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魔物資源活用機構  作者: Ichen
淘汰の橋かけ
2817/2953

2817. イングと龍族ビルガメス・イング、始祖の龍回顧・『原初の悪』の動きと関係・小石再返却

 

 夜の空、雲の間に浮かぶ島の群れを見渡し、イングは速度を落とした女龍に尋ねた。



「ここは」


「はい。ニヌルタたちが暮らしている領域です」


 島の一つに向かうイーアンは、明かりのつかない家へ案内する。どこかの神殿のような雰囲気で、並ぶ石の柱が屋根と土台を支える他は壁もなく、柔らかな白い光が石材に反射していた。


 浮く島は小さく、表面に細かな土から成る地面があり、イングはイーアンに続いて神殿似の建物の脇へ降りる。地面を数段上がる階段の上は、壁のないまま床に続く。柱の間から天井を照らす白い柔らかな光が見え、その光の元が揺れたので、二人はそちらへ顔を向けた。


 男龍が二人出てきて、一人はニヌルタ、もう一人は彼より大きな宝石に似る体を持っていた。


 宝のダルナと自称するイングは、この美しい種族に目を瞠る。衣服、布一枚さえ体に掛けない男の裸そのまま。堂々とした逞しい大きな筋肉を持ち、体色は―― イーアンを見下ろし彼女の肌も美しいがと思った矢先、長い髪を揺らした一本角の男龍が『お前か』と余裕気に微笑んで話しかけた。



「俺はお前を()()()()()が、お前はどうだか」


「・・・話した覚えはない。ただ、姿を見かけた気もしないでもない」


 イングは控えめに答える。遠くから見た輝きに彼を重ねたが、この男龍と間近で会っていたなら覚えているだろうと、しげしげ見つめた。

 ニヌルタも、輝く赤と白に金色の蔦が絡むような美しい体だが、大きい男龍はイーアンと似てやや透明がかる虹色を反射している。髪の毛までこの色かと、心で絶賛した(※宝目線)。


 そしてもう一つ、思い出した。彼かも知れない。

 イーアンが側に行き、彼女に腕を伸ばした男龍に抱え上げられる。ニヌルタに抱えられた先ほどより、イーアンは彼に対して抵抗がない。

 太い枝の上に落ち着く鳥のように。この前、イーアンが泣いていた時に呼び出した男龍(※2775話参照)が彼だったのかと、面と向かったイングは理解した。


 いつもそうなのか、差し出された前腕にひょいと座って、男龍の顔の高さまで上げられた女龍は、イングを見ながら『彼はダルナで最も強い力を持ちます。手に持っているのは卵の殻で』と説明し出し、隣のニヌルタが相槌を打ちながらイングに手招き。

 話を聞く大きな男龍も、中へと来客に目で合図し・・・話すイーアンに質問し、笑い、冗談を言い、大きな寝台に腰かける。


 女龍は彼らにとても愛されており、彼女も家族のように彼らと付き合うらしい。イングの目に映ったそれは、少し羨望に近い感覚を呼んだ。



「ビルガメス、彼を覚えているとは。いつ会いました?」


 座ったイーアンが見上げて尋ねると、ビルガメスは鼻で笑って床を指差した。


「見た、という意味だ。()()()居ながら」


 何かを覗かれていたと知ったイーアンが胡散臭げに顔をしかめたが、ビルガメスは無視してイングと会話を開始。


「俺は、龍のビルガメス」


 不意に名乗られ、イングはぼうっとしていた意識を戻す。返事をする前に側のニヌルタが、『お前はその姿で床に座るか?』と聞いて、イングは長い首を揺らした。


「俺は、イング。ダルナという種族だ」


 床に腰を落とし名乗ったダルナに、見つめる金色の目は笑みを浮かべる。『イング』と男龍から名を呼ばれ、青紫のダルナは頷いた。


「名の略称だが、定着した」


「いいだろう。イング、その殻は要らないならそこらに置いておけ。空にいつしか分解されるかもしれん」


 魔法だから分解されないのでは、とイーアンが疑問を呟くと、ビルガメスは『魔法か』と尋ね、殻だけどきっとそうですよと答えるイーアンに『なら、お前が引き取れ』と命じた。イーアンは小首を傾げたが、まぁそうした方が良いようなと、濁して返事をし、男龍二人が笑う。



 よく、笑う――― イングは、イーアンの笑い声も彼らの笑い声も、共通していると思った。


 一々比較することでもないが、ドラゴンの種族として生きていた自分たちと彼らは、似た姿をとるものの全く違う。イーアンを主に選んだ自分は、正しかった・・・そう思うと同時、最初の龍をもっと知る時間があったなら、とも過る。


 最初の龍も、彼女も。こんな性質だっただろうか。 仮に俺が、閉ざされなかったら。


 俺にだけ自由を与えることも出来ると、あの日、()()()()()()()、俺が即答で断らなかったら。俺は、彼女を主にしたのか。


 実のところ、そんな提案されたかどうか、はっきり覚えていない。あの時もよく聞こえなかった。ただ、そう言った気がして、記憶に曖昧に残ったわだかまり―――



「イング。お前は小石を守った。イーアン以外が開けられない術を使い、『原初の悪』からも閉ざした」


 様子を見て喋りかけたビルガメスに、イングは『そうだ』と答え、ビルガメスは満足そうに笑みを浮かべる。


「お前もこれから、あの精霊に目をつけられる。次にあの者に関わったら、迷わず伝えると良い。女龍だけではなく、龍族が来ることを」


「俺は俺の力で回避する」


「ハハハハ!それでも良いが、あの者はお前たちを全滅する流れも起こしかねん。この世界に留まることを選んで、それは望まないだろう。だが自由にしろ。龍族はお前もまた守ろう」


「ニヌルタと、ビルガメス、イーアンは俺を知った。しかし、他の龍族は俺を知らないのに」


「イングよ。お前が見ていないとはいえ、俺たちはお前を見ている。女龍に付き添いたがるお前に、何の関心もないと思うな。イーアンは俺たちの女龍だ。彼女はこの空の母」


 中間の地ではイングの方が付きっ切りだな、とビルガメスが嫌味をイーアンに言い、目を逸らしたイーアンが『手伝って下さるんですよ』と適当に流す。それから大きく息を吐き出して、イーアンはビルガメスとニヌルタ二人を交互に見て、少し前の話に戻した。



「とりあえず、『原初の悪』についてです。怒らせました」


「そうだな。あっちが仕掛けたことだと忘れるな」


「そう思ってくれる相手ではないでしょう?ここから帰ったらすぐに手を出されるかも」


「そうならない。イーアン、そのためにニヌルタを行かせた」


 ビルガメスの返事にイーアンは眉根を寄せて『ぶっ壊したら、怒っていた』と正直に教え、ニヌルタが呆れて『あの程度だ』と(※常識が違う)首を掻く。友達の態度に笑うビルガメスは、イーアンの角を撫でて『それでいいんだ』と教えた。


「ニヌルタは怒る状況を見て怒っている。俺であれば、怒るよりも話が長引く・・・それは、()()()()()()()()()に行き着いただろう。

 長引かせないニヌルタの方が適役だった。破壊は分かりやすい。龍族を怒らせるには、相手が触れなければならない。破壊と再生は俺たちの存在意義。『原初の悪』はお前を執拗に追い回す。それが今回は行き過ぎたんだ」


 イーアンもそれは思うが・・・引っかかることあり。渡してもらった小石を袋から出し、手の平に乗せると、男龍に見せた。豊かな睫毛が大きく波打ち、小石を見下ろして『それを盗った』と呟く声に被せた。


「中間の地に、龍気があってはいけないような言い方でした」


「ふーむ。また()()()()()を吹き込んで。ニヌルタ、なんて言われた」


 大きな美しい男龍は、客のイングを少々放置して友達に状況を尋ねる。ニヌルタは長椅子に腰かけてイーアンを指差し、『彼女が話したとおり』と肯定する。


「下(※地上)にあると問題を起こすものを意図的に持ち込んだ、とな」


「問題と言ったって、契約でもあるまいし。そう思い込んでいるのか」


「どうだかな。俺も見直したわけじゃないが、創世の時代に近い約束でもあったかもしれん」


「ないだろう、そんなの。グィードが海にいる時点であり得ん。あとは何だ、ほら。龍の、これだ。イーアンが見つけた」


 これ、とイーアンの指を見て、青い指輪を顎で示す男龍。トワォ=龍の雫。龍の端くれ、と彼らが呼ぶ派生種は龍気があるので、イーアンも頷く。モドゥロバージェ(※龍の殻、地中にいる)も同じ。


 ちらっとイーアンを見たニヌルタは、『そうしたグィード(監視)や自然派生ではなく、持ち込みについて指摘したんだろう』と面倒そうに溜息を吐いたが、彼もどうでも良さそうだった。



「俺たちからすれば、欠片に等しい小石一つ、女龍が握って動き回ったところで問題はない。()()()()()()()()()()でも」


「そうだな。イーアンがイヌァエル・テレンに()()()()()()()()から」


 脱線して笑い合う男龍に挟まれ、イーアンは仏頂面で『話を続けて下さい』と頼み、放置され続けるイングに目で『待ってて』と合図を送る。イングも調子が掴めてきたようで、男龍の明るい性質を理解した(=話が続かない)。


「では、『原初の悪』からすれば、問題を押さえたに過ぎない、と言い訳になるのか」


()()としか、相手も言ってないからな。約束を破ったほどの話ではないはずだ。約束が絡むなら、龍族が知っている。そこまで足を引っ張られるような理由にはならないだろう。だが、イーアンにつけ込むのも」


「見えるな。彼女が一人で動く時、これで迫る」



 結局、結論らしいものは出ないと、イーアンもイングも思った。男龍二人は、今回の一件が大きな間違いや問題ではないと判断しているが、『原初の悪』が手を出したことで、ささやかな汚点として利用される要素はあると認めた。


 ニヌルタの爆発的な怒りは、龍族らしい反応であり、イーアン及びイングにまた手を出せば、次はもっと凄まじいと知らしめた。だからすぐに『原初の悪』から仕返しなり次の接触なりはない、とビルガメスたちは考えている。


『龍族を怒らせるのは、あの者にとっても()()()()()()()はず』―― ビルガメスはそう踏んでいる。


「直接、手を出した機会が増えている。死霊もそうだ。イーアンが接触した時から、放っておかない。これは、俺たち龍族も巻き込む流れに変わった。ついこの前、俺が死霊を消し、続いて今回はニヌルタがダルナと小石を取り返した。どちらも回り回った影響と関係ない、『原初の悪』直接の一件。

 あれは混乱を動かす存在だが、混乱よりも狙いが定められている分、敵対の状況へ近づきつつある。お前のために龍族がすぐ降りるとまで考えなかった、相手の誤算だ」


 特定を感じさせず、世の中の多くを掻き回すなら、それは彼の存在意義。

 だが、狙いが絞られ、その力の矛先が向けられた場合は、それは一戦交える未来を示す。


 いずれそうなる日が来るにしても、予定は今ではないと思うがと、男龍は話した。



 少しの沈黙を挟み、イーアンは『龍気が苦手な精霊かどうか』も質問した。それについては、ニヌルタが答えた。単純に嫌いなんだろうと。


「嫌い。龍気が」


「破壊する意味の捉え方が違うんだ、イーアン。人間たちの感覚では、破壊は怖れと苦しみ、そういった所だろう?『原初の悪』の視点はそうじゃない。混沌に巻かれた状態を一発で壊される。彼が別の混沌を生み出す前に、予定外の再生が始まるのは嫌だろうな、あの性格だと」


 納得する説明によく理解できたとイーアンはお礼を言い、イングも興味深そうに聞いていた。聞けばニヌルタも『原初の悪』と関わったことはこれまでないので、あちらも初めて対峙した。


「それもそうですよね。ニヌルタたちは中間の地に降りたことがなかったのだし」


「あれも空までは来ない。精霊はまず、この空へ上がることがない」


 肯定するビルガメスに揃って頷くニヌルタは、『イーアンが来た以降に、男龍が中間の地に関与し始めた』と改めて言い、イーアンもうんうん。そうなのかとイングは三者を見て、目の合ったニヌルタにちょっと笑われる。


「イーアンが面白い女龍だ。彼女会いたさ、俺たちも降りるようになった。それまで中間の地など、無関係だった」


「そうだったのか。イーアンはそんなに」


「面白いだろう?だからダルナも異界の精霊も、彼女の側に付く」


 自分たちは同じ力に吸い寄せられているとイングは知る。男龍は彼女と同族だが、それだけではなく個人としてイーアンを愛する。自由で、個々を認める感覚が、イングに遠い憧れを思い起こさせた。


 笑うイーアンたちを見ながら・・・イーアンは勿論であれ、あの女龍。龍の姿で話した最初の龍を、ぼんやりと思考に揺蕩わせるダルナ。

 脱線しがちな相談を、ひとしきり笑った龍族は、さて、と区切り終わりにする。



「イーアン、面倒が起きた以上は小石を置いていけ。祈りとやらも用済みのようだし」


「え?」


「あの者(※原初の悪)に付きまとわれても嫌だろう」


「・・・はい」


 仕方なさそうに了承し、イーアンは小石をビルガメスに返却。

 ビルガメスはこれをニヌルタに回し、ニヌルタは『ルガルバンダが龍気を送る量で賄え』と女龍に笑って小石を引き取った。


 それからビルガメスは、イングのじっと見ている水色と赤の揺れる瞳に、最後の話をする。


「イング。お前の魔法。使う技と術。イーアンとよく似る質を持つ話だ。何が出来るか、よく使う魔法だけで良い。俺に話せ。俺も大体は気付くが、お前がいざ彼女を守ろうとして何をしでかすか分からん。こっちが助けに降りる際、考慮できる」


「考慮などは要らない。失敗もしない」


「『卵で転がる』わけにいかないだろう、イング。イーアンと俺が出したことを忘れるには早い」


 サクッと断りかけたダルナを、サクッとニヌルタが止めて笑う。

 ドラゴンが若干むくれたふうに見え、イーアンは笑わないように気を付ける。が、ニヌルタもビルガメスもうっかり彼を攻撃しないよう気にしてくれたので、それは通訳した(※男龍は分かりにくい)。


 イングはちょっと考え、青紫のメタリックなお腹を掻く。お腹を掻きながらじーっと外を見て、待っている龍族を見ずに『俺のよく使うのは』と呟いた。



「イーアンに聞いてくれ。俺自身は意識していない。状況に合わせて使うだけだ。卵は、一度使ったらもう使えない。自戒の技は他に六つあるが、見て判断がつく。攻撃して通用しなければ、その技と思っていい」


 滅多に使用しない。これまで、ドラゴンだった時代で一度も使ったことがないままだから、七つの技をこの世界まで持ち込んでいる。


 理解したビルガメスは頷いて『では、イーアンに聞くことにしよう』と女龍の頭を撫で、イーアンが印象的なイングの魔法を二つ三つ―― 瞬間移動、『王冠』、再生・・・を口にし、ビルガメスが『王冠』は見たなと(※2129話参照)頷いたところで、男龍二人は同時に外に視線を向ける。



 穏やかな夜空に振り向いた彼らの横顔は、柔らかな青に染まって美しく静かだったけれど。


 続けてイングが、その意味を察して瞼を少し下げ、イーアンは彼らが何に反応したかと瞬きした時、ビルガメスが呟いた。



「あの大陸が動いたな」


お読み頂き有難うございます。

仕事が詰まっており、25日(日)の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。いつも来て下さる皆さんに、心から感謝して。


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