2824. 治癒場見守り ~③十二の司りの件・精霊の読み『祈祷師と女龍の接触』について・キトラ・サドゥ再会・ヨライデ山脈へ
『私は灰色。雨と雪と雲』―――
おばちゃんも、『龍に』用事があった。
精霊のおばちゃんは、これからティヤーで呼ばれる展開を知っており、なんで?と不思議そうなイーアンは、却って怪訝な目を向けられた。
『だって。あんたじゃないの?ティヤー人に祈るよう、仕向けたのは。鳥が来て大変だったわよ』そう言われて、ああそうでした、と俯いた(※こんな遠くまでと思う)。
祈るのを仕向けた最初は龍だろうに、と決めつけられていて、それもおばちゃんは鳥経由で知ったらしかった。実はルオロフが最初だが、それは伝わっていない。
経緯はこうしたところで、精霊のおばちゃんはティヤーで呼ばれるのかどうかを、やって来た龍に確認しようと思い、イーアンを家に連れて来た。
人間が治癒場に入るのがもうすぐでもあるし、それなら呼び出されるのはいつなのか。
イーアンは、太陽のエウスキ・ゴリスカに頂いた助言を話し、残った人々が呼び出す予定であり、彼らが治癒場に来る前に間に合えばそうなるだろうし、まだ確定ではないとも添えた。私は残された人々の願いを聞き入れたい、その希望も・・・ 精霊は相槌を打って答えず、話を変える。
「うーん、イーアン。出てから、もあるんじゃないの。治癒場が先で、ここを出た後かも知れないでしょう」
「その可能性もあります。私も行き当たりばったり」
「分かったわ。ところで、あんたがドルドレンの奥さん。ちょっと聞いたのよ」
「はい。そしてミレイオは私の姉。シュンディーンは私を怖がるけれど、可愛い子供の一人です」
「フォラヴも来たけど、彼は元気?」
自分に会った仲間の名を出していると気づいた精霊が微笑み、イーアンは『フォラヴは妖精の世界に戻った』と教えた。また来てくれると思うけれど、と言葉尻を濁した女龍に、おばちゃんは頷く。
「行きなさい、イーアン。私の用も済んだから」
「あの、あなたも・・・残った人たちに願われたら、うん、と言って下さいますか?」
口裏合わせるような質問の促しは良くない、と思いながら。イーアンは話を戻し、ちょっと尋ねた。おばちゃんは女龍を見下ろして首を横に振り、イーアンはそれを否定と思い、目を逸らす。その女龍の頭に、精霊の手がポンと乗る。
「龍だから。寒くないのも知ってるけど。それにしたってこんな、体自慢の男みたいに腕むき出しで、吹雪の氷河に来るようなあんたは」
いきなり格好を指摘されて戸惑う女龍の鳶色の瞳を覗き込み、おばちゃんは仕方なさそうに笑った。
「強いって分かる。どれだけ強いか、底無しだわ。最初の龍に近い強さでしょう。アイエラダハッドの大地も切り裂くほど強いのに、犬みたいな顔でしおれて(※ここでも)」
犬、と思うも、おばちゃんはイーアンを撫でて『人間に寄り添いたいのね』と尋ね、頷いたイーアン犬に『私も人間を支えてあげるわよ』と答えた。
それから少し話して氷の峠を送り出され、夜の空を加速してアイエラダハッド南部へ。
おばちゃんの持たせてくれた干し肉(※『これ食べなさい』と)をもぐもぐし、精霊のおばちゃんは、十二の司りだったのかと意外な事実を考えながら。
「人間は手が掛かる生き物。どうしようもないのもいるけれど、短い命を削って粘るのもいる。おばちゃんはそう言って下さった。
『粘る人』に会ったことがあるんだなと思ったら、メ―ウィックさんの名前が出て驚いたけれど。いや、メ―ウィックがおばちゃんと知り合いなのは聞いていましたが・・・ 命を削って、一秒を惜しんで駆けずり回った僧侶。ニヒルな笑みを浮かべて、いつも余裕気で冗談めかしていた様子。おばちゃんに『人間捨てたもんじゃない』のイメージを与えてくれたのは彼だったか」
メ―ウィックさんは、確か一回首が落ちてるんだっけ、と魔導士に聞いた話を思い出しながら、それでも生き返り、全力で人生を駆け抜けた男のエネルギーに励まされる。
「メ―ウィックさん。私も頑張ります!」
見えて来た南の山脈前、イーアンは過去の僧侶に誓う(?)。
・・・そんな斜めな誓いを立てる女龍を送り出した後。氷の峠の精霊は、暖炉の薪を火掻き棒で調整しながら独り言。
「イーアンと・・・氷河の祈祷師が会わないように、間に合って良かった。ドルドレンは示唆が出ていたから会ったけれど。あれは勇者だから良いのよ。ドルドレンは良い性質だし。二度目の勇者はちゃらんぽらん・・・でも、あの勇者も腰が据わってないなりに、仲間の妖精を助けたいとかで挑んだのよね。
えーと、何の話だったっけ。そうだわ、イーアン。彼女が祈祷師と会ってしまうと厄介者が手を出しかねない。何だかもう、追いかけ回されている感じもしたけれど。もっとこんがらがるわよ。
祈祷師も女龍に会いたくはないでしょうね。でも仮に、『原初の悪』が嗅ぎ付けたら強引に接触しかねない。それはだめよ、それこそ思うつぼね。大混乱だ」
私だって止められないんだから、と精霊のおばちゃんは火掻き棒を煉瓦の脇に立てかけて、前掛けに付いた煤をぱっぱと払った。
―――イーアンを迎えに行った理由は、三つ。
一つは、龍が治癒場に来たということは、人間が連れて来られるのかと思ったから。二つめは、十二の司りとして祈りの行方で呼び出されるかを聞くために。三つめは、あの方向では氷河の祈祷師に近いので、接触を阻むため―――
祈祷師は、イーアンと同じ世界から来た。その正体は明確にされていないが『原初の悪』の呼んだ存在で、最も危険な者と。
「大人しいんだけどね、来た時から今に至るまで」
大人しいのよ、自分を知る大物って・・・ おばちゃんはやれやれと手を拭いて台所へ行く。動き出す時が危険を告げる。アイエラダハッドで浄化に一肌脱いだ祈祷師は、本来の姿の一部を見せていた。
『原初の悪』は、イーアンと祈祷師を使い、この世界に混沌を広げる気がする。そうだとしたらイーアンはとばっちり。
「まー。あれだけ強ければ大丈夫だと思うけど。どうなるかなんて、分からないからね。ドルドレンはおまけだわよ、おまけ」
おまけなドルドレンなら、祈祷師に会っても問題ない。でも、おまけ勇者の役目は、世界の統一手前まで続く。整える世界の準備として、人間という種族の代表を担い、地上の持続を訴える立ち場を作るのだ。
精霊のおばちゃんは、台所で食事の支度を始める。急いでいなかったら、女龍にも料理を教えてやるんだけどと呟きながら。
*****
キトラのいる場所はすぐに見つかる。そして今回は、呼びかけるより早く、キトラが応じてくれた。すーっと開いた円盤状の入り口から、豪華な着物を着こんだ龍頭が現れる。
「キトラ」
「用があるのか。イーアンは何を私に頼むのか」
女龍が来ると何か頼まれる、そう思っていそうな相手の側へ行き、近づき過ぎないよう気を付けてイーアンは事情を話した。キトラは久しぶりに会っても挨拶だ何だは気にせず、フムフム聞きながら治癒場の方向に顔を向ける。
「またか。女龍の望みの場(※治癒場)に籠るのは、いつまで」
「はっきりしていません。今回はリチアリのような先導者の存在もなさそうですし、どうやって人々が辿り着くのか不明なのです」
分かっているのは極わずか。そう伝えた女龍に、キトラも頷いて『精霊がよこすなら、真っ直ぐ来る方法がある』と移動については心配しないよう言い、期間だけ気になるようだった。
「そう、長くはないと思います。ティヤー決戦が終わったら出るかもしれませんし」
「見守るように頼んだのは、人の争いも起こると?」
リチアリが連れて来た時―― キトラはイーアンとその光景を見ていた(※2351話参照)。キトラの声は穏やかだが、どこか冷ややかな温度を感じさせ、イーアンも目を伏せて頷く。
「・・・ないとは言えないですよね。仮に無駄な争いが起きそうであれば、止めて頂きたいです」
キトラの玉のような目が、じっと女龍を見つめる。夜の背景に浮かぶ二人の間を静かな風が吹き、たなびく美しい着物の裾が仄かな明かりに煌めいた。
「以前、治癒場に導かれた多くの人間は、中で人形に変わった。今回もそうなるかも知れない」
「人形に・・・はい、わかりました」
ピンと来ないイーアンだが、ここで何が起きたのかは知らないので、一先ず案ずることはない様子に質問はしない。
では宜しくお願いします、と頭を垂れると、キトラに『世界の治癒場を巡るのか』と尋ねられた。そのつもりで、これからティヤーとヨライデにも行くことを話し、ヨライデはどうなるかと懸念を呟いたら。
「この方向へ」
キトラの細かな鱗に包まれた赤い肌の手が、一方向に向けられた。つられてそちらを見た女龍に、龍頭の精霊は『テイワグナとヨライデの間の山々』その目安を説明し、二重に見える湖へすぐに迎えられるだろうと不思議な予言をくれる。
ポカンとして彼を見上げ、『キトラはここの土地から動けないのでは?』と尋ねると、キトラはすんなり頷いた。
「動きはしないが、知ることはある。その鱗一枚あれば、難なく湖は迎えるはずだ」
その鱗・・・キトラの指は女龍の腰袋を示し、イーアンはまたしても始祖の龍の威光を思った。キトラは直に会ったことがあるため、すぐに分かるのだろう。龍頭の精霊は懐かしそうに目を細め、『今もそこに』と微笑んだ。
*****
キトラに始祖の龍の鱗を見せてあげて、ティヤーの大精霊のお友達から譲り受けた話も少しし、イーアンは南部の山脈を出発。
やはり彼らの領域で時間は早く流れており、来た時よりもずっと暗くなっていた。
『この方向』と言われた方角をしっかり見据え、一旦空へ上がる・・・のを控えたイーアンはめいっぱいの高速を出して山脈を飛んだ。
アイエラダハッド南部山脈→ヨライデ東山脈入り→少し下ってテイワグナ境目山脈――
頭の中で展開した地図は、三ヶ国で分けた西方。ヨライデが縦に長い国なので、ヨライデ北東部はアイエラダハッドの山脈と繋がるのだが、そこを下ってアイエラダハッド域が終わるとテイワグナの山々。
「空を経由した方が早いけれど、方角が曖昧。少し時間が掛かるにせよ、直に飛んだ方がね」
飛びながら、今の自分でも相当な速度だろうと思いつつ、しかしミンティンたちや男龍が度々使う瞬間移動が出来ない疑問も高速飛行時は毎度悩む。
「いつになったら教えてもらえるんだろう。まだ私の知らない秘密がいくらも・・・あ、あれ」
思いっきり飛んできたイーアンは目的地前と気づき、宙で止まった。
始祖の龍の鱗が、腰袋で光り出す。暗い夜を照らす、史上最高の女龍の輝きは何に反応しているのか。
「多分、ここはもう二重の湖の近く。まだ見えないけれど、始祖の龍の鱗が。キトラは鱗があれば大丈夫と言っていたし、もしかしたら」
上から見ても分かる二重の湖は、精霊と空の一族が守った、大切な約束の地。空の一族は恐らく龍だろう、とヴィメテカは―――(※2821話参照)
不意に。イーアンの目に、二重の湖が映る。しかし、条件なくして見えなかったのではと、何か疑心暗鬼のような感覚が過った。精霊には見えて・・・いや、それもどうなのか。
ヴィメテカは、親のナシャウニットに聞いた情報。キトラは知っていた。『山の精霊』なのだし、精霊繋がりで見えるもの・・・・・
「だと思うけれど、違うような気がする」
精霊でも、限られているのではないか。だって。腰の革袋は光を放つ。始祖の龍の鱗が反応するのは、山の精霊と過去に約束したのが彼女・・・とか、それだけが理由ではない。
「ここ、ここじゃない? ・・・私たちが探していた、あの」
その地の名を口にするのを躊躇う。だが、唇を閉じたイーアンに、真下から届いた声が続けた。
『ロデュフォルデンを開けるのですか。龍よ』
お読み頂き有難うございます。




