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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台開始
2835/2954

2835. 僧兵反撃・東沖、幻の大陸『念』増量・ラファルネズミ・女龍と『念』について

 

 北に移動したロナチェワは、自分を管理するサブパメントゥが急に不在になり、一ヶ所から動けなかった。側には、あの日、製造所に入れられた僧兵たち(※2794話参照)もいて、何とも落ち着かない。



 四つ足動力の成果は予定通りだが、サブパメントゥは急ぎの用事でも浮上したらしく、朝方『ここで待て』と言って出かけたきり、もう4~5時間経つ。


 両手の震えで、碌に物を持つことが出来ないロナチェワの心配は『働かせていた僧兵からの攻撃』に向く。


 現在の居場所は、サブパメントゥが使う井戸の下・・・四つ足動力は、垂直の井戸ではなく、下から斜めに上がる穴を通って表へ出た。


 涸れ井戸で内側に水がなく、土を掘った横穴と石で筒状に上へ延びる井戸、そして斜めに地上へ抜ける穴があり、三つの道が繋がるところにロナチェワは居た。


 僧兵は横穴の壁際に集まっており、彼らが連れてこられた理由は、四つ足動力の不具合が出た時の対応役である。外で四つ足がおかしくなった際に、僧兵に行かせて直させる予定。

 サブパメントゥには、捨て駒扱い。仮に逃げたらどうするかをロナチェワが心配すると、『見つけて殺すだけだ』と言われたのだが・・・



 外は大雨で、斜めの穴から水は入るが、土に吸われて下まで来ない。井戸の上には屋根が掛かり、表の暗さを一層暗く感じさせる。音は、凄い。雨も風も量が多いため、呟く声など聴き取れない。


 ロナチェワの目が、ちらっと僧兵の集まりを見る。彼らは操られておらず、手枷(てかせ)代わりの()()()()()を、揃えた両手首にはめられているだけ。これで逃げないのは、サブパメントゥの脅迫に反抗しないからだが。


 サブパメントゥの処置した手枷は、見た目が石材で重そうではあるが、あの程度なら僧兵の動きは妨げない・・・ 自分と僧兵たちを置いて出かけるなら、せめて少しは守りが欲しかったと思う。


 今はじっとしていても、これが動かずにいるか保証はない。相手は5人で、製造所に入れられてからこき使われていたのだ。恨みつらみだらけだろう。

 食事は与えられたが、排せつなどは『その辺』と示された、壊れた地下道の瓦礫付近で、眠気で倒れるまで働かされ、少し眠った後に起こされて作業、その繰り返しだった。



 この状況は。まずい―――


 5人はまとまっているので、何を話しているかも分からない。ロナチェワとの距離は5~6mあり、こちらは武器もなく痙攣の両腕持ち。あっちは石の手枷のみ。下手すれば、石の手枷を武器にされかねない。


 体感時間は4時間を超えて、まだ大人しくしているけれど、相談し合っている可能性もある。サブパメントゥが戻るかどうか、様子を見ているとも限らないのだ。



 早く戻って来てくれ、と心で願うロナチェワ。豪雨の音が全てを吸収する、午前か午後かも不明な明度。


 ひゅる、と・・・ 井戸の屋根に白いものが現れた。ロナチェワはまだ気づかない。白いものは片方が丸く、片方が細長い。


 ひゅうううと頼りなげに降りて来て、石に腰かけ顔を俯かせているロナチェワを素通りし、まとまっている5人の横へ。一人が気づいて、遅れて他の者も振り向く。白いものは、最初に口を開けた僧兵の喉へ、あっさりと。吸われるように、消えた。僧兵ラサンを信仰し、レムネアクを襲い、仲間を集めていた男の体へ。


 他の僧兵たちは、騒がないし声も上げないが、白いものの入り込んだ男から、すっと離れる。乾いた土を踏む足音を立てたけれど、ロナチェワには聴こえない。得体のしれない幽体を取り込んだ男は、驚いた顔も一瞬、目つきが変わった。それは、()()()()()()()を思い出したような目。


「ここに用はない」


 はっきりとそう言い、男は立ち上がる。他の四人は異変に目を見合わせ、戸惑う仲間の視線を捉えた男は『出るんだ』と・・・大人しくしていた態度を変え、井戸下のロナチェワに走り、彼が振り向くより早く両腕の石の手枷を振りかざした。



 *****



 ロナチェワを置いて行ったサブパメントゥが戻り、壊された頭を染める血溜まりで冷たくなったロナチェワと、僧兵たちの逃亡を知った頃―――



 東沖近くの空で、風速の影響をものともしない緑の風は、男一人を抱えたまま『どうしたもんだか』と呟く。


「バニザット。これは『放っておけ』と、そういう意味か?」


「そう思え、とでも言いたそうだよな」


 ラファルは緑の風にしっかり抱えられ、大陸の揺する動きからどんどん出てくる『念』に眉を顰めた。


 海は魔物と混じった死霊が騒めき、津波に紛れ、陸地に乗り上げる。少し前のデカい地震で『異時空が切れ間を作った』とバニザットに聞いたばかり、そこへ大量の念が空に溢れ始めた。これまでの比ではない、空中に色がつくくらいの数。


「あんた一人なら、この大群でも()()()()()()()()んじゃないのか」


 嵐に関係ないのは『念』も同じ。びゅうびゅう吹き荒れていても、形のない念たちは気の抜けた泳ぎ方で、方々へ弱々しく散ってゆく。

 ラファルは、自分がいなければ魔導士が集中出来ると思ったが、風は『一先ず戻る』と答えてラファルと共に小屋へ飛んだ。ラファルと二人で、『念』を片付けていたものの、決戦が開始したと気づいた側から、あれもこれもと忙しない。


 念は、放置して悪人にとり憑いたらこの世界に残るし、それらはいずれ、まとめて片付けられる予定も聞いたが(※2819話参照)。


 しかし、馬車の民と異界へ旅立つ人間たちを思うと、()()()()()放出されるこの量はどうなんだ、と世界の計画を疑う。

 旅立つギリギリでも良いだろうにと首を傾げるのは、こっちの人間的な視点からか。


「イーアンはこの世界に『念』が残ることを知らないままだろ?」


 小屋に入るや、ラファルが振り向いて尋ね、魔導士は『そうだ』と頷く。一昨日、彼女は回収した粘土板を届けて、すぐに出て行ったから話す暇がなかった(※2820話参照)。


「獅子には伝えたし、どこかで会えば聞くかも知れんがな」


「そうだろうが、イーアンは空中を移動する。もしまだ知らなくて、あの『念』の数を見たら慌てそうだ」


 ラファルはイーアンを気にし、魔導士も彼の意見に顎髭を撫てて考える。言われなくても知っているが、イーアンの焦りっぷりは難なく目に浮かび、面倒臭いが教えてやることにした。


 ただ、リリューが今はいないので、ラファルを小屋に一人で待機させるのも悩む。ラファルは結界で良いと言うし、サブパメントゥの使い道が消えた状態なら、そう危ぶまなくてもとは思うが、石橋を叩く魔導士は・・・



「バニザット、これは?」


「お前を置いて行って何かあっても、俺が不満だ。その格好で少し我慢してくれ」


 魔導士が喋りかけて、手を伸ばした床に、薄茶の目で見上げる小さなネズミが一匹。白っぽい毛色のネズミに変えられたラファルは、驚きながらも少し笑って『面白いな』と魔導士の手に乗り、彼の腰袋に入れられた。


「一度戻ったのは、こういうわけか」


「そうだ。お前はもう狙われていないだろうが、俺は()()()()()()()()()気が済まん」


 魔導士の言い方にキキキと笑ったネズミを、腰袋の上からポンと叩き、『大人しくな』と魔導士も苦笑して連れて行く。


「ラファル」


 小屋を出て、緋色の魔導士の姿は風になり、ネズミは腰袋の口の隙間に顔を向ける。魔導士は風なのに、腰袋の世界はそのままで不思議な感じがする。魔導士の声は先を続けた。


「幻の大陸にお前が入る。出てくる時は、イーアンたちが一緒とは限らん」


 もうじき、その迎えが来る。だが出る時はどうなるか、バニザットにも分からない。一番の懸念はここにあり、ラファルに新たな使命が生まれた以上は無事ではある、と思うものの、彼に伝えておきたいことがあった。


「万が一。お前がどこかに放り出される、もしくは、幻の大陸かどうかも分からん場所に一人になったら」


「そうだな。()()()()()()?」


()()()()()()()()()


 いつでも諦めがちで人に頼るのも遠慮ばかりのラファルの返事に、魔導士は安心する。『お前がどこにいても、俺が迎えに行くだろう』と約束し、ネズミは小さな袋の中で、信頼できるその言葉に微笑んだ。



 *****



 魔導士はイーアンを探して飛ぶ間、馬鹿でかい龍気の連続を空気に感じ取り、もしやガドゥグ・ィッダン分裂遺跡が動き出したかと、そちらを気にしたのも数分。


 白い筒より早く、探していたイーアンを見つけ出した。視界に入る距離へ行くと、空中が独特な真っ白に染まっているのが見える。当然、龍気も四方八方に及んでいるため、間違うこともない。


「この龍気はあいつか。こんな早くから出しまくって」


 これからだろうがと、龍気の使い過ぎに驚く魔導士は、龍気の暴発に似た一瞬に急いで自分を守る。同時に妖精の強烈な力が炸裂し、センダラが一緒にいると知った。

 イーアンの龍気に紛れ込むような、(ほとばし)る妖精の力。何をしているのか、すぐには見当がつかなかったが、二人が同時に力をぶち当てた下を見て、状況を把握した。



「時空対処か。派手なやつらだ。お前たちが二人揃って」


 激しい雨と烈風すら、龍と妖精の最強が放った力の前に、さっくりと消えた一瞬。下は列島と海が広がり、弾けた閃光の数秒後、景色が回転し、それは()()()()()状態だった。


 この規模を丸ごと戻すとは、とんでもない威力も勿論だが、一歩間違えば、更に時空の不安定を増やし、当てられた場も消滅する、賭けのような行為。

 よく決定したもんだと思うが、『イーアンとセンダラじゃ、な。賭けにも臨むか』と妙に納得した(※自分は賭けない・完璧主義)。



 昔の、ズィーリーとアレハミィでは、決してなかった光景。


 ズィーリーの龍気の弱さもあるが、アレハミィが誰かと力を合わせるなど絶対になかった。言えば、渋々手伝うにせよ、アレハミィは常に単独。


 眼前の風景に過去を重ねて違いをなぞる魔導士は、嵐の空に浮かぶ二人の女に少なからず『希望』を持つ。こいつらがこの状態なら、旅は大丈夫だろう・・・ と思ったところで、イーアンとセンダラはこちらに気づいた。



「バニザット?」


 大声で確認するのがイーアンらしい。顔も判別できない距離で、雨がしこたま降っているというのに、女龍の行為は人間臭い。魔導士の風が動くとセンダラの光がふっと消え、イーアンは側に来た。


「何か用事?」


「片付いたのか」


「・・・分かってそうだよね。そう、センダラと協力して時空亀裂の対処を」


「センダラは?」


「バニザットが来たから、()()()に・・・あんま馴染まないから、気にしないであげて」


 魔導士が嫌みたいとは言わないが、イーアンの濁し方はそれを物語っており、魔導士も流す(※気分悪い)。どうしたの?とまた尋ねた女龍に、魔導士は姿を人に変え、『念のことだ』と話してやった。


 北部西から降りている最中の女龍は、まだ『念』大量放出を知らず、東の方向を見て『そんなに』と焦ったが、出てきたとはいえ意味があり、その意味が彼の来た理由―― 『念』にとり憑かれた人間は世界に残される情報 ――と知り・・・呆気にとられた。



「残る?世界に?悪人が()()()()()()()で?」


「そうだ」


「まとめて消されるって言うけど、それ、いつになるのか分からないんでしょ?」


「分からん」


「今、念が大量に出て来たって」


「イーアン。落ち着け。淘汰で移動する連中に紛れ込む確率を減らす、そこに注目しておけ」


「だって、だけど。大陸に集められる前に、そいつらが」


「何でも全部が、安全に都合良く行くわけないくらい、分かるだろうが」


 言葉を失う女龍は、戸惑ったまま下を見て、東を見て、犠牲が一時的に増える想像に駆られる。魔導士はイーアンの肩を掴み、目を覗き込んで首を横に振った。


「慌てるな。お前のすべきことは、飛び散った悪意の『念』にとり憑かれる悪人を倒すことじゃない。それは、()()()()()()()()()()()


「ラファル・・・そうだ、彼は今どこに」


「一緒にいる。ここに居る」


 肩を掴まれた女龍は、ここ、と魔導士がもう片手で示した彼の腰に視線を落とす。緋色の僧衣を腰紐が押さえ、そこに吊り下がる小さい革袋。ラファルが?と瞬きするイーアンに、魔導士はちょっとだけ袋の口を開き、中を見せた。目と目が合う、ネズミとイーアン。見上げるネズミをすぐラファルと見抜いたイーアンは驚く。


「ネズミにされたの?!」


「小さいと持ち運びしやすい」


 魔導士が口紐を締め、ネズミを隠す。それから、自分たちが散らばる『念』を()()()から、お前に知らせたと話を終わらせ、魔導士は再び風に姿を戻した。


「幻の大陸に行くまで、ラファルはネズミ?」


「そうだ。あっちに呼ばれたら、何が何でもラファルを探して守れよ」


 風は忠告を残して、嵐の空に消える。残されたイーアンは、大きく肩で息をして『そうか』と黒髪をかき上げた。


「もう、すぐ」


「終わったの?」


 呟いた側からセンダラの声がし、肩越しに振り向いた女龍は、不機嫌な妖精が現れたので『終わりました』と答え、センダラに『あっちでまた起きたわよ』と傾げた首で左を示される。



「移動しながら、センダラにも話します」


「どうでもいいわ。言いたければどうぞ」


 付き合い難いが受け入れ態勢の妖精相手、イーアンは『念』について情報を共有し、それから・・・思い出す。


「あ。私、センダラに話していなかったか。私と狼男と、もう一人の人が、幻の大陸へ呼ばれることを」


「聞いてないわ。でも、私には関係ないことよ。あなたが用事でいなくなるなら、時空の対処は出来ないってだけで」


 冷たいセンダラに早々と結論を出され、呻くイーアン。呻く暇も短く、二人は次の現場に到着し、状態を見定めて力を合わせる。

お読み頂きありがとうございます。

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