2826. ロデュフォルデンの真実『攻撃、やり直し、時の漣、創世の責任』・ヨライデ治癒場
ロデュフォルデンは、始祖の龍が造った。
地上であって、地上ではない。紛らわしいこの状況を選んだため、独断では現実化しない。実際には地上を使うわけではなくても、精霊に相談し許可を得た場所。
協力者に、空の子。これも彼らの条件を超えない、彼らにとっても悪くない内容であったこと。空の子の具体的な協力の形は、『守番』くらいである。他には何もない。
事実上、ここは空で、イヌァエル・テレンとは違う。空の子の領域の一部が在る―――
空の子及び空の一族は、ロデュフォルデンの存在を全員が知っているが、龍族は知らない。
また、精霊の内でも大精霊は知ることだが、詳細は伝わっていないという。
大精霊とはナシャウニットを差し、彼はロデュフォルデンが『空の一族と地上の精霊の大切な場所』と理解しているだろうが、ここが空の一部だとも明かされていないし、恐らく気づいてもいない。始祖の龍が相談し、許可を得た『精霊』は、普段はこの世界にいない特殊な相手だった。
ロデュフォルデンは、女龍が使うために存在し、目的は攻撃用。
「攻撃ですか」
ここまで黙って聞いていたイーアンは、顎に当てていた手を離して驚く。思いもよらぬ物騒な目的の矛先に据えたものは・・・ 空の子は大きな目を瞬きさせて、ふぅんと言った具合で尋ねた。
「あなたがどこかで『それだけを知った』から来た、と思いましたが」
「初耳ですよ。和やかな印象しか・・・なかったけれど」
女龍は唖然として周囲を見回す。静かな山々に囲まれ、緑が輝く原っぱに、湖が一つ。これのどこが攻撃用なのかと胸は騒めく。空の子も彼女の視線に合わせて見回し、『龍を集めるので』と教えた。
「龍たちは、古代の三頭を除き、龍気がない場所で動けません。イーアンは、初代の龍と同じくらい強いですから、龍気を得られない地上でも、僅かな龍気を頼りに変化するようですが、他の龍は難しいです」
「そのとおりです。私だって・・・龍気がないと、力も落ちるし」
「龍は空の存在。いるべきところにいてこそ、です。でも、女龍は時代と共に呼ばれて現れ、空に付き添うよりも、地上に付き添う義務があります」
この内容では、龍気を補充する女龍のためにも思えるのだが、わざわざ地上に空を移しても龍気を求めた理由を聞き、イーアンは眉根を寄せた。
「え?サブパメントゥ相手ではなくて?」
「はい。ここにあなたが入ったので、お伝えしても良いでしょう。何も知らずに辿り着いたようでも、時は導いたのだから。
いつか、あなたを・・・女龍を元の世界に戻そうとする者が現れます。それはあなたを攻撃し、引いては龍族、更にイヌァエル・テレンの在り方さえ問う。その時、あなたは自分が誰であるか明確に伝える必要に迫られるでしょう。
これが行われる場所は、空中でも水中でも異界でもなく、この地上です。だから、あなたが認められたことを証明する龍を呼びます。龍をここに下ろすのです。あなたの家族を、あなたの守る空を、あなたがいないとこの世界の三大要素の一つが終わることを、はっきり示さねばなりません」
「示し方は、見せつけるだけで済まないのですね。その言い方だと」
「龍は、破壊する存在です。あなたを追い詰め、追い込み、剥奪しようとする手を破壊するためには、あなたを支える龍たちが側にいるべきですよ」
「私は彼らに戦わせたくありません」
「イーアン、あなたが戦う。あなたが史上最も強力な破壊の化身であることを、龍の呼応で見せるのです」
呼応のために、他の龍をここに下ろすと聞き、イーアンはごくっと唾を呑みこんだ。
龍気が溢れるロデュフォルデンを解放しても足りない?イヌァエル・テレンにいる龍たちを集めて、ミンティンやアオファやグィードがいる地上で、尚も、龍の呼応を増やす?それは一体、どんなサイズの話をしているのか・・・
この世界が消えかねない、とんでもない破壊を行う想像がイーアンを身震いさせる。
そこまで追い込んでくるのは、間違いなくあの精霊しかいないだろうが、彼を相手に私は。
言葉を失う戸惑いは久しぶりで、イーアンは急に聞いた予言に目を逸らした。ザッカリアが前にいるみたいな錯覚を受ける。
空の一族は、予言の一族である。ザッカリアは、予告を外したことが過去にない。今、自分を見つめる透き通った瞳もまた、私を通して未来を見ているのだ。
先ほどまでの、多く抱えていた質問が・・・薄れる。どうでも良くなってくる。ロデュフォルデンの場所がどうとか、アイエラダハッド火山帯は何かとか、そんなことよりも―――
「初代の龍は、二代目三代目の女龍のために、ここを用意しました」
「始祖の龍は、追い詰められなかったのですね」
「いいえ。彼女もまた問責を受けています」
「誰に、ですか。問責って、まるで悪いことをしたように聞こえます」
「『誰か』は、イーアンも知っているでしょう」
逸らしていた目を上げて、空の子の真っ直ぐな視線に合わせる。ふーっと息を吐いた女龍は乾く唇を少し舐めて、癖で舌打ちし『あいつか』と嫌そうに呟いた。
「やはり、あいつですか。あの・・・ああ、なんでまた」
「そう決められた存在だから、と解釈して下さい。私が最初に、『使いますか』と尋ねたのは、あなたが既に相手との接触を果たし、状態が進行していると知っているからです。イーアンの名前は知らなくても、女龍の状況は見えます」
そうだったのと頷いたイーアンに、空の子は続ける。
「初代の龍が問責を受けた状況は、私も知りません。『そうしたことがあった。』それだけです。彼女はそれを打破しました」
一度言葉を切った空の子に、イーアンは『戦ったのですか?』と尋ねたが、答えは外れた。
「違います。この世界をやり直したのです」
*****
やり直しの機会。
愕然としたイーアンの口が開き、空の子はゆったり頷いて『そうしたことがありました』と話を変える。
「でも、以降の時代に同じことは出来ません。それは不可能です。余波で時空の波を起こすことは出来るでしょうが、思い通りに操れるなどは出来ないこと。初代に揃った頂点にのみ、『時の漣』を出す力は備わります。いくらかの狂いは生じるにしても、創世の規模と同じ大きな時間を戻すには到底届きません。
創世に行われた『やり直し』は、その規模から責任を取らなければいけない。詳しく話すのは控えますが、初代の龍が背負った責任は、私たちの誰が想像するよりも大きく重いものでした。そしてそれが彼女の代で完結するとも彼女は思いませんでした。いずれ、繰り返される攻撃に対抗するには」
「待って下さい」
合間が飛ばされているような説明不足の話はどんどん進む。何だか分からない内に、責任だとか繰り返すだとか、自分に降りかかっている状況であるだけにイーアンは思わず止めた。空の子はピタリと話を中断する。
「あの。待って下さい、頭がついて行かなくて。始祖の龍が責任取って?でも責任はまだ続いているのか、繰り返すわけですね?それは対抗するしかないのですか?何が何でも破壊しないといけない、って。話し合いとか、間接的に誰かを通すなどはダメなのですか?他に手がないまま、どうやっても攻撃で」
「龍だからです。破壊し、再生を司る以上、あなたが信じる愛を実行するなら、形は破壊」
今度は空の子が遮る。イーアンは打ちのめされ、目を閉じた。
「うわ・・・ 」
愛が破壊を示す龍族、避けられない道。つまり始祖の龍は、愛として『やり直し』という究極の破壊を行った、そういう意味かと理解した。責任とはなんぞやと、それも思うが、薄々答えは見えてくる。
―――始祖の龍は、『原初の悪』に何かしらで追い詰められた。
きっと・・・始祖の龍が築き上げた仕事の盲点や欠点が、後の世に深刻とか、そうした理由では。
他の精霊が同意したので、よほど大きなことだろうが、そんな点に気づかず物事を進めたなんて考えにくい。だがこれはさておき。
とにかく追い詰めた続きが、始祖の龍を元の世界へ送り戻す目的で、彼女はそれを撥ね返した。それがこの世界を愛する証明、創世の『やり直し』・・・選択肢はそれだけだったのだ。なんだそれ、と思うが。
やり直したからには、あらゆる責任が圧し掛かっただろう。彼女が受け持った空だけではないのか・・・地上とも繋がれる女龍の立場は、関係していそうに思う。
始祖の龍は、もしかすると何度かやり直しをせざるを得ず、最終的にどうにか『通過』したのだ。が、しつこい『原初の悪』は、まだ女龍の失墜を求めているということか。
責任が終わらない、その意味は『突かれる遣り残し』の懸念かもしれない―――
ぎゅーっと手で顔を拭い、イーアンはうんざりして溜息を吐いた。何が何だか。知れば知るほど、混乱してくるが、そんな意味の分からない揉め事に、私の運命が重ねられている。
この後。『ロデュフォルデンを使うなら、まだ時期早々では』と感じ、協力者としてイーアンに助言の時間を取った、と空の子は話した。イーアンがロデュフォルデンの事情を知らず、攻撃用の場所とだけ知ったから訪れたと、そう思い、確認したとか。
衝撃的な話が続いてイーアンは、頭がパンクしそう。こめかみを押さえて、また少し待ってもらう。
―――ロデュフォルデンで、卵を孵す。『だって、食っちゃ寝ですから』・・・前は気楽だった。
とんでもない目的のために造られた場所。ビルガメスたちすら、知らない。
始祖の龍は男龍を巻き込む気はなかったとも思えるが、龍を下ろすということは、純粋な龍たちと頂点の女龍だけで挑む事態と、そうも思えた。
純粋な龍は、始祖の龍が生んでいない。これもポイントか。確かガルホブラフたちのような小龍は、精霊が生んでいると。つまり女龍絡みではない龍族、純粋な龍が認めていることを、彼らと共に提示するわけだ。
ズィーリーの時代に使うことがなくて良かった。これだけは良かった。
彼女の呼ばれた時代は、ただでさえ荒れ、戦いも長引いていたし、強力な味方がいたとはいえ、身内の裏切りにも常に警戒する旅路。『原初の悪』につけ込まれたら、ズィーリーはどうなってしまっただろう。
私で良かったんだ、とイーアンはぎゅっと目を瞑った。私が、始祖の龍の続きを引き受けて、終わらせる―――
話を終えた空の子の配慮に礼を言って立ち上がる。空の子もとぐろを解いて浮遊し、二人で二重の湖の上面へ。
「話はこれだけですよね?」
振り返ってイーアンは尋ねる。一気に疲れた気がするけれど、龍気は補充した。空の子は女龍の辛そうな表情を、少し見つめてから頷く。
「今はこれだけですが、私が話したことをよくよく考えておいて下さい。治癒場の場所も教えてあげます。サミヘニに頼むのは私だけど、場所だけ。ここを出て・・・ 」
向こうへ飛んで、古い森が孤立している中に在る。
空の子がそう言ったすぐ二重の湖が開き、イーアンは外へ出た。湖が閉まる前に、『他の精霊は、本当にここを知らない?』と思い出して聞いてみると、湖は閉ざしながら声を残した。
『不思議な湖、とだけ』
ヴィメテカが知っていたのは、親のナシャウニット経由。アイエラダハッドのキトラが知っていたのは・・・彼もまた、始祖の龍と話したからかもしれない。
ヴィメテカが言っていた『地上の精霊と、空の一族の大切な場所』。意味は何だったか、空の子に聞きそびれたなとイーアンは大きく息を吸う。約束、とはもしや、単に許可だけを示すとか。ここで、疲れた思考は中断する。今はあまり、掘り下げて考えたくなかった。
時間が流れないロデュフォルデンの続きは、入る前と同じ時間の続きで、日付を跨いでいない夜。胸に重いものをズッシリ増やしたイーアンは、教わった方角へヨライデの治癒場を確認に行った。
古い森は夜でも分かるくらいに文字通り孤立しており、周囲を溝が囲って、おいそれと人が入り込めないように見えた。
降りはしなかったが、森の中心辺りがぼんやりと白さを灯らせたので、そこが治癒場なのだろうと見当をつける。ふと、ズィーリーは愛の人・・・と過った。男のように戦ったとも聞いているが、ズィーリーは微笑みと優しさの石像で佇む方が、後の世に残る姿では正しく思えた。
治癒場に手を振り、イーアンはティヤーへ戻る。やるべきことはとりあえず済ませた。
イーアンがティヤーの海の上に入った頃、津波は各地に襲い掛かっており、意識は切り替わる。ロデュフォルデンの真実は一先ず脇へ。
空の子が『よくよく考えて』と言った意味に気づくのは、もう少し後―――
お読み頂き有難うございます。




