2820. 旅の四百五十八日目 イーアン仕事続き・黒い船・南部、民間の準備
粘土板、回収完了―――
魔導士の地図と照らし合わせ、昨晩ヨライデ分を届けた獅子の粘土板との合計238枚を数えた。手伝わなきゃ、と思っていた獅子の分は先に揃っており、イーアン脱力。
良かったと胸を撫で下ろす。魔導士からは、『子孫(※シャンガマック)ではなく、獅子が集めたから早かった』と言われ、これが子孫だけの収集なら終わっていなかっただろう・・・と。
これを聞いて、魔導士がシャンガマックを好きになれない理由は、獅子と仲が良いからかな、とイーアンは余計なことを思った。
朝はどんどん明るくなる。数えている間に、眠りの浅いラファルも起きて来て、イーアンと一緒に選別を手伝う。間もなくして、粘土板の種類別も終わった。
「よし。あとはこれを、精霊の指定した相手に渡すだけだ」
窓の外を見た魔導士は、金色の朝の海にあのトラの精霊を思う。何とかこっちは間に合った。イーアンとラファルを労って朝食を出そうとしたが、これを断るイーアンは休む間もなく出かけた。
次の仕事『灯台』設置がまだ残っている。半端な状態で粘土板に移行したため、まずはこれを済ませねばと、イーアンは急いだ。灯台が終わったら、『治癒場近くの混合種』を探して、残った人々の見守りをお願いもしないとならず、休んでいる時間はない。
「始祖の龍。あなたなら、もっと早く、もっと効率良く進められたのかしら。私はいつも鈍くさくて」
眠い~と目を擦りながら各国の海を渡り、人々を導く『灯台』代わりの石碑を作る(※2783話参照)。一つ作るのにさほど時間は要らないので、頑張れば昼には大まかな地点を押さえられる予定。そうしたら、治癒場。まだ行ったことのない治癒場もあるので・・・ 思考能力が低下中のイーアンは、ぶつぶつ呟きながら手を動かす。
「ティヤーの治癒場は・・・お願いするの、アティットピンリーで良いと思うんですよ。ティエメンカダも、アティットピンリーが連れて行くと言っていたし、改めてお知らせする感じで軽く済ませて。
ハイザンジェルって、混合種いるの?テイワグナはヴィメテカに訊いてみて・・・ アイエラダハッドは、北の治癒場にいるおばちゃん(※精霊)が混合種ということだから、彼女にお願いして。南はキトラに言えば良いのか。問題はヨライデですよ。あの国の治癒場はどうなっているのか。振り分けでヨライデ治癒場も使うだろうし~ ヨライデえ~?」
キケンな国の印象しかないヨライデ、最後の魔物戦が行われる国、そんな場所の治癒場を頼るのは、危なくないんだろうかと女龍は呻く。勿論そこにも精霊はいるし、混合種もいると思うが。
「うう。ヨライデは気が重い。敵陣ど真ん中ですよ。決戦が終わってから行く場所へ、女龍の私が踏み込んで大丈夫だろうか」
自分しか出来ないだけにイーアンは眉根を寄せて悩むが、どう転んだとしても、やるだけやらないといけない事態。
淘汰がいつ始まるかだけでも知りたい、と弱音吐きつつ。女龍は仕事を急ぐ朝。その頃、アネィヨーハンは―――
*****
「私とクフムだけとは」
ふーっと息を吐いて赤毛をかき上げる貴族は、船の窓から表を眺めた。もう、朝・・・仮眠は取ったが、大して寝た気もしなかった。職人たちは出かけ戻ってこない。自分とクフムは留守番にあてがわれ・・・異界の精霊もいるから、と船を守る担当。
「クフムはまぁ、戦力外で仕方ないが。私は出られそうなものだ」
不服と言うか不満と言うか、ルオロフはパッとしない自分の位置にぼやく。
コイヤーライラウリ港は、昨日の地震でも大きな被害はなかった。狼煙が上がりまくっていた夜、水嵩は増したけれど、港停泊の船は無事だったことで、警備隊は港を置いて沖に出た。
魔物襲撃も当然予想したものの、肩透かしと言っては良くないが、今か今かと待って一匹も現れず。
様子を見てくるかと腰を上げたオーリンは、甲板に出るなり港にいる人から用を願われ、詳しく話すことなく出かけて行った。彼にとっての緊急事態だったのか。
オーリンが出かけた後、何か気にするように落ち着きを欠いたミレイオも、暫くして警備隊に呼ばれ・・・彼も『あと頼んだ』の一言と共にシュンディーンを連れて出たのだ。
タンクラッドさんは少し残っていたが、一時間後には背中に大剣を掛けて『じゃ。ルオロフに任せるとして』と軽い挨拶で背中を向けた。待って下さいと引き留めるのも空しく、いつもの余裕そうな顔でさっさとトゥに跨って、彼は消えた(※瞬間移動)。
「任せたと言われたからには、ここを動くわけにもいかない。タンクラッドさんは出かける前に『船は異界の精霊が側で守りについている』と言ったし、彼らに放るのも違うからな」
無責任に外出出来ないルオロフは・・・ 人型動力や魔物が襲う状況を気にかける。そうなったら倒しに出るだけだが、懸念は『一人でどこまで守れるか』この心配が消えなかった。
*****
真っ先に出て行ったオーリンは、ティヤーの職人たちと会い、話を聞き、作業に参加した。作業開始ですぐ、早目に呼んだ方が良いと思ったミレイオも呼ぶよう頼み、間もなくしてミレイオが到着―――
場所は手仕事訓練所で、ミレイオを迎えに出たオーリンは先に事情を伝え、二人で職人たちの力になろうと決めた。
「あんた。ニダは?」
「ちょっとは顔を見たけど。今、それどころじゃないだろ」
あ、そう、と終わらせたミレイオもしつこく聞かない。一応、聞いただけ。
手仕事訓練所の敷地に降りた二人は、明かりが点いた建物に入って早々、ミレイオを知らない相手に簡単な紹介をし、足を止めることなく作業場へ進んだ。通路を進む途中、ニダと思しき若い子に気づいたミレイオだが、遠くからじっと見つめるその表情に、オーリンを許せない印象を感じた。
でも、ここの職人はオーリンの手助けを求めたのだ。
地震の後で回ってきた狼煙は、アネィヨーハンのオーリンを求める内容で、カーンソウリー島から呼ばれたと聞いたオーリンは、内容を確認することなく、即動いた。
オーリンが何を想像したか分からない。もしかするとニダの危機かも知れないし、人型動力かも知れないし。しかしオーリンを待っていたのは、手伝いを頼む職人たちで、攻撃手段を増やすためだった。そして私も呼ばれたのは、とミレイオの明るい金色の瞳が、作業台の一画に視点を定める。
小さな錘が、コロンと。横には錘の入った蓋のない紙箱と・・・弾丸。コアリーヂニーが作った、偽玉がランタンの明かりに小さく煌めく。
「コアリーヂニーもいる」
ミレイオの視線の先を知った、隣に立つ職人が呟き、ミレイオは彼を見る。彼は錘職人の工房にいたミレイオを覚えており、そうねと頷いたミレイオに『一緒に戦ってくれ』と言った。
「当然よ。仇を取るわ。あの憎たらしいバケモンを、一発で壊す武器でしょ?」
「そうだ。自分たちだけで作るには、配分が合ってるか不安があるから」
ミレイオの向かいに作業台を挟んでオーリンが立ち、目が合って『急ごう』と材料を引き寄せる。偽玉の大型版を作る。これを飛ばすに、南のピンレーレーから送られた大弓を使う。
*****
夜のピンレーレー島では、揺れが続く中、ハクラマン・タニーラニが最後の荷箱を裏庭に出し、弓工房のあるアリータックへ出かけた。
波が大振りで船を出すのも慎重だが、東から来た津波はピンレーレーの一帯を襲う手前で分散した。にしても、波は高い。気を付けて、いつもより時間をかけた夜の移動後、弓工房前の砂浜に船を着けた局長は、明かりが漏れる工房へ急いだ。
「どうだ」
「まぁまぁだ。だが大弓を積んで船を出すにこの荒れじゃあな。魔物が来ても浜で応戦必須だ」
局長も同じ意見で、用意だけ整えてもらうようもう一度言った。分かってるよとチェットウィーラニーが返事をし、他の職人も忙しく工房を出入りする。
用意だけは整えてくれ―― そう頼んだのは、イーアンに会った後のこと。
それ以前に、魔物製の弓矢を本島へ出荷していたが、一時的に製品の使用をやめたため、使用はしなくても準備だけはしてくれと、局長は各地の工房を回った。それは正しかった、とハクラマン・タニーラニは荒れる夜の海をちらと見る。
「もうすぐだな」
「魔物か。人間を使ったやつがまた来るのか」
「手を緩める気はねぇな」
「ハクラマン・タニーラニ。俺もそう言おうとしていた」
大弓は工房の周囲をぐるりと囲んで、八方へ矢が飛ぶよう固定されている。弓職人は魔物製の武器を持ち、イーアンがくれた翼の皮の、小さな切れ端を皆で分けて、身に着けた。ほんの指先程度の切れ端に糸を通し、首から下げる。
チェットウィーラニーの首から下がる紐の先、白いあの翼の輝きを見てから、局長は工房裏へ顎をしゃくる。
「女たちはどうだ」
「売る分以上に作ったから、どうにか守れるだろ。あと、ほら、機構が配ったとやらの物騒な道具もある」
「魔物の瞬間干物が出来るやつか」
ハハッと笑った職人が頷き、風の音の強い窓に手を置いて外を見る。局長も彼に並んで、窓の外の闇を見ながら『龍と共に在れ』と静かに呟いた。それは祈りに近かったが、隣の職人は口端を吊り上げて『いつまでも』と返事をし窓から離れる。
ハクラマン・タニーラニは連れて行かれない。だが、工房にいる大勢、この島にいる殆ど、さらにはピンレーレーのほぼ全ての民が連れて行かれることを、局長も言えなかった。
足元を揺すり、波を揺する振動は終わらないまま、夜が過ぎ、朝を迎えた。
そして、カーンソウリー島も朝を迎える頃、ミレイオが息を大きく吸い込んで伸びをして一言。
「イーアン。呼ぼうか。こっから先は彼女の翼じゃないと」
世界を守ろうとする自分たちが手を付けるわけにいかない『知恵』。強力な爆発力を生む必要のために、火薬を使うことを躊躇っていたミレイオは、吸い込んだ息をめいっぱい吐き出して、弓職人を見た。
「あの子の翼の皮。使おう」
「そうだな。それがこの世界向きだ」
黄色い目を、差し込む朝陽に細めたオーリンは、横で休む職人たちから少し離れて、連絡珠を取り出し・・・ やめた。
「どうしたの?」
「いや。ガルホブラフでも良いんじゃないかと」
今まで考えたことがなかったなと呟いて、オーリンは自分の龍を呼ぶ。
・・・この変更のおかげで、イーアンは動きを遮られることなく、昼までに『灯台』設置を大まかではあれ終わらせて、予定通り、次はテイワグナの大地へ―――
お読み頂き有難うございます。
意識が飛びがちで、誤字脱字、文章に変な所があるかも知れず、落ち着いたらすぐ確認します。いつもこんんな私で申し訳ないです。いらして下さる皆さんに、心から感謝して。




