2822. 治癒場見守り ~①テイワグナ、ノクワボと女龍・南の森『オリサ・サドゥ』・白い洞窟の精霊
☆前回までの流れ
粘土板の回収を完了したイーアンは、始祖の龍の教えに沿って、民を導く手伝い『灯台』を設置し、その後テイワグナの精霊ヴィメテカに相談しました。治癒場見守りの相談に乗ったヴィメテカは、イーアンにたくさんの情報を与え、イーアンはまずノクワボ・サドゥに会いに行きます。
今回の話は、古代墳墓から始まります。
近づきにくいのは以前もだった。
どこにあるか、上から見るには問題ないが呼びかけるのが難しい(※984話参照)。ショショウィに気遣ったのもあり、イーアンは古代墳墓を見つけたものの、夕方の濃い影に沈むそれに唸る。
「仕方ない。呼ぶか。出てくるかは賭けですね。出来るだけ丁重にお願いして」
そろりそろりと高度を下げ、女龍は古代墳墓の10m上で止まる。これくらいだったら大丈夫だと思うが、当時と龍気の差があり過ぎて、これでも心配。
「えーっと。龍気で呼んでは逆効果かも知れないから。普通に」
うん、と咳払いし、イーアンは大声で名を呼び始めた。ノクワボさーん、ノクワボさーん・・・ 繰り返すこと10回で、古代墳墓の形がゆっくり変化し、呼ぶのをやめた女龍の目に美しい噴水が見えた。
水が床中を浸す、終わりのない噴水の縁に腰かける・・・綺麗な着物を着た龍頭。
彼がそうだとイーアンは見つめる。もう死んでしまった存在。そして彼の死を以て、一族は全て消えた(※989話参照)と聞いている。後日、イヌァエル・テレンでビルガメスにも聞いた時、『精霊でも彼らは弱い存在』と言われたが(※995話参照)。
アイエラダハッドのキトラ・サドゥと似ている。一族全てが消滅したのではなかったのかと記憶を探り、ヴィメテカの提案を不思議に思ったのだけれど。残る情報が正しい確証もない。彼らはまだ・・・いるのだろうか。
「ノクワボ・サドゥ。あなたがそうですね?」
すっと息を吸い込んで、イーアンが尋ねる。空から降ってきた声に、龍頭の着物姿はゆっくりと立ち上がり、見上げたまま『そうだ』と答えた。
「私は龍のイーアンです。以前こちらに、女龍のズィーリーが来たと聞いています。私は三代目の女龍」
「そうか。イーアンはなんと強い・・・そこで話してくれ」
ズィーリーと龍気の差があるのは承知、イーアンも『そのつもりです』と返答して、用件を大声で伝えると、下から真っ直ぐ届く声が『南の森の治癒場?』と聞き返し、治癒場はよく分かっていなさそうだったが、そちらに別のサドゥがいると教えてくれた。
・・・疑問。『一族いなくなったのでは』と聞いてみたいところだけど。
背後から夕陽照らす空も気になり、イーアンはお礼を言って話を終わりにする。南のサドゥに呼びかけるには、龍の雨を使うと良いとヒントも貰った。ノクワボとの短いやり取りは、彼の墳墓が閉じて終了。
「南に、サドゥ。龍の雨って・・・龍気で降らせれば良いのかな。咆哮控えめで上げながら、森の上を雨と一緒に飛んだら、気づいてもらえるか」
やってみようと、イーアンはテイワグナ南へ飛ぶ。
治癒場はテイワグナ決戦で最後に馬車を止めた所。あの原生林のどこか、もしくはさらに広げた周辺のどこかにサドゥがいる。
近くまで来た女龍は、白い龍に姿を変えて夕方の明星の如く、夕陽に照り返す鱗を輝かせながら吼え、ゆったり空を泳ぐ。
静かな低い龍の咆哮が空を渡り、魔法で作る蒸気が雨に変わり森に小雨が降り注いで、夕陽と白い龍は反応に注意してゆっくりゆっくり・・・森の左右を往復して、治癒場から離れた海に近い森の上で止まった。
きらりと光った、森の一画。女龍の声が止まったと同時、光ったそこがメリメリと割れ、森が裂けるようにして分かれた。あれだと目を凝らすイーアンが側へ降りてゆくと、一声掛かる。
「空の龍。私の思い違いか。はたまた呼ばれたか」
その声は下から響き、イーアンは姿を人に戻して、見えない相手に大きな声で答えた。
「呼びました!あなたはサドゥですか?私は龍のイーアン。お願いがあって来ました!」
割れた森林の裂け目に、じわっとアーモンド形の水が湧いた。それはあっという間に広がって湖に変わり、中心は濡れる黒岩を立て、頂きに白い風変わりな建物が霞と共に現れる。屋根は抜け、柱に囲まれる円形の床に、龍頭の一人が見上げていた。
大きさは、ノクワボやキトラと同じくらい。5mは身の丈ありそうな大柄に、豊かな鬣を額で分ける角、宙を探るような二本の髭、そして――――
「私は、オリサ・サドゥ」
美しい着物を着重ねした龍頭は、空中で待つ、夕陽に縁どられた白い女龍に名乗った。
*****
南の原生林に住んでいたオリサ・サドゥは、墳墓に囚われてはいなかった。テイワグナは広いので、ノクワボ・サドゥの一族と、オリサ・サドゥの一族は、また違うそう・・・・・
オリサは女龍に降りてくるよう言い、龍気を気にしないのかと心配して問い返した女龍に『そっちに降りて』と降り場を指定。
彼の立つ床から離れた柱の一つで、イーアンは梁のない柱頭にお邪魔する。
トン、と足をつけた女龍をじっと見た龍頭は、まずは自己紹介から始め、南の森は自分が守っていると言った。ここで、先ほどの『ノクワボと違う』話が出て、彼らは距離を開けて点々と住処を持つのだとイーアンは解釈した。
アイエラダハッドまで行けば、テイワグナでの事情など全く関係もなさそうだし、キトラが『サドゥの種族』であれ大して驚かなかったが、同じ国の中でも関係なかったのだなと理解する。
オリサも、今は一族がいない。元から少なかったらしく、オリサがここに残るのは、かつて人が近くに住んでいたから。その頃は一族も健在だったけれど、人が住む地を移して消えた後、一族も少しずつ減り、残ったオリサが森に住み続けていた。
一族は、死んでしまったかどうか。それは話さないが、とにかく今は彼一人。
原生林だと思い込んでいた森は、うんと昔の人々が生活し、オリサたちは彼らを支えていた。
ここには空の孔がなく、オリサ曰く『逆の意味で、私たちが手伝う必要を持った』問題ある地域で、毎年、森に水が溢れてしまう時期があった、と。人が暮らしていくに、地形地質の状態で森にいながら水害が耐えず、サドゥが調整していた。
「しかし、時代は変わる。森を出る者が増えて、とうとう誰もいなくなった」
「そうでしたか。オリサはここに残って・・・このまま」
「そうなるだろう。私の役目が終わる時、私も消える」
「んまー・・・消えると聞くと、寂しく思うものです。少し話は変わりますが、オリサはノクワボと違って、私がこの近さに居ても平気なのですね?龍気に中るなどはないのですか」
「この間なら困らない。ノクワボは、私と状態が違うから」
ノクワボが特に龍気を気にするのは、彼が本体を持たないからだと、オリサは教えた。
それで合点がいく。キトラもオリサも、接近し過ぎなければ大丈夫。キトラの時は、中和するタンクラッドと一緒に行動し、彼の龍バーハラーは拒否されたのだ。
ノクワボは『用が終わると倒れ、呼ばれては起きる』、罰のような拘束のような状態にあり、彼は元々の姿を手放したために繊細な存在だった。
「オリサのおかげで、いろいろと疑問が消えました。有難うございます」
「宜しい。さて、女龍イーアン。私を呼んだのは?さっきからノクワボの話が出ているから、ノクワボに何かを頼まれたか。私の呼び方も知っていた」
「いえいえ、違うのです。ノクワボにこちらを聞いたのは私。そこに治癒場がありますでしょう?ちょっと、『そこ』というには遠いけれど」
「治癒場。ふむ、龍と妖精の。精霊が造った聖なる癒し」
「そう、そこです。これから、治癒場に・・・・・ 」
ようやく本題に入り、訪ねた事情をイーアンが説明すると、オリサはうんうんと大きな頭を上下に揺らして『承知した』と言ってくれた。二つ返事で気前の良いサドゥに、イーアンはお辞儀してお礼。そんなに頭を下げるなと笑われて、大変有難いです、と顔を上げた。
「民を守りたいと願うのは同じ。私へ呼びかけたのが空の龍であれば、それは私の引き受けること」
「ご迷惑を掛けたりはありませんか?私が、どなたか・・・他の精霊にも話しておくなど必要は」
「おかしなことを。イーアンは女龍ではないか。私が龍に手伝うことで、他の精霊が動きを問うなら、その精霊がイーアンに直接聞く」
サドゥの言い方だと、イーアンは大精霊と同等。本当にそう?と、振り返る過去にそうでもない印象を思うが、サドゥがそう言うならと頷いた(※よく分かってない)。
「見守るだけだな?ここまで連れて来られるなら、私は見ているだけ」
確認したオリサに、イーアンは『多分そうです』と答え、到着した人々が恐れて散ることがないよう、見ていてほしい、と重ねて頼み、暮れ始めた日を気にして話を終わりにする。
「それでは宜しくお願い致します」
ふーっと空に浮かぶ女龍を見上げ、オリサは『また』と挨拶。女龍は手を振って、龍頭の守る森を後にした。
「次は。ええっと、白い洞窟で良いのかな。お名前をウェシャーガファスと言ったか。私もテイワグナ戦が終わった時に、一回上から見たきり。急に行って大丈夫かしら」
知らない相手への突然の来訪は、毎回悩む人間臭いイーアン。あっちだったわねと、夕空を反対側へ急いだ。太陽は既に半分ほど、水平線に隠れる時間―――
*****
「お前が龍か」
「はい」
―――立派な髭を蓄えた、ドワーフそのもののご老体には心配する暇もなく、あっさり挨拶まで至ったイーアン。
日暮れ。白い硬そうな地面が見えてきて、大根おろし器をへこませたような独特な地形に近寄ったら、下から呼ばれた。
イーアンが停止すると、白いすり鉢状の曲面を下りる石畳の坂がぐるりと出て、中心―― 底に、おじいちゃんたちが軍隊さながら登場。
こっち来いと手招きされ、イーアンはひょろろ~っと降り・・・『ちょっと離れろ』と手で追い払われ、なんだかなと思いつつ、距離を取って着地。想像以上に意匠を凝らした素晴らしい彫刻に感心しながら、名乗ろうとして先に聞かれた―――
「名は?」
「イーアンです」
「俺はウェシャーガファスだ」
頭髪のない頭に金の輪が冠のように偉大さを示す、その精霊。小柄な老人だが屈強そのものの体つき。贅沢な技を盛り込んだ素晴らしい斧を、太い片手に握り、白い豊かな髭を蓄え、鎧を着け、緑のクロークを羽織る。高い鷲鼻と、眼光鋭い目の迫力。この精霊がウェシャーガファス・・・戦う精霊、とテイワグナで聞いたのを女龍は思い出した。
「用事だな」
「はい。なぜご存じですか」
「連絡が来た。内容も大方知った。だが聞こう、龍の口から頼まれるべきだ」
「お願いがあって、こちらを訪ねました。もうじき・・・ 」
先に連絡してくれたのはヴィメテカだと、イーアンは彼の親切に感謝し、テイワグナの人々や祝福を受けた人たちが治癒場に一時避難する予定であることや、世界中の治癒場に分散すると思うから、テイワグナの岩の多い治癒場で見守ってくれないか、それをお願いしたいと話した。
後ろに並ぶおじいちゃんたちは、うんうん頷きながら『見てるだけか』と囁き合い、ウェシャーガファスも暫し女龍を見つめた後、『見ていろと言うなら、そうしてやろう』と言った。
「だがな、イーアン。俺には腑に落ちない部分がある。見ているだけか、守るべきか」
「守ってもらうような事態が・・・起きたら、守ってほしいですが~」
厳めしい老人の返事に、何か見落としている?と戸惑ったイーアンが答えると、ウェシャーガファスは『全員が善人か?』と尋ねた。ハッとした女龍の顔に、彼はしっかりと告げる。
「悪人が混じってないとも限らないぞ。状況が変われば、人間は幾らでも質を変える。その事態、人間は知ってるのか?知らないんだろ?」
「知らない人の方が圧倒的に」
「だろうな。では俺が質問する。仮に俺の目の前で、武器を振るい、血を流そうとする人間が、治癒場に来たら、俺は見ているだけで良いのか」
「あ・・・いいえ。精霊のあなたなら、武器を振るわれる方が悪いのか、それとも振るう方が悪いのか、見抜いていらっしゃるでしょう。どちらか、危険な方を倒して頂けますか。倒すまで精霊に頼んではいけないなら、私が」
「構わない。俺が倒そう。イーアン、お前は強いな。二代目の女龍とは大違いだ」
「二代目の女龍も強いお方でしたよ、きっと。私よりも、心が」
ウェシャーガファスと、ズィーリーは会ったことがある。そう聞いてはいたけれど、最後に比較されてイーアンは濁した。ズィーリーは静かに責任を取る人で、私は口にも態度にも出す、その違いで誤解は困る。
女龍の呟きは必要な返答でもないので、ウェシャーガファスはこれを気にせず、『引き受けた』と豪華な斧を龍に向けた。地面に刃を向けた斧のヘッドで、約束、を示す精霊に頷き、イーアンはテイワグナのお願いを完了。
「宜しくお願いしますね」
「任せろ」
夜の始まりに飛び立つ白い龍の女を見送る精霊は、吸い込まれるように光に包まれて消える。イーアンはヴィメテカに心でお礼を言い、次はハイザンジェルへ向かった。
お読み頂き有難うございます。
一週間お休みしてご迷惑をおかけしました。もう読まれていない方も多いかなと思いつつ、それも自分の至らなさと理解しています。
大量の絵が終わった後も、少し続いており、それも終わったのが週明けでした。熱と痙攣と意識が飛ぶのも落ち着いて、物語を読み直し、ストックをためて今日再開しました。
また月内にお休みする日もあるのですが、今までどおり七日から十日に一度、お休みできればと思います。体調もあることだし、段々、脳の調子が変わってきているので振り回されていますが、物語は続けたいです。
今日、これを読んで下さった人に、改めて感謝します。来て下さって有難うございます。本当に、本当に有難うございます。
Ichen.