284. 慰労会・実りある仕切り直し
ドルドレンが怒ったので、慰労会は開始早々宴会終了モードに変わった。
ドルドレンを怒らせたイパーガの言葉は、それほど酷い言葉ではない、と思う騎士たちも少なからずいたが、ドルドレン他、北西の騎士が総長の怒りを後押しした様子から、イーアンの存在は彼らにとって、とても大切なのだと理解される。
「せっかくの席ですから、仕切り直して良いですか」
10秒近い静寂を立ち切ったバリーが、総長に提案する。総長はバリーに視線を投げ『どうするんだ』と低い声で返す。
北西の騎士は、イーアンと馴染みのない面々でも、その場で聞いたやり取りから、総長が怒る理由が分かる分、仕切り直されても酒を飲む気分ではなかった。
「イパーガに謝られたところで嬉しくないでしょうから、彼は外して」
あっさりイパーガを取り外すバリーは、ぱんぱんと手を叩いて、自分の部下にイパーガを連れ去るように指示。『これを』とちょっと指差してイパーガが対象であることを教える。
『おい、何するんだ』驚いて喚くイパーガを連れ去る部下を見送り、次にバリーは机の上の、こぼれた酒や酒を被った料理の皿を指差し『これを』と部下に示す。部下は黒子のようにやって来て、見事な連携でそれらを下げ、濡れた机を拭き、新しい皿を次々に置いていった。
バリーは、さっと自分の向かいの席の椅子を見る。総長、イーアン、までは良い。北西の騎士で、彼女のために立った騎士数名分の椅子にいる部下を見て、顎をくいっと横に反らし、ぱきっと軽快に指を打ち鳴らすと。
総長とイーアンの横にいた部下はさささっと席を立って、ハルテッド、トゥートリクス、シャンガマック、ビッカーテに席を譲った。
バリーの指示で、何事もなかったかのように、鮮やかに場面が変わる。
「凄いこの人。無駄がない」
空いた席に座りながら、ぼそっとハルテッドが呟く。イーアンもちょっとたまげて、大金持ちと召使いみたいだと思った。ドルドレンは無表情。バリーはにこやかな顔で『さて』と縮れた艶のある赤茶けた髪を振る。
「最初からですよ。総長の大切な言葉を胸に刻んで。慰労会を楽しみましょう。皆が頑張って、2週間近くの魔物退治を終えたのですから」
そうでしょう?と総長に、動かない微笑を向けるバリー。ドルドレンもそれを言われると頷くしかなく。バリーに丸め込まれる形で、慰労会再開となった。
「無礼な男はここにいませんから。私が話し相手に立候補しても良いでしょうか。イーアン」
何となく断りにくい伏線を張るバリーに、イーアンは『どうぞ』と答える。横にはドルドレンとトゥートリクス。ハルテッドもシャンガマックもビッカーテも並びにいるから、何かあっても誰かしら止めてくれると思って、彼の話に付き合う。
料理を食べながら、酒を飲みながら。少しずつ会話は進む。他の騎士たちも、最初こそ遠慮がちだったが、5分も経つ頃には調子が舞い戻って楽しげな雰囲気が出てきていた。
イーアンはお酒は控えた。戻って仕事をしたいからと理由を告げる。バリーは残念そうに微笑んだが、無理強いはしなかった。ドルドレンも酒は1杯で終わらせた。
ハルテッドは瓶で飲んでいた。彼は既に人気者になっていて、10分すると別の席で、やんややんやと乗せられては笑いながら酒を飲んだり、騎士をメロメロさせて楽しんでいた。
ドルドレンはイーアンと一緒に、バリーの会話を聞く。バリーはイーアンにだけ喋りかけているが、話しながら総長にも笑顔を向けていた。大人なんだな、とイーアンは思う。彼は人使いが上手なのだ。
「怪我をしているイーアンの口に合うか分かりませんが。冷たい菓子があります。流れるように口を滑るので、あれなら食べれるでしょう」
イーアンの食の進まなさに気がついたバリーが、ぱきっと軽快に指を鳴らす。どこからともなく、厨房の料理担当がゼリーを持ってくる。透き通るレモン色の美しいプルプルに、イーアンは嬉しくなった。
「アピーというんですよ。ご存じないかな」
ゼリーじゃなくて、ここではアピー。可愛い名前なのね・・・イーアンは目の前のプルプルを見つめる。愛妻が溶けては敵わん、とドルドレンは新手の敵・アピーに目を光らせる。
イーアンを掴んだバリーは、優しく微笑んで『どうぞ』と促した。イーアンはちらっとドルドレンを見てから、覚悟を決めて頷いて、アピーを食べる。溶けそうになるが、こんな時はパパを思い出して耐える。
どうやら親父を思い出して、美味しさの味覚を消した愛妻(※未婚)にエールを送るドルドレン。
――えらいっ。よく頑張った!さすがイーアンだ。やれば出来る、やれば出来ると信じていたよっ。その調子で頑張るんだっ。こんな親父の役立て方があったとは・・・・・イーアンに会わなかったら、親父は一生役に立たなかったな。
うんうん頷くドルドレンの満足そうな表情に、悲しそうな笑顔で答え、美味しさを消すイーアン。バリーは何か気になるようだったが、とりあえずイーアンは『美味しいです』と微笑みながら食べた。
イーアンはプルプルアピーを見つめて、その後、バリーを見つめる。バリーはイーアンの視線を受け止めて『もう一つ食べますか』と笑顔で聞いてくれた。
「いえ。そうではなくて。あなたの雰囲気が私の知っている子と似ているなと思って。アピーの色を見て思い出したのです」
バリーはちょっと不思議そうな顔をして、続きを促した。ドルドレンは、イーアンがザッカリアを思い出したことに気がついた。
「はい。昨年に新しく来た男の子で、ザッカリアという見習いの子供がいます。彼もあなたのように明るい瞳と深く美しい肌の色を持っています。アピーの色が、彼の目の色とそっくりで。それで」
「ほう・・・・・ それは。私と同じような明度の瞳と?同じような肌の色ですか。その子はどこの出身ですか」
イーアンはドルドレンを見る。ドルドレンが続きを引き受けて、ザッカリアは身元が分からないと伝えた。恐らく人攫いで捕まっていたと前置きし、父親と名乗る全く似ても似つかない男が支部に来て、ザッカリアの給金を集ったことも話した。
「そんな可哀相なことが。その子供は、では自分がどこから来たのか記憶にないのですか」
「多分そうだと思います。過去の話を聞いたことはあるけれど、その男に酷い仕打ちを受けた話しかしていません。彼はまだ子供なので、あまりに小さい時は覚えていないかも」
「会ってみないと分かりませんが。もしかすると。私と同じ地域の出身かもしれませんよ」
バリーは、自分の故郷がハイザンジェルではなく、南の支部からさらに南へ行った、テイワグナ共和国の南部だと話してくれた。
「バリーがテイワグナ?そうだったのか。言葉に癖がないから分からなかった」
総長が少し驚いたように言葉の違いを指摘したので、バリーも頷いてそれに答える。
「私はもともと、あまり言葉の壁で苦しまなかったので。南部の言葉もありましたが、ハイザンジェルは近いし、行き来もよくしていたから、言葉には馴染みもありました。海沿いの地域はもっと強い言葉が残っています。私は家が山際なのでそうでもなかったのでしょう」
「ザッカリアという名の子供だが、本名は知らない。彼はそう呼ばれていたし、彼の苗字もその男の苗字と同じだった。だが」
「その子は、目の色も肌の色も、ハイザンジェルで見ないくらい違うのですね」
バリーはちょっと目を反らした。何かを思い出したように、少し黙り、もう一度総長とイーアンを見て話し始めた。
「総長はこの話を知っているかもしれませんね。テイワグナで7年前に大地震があったことを」
「ああ。そう言えば、あったな。ここの支部も結構揺れたと聞いたが」
「私は既にこの支部にいましたから、あの地震の時、すぐに故郷へ戻りました。壊滅的な被災をしていたのが沿岸地域で、南沖から津波が来たそうです。その時、テイワグナの子供たちが数名行方不明になりました」
バリーの話は続く。被災者ではなく、行方不明になった子供たちは全部で8名。
彼らは親元を離れてテイワグナの南海岸の神殿で、侍者として教育されていた。彼らには一様に条件があり、その条件のために神殿で仕える身とされていたという。
「その子供たちは、皆。普通ではない能力を持ちました。体力的なものではなく、異能です。常人と明らかに異なる、例えば、先を見通す力や、人の生死を見分ける目です。年齢は様々ですが、上が16歳で下が4歳だったか、そのくらいの年齢の子達が神殿にいました。
彼らは災害時、神殿が被災したため行き場を失ったそうです。大人が救助活動に出ている間に、彼らが待つ部屋に何者かが入り、子供たちは売られました。売られたと分かったのは、後日3人を発見したからです。3人の子供たちは、それぞれ違う国や地域で酷い扱いを受けている所を保護されて戻ってきました」
イーアンはザッカリアがそうではないか、と頭に過ぎる。ザッカリアの不思議な力は条件に当て嵌まるくらいの特殊なものだ。
気の毒そうに話すバリーは、他の5人の子供たちはまだ見つかっていない、と言う。あれから7年経つから、大人になった子供もいるだろうと。でも無事に生きているのかどうか、異能というだけで目を付けられて売られてしまった子供たちが、今も心配ではある・・・声が小さくなるバリーは苦しそうだった。
「そんなことが。テイワグナ共和国は広いから、探すのも難しいな」
「はい。テイワグナにはハイザンジェルのように騎士制度がないですから、治安は警護の職が担当します。でも警護はあまり人数が多くありません。まだ探しているか、それも分かりませんね」
ドルドレンも重い話を聞いて、同情しているようだった。イーアンはザッカリアだとしたら、と思うと、バリーにザッカリアに会ってもらった方が良いのか、悩んだ。
怖い過去は終わって、ザッカリアは新しい環境で、ギアッチに優しくしてもらい、笑顔で生活している。
イーアンの表情に気付いたバリーは、ドルドレンにまず目で訊ねる。ドルドレンもその視線の意味を理解して頷いた。
「イーアン。その子。ザッカリアですね。彼に私が会いに行くとなると、都合が悪いでしょうか」
「俺もそれを思った。だがザッカリアは今、ようやく、人間らしい扱いと幸せに充実しているように見える。あの小ささで耐えてきた過去を思うと、またすぐに別の現実を突きつける可能性が、果たして彼のためかどうか分からない」
「私も同じことを。ザッカリアは、ギアッチという素晴らしいお父さんと一緒に、頑張って騎士の毎日を過ごしているし」
「彼に選ばせよう。私は彼を側で見るだけにして、姿を現さない。彼が、自分がどこから来たのかを知りたがれば、可能性の一つとして、テイワグナを見せてあげるだけでも良いかも知れない。思い出せないのに、そこが故郷だとは言い切れません。あくまで可能性として」
そう言うバリーには、ザッカリアが同郷とでも既に思っているような、そんな優しい思い遣りが籠もっていた。
見に来るのに、馬で移動するのは長いから龍で・・・イーアンは提案する。都合の良い一日があれば、迎えに来て、送りますと言うと、バリーは微笑んで受け入れた。ドルドレンとしては、それはちょっとイヤだった。
この後、戦法云々の話に少し変わったが『それこそ、名前の挙がったギアッチにでも戦法指導を頼めば』とドルドレンが押し切って、この話はすぐに終わった。
「援護協力の話は、追々だ。酒の席で決めるような内容ではない」
イーアンはよく分からないので、援護遠征と、援護協力は何が違うのかと訊ねると、ドルドレンが言うには『援護遠征は部隊で動いて援護にいくこと』で、『援護協力は個人が出向いて何か援護の策に関わること』らしかった。
「部隊を要請するほうが普通です。個人の協力は、よほどその策に長けているか。地元で詳しいとか、何かしら戦闘に有利な条件が、個人にある場合だけです」
付け加えて説明するバリーは、イーアンの一人参加を望まれていたことを教えた。
それで・・・理解するイーアン。確かに女性の自分が、一人であちこち動いて遠征に参加するなんて。そんなの知らない人から見たら、それこそ最初の頃に、本部の老人が喚いていたような『慰み役』行為だと思われかねない。ドルドレンが怒ったのは、女性の自分を軽んじる可能性に怒ったのだと分かった。
「男ならまだしも。男でそれをした者は過去に一人いた。それが切れ者と名高かった、チェスティミールという男だった。彼も今はいない」
それ以上はイーアンは聞かなかった。亡くなったか、脱会されたか。今はいない人の話をするのも良くないので、黙っていた。
「でも。イーアンには申し訳ないですが、たまにこうして知恵を貸して頂くことは、騎士たちの安心にも繋がるので。戦法指導はそちらのギアッチに任せるにしても、実戦の際には、無理のない範囲でお越し頂きたいものです」
「連れが失礼して。先ほどは申し訳ありませんでした。南東の剣隊長のヴェダスト・ワイドです。出来れば南東にも、遠いですけれど時々手を貸してくれませんか」
バリーの後ろから、一人寄ってきた騎士は、バリーと同じくらいの年齢で、焦げ茶の髪と明るい青い眼の男だった。
「イーアンがどうするか。それはイーアン一人の意見では出せない。彼女の仕事は騎士ではなく、製作者だ。彼女の仕事の状況に左右される分、約束は出来ないだろう」
「出来ることはします。でも戦いが有利になるよう、自分が作れるものも増やさないといけません。近いうちに、ドルドレンと一緒に一度そちらへ伺います」
良いよね、とイーアンは視線でドルドレンにお願いする。キラキラしてる鳶色の瞳に負けるドルドレンは、已む無し、うん、と承諾。イーアンの仕事の状況が落ち着いたら、南東へ出かけることに決まる。
「イーアンはこちら方面に来たことがなさそうですが。もし弓の工房をお探しでしたら、東に国一番の工房があります。うちの支部からも馬で3時間くらいですから、もし御用だったら一緒に行ってみましょう」
ワイドは思い出した弓工房の話をした。イーアンは弓のことまで頭が回っておらず、忘れていたので、それはお願いしようと思った。ドルドレン的には『またか』の心境で微妙だったが、こうして事業が拡大する以上、避けては通れないと渋々受け入れた。
「そうですね。弓工房にもお願いすることになると思います。その時は宜しくお願いします」
有意義な話は続き、バリーの仕切り直しは功を奏した。
南の騎士たちと会話する、北西の支部の騎士たちを見てから、ドルドレンはそろそろ帰ろうとイーアンに囁いた。イーアンは一つ思い出したことがあり、帰る前にバリーに尋ねる。
「ん?破損マスク。ありますよ。どのくらい要りますか」
バリーは一緒に倉庫へ行くように促し、ドルドレンとイーアンは南支部の倉庫についていった。倉庫には破損鎧もあればマスクもある。バリーが袋に入れてくれて、マスクを40個近く受け取った。
「これだけあれば。南の騎士の方々にも、もっとあの集光板を差し上げられるかも」
イーアンが嬉しそうにマスクの袋を受け取ると、バリーはすっと目を細めて、イーアンに屈みこむ。『そうして頂けると、我々も戦いが楽しくなるかもしれません』ニコッと顔を近づけて微笑むバリーに、ドルドレンが手で遮った。
「今回、こちらで使った15個の集光板は差し上げます。どうぞお使いになって下さい」
笑顔でお礼を言い、イーアンは袋を抱えて中へ戻った。ドルドレンは北西支部の騎士たちを集めて、自分たちは先に帰ることと、龍で来た者はヨドクスの馬車に乗せてもらうように、と告げた。
ハルテッドは酔っ払い状態だったので、あれをどうしようかと相談していると、ハルテッドが近づいてきてイーアンにぺとっと貼りついた。
「私も一緒に帰る」
酒臭いハルテッドに、イーアンはちょっと顔を背けて頷く。ベルに引き剥がされて、ぎゃあぎゃあ煩かったが、これを置いていくと南に迷惑がかかる(※恥もかく)と判断し、仕方なし龍でつれて帰ることにした。
ハルテッドの帰宅を惜しむ声が意外に多く、三分の一くらいはハルテッドを介抱したがっていた。『南は開放的だから・・・』とドルドレンが眉間に皺を寄せながら説明した。
イーアンは表へ出て笛を吹き、龍の荷袋にハルテッドをくくりつけて(途中で吐いても良いよう)、ドルドレンと一緒に龍に跨った。
「また来ます。お世話になりました」
「イーアン。私が報告したら、そちらへ連れて行って下さい」
浮上する龍に、バリーが叫んだ。イーアンは頷いて『必ず』と微笑む。すでに無視状態のドルドレンと微笑むイーアンは、北西の騎士に手を振って『気をつけて帰ってきてね』とさよならした。
お読み頂き有難うございます。
 




