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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台開始
2830/2954

2830. カーンソウリー島発『龍の膜』大弓の弾・訓練所の状況・二度目、イーアンと死霊の長・狂の片鱗

 

 北部から戻った女龍は、死霊の長と二度目の対面。

 少ない言葉の投げ合いの続きは、勿論、攻撃に転じる―――



 同じ頃、カーンソウリー島と本島ワーシンクー、その周囲の島々から、荒れる海へ船が出始める。

 ここは南部ではないのだが、本島以南が集中的な被害に遭っているため、勿論こちらも影響は出ており、波の被害に加えて魔物も来ていた。


 大弓を積んだどの船にも、ギラギラした宝石のような()()()()が、帆の一部に括りつけられ、不定形なその布に導かれるように、船は激しい波を上下しながらも沖へ出る。



「お守りとは違うけれど、見ているだけでも心強い」


 土砂降りの甲板で、波が船の横腹を打ち付ける揺れに立つミレイオは、濡れた顔を手で拭い、派手な布を見上げ『こんな使い道もあったとは』と目を細めた。


 龍の翼の膜―― オーリンの龍ガルホブラフが、風と雨を無視して自在に動ける力を備えた、大空の龍の翼を大量に持ってきてくれた。


「考えてみれば、当然よ。だけど『龍の皮の着物』では、この効果は気付かなかったわね」


 以前、イーアンとミレイオが縫った着物の材料でもある、龍の翼の膜を思う。天候をものともせずに龍が動き回る性質、その恩恵は脱皮した膜にも宿り、一隻の船を動かす。



 偶然だったが、『一~二枚あれば』とオーリンがガルホブラフに頼んだ後、自分の翼から膜を取るのを嫌がったガルホブラフが空へ上がり、浮遊する膜―― 脱皮後の膜 ――を集めて来た。


 彼に、数など分からないので、適当に数十枚。

 持ち帰った多さに驚いたオーリンが苦笑し、嵐吹き荒れる表で受け取って・・・一枚、飛んだ。風に吹かれた膜は、浜に上げられていた船の柱に引っかかり、船を動かしたのだ。



 帆は畳まれ、帆柱に引っかかっただけの龍の膜が、大弓を積んだ重さの船を動かす―――



 凝視したオーリンは急いで工房に声をかけ、出て来た職人たちも、ズズズと土を引き摺って川へ出ようとする船に目を丸くした。

 もしや・龍か・これなら!と騒ぎながら、あっという間に活用を思いついた彼らは、とりあえず動き出した船を止めるべく、帆柱に張り付く龍の膜を外し、一旦、中へ入って何をすべきか話し合い、数分後に大至急で狼煙を上げ、思いもよらない味方『龍の膜』を配る決定を下す。


 この間、出てきた魔物はミレイオたちが倒し、手の空いている職人が新たな武器を試す機会とばかり、大弓を引いて弾を飛ばし、結果は上々。人型動力用の限りでもない、大きさのある魔物なら一度で仕留められる成果を確認した。


 海賊の船は準備を進め、狼煙の返事が戻った島から順番に、オーリンが龍の膜を配り、付近一帯の船は、龍の膜を帆に付け始める。


 龍に乗るオーリンが非難や拒否にあったかというと、それは行くまで分からないことだったが、オーリンを迎えた先はどこも抵抗なく受け取った。

『狼煙の返事がないなら否定』であったし、『返事があった場所は大丈夫』それだけのことだった。嫌う・憎むなどの声も聞かずに済んだオーリンが往復した一時間後、本島一部を除いたほとんどの地域が、龍の膜を備えて海へ船を出した。



「魔物だ!弓を引け!」


 波を被り、殴るように降る雨で甲板は水浸しだが、土台を固定した大弓は決してズレない。

 ティヤー語で叫ばれた合図は、ミレイオたちに分からないが、彼らの動きが魔物を狙っているのは分かる。手伝いたいけれどここは見守るのみ。


 指示に応じる声と共に、方角を知らせる返事が戻り、大弓の後ろに立つ男二人が引いた弦は、めいっぱい伸ばされて、弓本体中央にある溝を滑り、専用の大弾を高波に飛ばした。波に当たる衝撃で仕込んだ材料が噴出、それは一瞬も同じ形を保たない高波にへばりつくように広がり、大量の蒸気を上げて、溢れる魔物を崩して散らした。


 ミレイオの目で見る限り、魔物は逃げていない。仕込んだ材料の高温噴気に加えて、龍の翼の膜。本来これだけでも魔物を壊す効果があるもの。

 仕込んだ中身が瞬発的に散る速さは、鈍くさい魔物に逃げる暇など与えなかった。



「人型用のつもりで作っていたから、付着と同時に反応が起きるのよね。龍の膜も使った分、広がりも早ければ威力も上がった」


 以前、テイワグナでイーアンが作った消火袋の応用。あの時はイーアンの翼の皮を用い、イーアンは『私の皮の質は・・・』とそれぞれ性質が異なる話をしてくれた。

 タムズやビルガメスの翼の脱皮膜も効果が異なるのを思い出したミレイオは、ガルホブラフが持ち帰った中から、弾の内容に適した皮を急いで試し、これを封をする手前の弾に押し込んで閉じた。大当たりか期待外れか、一か八かで使ってみて大当たりと知った。


 手応えと砕いた高波に、弾を放った男と命じた男がミレイオを振り向き頷く。ミレイオも頷き返し、彼らは次の狙いを定めて、魔物に応戦する。



「一人でも多く、この世界に戻る日のために。これから連れて行かれるあんたたちが、一人でも多く生き残るために。私たちも、連れて行かれる寸前まで、側にいるわ」


 土砂降りの嵐の船上でミレイオは彼らの状況を見守る。同時に魔物が出る時はミレイオも倒しにかかるが、人々の戦いを邪魔することなく、一緒に戦おうと決めていた。それはオーリンも同じで、船から距離のある魔物を倒す。


 誰もが、自分たちの力を信じる時間を増やせるように。

 魔物が終わる前に世界を後にする彼らが、有無も言わさず連れ出される先で、生き残る強さを今から高めておく、それを意識する。



 *****



 龍に乗ったオーリン、船に同乗したミレイオとシュンディーン。警備隊の船について、出発した職人たち。

 彼らを送り出した手仕事訓練所は、留守番を三人残してがらんとしていた。魔物が来た時のための防御と攻撃手段は整えてあるが、一人落ち着かないニダ。


「ニダ。怖いのは分かるが」


 職人が、ニダの倒した容器と椅子を戻し、手が震えてうっかりしたニダを覗き込む。ごめんなさいと謝る若者に、二人の職人は『俺たちがいるから』と励ましてやるしか出来ない。


「座っていろ。立ち上がると()()倒すぞ」


 ニダは俯き、震えの止まらない体を両腕で抱いて床にしゃがむ。もう、夜明けから何回も()()()()を繰り返しているのに、ちっとも体は落ち着いてくれない。


 武器を片手にするもう一人の職人は、ニダの横に並んで腰を下ろし、細い背中をポンポン叩いて『()()と違うんだ。一緒にいるから』と低い声で呟いた。以前、とは、チャンゼがやられた日のこと・・・ ニダの目がぎゅっと閉じ、おじさん二人もそれ以上は言わない。



 実のところ、震えるニダは魔物が怖いわけではなく―――


 あの日に焼き付いた恐怖で、条件反射的に震えが止まらないものの、意識の辛さは別のこと。それを職人に伝えるのもおかしいと、黙っていた。


 私も誰かの役に立ちたいのに。一歩も動けない。

 戦うなんて出来なくても、何かの役に立ちたい。

 チャンゼさんにも守ってもらって、訓練所でも守ってもらい続けて、私はこれまでの人生をずっと誰かに守られているだけで、誰のためにもなっていない。


 ニダの頭の中に、嫌でもオーリンが浮かぶ。彼はチャンゼさんを殺していないと聞いたし、私をここまで連れて来たとも聞いた。だけど、彼の仲間がチャンゼさんを殺し、オーリンはコアリーヂニーたちを・・・操られていたとはいえ、殺した。仲良くなった人たちを殺すなんて。


 思うだけで涙が滲む。それなのに、オーリンが頭から離れない。


 他の職人は『オーリンは俺たちが出来ないことをしてくれた。コアリーヂニーたちも俺たちを殺さずに済んだ』と私に教え、頭では理解出来るが、心が受け付けられず、今も続いている。それでも・・・ オーリンへの理解が少しずつ変わってゆく。この気持ちに抵抗もある。どうすればいいのだろう。


 オーリンは、距離を置かれてもここへ来た。呼ばれたからと、すぐに。魔物を倒すために。私が近づかなくなった理由も伝えられている。それでも、私たちのために手伝って、今も戦いに出ている人。



 座り込んだ床で膝を抱え、ニダは滲む涙を膝にすりつけて拭く。

 あの人みたいに、強くなりたいと思う。あの人のしたことが許せない自分がいるのに、あの人の心と思いの強さに自分もそうなりたいと・・・ なんで、私はそう思うんだろう。


 若いニダが、自問自答で苦しんで呻く間、理由は分からないなりに職人たちは側にいてやった。ニダが突発的に飛び出していく可能性も考える。仲間が戻ってくるのは今日ではないだろうし、と思うと。


 ニダを挟んだ両隣に座る職人二人は、目を見合わせて、会話はなくとも同じことを考える視線で頷き合う。ニダだけでも、安全な場所へ送るかと・・・ 行先はすぐに思いつかないが、ニダの移動が必要と、二人は信頼できる預け先を思い巡らす。


 だが、職人二人の配慮が形を取るまで、時間は待ってくれない―――



 *****



 片やイーアン。


 南部東寄りの海に入ってすぐ、大きく立ち上がった波を見つけ、首から上を龍に変えた。波を消そうと口を開けかけて違う気配に気づき、さっと首の向きを変えたそこに。


『おお。これは危険だ』


 聞こえた声が先。姿を目にするよりも早く、イーアンの口はカッと開き、別の波と中にいた魔物が消滅する。もう一つの大波に向き直り、それもすぐに消したが、()()()()が片付いていないのも分かっていた。


「出てこい」


 波を消した龍の首が、人の頭に戻って怒鳴る。怒鳴った方向に、間髪入れず現れたのは赤い筋肉をむき出しにした死霊の長。距離は数十m離れているが、やけに近く感じる。


『龍と会ってしまった』


「うろつくからだ」


 射程距離のイーアンは、そう言うなり龍気の玉を瞬間で放ち、死霊の長がぶれる。


『手加減しているか?俺に用事でも?』


 憎たらしい揶揄いが間近で聞こえて、女龍は自分を龍気で包む。ボッと膨れ上がった白い玉に『これはマズい』と声は一言。ちっともマズそうに聞こえない。

 死霊の長の動きなど、一々把握するようなものでもないが、思ったよりも早く移動する。霊体みたいなものだからか、とイーアンも龍気の幅を広げた。


 球状に広がった龍気は、海底まで届かない。声が聞こえなくなったので、逃げたと判断したイーアンは海底へ龍気をぶち込んだ。


 その途端、後方で『ギャー!』と人の叫びが響き、ハッとしたイーアンの目に無数の死体を吹き上げる水柱が映る。魔物・・・だが。殆んど人間の状態で、魔物が接着剤状態。死体は壊れ、悲鳴を上げるようには見えないが、嵐の海に突き出した50mほどの水柱いっぱいの死体は、断末魔の叫びを続ける。


『龍は()()()に用事か』


 耳障りなムカつく言い方。カーッとしたイーアンは一瞬で出した龍気爆を放ち、死体の水柱を掻き消した。


「くそ野郎。こいつ」


『怒らせ』


 たか?を言い終える前に、位置に気づいた女龍の龍気が飛び、語尾は『わっ』と驚く声に変わる。


「どれだけの人をこんな形にしたんだ。お前の挑発は、私を怒らせる以上に危険を呼び込むぞ」


 戦慄く女龍が言い終わると、相手は荒れる波間に姿を現し、吹き荒れる暴風雨に関係なく答えた。


『挑発?龍よ、知らないのか。これは仕事だ』


 ハハッと笑った死霊の長に、怒ったイーアンが反応しかけて―――



 ぐらっ、と。この瞬間、世界が揺れた。

 大気も海も一瞬、圧縮。横に揺すられた。波は変形し、風も雨もその瞬間だけ向きが狂い、遠くの空に白い・・・筒が。

 ハッとしたイーアンだが、すぐ死霊の長に意識を戻して辺りを見回す。おかしな圧力は重さとなって現象に続き、海が凹み雨風が止まり、そして死霊の長は消えていて、気づけば魔物も海にいなくなった。


 白い筒は?とその方向を見ると、ない。


 対戦にもならなかった僅かな数分と、遮った異常現象。数秒後に、少しずつ風景は戻る。

 相手を逃がした女龍は、左右を見回して・・・次へ行くのを一先ず後にし、龍気の玉に入ったまま考えた。



 *****



 死霊の長を遠ざけた、白い筒の振動・・・ いや、どうだろう?


 白い筒、あれのために逃げたわけではないかも知れない。私に隙が出て、逃げただけとか。

 それにしても、とイーアンは思う。今のは、これまで体験した時空の歪を思い出させる。これをきっかけに、幾つも考慮しなければいけないことが増える。



 幻の大陸が起こす地震は、異時空を広げる。どこでも、異時空の裂け目を対処するのは大変だった。

 この前の東の治癒場で対応した白い筒は、私を呼んだとタムズに言われたけれど、マハレは『あの大陸の影響』と話していた(※2781話参照)。どちらも正しい答え、そうも思える。


 振動の理由は何であれ、あの遺跡の特徴で、芋づる式に連鎖する確率は高いもの。先ほど見たのは、『不安定になった白い遺跡が、異時空の歪で姿を出した』その可能性もある。


 ・・・シャンガマックが調べてくれた白い遺跡の在り処は、皮肉にもティヤー分がないから、出てきた順から対処するしかない。


 懸念は白い筒もだが、もう一つある。アイエラダハッドでは、()に苦労したのだ。


 祠は、大きな力が側で炸裂したり直接的な衝撃を与えると開いてしまう。

 多くは精霊や魔法使いが封じた『魔物の門』で、開くのも、時空の乱れに重なるのも、大変厄介な状況を引き起こす。一度広がるとイーアン一人で対応できず、センダラの協力が必要。センダラもイーアンに協力を求めるくらい、面倒で危険で()()



 白い筒、異時空の亀裂、封じ祠の損壊による『魔物の門』・・・ この三つ、ティヤーでの旅の時間が短く、ほぼ触れていない。


 他に心配はないか。残党サブパメントゥは?

 ラファルが鍵にされていた古代サブパメントゥの『言伝』は、ラファルの変化により、もう大丈夫と思うが。ラファルは魔導士と一緒に『念』を潰している現状、魔導士が一緒にいるから彼自体も安全・・・だろう。


 ドゥージも怨霊を背負っていたため、ひやひやしながら無事を守っていたが、彼は今、精霊と共にある話だし、出現した噂もないから、とりあえずドゥージの怨霊も今は気にしなくて良いはず。



「急ごう。時空の乱れも、さっきのを切り口に出る可能性は高いし。白い筒のことは、ビルガメスに先に話しておこう。それと治癒場。この前話したばかりだけど、一応アティットピンリーに伝えねば。

 ええと、地上は・・・動物型の動力は北部だけにいた。人型動力は南部で、魔物もこっち。イングからまだ連絡がないけれど、イングは人型対行動力を出しているかしら。協力して下さった堕天使も同行だろうか」


 嵐の空中、対処の連携を考えたイーアンは、声をかけるところを決めて出発しかけた、のだが。はたと気づいたことに、動きが止まる。



「あれ?ちょっと待て。時空の乱れ・・・ 時間も。うん?おかしくない?この前、私たち」


 イングの名を口にした後、やっと気付く。私と、イング。ビルガメス。()()()()()()()・・・・・


「初顔合わせと思いこんでいたけれど、ある・・・!だってビルガメスもイングも、アイエラダハッドで『解除担当変更』の時、顔を合わせて(※2237話参照)」


 なんで? 奇妙に気づいたイーアンは、白い龍気に包まれた内側で、急いで記憶を巡らせる。


 ――私だけなら、忘れっぽいからともかく。イングも、ビルガメスも?私たち全員、初対面と思い込んだ態度だった。



「時間が?何?何かが狂っている」


 ぽろっと、こぼれた言葉。今になって気づいた『顔合わせ二度目の不自然』。昨夜聞いたばかりの、空の子の話がぼんやりと浮かぶ。 


『初代に揃った頂点にのみ、『時の漣』を出す力は備わります―――』 初代に揃った頂点・・・それは、あの精霊もそうでは。



 ただ、今のイーアンに考え込む時間はない。疑問いっぱいになったところで、時間切れのように第二波の異常現象が起き、それはイーアンの目に映る遠い島々を・・・飲み込んだ。


お読み頂き有難うございます。

今度の日曜日、15日の投稿をお休みします。PCの調子が少し気になり、一日かけて調整しようと思います。ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願いいたします。



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