龍かタンクラッドくらいだ。ザハージャングを引っ張るのが女龍、と()()()()()()()()()ということだ。ザハージャングが近くまで行って吸い寄せられるわけでないんだな。

 しかしな、アスクンス・タイネレに着いて、イーアンに誘導されて、本当に固定されるなら、こいつはイヌァエル・テレンに戻らない。つまりそれは」


「ビルガメス。もうじきその答えも知るだろう。俺たちはイーアンに預けて、分裂遺跡を引き上げる方へ・・・ さて、そのイーアンがアスクンス・タイネレ入りしたとなると、呼んで聞こえるもんか」



 中間の地の雲を抜けた二人の男龍の放つ眩しい輝きが、雷雲を走る雷より明るく、荒れた空を照らす。

 風に飛ばされる大雨が金属粒のように反射を返す。強烈な光に照らされた低い雲の表面を背景に、男龍と奇獣がアスクンス・タイネレの上に現れた。



 距離を置いた空から、センダラはこの光景を見る。閉じた瞼の下で、虹色の光を湛える瞳が。


 龍の骸骨二体分を溶かして付けたような姿が、ザハージャング。全身、棘だらけで、手足も尾も首も二頭分とは。あれが創世の伝説の・・・ センダラは奇獣に付き添う男龍の一人が、以前アイエラダハッドで会話した大きな相手と気づき(※2380話参照)、苦手意識を思い出す。


「イーアンが下(※大陸)にいるから来たのね。でも・・・またあの日みたいに、白い筒の連動を起こすとして、イーアンがいなくても大丈夫なのかしら」


 アイエラダハッドの夜が脳裏で重なる。彼らが来た夜、イーアンと男龍は、白い筒の連鎖でアイエラダハッドを切り裂いた。ティヤーもそれを行うらしいが、イーアンは幻の大陸から出てこないかも知れない。


「私が気にすることではないか。とりあえず離れておこう」


 どこで打ち上げるにせよ、センダラには関係ない。これでサブパメントゥも一網打尽なら、ティヤーの魔物と動力の片づけだけ専念すれば。


「早く決戦も終わりそうね。サブパメントゥが龍族に捕まるなら、ティヤーで『檻』を動かす必要なさそうだし」


 ミルトバンをしっかり匿ったセンダラは、アイエラダハッド二の舞などまっぴらごめんで、決戦近しと感づいた時から手は打ってあった。

 後は龍に任せて、こっちはこっちの仕事を・・・ 妖精は、男龍たちの空に背を向けて、嵐の風に消える。



 イーアンたちが『門』の前に立ち、少し後で空にザハージャングが現れた、この時。


 コルステインとスヴァウティヤッシュは、トゥの攻撃の影響を受けないよう()()引っ込み、海底に出て来たサブパメントゥ『馬引き』他、集まったサブパメントゥがザハージャングを感じ、ここに棘を運ぼうと思いついた『燻り』が遺跡に戻り・・・ 海は振動する。


 ボウッと引っ張られた大気。気づいた男龍二人は大陸近くに揺れた『白』い蜃気楼に、笑みを浮かべた。まだ始まっていないが、震えている。


「ザハージャングは」


「イーアンを呼ぶ」


 ビルガメスはすぐさま女龍を呼び、応答した女龍に命じる。慌てて来た女龍に、何を言うでもなく双頭の龍の鎖を持たせると反対側へ飛んだ。


「白い筒!」


 背後で驚いたイーアンの声もあっという間に消え、ビルガメスとニヌルタは立ち上がった白い筒に回り込む。


 お前はそっち、俺は向こうでと配置を合わせ、アスクンス・タイネレの海から現れた、薄白い筒を挟んで向かい合う。ニヌルタはアオファを呼び、ビルガメスはミンティンを呼んで、あっという間に降りてきた二頭の龍と呼応。

 側に来た龍の気を引き込んだため、白い筒は急に強い引力を生んでグワッと膨れ上がる。嵐の空を貫く白い筒は螺旋を描いて暴風雨も巻き込んだが、これを外すことなく、男龍の龍気を同時に当てられて大気を砕く衝撃を轟かせた。


「まず一回目」


「あと一回だ」


 ニヌルタの呼応、ビルガメスの呼応が、筒の残りを掻き消さんと瞬く間に膨れ上がる。二人は真っ白な星のように夜の闇を照らし、薄れてまた勢いづく筒に、龍気の塊を叩きつけた。



 この衝撃により、大陸の空では()()()()()()―― また、()()()も開いた。


 ティヤーの模様付き馬車の持ち歌『地面が割れ、空が弾ける衝撃によって、()()()()()(※2563話参照)』歌詞の一部は現実になる。



「凄い光だ。ポルトカリフティグ、あの大きな島か」


『そう。大陸だ』


 大陸の草原に続く海岸は、嵐の波風を貫く、暖かい色の一本道を受け入れる。

 そして勝負の行方とは、誰のことかと言うと―――

お読み頂きありがとうございます。

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