2818. イヌァエル・テレンと『門番・双頭龍』・大陸振動 ~『念』の役
※明日25日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
「あの大陸が動いた」
男龍が気づいた、地上の異変。イングが続いて気づき、言われてハッとしたイーアンは立ち上がった。イングの卵の殻に駆け寄って抱え上げ、『行きます』と振り向きざまに翼を出し、イングに『行きましょう』と言いながら浮上。
「イーアン」
ビルガメスが声を掛けたが、イングはちらっと振り向いたもののイーアンは先に飛び、苦笑したビルガメスは、イングにも行っていいと促し、二人は慌ただしく帰る。小さくなる女龍とダルナの点を見つめ、ビルガメスはニヌルタを見る。ニヌルタも可笑しそうに首を傾げた。
「瞬間移動が出来るんじゃなかったか?」
「イーアンはダルナを頼っているつもりだろうが、使いこなせていない」
そう話したばかり・・・イーアンらしいと思う。ダルナは従う性質で余計なことは言わないのだろうと笑いながら、男龍は自分たちも外に出る。
「ドルドレンに伝えるのか?」
「そうする。アスクンス・タイネレが動いたということは、また中間の地は荒れる。騒がしい中で、人間も移動。ティグラスが言うところ、安全な移動のようだが」
「どうだか。ティグラスは全体を通した印象でしか見えていないだろう」
だろうな、とニヌルタは大きな男龍に同意し、ティグラスの気にする彼の母も移動に連れられるからと添えると、ビルガメスは『旅の民族なら、他の人間より守られるのか』を尋ねた。
「ティグラスも、ドルドレンの弟だろう。彼らは旅の民族で母親もそうなら。ドルドレンの情報で、馬車の民は率いる役目らしいし、ティグラスの母も」
「ビルガメス。俺がそれを知るか?」
ニヌルタは、長引かせる男龍に突っ込んで止め、目が合って笑う。
「ともかく、だ。ドルドレンには教えよう。彼が降りるのは、ザハージャングの状態が決まってからだ」
「・・・ザハージャングも降りるんだったな。暫くイヌァエル・テレンに戻れないような噂を聞いたが」
ビルガメスはその辺の話を、曖昧にしか聞いていない。ニヌルタも、タムズの又聞き。タムズは、馬車歌と被った『ティヤーの宗教神話』補足により、これを知った。
―――双頭の龍は、あの大陸の土に足をつけ、固定される。他の世界から守る守護を務める―――
「どこからそんな話が出たんだか。人間の作り話にも思うが」
未だに信じる気になれないビルガメスの呟きに続け、ニヌルタも短い髪を両手で撫でつけながら『とは言え』と夜の向こうを見つめる。
「その人間が、何故そんなことを、どこから知ったのか。ガドゥグ・ィッダンにもない。だが、ザハージャングの絡みだ。そうなるかどうか、こっちも意識はしておく必要があるぞ」
「ザハージャングが固定されたとして、だ。期間はあるんだろ?」
「あるようだな。人間が戻るまでとか。俺も本気にしている訳じゃない。本来の別の目的が、人間の淘汰と重なって、人間用の注意部分が口承で続いた、とかな。馬車の民の情報の出所も分からんが、まずまず・・・人間が知るには行き過ぎている点もちらほら目につく。ザハージャングの役目も、人間に関係ないはずが勝手に適用されているし」
勝手に適用と表現するニヌルタに、ビルガメスは『どうでも良いだろうに』と、有っても無くても変わらない、『ザハージャング逗留神話』に苦笑し、ニヌルタも笑う。
「本当だな。ザハージャングが守護神扱いとは。サブパメントゥの武器にされたあれが、守護など考えられる頭もない。人間が出て行った大陸で『逗留』とは、戻ってくるまで見張りをするような印象だが、大方、人間の門番なんてはずもなく」
「サブパメントゥと、龍の」
「そういうことだな」
人間が消えている間に・・・ ビルガメスの朝の海に似た髪が、夜風に揺れる。ニヌルタは友達の肩をポンと叩いて、自分を見た金色の瞳に頷いた。
「サブパメントゥは、ザハージャングが地面から動けないとなれば、嫌でもそこへ集まるだろう。どうにかして動かそうとする。ついでに、ザハージャングが中間の地でサブパメントゥと接触したら、サブパメントゥは光に対抗できる体に変わる」
「イーアンたちがどれくらい片付けるかにもよるな。長期戦とまでは思えないが」
「長期戦ではないにせよ、一日二日って話でもなさそうだ。タムズも予見したが、彼女たちが魔物の王と決戦を迎える手前まで引っ張る・・・そのくらいの期間も設定されていそうじゃないか」
「ふーむ。イーアンはドルドレンを手伝えないかもしれない、ということか。ルガルバンダは二度目の旅路の最後まで知っていそうだから、あいつにも聞くか。ズィーリーの頃は、サブパメントゥが横行していたようだし。空にも上がったからなぁ」
あとでルガルバンダも呼ぼうと決め、ニヌルタは『朝が来たらドルドレンに教える』と家に戻り、ビルガメスは灰色の空間―― ガドゥグ・ィッダンへ飛んだ。
「ニヌルタほど、ガドゥグ・ィッダンを理解してはいないが。俺も改めてその辺を知っておいた方が良さそうだ。母はどうも・・・イーアンに肩入れしているようだし。フフフ、死して尚とはさすがというべきか、しぶといと言うべきか。イーアンのために、俺を通じて教えるとかな」
ビルガメスを経由して、始祖の龍がイーアンに知恵を授けるかもしれない。自分も知るわけだし、と思い付いた先へ、大きな美しい男龍は向かう。
*****
ラファルとあちこち回る魔導士は、『念』の意味を徐々に理解し出す。
―――今日は夕方、獅子が来ただけでイーアンは来なかった。呼び出しても聞こえない所にいるのか、応答もなく。
獅子が持ってきた粘土板をラファルに分けさせていたら、大陸発生の地震で大揺れし、急いで粘土板をまとめ、ラファルを連れて外へ出た。津波、決戦、の予感も無論だが、『念』の放出―――
ラファルを連れて大陸へ向かう空で、わらわらと『念』の散るさまを見た以降、引っ切り無しに退治に追われてる。
幻の大陸アスクンス・タイネレ近くの島々は、津波の被害を受けたのも見た。始まったか?と思ったが、決戦の合図には・・・少々小さめにも感じ、とにかく目の前の『念』を壊すに徹して気づいた。
ラファルが聴き取れる内容を、一言二言教えてもらった後で『念』を消す中、こいつらが憑いた人間はもしや―― と。
二度目の旅路で会った男は、確証はないが、恐らく念のとり憑いた人物だった。異世界から来たわけではなく、前世と称して別世界の文化を口にし、ズィーリーに『前世の知恵で勝てる戦争』を勧めた。あいつはただの参考だが・・・ ラサンも動きが同じで前世と信じ込み、別世界の知恵をこっちで形にして、人間を片付ける早い方法を実行。
ラサンの最期はイーアンが消したようだが、ラサンはイーアンたちに囚われる前に、あの大陸へ入って前世と思い込んだ『念』に気づいたため、自分を取り戻した話だった。
今。ラファルと片づけ続ける『念』も、この世界にいる似た思考の人間に憑いて、危険を増長するようだが、とり憑かれた人間の思考を聞き取ると、揃って『前世を思い出した』と決定し疑わない。
仮に、『念』の入った危険人物が『別の存在を得た』意味で、祝福とは全く質が異なるにせよ、この世界に残る条件に見合ったとしたら・・・・・
幻の大陸に、ついて行かない。
ここに残り、魔物とサブパメントゥと、精霊たちに祝福された人間たちと残る。もし、そうなら―――?
はた、と魔導士は止まる。緑の風に抱えられるラファルは、空中で止まった風に『どうした』と訊き、魔導士は『一旦、降りる』と地上へ急いだ。
波が荒れる海に魔物は見えない。荒波被る小さな島の砂浜に降りた魔導士は結界を張り、ラファルに今気づいたことを話す。ラファルは最後まで黙って聞き、魔導士に『お前ならどう思う』と質問され、俺ならと口を開いた。
「俺の意見なんか間違っていそうだが・・・もし、念に憑かれた悪人も残るとハッキリしたら、俺は放っておくことを選ぶ」
「理由は」
「うーん、そうだな。祝福された人間たちには脅威かも知れないが、見分けやすいだろう?悪人と、信心深い善人は。悪人がサブパメントゥや魔物に襲われて片付くのを助ける理由がなさそうだ」
「面白い。つまりお前が言いたいのは」
「語弊と承知で、俺の言い方だ。善人と、悪人が残った世界。中間の質と見做された人間は逃がされて、いない。善人は守ってやって、悪人は自滅なり殺されるなり見過ごせば、逃がされた人間たちがいつか戻った時、悪人は片付いているから」
「俺に近い意見だ」
魔導士に頷かれ、ラファルはちょっと笑う。こんなで良いのか?と聞き返し、魔導士は『そんな場合もあるんだ』と答えた。
「あんたの様子だと、『念』の退治は焦らなくて良さそうに思うが。そのためには確認が要るな」
「そのとおりだ。お前も俺も『念』と『念の入った人間』に気づく。お前と俺の思うところが当たっていたら、後からでも良いわけだ」
まずは、当たったかどうかを確かめる―― 魔導士は結界を解き、ラファルと共に真夜中の空を戻る。
『念』が出てきたのを知った時は、この時期にまだ人間を減らす事態を追加するかと思ったが、視点を変えると精霊のやりそうな運び。
訊かない以上は、教えない。精霊が自ら伝えに現れるのは物事がよほどの規模で、それ以外は『渦の一つ』で扱われる。『念』は、残す人間・・・悪さする方の人間を一掃するために呼び込んだ可能性あり。
本当にそうであれば、ヨライデの死霊がどうとか、ヨーマイテスが話していたことも(※2791話参照)仕切り直しだ。
『念』は飛ぶわ、『死霊の入れ物』は出るわ、ヨーマイテスも混乱を煽る世界の急ぎ方に理由が見えないことから『審判の日にこっちも罪を問われかねない、対処だ善処だやるだけやって、ただ先走って殺したと泥を塗られるのはごめんだ』と話していたが、俺もそれは思った。何がしたいんだか分からない部分が多過ぎる上に、次から次へ急かす間合いの無さ。
「だが、『放っておく」、その先が見えてくると違う」
小屋に入ってラファルを居間で待たせ、魔導士は自分の部屋の扉を閉める。
魔法陣を出し、呪文を唱え、精霊を呼び出し、金色の砂に巻かれる大地の精霊ナシャウニットと対面。
「ナシャウニットに尋ねる」―――
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