2834. センダラの緊急・異時空亀裂対応とその制限・妖精の仲間、サブパメントゥの縛り
アスクンス・タイネレは、現在、東沖―――
少し前まで北東だったが、下がった(※2786話参照)。
イヌァエル・テレンを出て、ティヤー北部の空へ来たイーアンは、北から東へ動いた大きな陸地の影を遠くに見つける。南下しているのだろうか・・・ 東、その向こうにはヨライデがあり、不利が増えないことを願う。
それはさておき。センダラを探さないといけないので、呼び過ぎて不機嫌にさせないよう、一度呼んでは少し待ち、これを繰り返して、何度目かで妖精と会えた。
彼女は、他の対応でわざとこちらを後回しにしたらしく、移動中にイーアン近くへ現れただけ。互いに姿を認めるや否や、センダラは『呼んだのは知ってるけど後でね』と。
「センダラ、あなたに話が」
え?と思うも、どうでも良い用事ではない。急いで止めた女龍に、妖精は『あとにして』と面倒そうに遮った。消えかけた妖精にイーアンは慌てて側へ飛び、『時空亀裂が始まっているから』一刻を争う事態でと伝えたが、それでもセンダラは首を横に一振り。
「その言い方だと、被害はまだなんでしょ?」
「いつどうなるか。どこかで犠牲が出ているかもしれません」
食い下がる女龍が鬱陶しいのか、妖精はいつもより怒るのが早く、閉じた目の顔を思いっきり逸らして声を荒げた。
「もう!喋っている暇はないのよ!仕方ないわね、一緒に来なさいっ」
「え」
妖精はイーアンの肩を乱暴にドンと押し、体の向きを変えさせ、『あっちよ』と行先を告げて姿を消した。イーアンが、待ってを言う間もなく、残されたイーアンは困惑。
「センダラはせっかちですよ、場所くらい言ってくれても」
あっち方向のどこまで行けばいいのかも分からないイーアンだが、付き合い難い妖精の『一緒に来て良い』命令的許可に仕方なし合わせ、『あっち』へ飛ぶ。センダラと一緒でなければ、時空亀裂に対処は出来ない、この悩み。
だが、ぼやいていたのも、この少し後まで。センダラの急ぎっぷり、その事情を目に映した。
「これは」
「あなたはこっちにいて!龍の気が強くて邪魔よ」
左から聞こえたセンダラの声に振り向き、金髪の妖精が指示した方へ下がる。豪雨の空中から見下ろす細長い島の全貌、その島はなぜか光の枠取りを持ち、枠は点灯していた。大きな島ではないが、小さくもない。灰色の雨と止まない強風越し、光の枠をちらちらと瞬かせる島は弱々しく感じる。
「センダラ、私が手伝えることは」
「ないわよ、分かるでしょう?妖精の領域なんだから」
二人が見ている島は、妖精の場所。ここで何が起きたのか、センダラは同じ妖精だから助けに来たのか、誰から助けるのか・・・イーアンに教えてもらえることはなく、『ヒマがない』と言ったセンダラが取った次の行動は、彼女らしく―――
ボワッと鈍い音と共に、島を包む海が巨大な泡を突き上げ、同時に蒸気が一斉に辺りを白く変える。周囲全てが沸騰した海の立ち上げる蒸気たるや、とんでもない量で、視界を奪われるどころではない。島は無事か!?とイーアンは仰天するが、センダラ方面は急に輝きを増し、ハッとした女龍の目に、恐ろしい量の槍が映る。
光の槍が何万とセンダラの背後に現れ、雷光を纏う大槍の穂先は直下の島へ、揃って向いた。女龍がギョッとするも一瞬、一度に加速した槍の勢いでセンダラの長い金髪がなびき、槍の群れは空を落ちて島へ降り注ぐ。
あそこに妖精いるんじゃないんですか?! 何で攻撃?と驚きでイーアンが叫ぶも、センダラは無視。
下を見たまま、妖精は片腕を振り上げ、その手にバチバチッと現れた実物大の雷を握る。それも投げるの?と凝視する女龍の前で、センダラは思いっきり腕を振り下ろし、島へ雷を落とした。
先に飛んだ槍の大群が直撃した爆発は、続く雷撃で呆気なく上塗りされ、雷撃の破壊と光は耳を壊す音を伴い・・・蒸気に反射して全てを白く包んだ。
「セ、センダラ!」
「イーアンは動かないで!」
呼びかけると同時に被せられた命令、センダラはイーアンの方へ一瞬顔を向けると、水色の光になって消えた。動くなと言われた女龍は、何が何だか。
豪雨と風でも、周囲はもうもうと大量の湯気に包まれ、薄れて行く残像の如き光は、目くらましのように視界を閉ざす。
動くなら、彼女は一瞬のはず。
なのにセンダラは消えたきりで、イーアンは焦りながら待つ。イーアンも用事がある。それも、今この時に時空亀裂でどこかが呑まれている怖れの・・・ どうしたんだろう、私も早く動きたいのにと、じりじりしながら、暴風で千切れだした大量の蒸気の隙間を見つめる。
焦っても放置され、時間だけが過ぎ、体感で20分は過ぎた辺り。
待つ間、センダラではなく異界の精霊に似た力を持つ誰かいないか、イングに聞いてみようかと、違う手段を頭に巡らせていたイーアンは、いつまでかかるか分からない状況に、これ以上は待てないとすまなく思いながら、場を離れかけた時。
「終わったわ」
上昇しかけたイーアンに、姿を見せないセンダラの声が届く。
はたとして、見回すイーアン。蒸気は消えており、それまで薄っすらと光の線を保っていた島からは光が失われている。光の輪郭線の変化以外は、何が変わったかも分からないイーアンの前、スッとセンダラが現れる。
「あ、大丈夫ですか。終わった、とは」
「・・・大丈夫かって聞くなら、とりあえず問題は終わったと答えておく」
聞かれたくなさそう、言いたくなさそうな妖精に、イーアンは頷いて話を変える。
「あの。何があったかは聞きませんが、私の用事も」
「時空亀裂は、私も知っている」
ここでの出来事を伏せたセンダラは、女龍に説明し始める。
*****
いつも通り、余計なことを含まない話し方で、あっという間に終わったものの、イーアンには驚きの内容。
南で起きた時空亀裂発生の衝撃は、北も同じだった。
規模を思うと恐ろしい影響力だが、その被害が出ている様子を見ていない。それが、センダラの対処のおかげと知って舌を巻く。
「な、何ですって?異界の精霊を?彼らがあなたの言うことを聞いたのですか?」
「違うわ。『イーアンならそうする』と言っただけよ。私ではなく、あなたのためでしょ」
なんとセンダラは―― 動力を戦わせるためにこちらに現れた異界の精霊と接触、互いのことを知らないので状況を確認したすぐ、共通点『イーアン』により、分担した攻撃を行っていた。
誰とも組まないセンダラとは思えない行為にも信じられなかったが、更に異常現象の発生で、センダラはすぐ彼らにすべきことを伝え、『イーアンならそう動くだろう』と一言添えた結果、彼らはあっさり動いたという。
従う性質でも、それはどうなの、と思いたくなる(※私がそう言うだろうと聞いただけで)が、センダラと面識のあるイングが率先したようで、可能性はあるかとイーアンも理解した。
「時空亀裂を・・・異界の精霊が止めた、ということでしょうか」
「正確には広がる寸前で、彼らそれぞれの力が働いたから、時空亀裂の拡大と固定が減ったのね」
ちゃんと止めたわけではない。でも何をすべきか、何が効果を生むかだけ、センダラが特定した情報により、彼らは出来る行動をとり、結果としていくらかは防いでいた。
「そういうことだから。今もダルナと有翼の精霊は、地上で動力を倒しているでしょうけれど、他の異界の精霊は各々の力が使える部分で、時空亀裂の予防くらいはしていると思うわ」
「そ、そうでしたか。センダラ、私はあのう、あなたと一緒に行動した方がと思ったので、急いでこちらに来たのですが」
「私とあなたなら、呑まれ切った場所の解放も確率は高くなる。良いわよ、一緒に動いても。・・・安心して誤解しないよう、教えてあげるけど、時空亀裂を戻すやら消すやら。そこまでは異界の精霊に、出来ない」
「はい?」
「出来ないのよ。彼らはこの世界に元から居たわけじゃない。触ってどうにかなるものと、不可能なものはある」
「あ」
気づいたらしき女龍の反応に、センダラは『だから、私とあなたが忙しくなるのよ』と付け足した。
忘れていたイーアンだが、確かにそう。異界の精霊は、手出し可能な条件が限られている・・・凄まじい力や魔法を使えるとしても、アイエラダハッドの祠封じなどは、彼らに出来なかったのを思い出す。
「彼らも制限は理解してる。だからあなたの思い込みで、異界の精霊に任せきりになったら」
センダラは軽く息を吐き、水色の光の中で豪雨を見回すように顔を動かす。盲目でも関係なく、空いている目よりも多くを見る妖精は『彼らに出来ない分が、私たちね』と呟く。
「あ、はい。思い出させて下さって、ありがとう」
イングの魔法は例外・・・かな、と脳裏に過った『再現魔法』は、口にしなかったイーアン。了解し、この後はセンダラと南部へ向かう。イングに会えたら、失った記憶について聞こうと思うが、それは後で良いこと。
人型動力対抗も行っていると聞いたからには、優先すべき時空亀裂に臨むだけ。片っ端から片付けて回らねば!と気合を入れた。
*****
意気込むイーアンの横で、センダラは先ほどの『急用』について考える。
時空亀裂は対応するが、センダラにとってそれほど大騒ぎする対象ではない。それよりも・・・同じ妖精の救出状況が頭から離れなかった。
あの島の妖精は、助けを求めていた。
事情など知らないが、どこからか呼ばれる『妖精宛』の光の粒がちらついて、弱々しい光の粒を探し、辿り着いたあの島・・・
島一つ・海の一部を領域にする妖精は、そんなに珍しくない。
他の国でもある。森林の一部、河川の一部、山脈の一画を自分の場所と定めている妖精は、少なからずいるから。先ほどの妖精もそうだった。
ただ、妖精の国に通じる道はどこでもあるはずで、なぜ外に助けを求めるのか疑問だった。
―――『地霊の友達が』。
側まで行って、不意に聞こえた細い声。喋り終えるまで持たない、弱った妖精の頼み。状況から、魔物が島の周囲を包むように広がり、妖精は島を守っている、それは地霊の友達のため、と解釈した。
地霊の気配も感じないではなかったが、島と海の両方から感じ取ったので、友達は一人ではないとも思った。
面倒だが、センダラは地霊を蝕む魔物を攻撃すべく、地霊に影響が及ばないよう気を付け、攻撃した。
一応『地霊を守りなさい』と攻撃前に命じた。すぐに島の妖精が反応し、地霊を保護したのが伝わったため、一気に魔物を叩きのめした次第。
『祠があったら困る』。それは気にしたが、広がった魔物の状況は・・・ あれは、サブパメントゥの縛りが消えたから? 察知したのは、闇の国の僅かな気配。『サブパメントゥの何かにより、出られなかった魔物』が、急に沸いて出たような具合かも知れない。
倒してから見に行き、地霊は無事だった。妖精は力を出し切ってしまい、センダラは応急で彼女を癒してやって、話を聞いた。
今朝、唐突に魔物が溢れ返り、弱い地霊が島を守ろうとし、妖精も手伝ったが、地霊とは距離を保たないと互いに影響するため、遠慮しながら守りを固めている間に魔物は増え続けたという。
地霊が少しずつ消えていくのを感じ、妖精は地霊に身を守るよう頼んで、自分が島を守ろうとしたそうだが、終わらない魔物の増え方に憔悴。遠くに他の妖精(※センダラ)を感じて助けを求めたらしかった。
地霊の友達を守りたくて、離れなかった妖精。サブパメントゥのミルトバンを我が子とするセンダラは、他人事に思えなかった。
地霊のために、妖精の女王に助けを求られないのも、分かる―――
「センダラ、あれを!」
不意に、前を飛ぶ女龍に叫ばれ、センダラは頷く。もしこれからも・・・先ほどのような妖精に助けを求められたら。イーアンに言っておこうかと少し考えながら、前方に見える歪んだ島の対処を始めた。
時空亀裂の片づけ回り。移動しながら、センダラはイーアンに『サブパメントゥの気配があった』魔物の増えた話をし・・・ イーアンは最初に『魔物は少ないのに、そこだけ増えたのか』と尋ね、センダラは『理由など知らない』と流した。
だがイーアンは、サブパメントゥの気配と突然の魔物出現に思い当たることがあるようで、少し間が開いた。
センダラはとりあえず言いたいこと―― 今後、妖精の手助けが必要な時は、それを優先するかも、と先に断っておいた。イーアンは顔を向け、静かに確認した。
「それは。私たちとの動きより、そちらを優先と仰っていますか」
「そうよ」
「分かりました」
意外にも。イーアンはすんなり了解し、何か言われるだろうと思っていたセンダラは、少なからず安心した。
女龍は横を飛びながら『私も、龍の都合で手が離れる時はあります』と、理解を示した理由を伝え、センダラは頷くだけだった。
イーアンからすれば、龍の都合で手が離れる状況は・・・センダラが仲間を救う時間の比にならない長さだろう、とそう思って。
龍の都合は、間もなく生じる。
センダラの話の『サブパメントゥと魔物』の関係は、『言伝』を使うあの鎧姿の大男が倒れたからではないだろうか。あいつの技『言伝』が外れて、魔物が増えたなら。もし、そうなら。
お読み頂き有難うございます。




