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魔物資源活用機構  作者: Ichen
剣職人
283/2944

283. 南の慰労会で

 

「ちょっとちょっと。イーアン」


 慰労会の準備が行われる中。イーアンとドルドレンが玄関前のホールにいるとベルが来た。どうしたのかと思えば、『俺に武器を作ってもらえるか』とベルが言う。


「作れるか分からないけど。イーアン、槍とか出来そう?」


「お前は剣でも良いだろう」


「ちょっとドル黙ってろ。イーアンどう?長い分には良いんだよ。3mとか越えても平気」


「作ったことはないですが、剣職人にも相談してみましょう」


 ぬっ。タンクラッドだな。ドルドレンは嫌な予感。ベルにあっさり『ムリだから』と断る。総長を睨み上げるベルは『お前に聞いてねーよ』と吐き捨てる。


「俺ね。昨日ここの槍使って思ったけど。やっぱり剣より、槍のが使いやすいんだよ。ほら。ハイルがイーアンのソカ持ってるでしょ。あれ、あんな強烈じゃなくても良いから、やっぱちゃんとした槍あったらなって」


「うむ。ムリだ」


「お前じゃねーって言ってんだろ。お前ちょっとあっち行けよ」


 イーアンは笑いながら、ベルに頷いて『作ってみましょうね』と答えた。槍の大事な点は知らないから相談して・・・と伝えると、ドルドレンはぶーっと唇を子供のように鳴らした。ベルが目をむいて、ガキの頃の癖そのままだと(なじ)った(※ドルドレン子供返り・36歳)。ゲラゲラ笑うイーアンに、ドルドレンはむくれる。


「大事ではありませんか。自分に合う武器を持ちたいと仰るの。この話はタンクラッドに」


「またタンクラッドぉ?だからイヤなのにーっ」


 大丈夫よとイーアンは、駄々を捏ねるドルドレンを宥めて笑う。ベルは、どうやら旧友は、その職人とイーアンの関係が気に食わないんだなと理解した。とりあえずお願いしたので、ベルは退散。入れ替わりでハルテッドが来た。


「イーアン。ソカもうちょっと借りても良い?」


「魔物がまだいましたか」


「ううん。違う。これ普通のソカより長くて、使うの慣れたいから。イーアン、その服。前、着てたやつ。それとっても綺麗だね」


 女装ハルテッドは、イーアンの赤いスカートを見て思い出し、ニコッと笑う。あの日の朝、髪の毛を編んであげたことも。イーアンは『よく覚えている』とハルテッドの記憶に嬉しそうに微笑む。ソカはどうぞ使ってと了承。


「あれでしたら。ソカはハルテッドが今後使っても良いのでは」


「そう?本当?でも私、これ買うの高いとムリかも」


「特別注文以外は、騎士が自分で購入しない。個人の所有物だが、騎士修道会が購入する。

 イーアンの製作品は、全てが試作品だから、騎士修道会以外の人間が求める場合において、金額が発生するだろうが、俺たちが使う分には金銭の移動はない」


「なんか難しんだけど。もっと簡単に言ってよ。お金かかんないってこと?」


「そうです。皆さんに作るための工房ですもの。私は皆さんからお代を頂きませんよ」


「そうなんだ。でもそれじゃ何か悪いからお礼する。何が良い?私出来ることするよ」


「なら、あっちへ行け」


「あんた黙ってて。あんたに聞いてないから。イーアン、何欲しい?」


 兄弟揃って、ドルドレンに黙ってろとか聞いてないとか、同じことを言うので、イーアンは可笑しくて笑ってしまう。ハルテッドと笑いながら、イーアンは『あっ』と思い出して、オレンジ色の目を見つめる。


「何か思いついた?」


「はい。あの子に、ザッカリアに音楽を教えてあげてほしいのです。私は彼に弦の楽器を作りましたが、私は一切音楽に縁がないので、誰かに先生になってもらいたくて」


「私が教えるの?ザッカリアに?ベルがこの前教えてたよ。新年夜会の練習でベルと合わせた時、ザッカリアが来てさ。見せてくれたの、あれでしょ?白っぽい楽器の」


 それを聞いてイーアンは喜んだ。既に教えていてくれたのか、と思って、そうそれと頷く。


「夜会の後もね。ベルが暇だとザッカリアにちょっとずつ教えてるけど。私もじゃ、手伝うとか。そんなので良いの?面白い楽器だけど、調整したりしていいなら」


 是非そうして、とイーアンはお願いした。音の調整なんてイーアンには何も分からない。音は出たけど、どこをどうするのが正解なのか分からない。それを話すと、ハルテッドは楽しそうに笑って、イーアンの背中をぽんと叩く。


「何でも知ってそうなのに。イーアンも分からないことがあるんだね。いいよ、やっとく」


 がっつり蚊帳の外のドルドレンは、楽しげな明るい二人の背後に、霊のように無表情で立ち尽くしていた。ハルテッドは、昼から飲むから女装でいるが、帰りは龍で帰るんだから酔っ払って落ちないようにしないとね、と笑って戻った。


「どういう意味でしょうか。飲むから女装。昼だから女装?酔っ払って落ちないように・・・それはそうですが」


「イーアンは理解しなくて宜しい。あれの癖だ」



 どんな癖?イーアンが灰色の瞳を見上げる。ああ、可愛い。傷だらけでも何でも、可愛い奥さんなのだ。ドルドレンはやっと二人だと思って、長椅子に腰掛け、よいしょとイーアンを膝の上に乗せる(※ここは人様の玄関ホール)。


「ふむ。あまり考えないほうが、精神衛生上良い気がするが。

 ハイルは、女装で男を引っ掛けるのが楽しいのだ。それが酒の席となると効果が大きいようでな。しかし本人も引っ掛けるだけでなく、酒好きで浴びるように飲む。酔っ払って落ちでもしたら、女装だし、イーアンに奇妙な迷惑がかかるとか。そんなところだろう。

 まぁ簡単に言えば、ハイルは酒の席が大好きだ。あれにとって、趣味と趣向そのものなのだ」



 あれの親父もそうだった、とドルドレンは淡々と語った。なぜか親父が女装で、母親は男装が好きだった。

 ベルはよく無事で、とイーアンは驚くが。ドルドレンとしては、ベルは自分だけでもしっかりしようと思ったのだろう・・・と頷いていた。自分でもそうするはず、イーアンの鳶色の瞳を見つめ『そんな世界もあるのだ』と諭す。

 イーアンはパパを思い出した。ドルドレンはお母さんに似たのか真面目で頭も良く。パパは風来坊どころか風船のような人で頭もちょっと(←失礼)。もし両親共にそうだったら、ドルドレンは一体。無事だったのだろうか。


 そんなことを考えていると、慰労会の呼び出しがかかる。呼びに来た南の騎士が、総長がイーアンを抱っこして座っている姿に驚いて立ち止まるが、膝に座るイーアンが普通に『はい。行きます』と笑顔で言うので、言及することなく立ち去った。


 ふとイーアンは気がついて(※遅い)、ドルドレンに『人前でこの状態は良くないかも』と言うと、ドルドレンもちょっと考えてから『む。そう言えば、南西では驚かれていたな』と思い出し、会議中でも普段でも、ちょっと自粛しておこうかと決まった(※当たり前)。



 広間へ向かうと、広間はしっかり宴会状態になっていた。


 南の支部自体は人数が少ないが、南東の支部と北西合わせて、30人近く加わったので、この日はとても賑やかだった。今回の退治は長引いたのもあり全体慰労会。終わったので、一気に一安心した騎士たち。


『長かった』『今回はいつ終わるか分からなかった』『体力は疲れなかったが』とか何とか。引っ張った疲れがようやく切れて、満面の笑みで全員が『はいお疲れ様』の酒を飲んだ。



 ドルドレンはイーアンを保護中。イーアンも保護され中。しかし、周囲に隊長が集う状況にいた。


 南のベレンとラジャンニ、バリー、南東のヴェダスト・ワイド、ハミルカル・イパーガを合わせて5人。ドルドレンは小声で『イパーガはジゴロ』と教えたので、イーアンは表情を変えずに頷いた。どこの支部にもいるジゴロの、南東支部の貴重な一人がここにいるのかと思った。


 それぞれが聞きたい話は、大体同じだった。戦法と援護協力。援護協力が入るのは、これまで騎士修道会ではあまりなかったことらしいが、今回2度目のイーアン参加を経験した南の支部は、これからも援護協力がほしいと望んだ。


「初めて見ました。こんなふうに戦う人がいるのかと」


 バリーが明るい瞳を柔らかく細めて言う。南東のワイドは、横に座るバリーに『前。チェスティミールが似たような』と言いかけてやめた。全員がワイドを見たが、そこからすぐに別の話題にイパーガが繋げる。


「南では2度目と聞いたけれど。東方面には来ないのか?こんな戦闘方法があるなら、南東でも援護協力がほしい。どうだ、総長」


「何が」


「イーアンを貸せ。一週間ずつ回ってもらうんだ」


 ふ・ざ・け・る・なっっっ!!!


 総長怒号に広間が一瞬で静まり返る。イーアンもびっくり。机を叩いて立ち上がった総長の気迫が鬼のようで、周囲の騎士が何人か椅子から転げ落ちた。イパーガも目を丸くして、両手を胸の前に上げて『落ち着け』と小声で宥める。


「物じゃないんだ。イーアンを何だと思ってる。こんなに傷だらけでも休みもしないで、俺たちのために動き回ってるんだぞ。何も知らないで、貸し出せとは。それが人間に言う言葉か。恥を知れ」


 どう声をかけていいか考えるイーアンは、怒りで戦慄(わなな)く伴侶を見つめる。怒らせた張本人のイパーガは、これほど怒ると思ってなかったと頭を振る。ベレンも頭を掻きながら、ちらっとイーアンの傷のある顔を見て『ごめんな』とそっと謝った。


「イーアンと一緒に戦えば分かる。確かに彼女が来てから、仲間を失うような恐ろしい事態は避けられている。だが、その分、彼女が身体を張って挑んでいるのを、お前らは知らない。北西に来て同じことを言ってみるがいい。袋叩きですまないぞ。俺たちは全員、彼女に守られている」


「ドルドレン。そうではないです。皆さんが」


「黙っててくれイーアン。とんだ勘違いだ。イーアンさえいれば大丈夫だと思っている。イーアンがどれほど必死か。彼女の顔の傷を見ろ、イパーガ。気がつかないのか。


 彼女は一人で魔物に突っ込んで行った。この支部と同じくらいの大きさの飛ぶ魔物に、だ。誰のためだったと思う?町のためだ。

 彼女はその時、委託先の工房に契約で出かけていた矢先、魔物が西の壁から来るのを見て、同行した騎士や町の男に頼むことなく、龍に乗ってたった一人で。たった一人でだ。騎士でもない、訓練を受けたわけでもない、剣一本持って、龍の背に乗って立ち向かったんだ。お前にそれが出来るか。


 龍がいたからとイーアンは言う。そうだ、龍がいなければ空へは行けない。だが、行けたとしても。お前は龍に乗って、支部と同じくらいの大きさの火を落とす魔物に、何も迷わず挑めるのか」


 出来るならやってみろ、ドルドレンは吼えた。銀色の瞳に怒りを宿らせて、新年一番の怒り(※初怒り)をぶちまけた。


「龍は龍だ。その力の大きさは計り知れない。かと言って、龍に跨るのは誰だ。人間だ。恐怖や死への覚悟をたった一人で背負って、真っ先に飛び込めるのか。それを常にこなすんだ、彼女は。遠征で魔物と戦う時だって、知恵を絞って最初に危ない橋を渡るんだ。お前は見ただろう、ベレン。魔物に一人で立ち向かったあの時を」



 ハルテッドが後ろから来て、イパーガの前に立ち『あんたなんかに、イーアン要らないから』と見下したように冷たく言い放つ。トゥートリクスは総長の横に来て『魔物溶かせますか。触ったら死ぬかもしれないのに、皆のために解体できますか』と南の隊長と南東の隊長に静かに言う。


 イーアンの真横に立ったシャンガマックが、座るイーアンの左肩に手を置いて微笑む。『誰より優しい。誰より男らしい』その言葉にイーアンはちょっと笑った。


 ビッカーテも近づいてきた。『確かに頭の良い戦法使いますが、彼女は我々を逃がして、自分だけ雹に打たれるような人です。やれって言われてもしないですよ、普通』ねぇ、とイオライカパスの話をちょっと出した。無駄と言われ続けた(←ダビ)行為だったので、これにはイーアン俯く。



「どうだ。お前は出来るのか。それが出来ると分かれば、休みなく自分の体を、どこへでも貸し出されるのも了承するのか」


「軽すぎる、あんたの頭」


 ハルテッドの美人な毒舌が、ドルドレンの畳み掛けに重なる。ここまで場を壊すと想像していなかった軽率な言葉を、イパーガは今更冗談だと言えなくて、言葉を探して黙った。


お読み頂き有難うございます。

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