2812. イーアンの想像・繰り返す創世と、人間の移動説
※明日、明後日の土日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
エウスキ・ゴリスカは、12の面を用いて話を求める人間に、『世に残った人間のためのお願い』をさせれば良いと、女龍に助言する。
目から鱗の提案に、イーアンはびっくりして思わず『そんなふうに使っても良いのか』と聞き返したが、太陽は『大きな力たちに、人が行動の許しを委ねるなら、何を願うもそう変わらない』と答えた。
行動の許し―― 遥か昔、面師が鳥に忠告され12の面を運んだ、あの時と同じ。
『鳥の犠牲をもう出さないから、許してほしい』
石板(※2701話参照)の解説。バサンダから聞いた面師の伝説(※2708話参照)。小舟に乗せた面と出かけ、十二の司りを前に面を返して謝罪した人。
行動の許しとは、何かに取り組むことだけに焦点が当たるわけでもない。動きを止めるのもまた、行動の一つで、エウスキ・ゴリスカの言うところも分かる。
『何々をもうしないから→許して下さい』も『この状況で生きるから→支えて下さい』も、内容は違うけれど土台は同じ。
伺いを立てる相手が全員大いなる存在ゆえに、願う中身もそれ相応のサイズじゃないとダメではあるが。
エウスキ・ゴリスカは、面の使い道を限定したらしき女龍に、12の面を揃えたらどうすると良いかをもう少し詳しく助言してやり、女龍は一生懸命聞いた。
駆ける虹色に巻かれ、澄んだ赤一色に熱帯びる男の姿の太陽は、何とかして人間に力添えしようとする女龍に好感を持ち、次に会う時を約束して送り出す。
白い世界はどこなのかなんて野暮な質問、と思ったイーアンは、送り出される時も白熱の光に包まれて『有難うございました。また会えますように』そう短い挨拶だけして・・・白昼夢の如く、アネィヨーハンの帆柱天辺に立つ。
「あ。船?」
眩しさに包まれ転送されたイーアンは、涼しい風が抜けて瞑った目を開け、黒い船を見下ろす。真上に太陽が輝き、イーアンはちょっと手を振って笑った。
「エウスキ・ゴリスカ・・・ 雰囲気は、ヴィメテカみたい。ヴィメテカも何でも教えて下さったけれど、太陽の彼もたくさんの助言と知識を下さった。私がどうしたいのかも、止めずに。そうしたいのならこうだよ、と」
粘土板のことを、彼は知っていた。それ自体を見たわけではないようだったが、始祖の龍が持たせた力と認識していた・・・ あ、とイーアンはここで浮かれ気分を戻す。私も回収しなければいけなかった!と思い出し、慌てて船を飛び立った。
飛びながら地図を引っ張り出して、人の少なそうな所へ向かう。
憎まれた今は、どこで姿を見られてしまうのも困るけれど、昨日はハクラマン・タニーラニに力づけられ、今日は太陽に元気を貰った。
「龍気に近いと思ったけれど、彼のエネルギーは本当に万能・・・もしや。ドルドレンの使う力は、太陽の輝き。種族関係なく通じる愛の力は、勇者だけが使える力。勇者が人間だから、太陽の民だから」
新たに気づいた『勇者の力=太陽の力』の想像で、得心が行く。龍気補充後のように漲るのは、太陽だから!と嬉しくなった。互換性ありと思ったが、そのとおりとは。
「とはいえ。太陽の彼が与えようとしなければ、このエネルギーは得られないのでしょうね。だから普段は、ポカポカ範囲で」
龍に触っただけで、怪我が治るわけではないのと一緒。そりゃそうですよねと、機嫌良いイーアンは一人喋りながら、孤島の一つに降り立つ。
「眠いけれど、元気を貰って妙にハイです。・・・ラファルの知識で、粘土板の背景推測も出来た。昨日の結論だと、粘土板は最低二回は、違う時代で作られていると。紐解く事実の端があると、見方も変わる」
高い位置にある磯を下ったなだらかな丘を、草を分けて歩くイーアンは、昨夜の驚きを改めて思う。ラファルの刺青は、地球の古代文明の遺跡を写したもので、遺跡の神話と現実の過去に生じた天災の関係も覚えていた。この話が、粘土板考察に一役買った。
こちらの世界・・・魔法や精霊が当然の如く介在する世界に於いて、人の淘汰が初めてではない可能性もあるのではと彼は言った。以前使用された事情は不明でも、同じように異界へ旅立ち彷徨ったのが個人及び少人数とは限らず、今回同様に大移動も起きたのではと。
それは、魔導士の話した『ザッカリア経由の異界情報』をこの先の道順と仮定した上で、粘土板の内容と回避する状況の繋がり、そして土の違いからラファルは『大移動が過去に二回はあった可能性』を考えた。
イーアンも気になっていたのが、粘土板の土の違いである。材料の違う土で作られた粘土板に、同じ記号・枚数が似たり寄ったり。テイワグナで集めた分で比べたら、顕著に傾向が表れた。
記号によっては、『濃い色の粘土板は1枚しかないけれど、薄い色の粘土板は3枚』などもあるが、これはティヤー、ヨライデ、アイエラダハッドの未回収粘土板を集めきったら、裏付けが取れるかもしれない。
「『違う時代製と思しき粘土板』の説に、確率が高くなったのは大きい」
力を発揮した場所に、使った粘土板を置いて帰りの目印にし、先へ進む・・・・・ 再び同じ轍を通る時、持ち帰る。持ち帰って、この世界へ戻ったら、出口に置いてゆく。置かれた粘土板が、その後、無事に残り続けるとは限らない。
「時代が違う仮定で。二回目に作った理由は、初回の粘土板が足りなくなったからでは、と魔導士は考えた。私もそう思う。二回目の移動前で探し出せなかったり、崩壊していたり、誰かに持ち去られていたり。様々な理由で数が減ってしまって足りないから、新しく制作し、それで時代が違う粘土板・・・ 」
丘の先の低木林を抜けて小さな遺跡に出たイーアンは、岬の突端にある遺跡に立ち、先ほどの太陽の言葉を思い出し、独り言を止めた。
創世の時代の、やり直し―――
「時代が違うのは。創り直された世界から人間が出される度、始祖の龍が粘土板を持たせたとか。二度に限らず、かも知れない。最低限『二つの時代で作られている』見解は出たけれど、もしかすると本当に何度もあったのかも」
顔の下半分に手を当てがったイーアンは、この解釈に正解の近さを感じる。
この世界から人間が出される必要に迫られ、始祖の龍は粘土板を渡した。彼らは出かけ、戻ってくる。
でも、創世はまたやり直すことになった。
最初に作った粘土板が足りなくて、もう一度用意された粘土板を手に、人間は動き、この世界に呼び戻された。こう考えると、少なくとも二回は出て行かされ、そして戻ったことになる。
イヌァエル・テレンに、こんな事は語り継がれない。未来の世界を予告するのもあるようだけれど、人間の些末など、龍族―― 男龍に必要ない。でも始祖の龍は、人間を気にしていた。
「大雨で覆った地上。洪水が襲って全てを押し流した期間。人間がいたのかいなかったのか、ずっと曖昧でした。大洪水はサブパメントゥ撲滅の怒りによるもので、人間を対象にしたわけではないのに、人間も巻き込んだと思っていたけれど。そうではなくて・・・ 多くの人は、他の世界に移動して免れたとも思える」
仮にこの『洪水』までの一連を、やり直していたとしたら。せっかく創り直した世界でも、同じ問題が繰り返されるために、その都度、手を打って人間を逃した、とか。
「あり得る。始祖の龍なら、充分にあり得る」
あっちこっちで、人間のために手配を済ませた彼女が取りそうな行動である。
人間がいなくなったはずの世界、その大惨事を誰が語り継いだのかも、単純な疑問だったけれど、こう考えると早い。
一人立つ風景、全く別のことを考えながら、女龍は遺跡の奥に光る小さな粘土板に進み、在るのは崖の途中と知る。こんなところが出口~?と疑うが、よく見ると穴の左脇に出っ張りが見え、出っ張った先が崩れたのかもと理解した。昔はこの上り下りに、馬車の通れる道があったかもしれない。
「こういう場所を見ると思いますね。出口はたくさんあって、馬車だけじゃなく徒歩もいたかもしれない。戻った人たちは、各地の出口から方々へ散ったのかも」
そう考えると、自分の出身地とはまるで関係ない国に戻るのもなぁと、イーアンは先の暮らしの苦労も思う。が、想像はここで終わり。
真下は海の崖の半ば、ぼこっと開いた天然の穴から光は発せられており、パタパタ飛んで、穴の奥に待つ粘土板を拾い上げた。イーアンが拾うと静まる、呼び合うような二つの光は何とも感慨深い。
「始祖の龍も、もしかしたらこうやって集めたのか。初回は違うだろうけれど、次の時、自分で探しに回って呼ぶ光を辿って、人間のために」
気持ちが分かるだけに、しんみりするし、優しさに胸も打たれるし。しかし、繰り返す時代とは、驚きの幅が振り切っている。聞いたばかりで漠然としているが、落ち着いて考えたら改めて凄いことだと思うだろう。
「昔。漫画で読んだのを思い出します。映画でもあったかな。ある時間が来ると、全部が巻き戻されて、最初からやり直しになる内容。どうしてそうなるのか、誰も理由を知らないし、主人公以外が気づいていないという怖さ。大体は主人公が外部から来るんですよね・・・って、まさに始祖の龍の状態」
思うところは止まらない。
昨晩はラファルと魔導士の結論で『二度以上の異界避難』を聞き、今朝はエウスキ・ゴリスカの山のような情報を受け取って、想像が膨れ上がる。
意識散漫になりがちの頭を振っては考え込むのを止めて、イーアンはこの日を・・・午後、昼下がりまでティヤーで粘土板集めに励み、その後は。
*****
気になっていたことを完了させておきたくて、女龍はテイワグナの空へ。
『バサンダ』 ――その名を呼んだカロッカンの山林脇、工房の上。高速で飛んできたイーアンはぎゅっと止まる。
「12の面、あなたは今、何個作っているのか」
イーアンは太陽がくれた『助言』を彼に伝えるために、白い翼をすぼめて降りた。
窓に撥ねた強い輝きは、工房でお茶の用意をするニーファの目に飛び込む。反射的に顔を向けたニーファは目を丸くし、工房と店の間の庭に降り立った女龍に驚き、慌てて外へ出た。
「い、イーアン?」
「こんにちは。ニーファ」
普通の挨拶でニコッと笑った女龍に笑い出し、駆け寄ったニーファは彼女に握手を求め、握手しながら用事を尋ねた。バサンダだろうなと思ったが的中。
「彼は籠っているので、お茶を置くだけなんですよ。私が工房の廊下に居ても気づかないので」
遠回しに会えない・話せないと伝える彼に、女龍も微笑んで頷く。自分も作業するとそういうところあるから了解済み。
「分かっています。邪魔したくもないのです。だけど、彼が私に気づいたらそれは大丈夫ですか?」
「気づいたら・・・そりゃ、まぁ。大丈夫も何も」
ハハハと笑ったニーファにイーアンも笑い、それでは中へと通されて、建物の台所へイーアンは上がらせてもらった。
「まず、気づかないですよ。先にお茶でも飲みますか?時間は?」
気遣いまめまめしい男に礼を言い、お茶を頂くイーアンは・・・ 感じ取る。バサンダのいる工房、その気配の違いを。熱いお茶に口を付け、バサンダが一人、時間の流れの早瀬に引きこもっていると理解した。
ニーファはバサンダの制作状況を知る限りで話してくれ、イーアンもうんうんと相槌を打つ。
シャンガマックが何も言わないのを考えると・・・ バサンダは異常な環境で頑張っているものの、『ヂクチホスの水』効果でとりあえず体は無事なのかなとも思った。
その辺の様子を、ニーファにやんわり尋ねてみようかと思ったところで、ニーファが『テイワグナ人は残るんですか』と突然、話を変えて聞いた。
この前シャンガマックが教えたのかと察し、女龍は彼を見つめ『はい、多分』と答える。ニーファは複雑そうだが、まだ何か聞きたそうに呼吸を整えた。
「私たちがこの世界に残り、外国の人たちは皆、世界を去る。そして私たちは・・・決して安全ではないのですよね?魔物は居なくても、人間を襲う種族がテイワグナに集中するとか」
「そんなことも聞きましたか。ふーむ。可能性はあります」
「魔物よりも大変な相手、なんですか?」
シャンガマックはサブパメントゥのことを話したのだなと分かり、イーアンはちょっと頷き肯定。ニーファは店の方を見て『私たちは仮面があるから、人間以上の力を出せます』と心配を伝える。
「でも。普通のテイワグナ人は避けられない人の方が多いと思うのです。イーアンたちは忙しく魔物の国で応戦しているから無理は言えないけれど、どうしたら一般の人が身を守れるでしょうか?」
その心配は確実にするもの。イーアンも彼らの立場にいたら、絶対気になる。来たる恐怖への手を打つにしても、これまで一戦交えたことのない相手では、どうすればいいのか分からない。魔物が初めて現れた時と、サブパメントゥ襲撃は同じくらい、手探りで不安だろう。
だから、今―――
答えを待つニーファに、茶の器を置いたイーアンは、黒い螺旋の巻き毛をかき上げニコッと笑った。屈託ない笑顔に、不安なニーファも苦笑する。
「ニーファ。私はその答えに一歩近づくため、今日ここへ来たのです」
お読み頂き有難うございます。
明日と明後日の投稿をお休みします。ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。
いつもいらして下さることに本当に感謝しています。有難うございます。
皆さんの週末が、楽しさや穏やかさの訪れる良い時間になりますように。
Ichen.




