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魔物資源活用機構  作者: Ichen
淘汰の橋かけ
2823/2955

2823. 治癒場見守り ~②ハイザンジェルの妖精ターハ・アイエラダハッド北治癒場・精霊のおばちゃん初見

 

 夜のハイザンジェルを飛ぶイーアンは、お世話になり続けた最初の治癒場―― ディアンタ僧院へ降りた。ここで土地の精霊ではない、精霊を探すのだけど。先ほどの会話が、気になる。



『見守るだけで良いのだな』とオリサは確認し、・・・ ウェシャーガファスも『それで良いのか』を確認した。


 魔導士とラファルが『念』を探して倒しているけれど、とり憑いた人間も混ざるかも知れない。過去に祝福されて、何かのきっかけで悪人思考になった人間がとり憑かれる、その線もあるのだ。


 祝福された人が悪人になるなんて、普通はないと思う。

 でも、ウェシャーガファスの言葉は正しい。人は、状況境遇でいくらでも質が変わる。全く変わらない人は、本当に数える程度しかいない。


 口で言うのと行動は違うもの。『本当はこう思う、でも状況でこうせざるを得ない』そんな変化は幾らだってある・・・ 自分も()()だから、精霊の重い意見を考えた。



 ウェシャーガファスに判断を任せたのは良かったと思うが、オリサは仮に混乱や暴力が生まれた時、どうするのだろう。見守るだけで良いと私に言われた、彼の対処は。


「うっかりしていました。慎重に。慎重に・・・ウェシャーガファスは戦う精霊だから、人の醜さや必死さを、他の精霊よりも目の当たりにしてきたでしょう。指摘を受けて助かった。次にお願いする時は、考慮しなければ」


 川に分けられた両岸。向かいにある暗がりの僧院遺跡を眺めて呟く。

 ディアンタ僧院で、初めてこの世界の封じられし知恵の存在を知った日は、一年と少し前。なのに、何年も前に感じた(※254話参照)。


 知恵が封じられたのだって、この世界に混乱を引き起こすと精霊が止めたからだ。魔法のある世界で、これ以上の力は人間に不要だった。人の心は、時代関係なくいつでも不安定で移ろうから。



 ズィーリーの彫刻の前に立ち、治癒場の入り口を覗き込む。懐かしいなと微笑んで、イーアンは夜の茂みを見渡した。


「気になると思考が止まってしまう。それどころじゃないんだから、しっかりしないと。で、ここの精霊は」


 腰に両手をあてがって背中を伸ばし、腹にかかる青い布を見下ろす。女龍の角の白い光に照らされた青は宝石のように美しく、びっしりと細かな柄に包まれた神秘さは、いつ見ても惚れ惚れ。



「アウマンネル。教えて下さい。あなたではないと思うのだけど、私は土地の精霊ではない、どなたを探せば良いのか」


 青い布は少し間を置いてから、ふんわりと青く光り・・・何も言わない。あれ?と思うが、すぐに光が止んで、イーアンも気づいた。布を見ていた顔を上げ、治癒場入り口の先、茂みの奥に来た()()を。


 これは、と察して待って数秒、月の光のような穏やかな明るさに包まれて、人の姿の誰かが現れる。


「妖精ですか」


 ぽそりと女龍が呟いて、月明りのような相手が『はい』と答えた。背の高い女性に見える姿は、殆ど白い。髪も肌も服も、静かな白の中にあるよう。瞳の色すら、灰色でも銀色でもなく、白かった。わずかな輪郭線が細部を分けているけれど、それも明度の低い白で灰色ではない。


 不思議な美しさだなと眺める女龍に、妖精は近づいてきて、治癒場の入り口に顔を向けた。


「人々がここへ来るのですね」


「ご存じなのですか。妖精のあなたにも伝わって」


「ええ。女王が仰いました。あなたを待ちなさいと言われ、ここに居ます」


「あ。女王・・・が」


 微笑んだ妖精は優し気で、イーアンもつられて微笑みが浮かぶ。なんて柔らかい微笑だろうと、フォラヴを思い出す。彼の微笑もいつも美しく穏やかだった。妖精の女王も、微笑みだけで心をほぐしてくれる。妖精はそんな力があるのかな、と女龍は笑みを深める(※センダラは忘れている)。


 白い妖精はイーアンより頭一つ分高く、ゆったりした動作で数歩の距離に来て立ち止まり、ここで人間を見ていれば良いか?と入り口を指差し尋ねた。



「はい。お願いしても良いですか?」


「そのために来たので」


「私はイーアンです。あなたのお名前を伺って良いでしょうか」


「私の名は、ターハです。イーアン、あなたの名は有名ですから知っていました」


 どうして有名なんだろう・・・と思いつつ微笑みで流し、『ターハ』とイーアンはその名を繰り返す。少し発音が難しい。妖精はニコッと笑って頷いた。


「それではターハ。女王の方が詳しくご存じでいらっしゃったと思いますが、ここに人間が守られる時と出る時を、どうぞ見守って・・・あ、いや、うん。もし、争いや内輪もめがあったら、その時は宜しかったら止めて頂けたら」


「分かりました。止めます」


 追って聞かないでいてくれる優しい微笑を見つめ、イーアンもそれ以上は言わず、頭を下げた。ここでも妖精がクスリと笑い、『私に頭を下げませんように』と軽く注意される(※日本人だから癖で)。


 ハイザンジェルの治癒場は二ヶ所あり、もう一ヶ所はと、イーアンが言いかけると、ターハはあちらも自分が見る、と自ら引き受けてくれた。ハイザンジェルの二ヶ所は妖精ターハが見ていてくれることになり、イーアンは彼女に後を頼んで空へ上がる。


 さよなら、また会いましょう。女龍が空から挨拶し、妖精は夜空に浮かぶ相手に手を振り、ぽんと消えた。その消え方が、昔映画で見たティンカーベルみたいな感じで、イーアンの記憶に残る。



「妖精が止めてくれる、と言ったのです。きっと、フォラヴみたいに相手を固定する技かも。静かにピタッと。うーん、頼もしい。言い難いこともお見通しみたいなお顔でした。どことなく妖精は似ていますね」


 ターハとフォラヴ、女王を思うイーアンは、ついこの前会ったエンエルスや、仲間のセンダラを忘れた状態で、女王の心配りに感謝しながら次の国アイエラダハッドへ向かった。



 *****



 一旦、空へ上がってからアイエラダハッドへ―――


 夜のアイエラダハッドは寒いなんてものじゃない。まして北部は、寒いどころから凍る。加速するイーアンは落下に近い降下で氷の夜空を突き抜ける。


「人間の体では絶対に無理です。私、こういう時、龍で良かったって本気で思う」


 死ぬって、と呟くイーアンは、龍気が守る自分だから息も氷にならずに済んでいることに感謝ばかり。ミレイオやドルドレンがこの地で、ものすごく大変な目に遭った話に、首を何度も横に振る。


「ミレイオは人間に近いし、ドルドレンは人間そのものです。よくぞこの気温に耐えました」


 ストっと降りた氷の大地。降り続ける雪の下も、凍った雪の広がるここは、銀と青と黒しかない。切り裂く鋭さを持つ風は、文字通り飛ばされる氷片もあり、強く吹く風に肌が切られることもあるだろうと、女龍は目を細めた。


 雪と氷だけが続く風景をぐるっと見回し、イーアンは治癒場を探し始める。大体の位置はミレイオたちに聞いたから分かっているが、ここへ来たことがない。彼らも地図で教えてくれた時、『多分、ここら辺』と大まかに指で囲んだくらいの認識。



「治癒場は・・・あの黒い泉より、()()()を感じますね」


 こちらの方がうんと北にあるし、極寒なのだけど。

 吹雪く夜に遮られる視界の儚さに、温もりの欠片すら感じない状況であれ、イーアンは治癒場がどこに在るかを徐々に感付き、導かれるように歩く。

 横殴りの吹雪に黒い巻き毛が忙しく動き、海龍のクロークがバタバタと船の帆のように張る。青い布はやんわりを光を放って進む方向の正しさを教え、イーアンの白い角もなぜか・・・進むごとに白さを増す気がした。


「ズィーリーの愛かも。えふっ。ぶはっ。迂闊に口開けると雪が」


 げふげふしながら口を拭き、横殴り吹雪に口を閉じる。雪の量は増え、風の力も強くなり、行く手を阻まれていると捉えられなくもないが、そんなことはない。


「『歓迎』ってこともあるでしょう・・・げふ」


 雪が凄いので、独り言の癖も控える。呼ばれているのが分かる。猛吹雪に変わっても追い返しではなく、歓迎の温もりと思えるのは、もうすぐ目で確認できるはず―――


 歩かずに飛ぶことも出来るが、なんとなく、歩いて行った方が良い気がして。


「あった」


 崖っぷちまで来て、北東部の山脈が分けた氷河、その片方・・・精霊の島が在ると聞く、この凍る崖の一ヶ所が自分を()()()()()のを見た。崖を下った向こうに薄い明かりが見え、イーアンは翼を出して、下に降りる。


 雪に閉ざされかけた氷窟から光が出ていて、下半分が雪に埋もれた入り口の真横を見上げると、夜の闇に角の光とアウマンネルの青い光と、氷窟の奥から漏れる淡い光が、岩肌の彫刻を僅かに浮かび上がらせていた。


「ズィーリー」


 ニコッと笑ったイーアンは、雪でほとんど見えない彫刻が誰かを知る。入り口の隙間を潜り下がって行く洞穴を進み、奥へ近づくにつれ強くなる、懐かしいあの光を辿った。そして、刳り貫き型の大きな部屋へ出る。


「北部の治癒場を確認。あとは、精霊を」


 うん、と頷いてイーアンは雪を払う。治癒場まで来なくても良かったかもだけど、一度来てみたかった。治癒場奥の小部屋に青い光が揺れるのを見つめ、イーアンは踵を返して、道を戻る。そうして外へ出るなり、吹雪の中に人影を見た。


「まさか」


「あんたは、龍か」


「もしやと思いましたが、あなたは精霊のおばちゃん」


「いやね!『おばちゃん』なんて、一言付けなくて良いじゃないの」


 急に叱られたイーアンは、『私もおばちゃんですので』と妙な言い訳をしたが、相手は不機嫌そうなしかめ面で寄って来て、胸の前で組んだ両腕をそのまま、女龍をしげしげ見ると顔を右に向けた。


「ここまで来たなら、うちに寄って行きなさい」



 *****



 急いでいるんです、私他にも用事があって、と断る女龍の腕を掴み、精霊のおばちゃんは無理やりイーアンを家に連れて帰った。

 イーアンは精霊のおばちゃんが強引で断り切れず、入れとドアを開けられて渋々お邪魔する。



「あのう。これからまだ行くところが」


「あの治癒場に来た理由は何?」


 玄関口から先へ進まない女龍を無視して、おばちゃんは暖炉に薪をくべて火を大きくし、尋ねる。こっち来なさいと命じられ、イーアンもとぼとぼ暖炉前に移動。

 濡れたクロークはすぐに乾くから(※海龍の皮)温まらなくても大丈夫なのに・・・と目で訴えるも、おばちゃんは人間の子を世話するように、椅子に掛けてあった布を引っ張り、女龍の頭を拭き始める。


「雪が凍るのよ。そのままにしておくと」


「はい。あの、私は平気です。角は大丈夫ですか?」


 おばちゃんが容赦なく拭く手は、白い角も触れる(※布で拭う)。精霊のおばちゃんは白目のない目を向けて、『混合種だもの』と普通に答えた。


「私は・・・人間がもうじき治癒場に。あのう、あなたにお願いをしようと思って」


「うん。話しなさい。外に龍が来たな、とは思ったのよ。前もイジャックって人間がね、この国から魔物が終わる時に人間を導いたから、今回もそうじゃないかと見当付けて行ってみたら、あんたがいたの。人間が()()()()の?」


 もう役割を知っているような口調にイーアンは少し驚いたけれど、おばちゃんがせっせと髪や腕を拭いてくれる間に用件を話した。


 そんなに拭かなくても乾くのにと、親切にお礼を言って止めようとしたが、おばちゃんは気が済むまで女龍の衣服やむき出しの腕を拭き、用事を聞いてから、屈めた背を起こして目を合わせる。


「分かったわ。ここに分配された人間が、大人しくしてるように見てればいいのね?」


「そう・・・はい。もし気が昂って争いや揉め事が起きたら」


「そんなのどうにかするわよ。生き残った上に我儘言える立場じゃないでしょう、って」


 さすが、と年季の入った返答にイーアンは気圧されて頷く。どことなくミレイオを重ねる相手だが、確かミレイオもおばちゃんには頭が上がらなかった話で、なんだか分かる気がした。



「では。私の用事はこれまでですので。暖を取らせて下さってありがとう」


「私の用事もあるのよ、龍。聞きなさい。あんた()()、ティヤーの『十二の司り』でしょう」


「あ」


「ね、あんたは青だもの。私もそうよ。私は灰色。雨と雪と雲」

お読み頂き有難うございます。

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