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魔物資源活用機構  作者: Ichen
淘汰の橋かけ
2813/2954

2813. 女龍からバサンダに託す・面製作8個目・『十二の司りへの願い』

☆前回までの流れ

粘土板を集め、始祖の龍の教えてくれた人間への手助けを思い。生物の消えたティヤーの朝、イーアンは太陽に、連れられる人々の無事を願いました。するとそれを聞き入れた太陽は女龍を呼び込み、彼女に多くの励ましと情報を与えました。

戻されたイーアンはこの午後、一刻も早く伝えようと決めた面師バサンダに会いに行き、ニーファに迎えられ・・・

今回は、カロッカンの工房から始まります。

 

 寄り添う太陽エウスキ・ゴリスカが教えてくれた。12の面を使って呼び出したら、何を頼めばいいのかを。


 残される人々の無事をお守りください、では足りない。祝福を受けた人々は、それだけでもサブパメントゥや邪な存在に手を掛けられにくい状態で、あとは頑張れと言われてしまうこともある(※特に妖精)。


 なので、ちゃんと頼めるように。無理のない約束を出来るように。


 希望はあるんだと微笑んだ女龍に、ニーファは瞬きして頼む。どうする気なのか、何をすれば良いのか。テイワグナ人が恐怖の混乱を打ち克つに、どんな示唆をイーアンは用意しているのか。



「教えて下さい、イーアン。あなたがここへ来た理由、バサンダに秘密があるのですか?」


「正確には、バサンダにあるとは言えません。でも彼に伝えます。まずは彼と話してから」


 ニーファはちょっと腰を浮かし、バサンダを呼びに行きかけたが躊躇って腰を戻す。制作に心血注ぐ邪魔はしたくないし、うーんと小さく唸って、イーアンは『もうちょっと待ちましょう』と背後の通路を見た。



 ―――12の面が揃った日は、既に淘汰で人間が消えた後かも知れず、テイワグナ人をサブパメントゥが襲い始めているかもしれない。だが、無意味な制作だったと思ってはいけない。諦めてもいけない。面の持つ可能性が閉ざされたわけではないのだ。


 どこかで求められていたから、この流れが出来たと考えてみたら違う。こじつけではないはず。だって、12の面を用意する展開になった時、私たちは『作ろう』と決めたスタートをしたわけではなかった。


 それが、バトンのようにどんどん繋がり、あっという間にバサンダの制作まで結んだ出来事、これが無意味なものか。

 彼は伝説のアマウィコロィア・チョリアのセルアン島出身、ティヤー有数の面師の家系だったし、テイワグナで捕らわれた異時空を出た今も面師として生き、急に訪れた大役を引き受けたのだ。


 作り出した面の使い道が消えたとか、それならこじつけで別の願いとか、そんな()()()収まらない。残る人々のため面が用意されるに至った、そちらかも知れない―――



 時間の早瀬を作る空間にいる、面師バサンダ。龍の私が側に来たことを気づくかなと、イーアンがお茶をまた飲んだ時、カタンと音が響いた。ハッとするニーファにつられ、イーアンも振り返る。通路を挟んだ壁向こう、工房でカタカタと音が続き、少しして軋んだ扉が開いた。


「バサンダ?」


 体をねじって椅子の背凭れに片腕を掛け、振り向くイーアン。ささっと椅子を立って通路へ回ったニーファ。二人の視線が工房を出た男の顔に注目し、一瞬、言葉を失う。


「どうし・・・」 「それは」


 木製の面の顔が二人に向けられ、イーアンは驚いたがすぐ真実を見抜き、ニーファも立ち止まったものの『あれだ!』と気づいて走り寄った。


 ぐらッと揺れた面師の腕を掴み、ニーファが『バサンダ!イーアンが来てますよ!バサンダ!』と大声をかける。凝視するイーアンは、バサンダの頭部が面を被ったように見える状態に、心の内で称賛を送る。


 体を支えられ、腕を揺らされ、数回繰り返し名を呼ばれて、バサンダの頭部から面のフォルムが薄れて消えた。普通の人間の顔に戻ったバサンダは、ぶるっと一度体を震わせると、ホッとしたニーファに虚ろな目を向けた。


「大丈夫ですか、バサンダ。イーアンが来ていますよ。ほら、そこで待っていてくれます」


「え・・・はい。イーアン・・・ 」


 ぼうっとしたまま、バサンダはニーファの指差す大袈裟な仕草に視線を乗せて、台所の椅子に座った女龍に目を移す。微笑んだ女龍を見つめ、最初はピンと来ない様子だったが、ニーファに腕を引かれて彼女の横に腰かけ、ようやく意識を戻した。


「ああ、イーアン。また来て下さったんですか」


 正気に戻った声に、ニーファがイーアンへ苦笑を見せ、笑顔無言のイーアンは『分かるから大丈夫』と首を少し横に振る。バサンダの分のお茶を淹れるニーファはイーアンに後を任せ、バサンダは大きく息を吐いた。


「すみません。来て下さってたのに。待ちましたか?」


「いいえ。先ほど来ました。突然来たのだから謝らないで下さい。しかしバサンダ、あなたは本物の面師といいますか、真髄ですね」


 イーアンはバサンダの肩をポンと叩き、疲れ切ったバサンダはポカンとする。日本でも能や狂言で、面をつけていない演者の顔に面が宿る話は聞いていたが、異世界のバサンダでそれを見るとは思わなかった。

 素晴らしいですよと褒められ、バサンダは頭が追い付かないものの、『真髄』の一言で照れくさそうに笑った。それから、現時点で完成している数を教える。



「今、私は8個の面に取り掛かって、明後日には仕上がり・・・ ああ、でも。12個は、()()()()()()()()かも知れません」


「もう、そんなに作られたのですか。驚愕です。バサンダ、間に合わないなんて思わず、どうぞ作り続けて下さいませんか。12の面は必ず使います」


「でも。もうすぐ人間は」


「シャンガマックが話したのですね。事態は加速していますが、だとしても作ってほしいです。12の面を以て大きな存在を呼び出し、願う内容を『この世界に残った人々』に変更します」


 お茶を淹れかけたニーファの手がはたと止まる。女龍を見つめたバサンダは瞼を大きく開き『()()()()()()()()?』と聞き返した。


 おかわりのお茶を引き寄せたイーアンは、小首を傾げて『世界に残るテイワグナ人はとても多いでしょうね』と、やんわり肯定した。


「だから、あなたにしか出来ない制作を、私は引き続きお願いしに来ました」



 *****



 数秒、静まり返る台所。昼下がりの温い空気が風に動き、開け放した日陰の勝手口から、表の草の匂いが入る。

 沈黙の間を縫うように、互いに視線を送り合う三人。ニーファもバサンダも戸惑いと期待が胸に湧き、女龍が話し出すのを待ち、イーアンはどこまで話すかをもう一度考えた。


 バサンダが、12の面をティヤーの島に運ぶわけではない。


 でも、運ぶ人が決定したら、バサンダから直接その人に接面を預けた方が良いかもしれない。バサンダが面の一つずつに籠める意味や思いは、彼の口からしか聞けないのだ。


 12の面の受け渡しの間、私は呼び出される(がわ)にいるため、彼らに付き添えないだろう。だとしたら、やっぱりここでバサンダに『頼む内容』を伝え、彼に託した方が良い・・・・・



「今から話すことを、しっかり聞いていて下さい。えーっと。どうしようかな、ニーファ。申し訳ないのですが、バサンダにのみ、詳細を伝えたいと思います。ニーファが聞いて、どう影響が及ぶか分かりませんので、すまないのだけどちょっと」


「向こうに行ってます」


 笑ったイーアンに、ニーファも粘れないで苦笑して了解。聞きたかったです、と椅子を立ちあがる彼に笑いながら『あとで大まかに聞けますよ』とイーアンは手を振り、ニーファは店へ退場。見送るバサンダも苦笑いする。


「イーアンだと、重い話でもどこか和みますね」


「そうですか?私は笑ってばかりいるからかも」


 笑っていられない事態ですがと咳払いし、イーアンは隣に座る面師に体を向ける。バサンダも彼女に向き直り、どうぞと促した。横並びの椅子で膝を突き合わせ、女龍はスッと息を吸い込んだ。


「今日まで、私も12の面の使い先をどうなるかと案じていました。でも()()()()()、霧が晴れました」


「はい。私に出来ることは、他に何がありますか」


「バサンダ。あなたに出張願うことになりそうです。あなたが12の面を完成させたら、ティヤーでそれを運ぶ誰かに直に渡して頂くの」


「はい」


「その時、どのような面の意味があるかも伝えて頂いて良いと思います。相手が伝説をご存じなら省いても良いでしょうが、事の重さをしっかり認識するために」


「そのようにしましょう」


「そして、その人に渡す時。十二の司りへお願いする言葉も伝えて下さい。私が今から言いますので」


「覚えます」


 ここで一度、会話が止まる。意を決した面師は女龍を見つめ、女龍も彼をじっと見て頷いた。




『残された人間はどこにあっても、大いなる力に跪きます。どうか中間の地で生きる私たちを、恐れと惑いから遠ざけて支えて下さい』




 女龍はゆっくり、はっきり、願う言葉を教える。細かな説明はしない。バサンダは質問を思いついたが、それは人の都合と考え直してやめ、『繰り返します』と続けた。


「残された人間は、どこに在っても、大いなる力に跪きます。どうか、中間の地で生きる私たちを、恐れと惑いから遠ざけて、支えて下さい」


「はい。正しいです。()()()とか、丸投げの表現はいけません。『大きな力と共にある自分たちもを頑張るけれど、どうぞ支えて下さい』と伝えるのです」


「イーアンが教えてくれたことで、()()になりませんか?」


 ちょっとだけ、バサンダは質問。これ自体が反則と思われたら?と尋ねると、女龍は吹き出して笑い、片手を顔の前で横に振った。


「反則って!そんなことありませんよ!私は司りの一人ですが、私の意見だけで通るわけではないんですから」


「そうか。すみません。失礼なことを」


 ケラケラ笑う女龍につられて少し笑ってしまうが、女龍は困ったように『思いもしなかった』とまた笑い、でも杞憂でしょうとお茶を飲む。


「あのね。この助言を下さったお方もまた、私と同じ司りで現れるお方です」


「そうなんですか?いや、それは凄い。ではお二人は・・・残される人間に友好的と。あ、イーアンはいつも友好的ですけれど」


 緊張のほぐれたバサンダが言い直し、女龍は『友好的と言うか、味方なのだと思います』と付け加えた。


「人間を淘汰するからと言って、邪魔者扱いしている訳ではないことも・・・ 説明すると長くなるので、この話はしませんが。バサンダ、どうぞ面を持たせる人に、お願いの内容を伝えて下さいね」


「承知しました。一つも間違いなく伝えます。書いても良いなら、あとで書き留めておきます。ところでニーファを避けた理由は?それほど危険に思えません」


 バサンダは、願い自体の疑問はさておき、この場から席を外してもらったニーファに害な内容と思えず続けて尋ねる。


「注意して行動しているに過ぎません。どこから危険が来るか分からない以上、情報というのは知る人だけが知っていた方が良いものです。その人にとっても、他人にとっても」



 世界の動向に関わる以上、知るべき人とそうではない人の別があった方が良いと説明すると、バサンダも理解した。

 あとは託す。頷き合ってイーアンは『私からも質問』と話を終わらせ、面師に訊いた。


「あなたは、時間の早く流れる時空にいますか?」


「・・・イーアンは分かるんですね。そうです。カロッカンの伝統面の力を借りて、制作を速めています」


「お体はどうなのです」


「問題ありません。シャンガマックが二日に一度は、精霊の水を飲ませて下さるから」


「分かりました。どうかそれ以上の無茶はしないでほしいと願います」


「ええ。私も生き残ると分かったので、命を削らないよう気をつけます」


 仕方なさそうにクスッと笑ったイーアンに、バサンダも短く笑って顔を伏せる。彼の肩に手を置いて、イーアンは運命に選ばれた面師を励まし、また会いましょうと立ち上がった。


「イーアン。8つめの面は青です。あなたの」


「楽しみに取っておきましょう。ティヤーの島の砂浜に呼ばれる日、あなたの青い龍の面を鑑賞させて頂くことにします」


 誇らしげな面師に頷き、工房で笑顔のお別れ。イーアンはバサンダに見送られて空へ上がり、下を見ると店から出てきたニーファとバサンダが手を振る。彼らに手を振り返し、テイワグナを後にした。



 言うべきことは伝えた――― エウスキ・ゴリスカの眩しい日差しを浴びながら、イーアンは感謝を胸の内で捧げ、ティヤーの粘土板集め再開。なのだが。


 不意に『お祈り箱』が気になり、ずっと放置していたからあの湖へ向かった。当然だがイングはいなくて、湖には箱がポツンとあるだけ。そう、動いてもいない()()()()


「小石は?」


 箱と一緒に入れた小石が見当たらない。イーアンは、暫し固まる。

 この事態、小石紛失だけに留まらないとは。

お読み頂き有難うございます。月末まで30枚以上絵を描く用事があり、またお休みを頂くと思います。その時は早めにこちらでお知らせします。

いつも来て下さる皆さんに、心から、本当に心から感謝して。

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