2836. サブパメントゥの状況、『呼び声』・『一枚』・『馬引き』・『燻り』
ニアバートゥテを使う『馬引き』(※2795話参照)、ロナチェワを殺されたサブパメントゥ(※2835話参照)。彼らは離れた場所にいたため、トゥの激震を食らわずに済んだが。
『呼び声』は食らい、だがしぶとく存在を繋いでいた。
天地の混乱に浸ってしまった、あり得ない強烈な幻の時間、『呼び声』は自分たちに何が起きたか、それを辿ることは出来なくても、全てが終わった時、自分たちが操作されたことだけは理解した。
皮肉にも『呼び声』の存在を守ったのはあの歌、龍を落とす戦歌。あれが、『呼び声』の壊れかけた意識に働きかけ、小さな欠片のような違和感を訴え続けた。鼓舞のために歌いながらも何かおかしいと・・・憎き龍を前に、少しずつ遠ざかった足。
ぼうっと思い出す、高揚の争奪―――
昼の空に浮かぶ自分たちは、龍の猛攻を搔い潜って、次々と龍の肉を抉り、首と翼を潰し、足をもいで地面に叩きつける。快感にのめり込む仲間が雄叫びを上げ、猛威は煽られる一方、触れることすら出来なかった龍共を掴み、痛めつける喜び。
これを横目に、『呼び声』は自分が臆病に感じたが、その場・・・『空』を離れ続けた。
そして、全ての龍が地に落ちた夕暮れの大地。仲間は夕陽に当たりながら、興奮冷めやらぬ快勝の結果に集まって騒いでいた。だが少しずつ、赤い夕暮れと仲間の集まりがぼやけ、妙な臭いがどこからともなく漂い、視界がすっかり変化した時、愕然とした。
大地は、塒だった。塒の領域にある岩壁に自分は横たわっており、伏した頭の向こうに流れる毒の川は、仲間の死体が埋め尽くしている。ずっと見ていたはずなのに。なぜ。とんでもない有様を呆然と見ている内に、何があったかを大まかに理解した。自分たちは何かに操作された、それだけは正しい。
古から存続を絶やさずに来た自分たちの、終わりを突きつける光景は嘘ではない。
ふと、自分の体も見ると、頭しかないことを知る。横たわっていたと思っていたが、首から上が転がるだけだった。だが自分は『音』と『歌』で生まれた存在。歌う口に意識が残っているなら、再生と回復は可能だからか、不思議なことに焦る気持ちは起きない。
それにしても・・・これを真実と信じ難かった。
操作したのは何者か。それとも、世界の歪みや現象か。倒れたサブパメントゥの内、半数は消失している。元から体らしいものを持たないと、何も残らない。
見える範囲で重なって倒れた仲間は、ピクリと動くこともなく、自分を除く全員が終わったのだと感じた。
空に居たはず。日中の太陽に晒されて、サブパメントゥは空へ続く銀色の棘を踏み上がり、雲から降ってきた龍族を徹底的に打ちのめした。そうだったはず。
しかし、別の問いも頭をもたげる。いつから、そう思ったのだろう?
銀色の棘は、ザハージャングの・・・ 世界各地に集めた棘が、ザハージャングの了解によって、地上へ飛び出し、踏板となった棘を俺たちは上がった。 上がった、か・・・? いつだ?―――
思い出せず、『呼び声』は目を閉じる。瞼を開け、壊滅した風景を見つめる。何が起きたかを調べるよりも、何をすべきかが巡る。
・・・回復しなければ。回復するために取る行動はどれほど危険か、どれほど難しいかを、悩んでいる暇はない。角の生えた頭は左右に揺れ出し、角の角度でゴロッとおかしな方向へ回転する。
それを繰り返しながら、どちらに行こうとしているのかも分からない動きで、『呼び声』の頭はコルステインたちの領域へ進み始めた。
*****
ロナチェワを殺されたサブパメントゥは、名を『一枚』という。
いくらでも広がる影のような能力で、随分前に倒された『脱け殻(※2371話後半参照)』と、道具『襤褸切れ(※2515話参照)』を使った家族の一人。
『一枚』はロナチェワに、さして思い入れも無かったが、自分の言うことを聞いて従う性質は気に入っていた。砕かれた頭は半分ほど内側にめり込んで、額から右耳までが潰れ、目玉が出ていた。即死だったかもしれない。
ロナチェワの止まった両腕を見て、『一枚』は彼の手首を掴み、持ち上げる。だらんと垂れた手の甲は静かで、いつも両脇に入れながら震えを押さえていた姿を過らせた。掴んだ手を地面に戻し、『一枚』はロナチェワの飛び出た片目を抜き取り、膜の張るその手に、血の付いた眼球を包む。
『お前を殺した僧兵を、殺してやろう』
右眼を包んだ手は、『一枚』の境目知らずの体に溶け込み、死体を残して影に消えた。逃げた行先は――― あいつらの手枷が導く。
『お前の目で見届けるがいい。あれらはお前を殺したために死んだってな』
荒れる外に出ることなく、『一枚』は影を伝って手枷に近づく。四つ足動力は現在地をうろついて、人間を取り込んでいるのも確認した。不具合もなさそうなので、動力は後で回収するとして、今は僧兵を殺す。
影を伝うサブパメントゥに、人間が抗えるはずもなく。どれくらい前に逃げたのか知らないが、どんどん距離は縮まり、『一枚』は見つけた僧兵の一人をあっさり壊した。
『あと、四』
ほらよと手を開き、ロナチェワの眼球に死んだ僧兵に見せてやる。すぐに手をまた身体に戻し、次を追う。
『一枚』は、塒が壊滅した状況を知り、確認し、戻る場所はないと理解した後。自分を含め、世界にちらほらと散らばった仲間は、何が何でも残らねばならないと思った。
今後、力の回復は、ほぼ望めない。出し切って終わりを迎えるのだろう。
今、自分たちは創世の伝説と等しく、最大の危機に立ち、追い詰められた状態に変わった。
争奪戦まで辿り着けるものが、何人残るか―― この状況で邪魔をする者は、例え、小さなことであれ許す気になれなかった。
*****
広域で操りの利く力、『馬引き』の能力を分けられ、サブパメントゥとなった元僧兵ニアバートゥテも南西にいて、トゥの攻撃は無関係。
彼の親となった『馬引き』も無事だったが、『馬引き』は明け方からどこかへ出かけ、ニアバートゥテはほぼ一人で過ごした。
ニアバートゥテの役割は、人型動力の餌にする人間を集めるのが仕事で、これを離れた場所から行い・・・ 人型動力を探して倒す敵(※異界の精霊)とは会わない。ニアバートゥテは、退屈にも感じる仕事を淡々とこなしながら、あることに気づいた。
人型動力も餌の人間も、遠い位置にいる。自分とそれらの距離は数㎞。荒天は明度が下がって薄暗く、叩きつける雨と、僅かな明るさで良く見えないが・・・それでもニアバートゥテの目に、おかしな白いものが映った。
白いものは人間がいる方向へ引き寄せられるように、ヨロヨロと宙を進む。
サブパメントゥの体に変わった目では判別が難しいが、しかし白い浮遊体が、一つに留まらず幾つも空に現れたので、明度の見間違いではない。あれは何だ、と遠くの空に集団で現れた浮遊体を見ていたが、それらは火事の煙が上がる町を目指し、町へ入って行った。
これが思いがけず―――
主『馬引き』が戻り、ニアバートゥテに問題はないか尋ね、動力に問題はないが、奇妙な浮遊体の集団を見たと答えたニアバートゥテに、『馬引き』は少し笑った。
『問題はそれだぞ、ニアバートゥテ』
『そうですか?でも動力も動いているのを感じます。人間も取り込み続けていますよ。感覚は間違えていないと思うんですが。結構な数を捕まえているし』
『それが、問題だと言ったんだ。恐れるな・・・こっちに都合の良い問題だということを教えてやる』
何かへまをしたのかと緊張するニアバートゥテに、サブパメントゥは町で何が起きているかを伝える。動力が順調以上に人間の捕獲を進めているのは、別の力が加わったからだった。
『白い弱々しいものが。ですか?』
『弱いかどうかは、見た目だろう。憑りついたら、まぁ、いい働きをする。ここは暫く放っておいても良さそうだ。人型を何体か回収して、次へ行くぞ』
主はおかしそうで、ニアバートゥテにはよく分からなかったが、敵ではない浮遊体の動きが、勝手に人間を扇動しているようだった。それが、人型動力に取り込ませる数を増やす結果で、『馬引き』は元僧兵を連れて移動を決める。
どこへ行っていたかは知らないが、ニアバートゥテは従うだけ。
主『馬引き』もまた、塒がもう使えないことを知り、気を引き締める。この先、状況が一変するまで、残った俺たちは一人も消えてはならないと静かに誓い、そのために行うことはコルステイン相手に『取引』が先・・・と、考えていた。
コルステインが俺たちを引き渡したのは、間違いないこと。あれはずっと敵と同じ位置にいた。
あいつはうろついているだけだったが、こっちが全く感じ取れない罠を仕掛けていたのだ。そのせいで、俺たちは一度に半数以上も潰され、回復の場を丸ごと奪われた。
古代を引き継ぐ領域は、倒れた仲間の体で埋め尽くされ、その上、どこからか『光』を引き入れてあった。そこかしこに、目を焼く『光』が付いて、誰もそれに触れることが出来ない。そこに居るだけで消耗する場所に変わり果てた。
殺したい怒りを滾らせるにしても。
コルステインの敷地に踏み込まなければ、俺たちは途絶えてしまう―――
*****
『燻り』も、トゥの魔法の餌食にはならなかった。
スヴァウティヤッシュが調整したのもあるが、『呼び声』と揉めた一件で、ザハージャングがドルドレンを介さずにも降りてくると言われたことが、『燻り』の仲間離れのきっかけ(※2756話参照)。
勇者(※ドルドレン)を引き込むのも、人型動力を操るのも、ザハージャングを使うための段取り・・・そう考えていた『燻り』にとって、『呼び声』の歌で叶ってしまうとあれば、全ては間抜けな骨折り損になり下がった。
僧兵(※レムネアク)に作らせていた道具も流れの一端で、人型動力が都合良く長持ちするよう、防ぐ手立てを考えて気を回したこと。何もかもが、無駄骨だった。
更に腹立たしいのは、人型動力の操りを全面的に引き受けたのが裏目に出たこと。
成果が仲間の期待に届かなかっただけでなく、龍とその徒党(※旅の仲間)に倒される早さで、『奴らと組んでいる』とまで言われ、しつこく疑われた。
・・・だから。
煩い仲間の文句から、動力の不安定な足取りを整えるために、わざわざ技をまた一つ使って安定させた後(※2827話参照)、勝手にやってくれと・・・違う国へ移動していた。
正確には、この移動もまた、一時置き場の人型を移送するための出かけ用事で、勝手にやれと捨て台詞を吐いたものの、手を引くに引けない。それも事実である。
『燻り』の執着の矛先は、ザハージャングと勇者で、親が上がった空に自分も行きたい。
勇者を操るのは自分の役目、空へ行って一旗揚げたい『燻り』の、漠然とした目的が執着で、仲間に疑われても離れ切れずにいた。
薄曇りの蒸れる谷間で、黄色い煙が一帯を包む。テイワグナの山奥は、人間が来ない場所だらけ。『燻り』はティヤーで起きた激震を知らないし、感じ取りもしていない。ここには一人。
何をするでもなく、煙の中心に立ち尽くす青い肌の男は、足元の一点に視線を固定したまま動かない。
これを黙って眺める黒いダルナは、谷の真下・鍾乳洞にある『人型動力』の在庫の存在も知っている。これをティヤーへ運び出す気なのだろうが、通路の先はとっくに潰れているので、『燻り』が気づかないように動かすかと考えていた。
トゥが破壊した残党の棲み処は、世界中にある残党サブパメントゥの路に通じる。経由しなくても抜けられるようだが、それは一部的。
こいつらの棲み処は、コルステインが守る範囲に比べたら小さいが、棲み分けしていただけで狭くはない。地上から降りて地下を通り、別の場所へ出るため、よく使用されていた・・・
「それももう、使えないけどな」
スヴァウティヤッシュの次の作戦は、散らかっているサブパメントゥの収集。
本物のザハージャングを、トゥがどうおびき寄せるか知らないが、偶然に来るのを待つにしても、その時に、散らばった奴らをまとめてを出したい。トゥも、それは了解している。
それでも、サブパメントゥを全滅はさせられないだろう。そんなことは重々承知―――
「全滅させるのは、他所から来た俺たちじゃない。龍なんだ」
イーアンのため。龍の因縁の相手を、出来る限り減らしておいてやろうと思う、黒いダルナ。心配が一つあるとしたら、それはコルステインたちのこと。サブパメントゥ全滅、その意味に彼らも含まれて・・・・・
『スヴァウティヤッシュ。まだ?』
『ん?ああ、そうだね。もう少し』
スヴァウティヤッシュが遮断していると、コルステインも彼の心は読めない。黒いダルナは側に来た、今や相棒のようなサブパメントゥに、ちょっと笑って『燻りを使って集める』と伝える。何度も同じことを伝えているが、コルステインは何回聞いても、うん、と頷いた。
コルステインからすれば、すっかり大事な仲間のスヴァウティヤッシュは、少々まだるっこしいものの、信頼以外何もない。
その純粋な心を感じるスヴァウティヤッシュは、どうか良いサブパメントゥが倒されないようにと・・・願いながら。
『決めた。燻りと人型を一緒にティヤーへ出そう』
地下の通路を使わせず、ティヤーにある剣鍵遺跡経由で運ぶことに決定。コルステインにこれを伝えると、コルステインは理解し、鍾乳洞のある足元へ顔を向けた。
『ここ。ある。する』
『そうだな。俺もあれがそうかと思ったんだ。ティヤーに繋がる遺跡に』
ダルナは、黄色い煙に巻かれる男へ目をやり、『燻り』の記憶を手繰る。剣鍵遺跡をこいつが知っているか探って、手応えあり。『燻り』の思考を操作し、棘を持たせ、人型動力を一番近い遺跡―― ティヤーへ通じる場所まで誘導・・・ここが少し気を遣ったが、『燻り』の力だけでそれは叶う。
『燻り』は人型も煙に巻いて地上を移動し、遺跡へ入った。この時点で、『燻り』の力も消耗しているが、ティヤーに着いてしまえばどうでも良いこと。
『さ。次はティヤーだ』
スヴァウティヤッシュは行き先を突き止めて先に動き、コルステインもそれに合わせる。
だが、コルステインは途中で呼び止められることになる。これが、コルステインの境目の一歩――
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